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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(後編)飢饉の冬越し
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―公都アキルネ、公爵城、アイシャ―(3)

 いや…、そうだね。

「皆々様方の御助力の在り方、些か不適であると…、そう思いました次第…。」

 これは只の皮肉…、そして、本音。

「なれば、不躾(ぶしつけ)()つ御無礼なる真似では御座いますが、まず試させていただいた次第に御座いますれば、何卒何卒(なにとぞなにとぞ)御寛恕(ごかんじょ)(いただ)ければ…と。」

 そして…、これ以上も無く本当なのは、これがあたしらの要求を通すための策ってぇことか。年端も行かない嬢ちゃんを()めるようで悪いが…ねぇ。

「何を言う?」

 御姫様は椅子に座り直し低い声を出す。

 本当、様ん成っているね。そこだけは一人前さ。

「英邁なる女男爵様とは(いえど)も、御共連(おんともづ)れの方々に取りましては未だ女男爵様に非ずして只の御姫様の御様子。その言質(げんち)其処為る侍女の発する言の葉に紡がれた通りにありまする。是一臣下の身にあれば、実に悲しきこと。御立派に成り遊ばされました女男爵様に対して、未だ御姫様とは何たる思い違い甚だしきか。成程、確かに私自身も、御姫様と呼称致しました御無礼は謝意を。されど、女男爵様。是、瞋即露痴(じんそくろち)の法、佞臣(ねいしん)炙り出すには是に如かず也と…。」

 でも、こんな修辞だけの三流言説を神妙に聞いてんだから、未だ御嬢様気分抜けない…、いやそこから抜けようとするので、いっぱいいっぱいって案配かね。

 つまりは、背伸びしたい年頃ってぇかぁねぇ。

 そんな時分に、こんな重い仕事任せられるってぇのはぁ…、どうにも…ねぇ。同情はあるが、同情しても腹ぁ膨れない。こちとら仕事で来てるんでね。

 相手がガキだろうが、ボケ老人だろうが、容赦してる余裕はぁ無いんだよ。

 世知辛いったら、ありゃぁしないよ。

「瞋即露痴の法…。つまりは、(わざ)と怒らせて、人の無知蒙昧を明らかにする、…そんな遣り方だったか。成程、アイシャ殿は故事にも通じているようだ。」

 故事に通じて、って…。

 危うく笑っちまうトコだったよ。

 こちとら、あたしの働いていた酒場のアイカ婆とマメーにちょいと教えて貰ったことを挙げただけなのにさ。他に知っていることなんざぁ、後二三しか無いのにね。その二三の尽きるまでに、この交渉を如何に終わらせるかに必死なんてぇことに気付かずにねぇ。

「流石は女男爵様。博学に御座します。」

 こん嬢ちゃんこそ、学に博いんじゃぁ無いかい?ガキん頃から、アレやコレや教師付けられてタンと教え込まれて…。

 それはそれで窮屈で大変だったろう。

 でもね。あたしらもそこに顧慮出来るほど余裕がある訳じゃぁ無いのさ。

 御免ねぇ。

「確か、皇国統べる前の戦乱の世、不世出の弁論家アキオネスがベルス王に行った言葉だったかな。」

 へぇ、そうなんかい。あたしゃ、初めて知ったけどね、そんな御仁。上っ面だけの知識じゃあ、何時(いつ)(まく)られるね。気ぃ付けないとね。

 しかし、そのアキオの旦那ってのぁ、相当頭のキレる御仁だったんだろうね。何せ、あたしとタメ張れるぐらいだ。そんで、そのベルスとか言う王様は、それを呑んだってぇのなら、相当な脳足りんだったんだろうね。ここに御座す女男爵様みたいにね。

 取り敢えず、曖昧に微笑んでおく。

 変に何か言葉を続けても馬脚を現すだけだからね。

「そうは言うが…、このカザも忠臣の一人なのだ。幼き日より、私を支えてくれた…。」

「成程、そうでしょう。そうで無ければ、まさか御姫様などと言いますまい。」

 嬢ちゃんの言を遮る。

 何事も中途半端は良くない。この嬢ちゃんと、その譜代との仲に離間の計を掛ける。一度乗った船からは降りられない。

「されど、女男爵様は既に皇上陛下に爵位戴いた身なれば、御姫様は如何にも不敬。如何に幼き頃よりの縁也と雖も守るべき節は御座います。それが皇上陛下より賜った身分となれば(ないがし)ろにするは、如何にも如何にも…。」

 よよと、泣き崩れる真似をする。

 実に欺瞞欺瞞の欺瞞。(あざむ)き、(くら)まし、アレやコレ。周して、旋して、廻して、惑して、ぐぅるぐる。茶濁す湯に巡る混沌、螺旋、八の字、蝶の羽搏(はばた)きより出ずる颶風(ぐふう)、その行く末茶飲みの中に操るよな傲慢、驕恣(きょうし)

 別に譜代の連中にゃ恨みは無いが、故習に囚われた奴さんらがいるとこっちの要求を通すのは至難。その上、奴さんら上下に顔聞き、かつ周旋も上手いときた。そんなら、退場いただくまでいかないまでも、少しは力から遠ざかったもらわないとね。

 ちらと目をやれば、考え込むラシャ様に、渋い顔を続ける侍女のカザ。

 あんたにゃ言発する隙は与えないよ。

 今あんたが迂闊に喋ったら、余程上手いこと言わない限り、それこそ女男爵様の権を(ほしいまま)にしようとする佞臣ってことになるよ。

 そんなことを目で訴えつつ、女男爵様の回復を待つ。

 このカザとか言う侍女、それに戸の向こうに控える爺、ウルメンの調べが確かならデイェル・オクボウって爺さん、共に元は公爵様の家臣なり、その家の出のはず。女のカザは使い処は難しいかもしれないけどね。でも、余程使えるなら、公爵様の直々になるはずさ。

 そんな中で、こうやってラシャ様に付けられている。

 ってことぁ、三流とまでは行かないまでも二流が良いとこって訳さ。ま、うちの領に来たら超一流だからね。うちで雇って欲しいなら、いつでも来て欲しいもんだけどね。

 しかし、本当の本当に一流なら、幾ら公爵様が娘可愛いの一心であっても、公爵領の中枢から外さないはずさ。外せないはずさ。

 …そのはずさねぇ。えぇ?

