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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(後編)飢饉の冬越し
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―アルミア領、クーベ村、レンゾ―(2)

 さぁさ。さぁさ。集まったぜ。働き盛りの若衆連中は出稼ぎに出ちまってるから、年寄り子供しかいねぇがな。

 態々、火まで焚いてもらって悪ぃな、って思うぜ。ま、外にいるなら火の一つでも欲しいのは解る。だがよ。とてもじゃぁねぇが、俺はあの暗ぁい屋内で話をしようだなんて思えねぇ。確かに外だって曇っちゃあいて、鬱々たる有様だがな。それでも、()()の冬なら、これは晴れの内。そんなら、繰り出さねぇ理由はねぇ。

「そう思わねぇか?(ぼん)?」

 適当にそこらにいたやんちゃ小僧に声を掛ける。

 奴さん見所あるぜ。

 他の奴らが寒いに耐え耐えしてる所で独り雪玉作って(はしゃ)ぎやがる。お袋か婆かわからん疲れた女に嗜められても辞める様子もない。

 そうだ。そうだな。

 よう。

 世界は困難苦渋に満ちていて、そして…、そうだろ?

「ばぼぉ!」

 坊が俺の胸倉に雪を詰め込んで来る。

「はぁ!はっはっははは。手前ぇやったな?」

 ほうっと坊を持ち上げ、新雪にぽんと投げてやる。怪我しねぇようにな。こんな状況で怪我なんてしたら、どうしようもねぇからな。

「あっははは。おっちゃん、おっちゃん。わっははは。えへ、へへへ。」

 そしたら今度は坊は背中から組み付いて来て俺の背に雪を入れて来やがる。おっちゃんじゃねぇよ。兄ちゃんだろうがよ。

「ははは、冷てぇだろうがよ。」

 首根っこ掴まえて、母ちゃんだか祖母ちゃんだかわからん女に返してやる。

「ろ、ロオ。」

 女は坊が再た暴れ出さないように抱え込み、そのまま雪に頭を付ける。

「す、すいばせん。う、うちの息子が。て、手打ちだけは…。どうか…。御義弟様…。」

 ふいに目に入ったザキオの旦那の表情で察す。

 はっはぁ。こいつぁ、ザキオの旦那の息子、つまりロコの弟だな。成程、母ちゃんも良う良う見れば面影がありやがる。姉弟揃って成程…太々しく生きてやがる。

 てぇことぁ、そっと寄って来たこの嬢はロコの妹か。こいつぁ、ザキオの旦那似だな。()()、堅実な面構え。ガキの癖して弟庇おうなんてな。

 そんで…、この坊とロコに似た奴さんらの母ちゃんも…、時の練磨がこうやって頭を下げさせるってぇ訳か…。母ちゃんだか祖母さんだかわかんねぇほどに深い皺ぁ刻みこみやがってよ。

 そりゃぁ、(むご)いってなもんだろうがよ。

「へんっ。そう縮こまるんじゃあねぇさ。別に俺ぁ、ガキ虐めに来たんじゃあねぇよ。商売しに来たんだ。いや、商売ってぇたら言いが悪ぃな。俺の生計(たっき)生業(なりわい)、そんためのさ。」

 如何言ったら良いか何ざ解らねぇ。何せ。生まれが違うんだ。貴賤貧富主客って話じゃあねぇ。俺が貴富ってのぁお笑い種だがな。

 それはいい。

 生まれ育った…、その、何だ…。天地の節、風土の候、乾坤の季、すべて違う。春秋の意味も違えば、昼夜の意味すらも違う。そして…、銭と飯とがほとんど同じ意味。いや、ここじゃ銭というものがほとんど意味を成していねぇ。そらそうだ。幾ら銭を払った所でほぼほぼ買うものが無ぇんだからよ。

 だから、生計だ、生業だ、言っても通じねぇのは解っちゃいた。

 そら、そうだ。公都みたいに人に依って仕事が違ぇなんてぇことぁ、ここじゃ無ぇんだ。多少手前に得意…、鍛冶や大工や…、そんながあっても、それはそれ。それだけで()を立てている奴なんざぁいねぇ。それだけで御飯(おまんま)()む奴なんざぁいねぇ。

 手前の額に汗水垂らして耕して、それが価値、銭、値の千金。麦穂(ばくすい)金色(こんじき)、其れ(はぐく)み地を染めるが一の誉。得意の技なんざ、二の次、三の次。先ず先ず、生き残らにゃなんねぇ。それが第一。

