表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(後編)飢饉の冬越し
137/139

―公都アキルネ、公爵城、アイシャ―(4)

「有難き幸せ。なれば、続けさせていだきます。このアイシャ、女男爵様のために(はか)りますれば…。」

 果て()て、流れ流れに任せて方々に細工凝らしたけれども、仕上げが無様じゃ、下の下ってもんさね。本番なんだ、気張って行かないとねぇ。

「上りの荷が無いとの仰せで御座いましたが、それならば有りまする、女男爵様。…真鍮に御座います。真鍮を運べば良う御座います。」

「真鍮だと?確かに河口まで至れば、聖帝国より至った物があろうが、そんなものを(ひな)に運んでどうする?」

「鄙…。女男爵様、確かに御領は鄙とも言えましょうが…、ではありまするが御領には土が御座いまする。」

「土だと…?土が無い土地などあるまい。それに、真鍮と土に何の関係がある。まさか埋めるなどと言うまいな。」

「勿論に御座ります。女男爵様。成程、土は土に御座います。されど、御領の土は肌理(きめ)細やかなる物が多御座います。」

「…!、磨きか。」

 ふぅん。察しが良いじゃあ無いかい。貴っとき方々は出来た物にしか興は(そそ)らないのかと思っていたが…。ま、好き好きってぇヤツかねぇ。

「流石は女男爵様。御明答、このアイシャ感嘆に震えるばかり。」

「良い。話を続けよ。」

「は。有難き…。」

 一々(かしこ)まるのは面倒。畏まった上で意味も無く、また許可を貰うってぇ面倒。だけども…。ま、そういう儀式さぁね。

「御明察の通り、磨きに御座います。既に、御領から幾分の土が磨きのために公都まで運ばれて御座います。されど実に惜しいかな。高が砂、そんな言の葉の元に安く買い叩かれております。」

「…だから、我が領に真鍮を運んで、それを磨くと…。」

「はい、その職人を呼べば御領に人が増えまする。さすれば、また麦が入用になります。つまり、運ぶことになるのは真鍮だけには為りませぬ。」

「つまり…、飢饉でも無いのに自領の麦を輸入に頼るようにすると…。」

「その通りで御座います。これは、公爵様御所縁(おんゆかり)なる女男爵様にしか出来ぬこと。御血縁もあればこそ、皇国一の麦所の公爵様が領より麦を得るを容易(たやす)ければ。それだけに御座いませぬ。各所から宝玉も集めましょう。金剛石、紅玉は厳しいかもしれませぬが、瑠璃(るり)に水晶、琥珀に珊瑚、翡翠もあれば蛍石、瑪瑙(めのう)、孔雀石、蛇紋石、黄玉、橄欖(かんらん)石、柘榴(ざくろ)石、加えて真珠も磨かねば光るものでは有りませぬ。それらも磨きを要しておりまする。さらに加えて、それを彩る、真鍮。それが御領の特産となりましょう。…なれば、銀も運べば、これ又彩り加えましょう。」

「しかし…、それをまた公都に卸す必要があるな。それを売りさばく先も…。」

「心配には及びませぬ。女男爵様。女男爵様の御領の、その今の生業(なりわい)、今一度思い出して下さいませ。」

「…貴族の保養地…、…そういうことか。」

「その通りに御座います。御領には高貴なる方々、許より集いますれば、自然飾り立ては必須なるかと存じまする。真鍮細工、宝石細工、欠かせない物に御座います。加えて、方々を(もてな)すための美食、花々も運びましょう。さすれば…。」

「…しかしだな。確かにアイシャ殿の言うよう行えば、我が領は潤うだろう。かのイィラスカールを(しの)がんまでの豪奢絢爛にして江碧鳥白(こうへきちょうはく)山青花然(さんせいかねん)の桃源郷を現出させることの出来るやもしれぬ。」

 女男爵様はここで遮るように言う。

「だがな。そうなれば、我が領は虚業に塗れた地と謗られよう。皇国は質実剛健を以て是と為すことは知っているだろう。如何に其れが神々の造り(たも)うた人智及ばぬ雅美の極みに居ろうと、其れ隔絶の美に接するは修養に適すると(いえど)もだ。…いや、(そし)られるだけならまだ良い。行き過ぎれば…。」