 一種の賭けだけどね。

 もし、公爵様が罷り間違って娘のために身を裂いてでも良臣を付けたり、逆にラシャ様が二人に懐ききっていたりしたなら、御破綻ってもんさぁね。

 さあ…、どう出る?()()()

 あんたの寵臣どうなんだい?ってさ。

「…女男爵様に於かれましては、立派に独り立ちいたしまし、新天地にてその名、(まさ)に輝かせんとせん時宜。その頃にあるとなれば、我々の払う通行に際して払う金は、渡りに舟となる次第になるかと存じます。何卒何卒御一考をば。」

 すっと垂れてもいない涙を拭いつつ言う。

「勿論、我々の支払うものは、それだけではありませぬ。我々は波止場を作りましょう、女男爵様。波止場に御座います。」

 そう、こっからが予め決めていた、こっちの要求さ。

「女男爵様、女男爵様、御聞き下さいまし、御聞き下さいまし。肝要の事に御座います。私共、才尊(さえたか)き女男爵様の行く道の明るき信じて居りますれば、これは老婆心より生じた御節介事かも知れませぬ。されど、女男爵様。我々一同、いえ、私こそはラシャ様の御力添えになりたい一心にあればとて、此処に詣でた次第に御座います。その思いの一念、どうぞ受け入れていだければと思う次第に御座いますれば…。」

 ちらと嬢ちゃんの方を見上げる。

「うむ…、続けてくれたまえ。」

「なれば、ありがたき幸せ。」

 一礼し続ける。

「では…、ラシャ様。御領の事で御座います。ラシャ様の治められますバイエン領は無能かつ悪辣(あくらつ)なる前領主によって荒廃に任せる(まま)でした。成程、バイエン領こそ高貴なる方々の別荘地、保養地としては名を()せたる景勝の地では御座いますれども、そも人跡未踏と風光明媚なるは表裏一体。神仙の(たぐい)と民草とは相容れませぬ。なれば民少なく採れる作物も些か詫びしいと言わざるを得ませぬ。そうでは御座いませぬか。」

「中々…厳しい見方ではあるが…、否定はし切れぬな…。情けない話ではあるが、父…いや、公爵様の力添えあってこそ、何とか成り立っている…と言ったところだ。」

「いえ…、いえ…、御謙遜をば。」

「謙遜では無い。実情だ。」

 全く、すっかり調子を取り戻し遊ばれた様子。

「ですが女男爵様…、女男爵様の領は大河アキアに接し、後背は木の材富んだケルノ山地に御座います。河を使えば公都始め各地に豊かなる木々を送ることが出来ましょう。加えて、山中に()れば牧羊盛んなるメエン男爵領も御座います。彼らの養う羊から獲れる食肉、羊毛は又是公都始めとした諸都市の(もと)める処。これら、未だ秘されし財の儘にありますれば…。」

 わざと一拍置く。こっちばっか喋っちゃぁいけないからね。

「…、それを運ぶ波止場が要るということか。」

 阿呆にでも解る論理。いや、本当の阿呆にこんな鎌掛けたって何も返って来ないがね。だが、女男爵様は、その程度の所ぐらいは解っているみたいだね。

「だが…、私とて何も考えていないわけではないぞ。メエン男爵領の羊は確かに失念していたが、領に入れば幾らでも目に付く木々には如何のような凡人とて思い至る。その植生故に公都で木々が不足しているのは、公都で生まれ育ったアイシャであれば知ったる所だろう?」

「えぇ…、えぇ…勿論ですとも。」

「ならば、試算の一つでもすれば解ろう。木々の出荷だけでは立ち行かない。例えば…、アイシャの言う羊肉、羊毛が在ったとて、少し足る程度。とても、波止場の一つを作った所で間に合うものではない。確かに、麦を運ぶ貴殿らからの多少の実入りは見込めるかもしれないがね。それもアルミア領が飢饉の時だけだろう?それに下りの荷と上りの荷、これが釣り合ってこそ、貿易というものが成り立つ。」

 ある程度の計算は出来るってぇことかね。ま、爺ぃと取り巻き侍女の入れ知恵でしかないかもしれないけどね。

 でも、ほんの入れ知恵でも、それをちんと、そういう場で喋れるってぇのは…、ま、見所はあるって処かね。

 でもね、それこそ、そういう処こそ、付け入る隙があるってぇのが、儘為らないってモノかね。変に若い娘を良い様にするってぇのは、手前が妙に老いたようで…。

「流石は女男爵様、御明察に御座います。されど、未だ足り無き事柄、その策こそ我々の今日参った訳に御座います。何卒御一考下ればと存じます。」

「…ふむ、続けてくれたまえ。」

 …、まあ、此処まで引っ張って「下がれ」は無いだろうからね。

 でも、こっからが勝負所さね。ここまでは茶番、前座の前座も良いトコロ。真打登壇、看板役一枚目の出番は、こっからさ。

 目ぇかっ(ぴろ)げな。耳や重々かっ穿(ぽじ)ったかい。

 さ、一丁やってやっかね。

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