 そういうもんさ。

 だから、俺が何言ってんのか、わかんねぇ…。

 そして、そんなら未だマシで、聖人如何くやと御義弟サマと拝み奉られることこそ、本当…どうしたもんだか、わからねぇ。

 だが…、そうじゃねぇだろうがよ。

 そうじゃ…。

 それじゃぁ、駄目なんだよ。

「で?、おっちゃんは何しに来たんずら?」

「はぁっはっは、ははは。」

 ったく、坊は大物になるぜ。この雰囲気で何ぞ声上げるなんざよ。

 てか、いつの間にやら母ちゃんの腕から(まろ)び出てやがる。

「あぁ、あぁ、そうだな。俺ぁ、俺の…、そうだな…。御飯食うために来たのさ。」

(まま)かぁ。そうかぁ…、おっちゃんも鱈腹食えるといいなぁ。」

 言っていること、それと腹を探る仕草、そして明らかに()けかけている頬と裏腹に莞爾(にっこり)と言う坊。

「っふ。…そうか。そうだな。」

 そうあればよいな。

 だが…、ふいと見回せば、そう言う先を描けている奴はぁ…、いねぇなあ。

「はっはは…。」

 片手で坊をあやす一方で笑うてめぇの笑いの薄さを自覚しつつ…。

 成程な。

 だがな。

 俺が、手前が、何しに来たのか。それを考えればよぉ。

「でよぉ…。俺ぁ、御義弟だなんだと呼ばれるほど偉ぇ人間じゃぁねぇんだがよぉ。手前らをよぉ。鱈腹食わせるための策…、そう言っちゃぁ、どうにもどうにも詐欺師みてぇで、難だがぁ…、そうだな、そうだな…、だが、そうだな、手前らに損はさせねぇ、いや、この俺が損はさせねぇ、いや…、それも何か違ぇな…、そうだな…、」

 何取り繕うことも無ぇなぁ。

「俺ぁよ、鍛冶師だ。只の鍛冶師だ。」

 果て扨てそう(のたも)うてみても、何ぞ応えるものぁねぇ。

 そらそうだろうがな。

 だが、それで()けてちゃあ…よぉ。

「鍛冶をする。鉄を作る。それが俺の()()だ。趣味じゃぁねぇぜ。生業だ。俺ぁ、それで(まま)()んでんだ。解るか?解らんか。それは俺が殿上人だからじゃぁねぇ。ちぃと、違うとこから来ただけだ。何のお前らとの違いなんざぁねぇ。青い血なんざ流れていねぇ。只の庶民だ。兄ぃと違って、変な曰くが付いている訳じゃぁねぇ。実に由緒正しき真っ当な庶民の出さ。親父…、デゾは公都の下町の生まれの三男坊。祖父さんは次男坊だったかな。まあ、俺が生まれた時に死んでたから知らねぇ。あ、でも、祖母さんはすげぇぜ?何せ、どこぞの大店の御令嬢の孫ってな話だぜ?すげぇだろ。ははは。ま、嘘か真か定かじゃあねぇがな。ははは。そんで、お袋はミーレって言う。領主様が誰かも解らねぇビメウ村とか何とかの出だとか、そうじゃねぇとか。偶に南の方の訛りが出るから、多分そっちの方の出だ。身売りで公都に来たとか言ってやがるが、貧しさ耐えかねて出奔しただけか。判らねぇ。殊更別嬪でもねぇのに娼館で働いていてよ。親父と駆落ちしはずなのに、追っ手も何も無ぇ。何せ碌に客が付いて無かったんだからな。まあ、そんでも仕事は分ってんだろって、今は客引き婆として雇われているってな案配よ…。ははは。そうさ。アイシャの奴に、手前らの大事な御妹君をアイカ婆ぁの酒場を紹介したのも、何を隠そう俺のお袋さ。ははは。どうだ。俺ぁ下賤の生まれだろ。どうして、俺が高貴であるもんかよ。」

 へっへぇ。…おい、ちぃと引き過ぎじゃぁねぇか。

 あ、あぁ、やり過ぎたか?成程、俺ら一家で謀ってアイシャを沈めたみてぇになってんのか。

 えぇい。知らん知らん。

「そんな生まれの俺ぁ、十から丁稚で鍛冶場に上がった。どうしてかって?そう、そうなんだ。それが公都の人間の生き方だ。何せよ。周りにゃ耕せるような場所が無ぇ。乾いた原っぱが広がっているだけさ。俺ぁ、詳しくねぇが土が固くてどんだけ耕しても芽吹かねぇんだとよ。だから、何とかして替える物を作って、ソアキから麦やなんだを買わなけりゃあなんねぇんだ。それが公都だ。それが、公都の庶民の生き様だ。でもよ。手前の喰らう分の飯の分だけの値打ちの物ぉ作るってぇのはよ。一筋縄じゃあ、行かねぇんだ。そら、解るだろうよ。あんたらだって、手前で作った麦がそう安く買い叩かれたら溜まったもんじゃぁねぇだろうがよ。そうだろうがよ。それに手前らだって、鍬だ、包丁だ、(あがな)うのに、どれだけの麦を菜を出す。確かに相応の物を渡すだろうがよ。それなりの物払うだろうが…。一抱え、二抱え…。だがよ。考えてみりゃぁ分かるだろうが。あの麦で俺らが何日食えるよ。十日、二十日、そんくらいだろ。多分。じゃあ、手前らが鋤だ、包丁だのを買うのは幾年に一度か。村全体で一年に一度あるかどうか。そんなもんだろうがよ。てぇことはだ。俺らは幾つの村に鋤、包丁を売れば良い?な、わかるかよ。ザキオの旦那。」

 俺だけ喋くってても仕方無ぇしな。

 ぼぉ、っと聞いてても…、眠くなるだけだろうがよ。

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