「十三約定に御座いましょうか。」

「…その通りだ。」

「各々、その領にて自活すべし…。皇国開祖の令にして皇上陛下の(みことのり)、実に尤もなりて且つ臣民の祝福であります。さすれば、女男爵様。どうして、その祝福が我ら臣下の行く道を妨げることが有りましょうや。」

「そうは言うが…。」

「成程、御懸念の点も理解(わか)ります。余り華美に構えては…、加えてそれに糧食の外に頼りては…。その事が皇家、否、皇家の御指図であれば従いましょうものの、女男爵様引いては公爵家の方々の瑕疵(かし)を不遜にも虎視眈々と付け狙う輩共の讒言(ざんげん)有れば…。それを憂えていらっしゃいますのでしょう。」

「ふん…御見通し、という訳…、か。が…、その物言い、何の考えも無い訳では無い…ということだろう?」

 本当、あたしも無駄に齢を重ねた訳じゃあ無いってこんだね。嬢ちゃんをこっちの思う所に誘うなんざ、軽い軽い。

 いやいや、いやぁ、本当、ぎりぎりだけどね。

 こちとら、手汗で一杯やれそなぐらい。膝握る手を迂闊(うかつ)に離す訳には行かない、ってな案配。勘弁願いたいねぇ。こりゃお腹の子にも悪影響さね。

 でもでも、気張ってくんな。最初の親孝行だと思ってね。

「勿論のことで御座いますとも、女男爵様。このアイシャ、亡国の策を(へつら)いて陥れるなどと、そんな恐れ多く且つ不義理。そんな物のために参った次第に居るわけでは御座いませぬ。」

「いや、私も已に其方の忠心衷心(ちゅうしん)、十全に心得ている。それで?如何様に?」

 身を乗り出してくる嬢ちゃん。一見さんにそうでいいのかい?ったぁ思うが此方にとっては僥倖(ぎょうこう)ってもんさね。

 ったく、身ぃ乗り出しやがって、額に汗でも滲んでなきゃりや、それを見咎められなきゃ、いいんだけどねぇ。

 ぐいと、顔を上げ取り組む。

()()なる(ふみ)の解釈…、是にも幅御座いまして…、それ如何様にするか、是を皇家に問いましょう。皇家(のたも)うことなれば、それに反するは当に不敬為りますれば…。何、それ此方で已に根回しの感触得て居りますれば、何懸念するに及びませぬ。それよりも、肝要の事が御座います。それは我々には出来ぬ事故、女男爵様の腕に懸かって居りまする。」

 この根回し、無い訳じゃあ無いが有るというには随分瀬戸際だけどね。

 そんでも元のアルミア家皇都詰めに加え、ファラン家の隠居タゼイ爺ぃ、イマ姉ぇとカーレ姉ぇとまでが皇都に向かって、仕掛けた仕掛け。タゼイの爺さんが元々仕込んでいた分もあるけれど、そんでも急場(こしら)えには違無い仕掛け。

 そんでも、それが効すように今もあん人ら気張っているはず。それを無駄にしないためにもね。

 それに、ここで姫さんの一言戴けるだけで、もしもし何なら()の一つでも頂戴いただけるなら、説得にも色付けよう、身も入ろうってなもんでさ。

「ふむ…。聞こう。」

 どっと、再び椅子に座り直す、女男爵様。離れてくれるなら、ありがたい、ありがたい。あたしの玉の汗は安かぁないからね。見せる相手は限られているよ。全くね。

「有難き幸せ…。なれば述べましょう。…。皇家如何に尊崇なれど下世話なる者共の言に惑わされることも御座いましょう。なれば、その(いや)しき者共の気を()き制する事こそ要に有りましょう。とすれば…。」

「…とすれば…?」

「実に実に、下賤は下賤、卑しき者は卑しきに惹かれる物と知れましょう、女男爵様。この私めの申したは、成程、奢の極みに御座いますれば…、誘蛾の灯りに適する物に御座いましょう。飛んで火に入る夏の虫とはこの事に御座います。風光明媚なるは享楽のためにあるのでは御座いませぬ。なれば己が身を飾り立てるだけの者共、何れ暴かれましょう。それが、バイエン領のバイエン領である故なれば。」

 これだって、(ようや)っと漸っとでセッテン兄ぃが山働きの連中に話を聞いて廻って、山越え領越え手に入れた話さ。

 あれやこれや繋げて漸く(まと)まりそうな話、御破談にするにゃ惜しいじゃないかい。

「バイエン領…の故…とな?」

「未だ…、御聞きになられてないとは…。」

「…、続けよ。」

「御領が、皇国開祖たるオーダラン皇上陛下、一の重臣たる初代公爵様ソールゼイ様に託され、さらにはかつては公爵家にて宰領の立場にあったバイエン男爵家の祖、メイベイ卿に守を言いつけられた、その訳。オーダラン皇上陛下とも知己に在りし、皇国譜代の臣メイベイ卿。皇上陛下、公爵閣下、共に最も信に於けるだろう、御方。未だ公爵家の御譜代に居りまするオクボウ、エイボウ、レボウ御三家各々に於かれましても其の初代に当たる方。その御方に態々(わざわざ)、辺境を与え任せ給うたを。想い出されませ、女男爵様。そんな最も信に於ける御方に何を託したか。」

 話持って来たセッテン兄ぃにゃ悪いけども、クソ喰らえの伝統主義。いや、セッテン兄ぃの語り口は、あたし以上に…。いやいや、それは良い。

 何にしろ、バイエン領の(いわ)れは、実に実にの懐古主義。でも、使える物は何でも使おうってぇ訳さね。

「…女男爵様。メイベイ卿の御祖母(おばあ)様は墓守の家系にあったと伝え聞いておりまする。…そこで、オウホンなる名を御聞きしたことは?」

「…勿論だ。皇国建立史において欠かせぬ名だ。貴殿も市井(しせい)にいたとて、その名を耳にしたことは一再ではあるまい。」

「勿論に御座います。オウホン名誉騎士、敗戦に(まみ)え山へ(のが)れたオーダラン皇上陛下を守り殉死した清廉忠烈の士。卑賎の生まれながら、皇国建立に果たした役割大きければ、庶民皆々そう在りたいと切に願う物に在りますば…。」

「…そして、そのオウホン卿と言えば…。成程。オウホン卿、身罷(みまか)ったが…、バイエン領か…。」

「その通りに御座います。」

「清き(きよ)きの烈しき忠心。是を是とし、非を非とせんがため、奔走(ほんそう)せる初代皇上陛下御一行、それに(しん)(ささ)げたオウホン卿。彼の御方の眠る地。それがバイエン領に御座います。未だ、皇国安定せぬ頃故、手厚く葬ることこそ出来なかったようでは御座いますが、そこには初代皇上陛下、初代公爵閣下を始めとした皇国始祖英雄の方々の、実に実に篤き衷心現れた、小さき小さき墓標が山間に在りますれば…。代々、皇上陛下、公爵閣下、折に触れ参っていらっしゃったようで御座います。何時の頃かバイエン男爵に成り代わった、出自の知れぬ者とは異なり、是ムボウ家の正統が墓守に就いております。小さな庵を編み、高貴なる方々の施しも受けず、小さき、それでいて清浄極めたる聖地を造り上げておりまする。」

「それを守るがバイエンの本来の役割か。」

「はっ、尤もに御座います。女男爵様。形骸と化したるは元バイエン男爵の咎。本来の儘に墓守果たしたはムボウ卿直系の誉に御座います。殷賑(いんしん)極みに居る皇都公都にて、(いたずら)に謳歌するではなく、鄙に留まりて清きを保った、真の忠臣一族。」

 ちらと、ムボウ卿傍系…、いや、厳密にはムボウ卿の本流はこの侍女の姉ちゃんの家、エイボウ家ってことになってんだけどね。そんな出の侍女の姉ちゃんをちらと見やり見やりの。

 別に、あたしはこの姉ちゃんを追いやりたいわけじゃぁ無いんだけどねぇ。いや、追いやりたいんだけどね。こっちの我儘を通すためにさぁ。

「それを守るが、バイエンが役目。そういうことか。」

「おっしゃる通りに御座います。そのような地でありますれば、領を幾ら飾り立てても不足無く、一方で己を飾り立てるは過ぎたるというもので御座います。為れば…。」

「あ、いや。わかった。それを此処で述べるは…些か。そうだな…無粋というものだろう。」

 どことでもなく目配りをしつつ女男爵様。サマんなってんね。でもちょっと芝居染みた案配だね。そういうのは本当はもっと分かりにくくやった方が良いよ。

「流石は、公爵家の出に在りながら、尚以(なおも)出藍(しゅつらん)(ほまれ)とまで(うそぶ)かれる傑物。その不遜なる呼称は僭越(せんえつ)為るを恐れながらも女男爵閣下の秀でたるを称えんがための物であると、このアイシャ今心身に沁みておる次第で御座います。」

 ま、それを忠告する義理はあたしにゃ無いんだけどさぁ。

「ですが、如何なる才頴(さいえい)にも陥穽(かんせい)は御座いまする。彼の英邁なるエビー王、彼御方(かのおんかた)が邪知暴虐なる伝に満たされるのも、奸臣オボイにてその偉業を(おお)い隠されんが故…、というのは御存知のことかと思われまする。」

 そんで、そこに付け入る隙ってもんで、こうやってあたしまで芝居打っている訳さ。

「御託は良い。奸臣オボイに憤懣(ふんまん)()る方無いのはセルシア皇家に属する者の総意だろう。それで…?推挙したい者でもいるのか?」

 ったく、未だ未だ甘ちゃんで、よちよち歩きのヒヨッコだけども、ま、察しは悪くないね。合格ってとこかね。でも、これからはこうやって簡単に騙されちゃあいけないよ。

 しかし、本当…、実に不遜ってもんだね。この考えか。

 そんで、そうだね。あーあー、大体これで最後かね。

 気張った割に、紆余曲折有ったけども、何とも何とも、安い幕引きになりそな気配。

「勿論、此の(はかりごと)、いえ謀では有りませぬ。有るべきものを有るべき姿に(ただ)す行い。それを援けるには、仁義に通じ又策謀長ける者が必要であること、このアイシャ重々承知で御座います。」

 ちらと、後ろを見やる。一瞬目を迷わせた後、頷くウルメン。確かに、打ち合わせ通り…とは違うけども…、頼むよ。

 一応は、()()()()()()もあるかもしれない…、そういう話はウルメンは勿論、タッソともしていたんだかね。

「ここに居るウルメン、気端(きはし)の利く男に御座います。心の思う儘に行い(のり)を越えずとまでは言いませぬ。ですが、女男爵様の御意向や遂げるに、必ずや御役に立ちましょう。」

「ふむ…。ウルメンと言ったか。面を上げよ。」

「はっ。」

 アルミア家二代目に仕えたファラン家父祖に公都で雇われて以来、代々別邸勤め。自身もアルミア家公都別邸にて生まれ育ち、父よりファラン家陪臣の位を継ぎ、母は公都生まれ、妻も公都生まれ、勿論継嗣(けいし)も公都生まれの公都育ち。何時しか頭角現わして、今じゃアルミア家別邸の取り仕切り。アルミア本領に居たは四十余年の人の世の内の高が数ヶ月。それだけあって、鄙に居るでは身に着けられぬ、手練手管(てれんてくだ)を身に付けた。

 ウルメンはそんな男。皇国子爵アルミア家の譜代の陪臣。

「このウルメン、アルミア家にて(ろく)()みますれど、それと女男爵閣下に尽くすに相矛盾は御座いませぬこと、先程からアイシャ様の言の通りなれば…。」

 それが、客臣として行く。

 それに、何の感慨も擁かぬ訳も無い筈の人間は、ここにはいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