―公都アキルネ、公爵城、アイシャ―(2)
成程、セブ兄ぃの実の父ってぇ先々代当主ってのは、公家から嫁を迎えたとか何とか。妾腹だろうが、何だろうが、公家の御人が主君同然の公爵様の御姫君。御家人風情にゃ誉も誉、そのはず。それにも関わらず、方々で子種巻き散らかした、その義理の大叔父を未だ、大叔父上と呼ぶってのは、余程能天気か、皮肉てなもんか。
まあ、大概後者だろうさね。
「いえ…、いえ…、御義母様には御目通り適うことこそありませんでしたが…、その恩義に身を浴しておりますことは日々感じております。」
自分でも何を言っているのか分からない、そんなオベンチャラを述べの述べ。実に実に巧言令色仁鮮なきを呈する呈する。真向からの皮肉に対して、下町流に…、てめぇこの野郎、って対応したんじゃ不味いんだろうしね。成程、貴族連中が持って回った、回りくどい言い方ってぇのは、こういう所から来ているんだね、って話さね。どこで、どんな、揚げ足取りが待っているか、分かんないだからさ。
しかしね。幾ら、回りくどいたって、何なのさ。
ま、確かにあたしゃ今アルミア家の娘ってことになっていて、それも先々代の落胤ってな案配の。つまりは、先々代の奥である公家先々代の妹御の義理の娘ってわけさね。そもそも、あたしゃその御落胤でもないからさぁ。義理も義理。そんな義母に何の感謝も感情も無いってのが本音だけどねぇ…。
「そうかい。そう言って貰えるのであれば、大叔母上も本望だろうさ。ははは。」
そう言って快活に高笑いする女男爵様。
なぁんだろうねぇ。結局、この…。
「まあ、それは、それさ。従姉殿は…、それで…、何用だったか…。果てさて、今日は爺やが居なくてね。所詮、私は父上の威光あっての身分なものでね。ははは。供回りがおらぬことには、実務は回らなくてね。」
韜晦続ける女男爵サマ。
これは、そのまま鵜呑みして今度は爺やとやらを訪ねたら、主人おらぬ故判断付き兼ねまする、とでもなるんだろうよ。
それにしても…、それに加えて、従姉も何もなんも無いってもんさね。手前ぇで散々待たして礼を失しておいて、何用かも何もあるもんか、ってぇね。あたしの正体が何だっていいさ。だが、相手が誰であろうと、示すべき礼ってぇのがあるんじゃぁないかい?
そう気風を切ってやりたい所だけどさ。そうもいかない。こちとら、てめぇの実の親父の威光なんざぁ、精々が馴染みの店で一月に一度オマケして貰えるかどうかってもんなんだからさ。
「いえいえ、尊貴の身なれば…。我らのような下々に時間割いていただけるだけで如何程の誉なるか。我ら一同、その温情に浴して、感激余る次第で御座いますれば…。」
「下々…ねぇ。あまり、過度な謙譲は、大叔母上の貴を損なう。そう…、私は思うがねぇ。成程…、ははは。血は争えぬ…、というものか。」
…ここで、小娘の分際で…何て言ってしまえたら、どのくらい楽になるかって思うけどもさ。そんなことしたら、全ておじゃんってもんさ。あたし一人はすっきりするかもしれないけども、それじゃ困るのは領の皆さ。
しかし…、何の反しも無いじゃ、あんまりにもね。芸が無い。それに、ここまで舐め腐られたら交渉も何もあったもんじゃぁ…無い。
だからさ。ここでぇ、黙んまりじゃぁ、それは何でも無いだろうさ。
一発カマして、ヤらにゃあ、ド三一の、ド三流。下の下も良いトコってもんさ。
あぁ?
えぇ?
「成程、尊貴富貴は血の為す処なると…、御姫様の金言、このアイシャ感服の次第堪えませぬ。さればとて、流石に御姫様、公爵様直系に当たる方とは言え…放言少々過ぎたるかと…。勿論、それはこのアイシャ胸の内に秘めまするが故に…、御安心召されませ。」
「何?」
きっと目を向ける御姫様。
駄目だよぉ。そんなじゃ、三流ってもんさ。ちぃと突いただけで、それじゃ…さ。
「何と…言うことほどのものではありませぬ。」
「私の発言を…、放言と…。そう言ったではないか。」
だんと、高そうな机を叩き、露骨にいらつきを隠せぬ御姫様。やっぱり、幾ら爵位の銘打たれても小娘は小娘。こんなじゃ、同じ齢の頃のタヌの方が余程マシだったろうね。押し引きってのがなってないのさ。爺やとやらは良くもこんなのを独りで交渉に向かわせたもんだね。
「いえいえ、先ほども申しましたが、私個人の胸に秘めておきます故…。」
「そういうことを言っているんじゃない!」
遂に立ち上がってしまう御姫様。
「私は、私の何が放言だと…!」
そんなんあたしが知るはずじゃないじゃないか。適当に鎌掛けてみただけなんだからさ。でも、何かしら…思い当たるフシってのがあるんだろうね。そうじゃなきゃ、そう慌てはしないさ。
何だろうねぇ。ま、先祖に成り上がりがいる家なんざぁ、どこかしらにあるんじゃないか知らん。
「落ち着いて下さいませ、御姫様。」
止めに入ったのは先程から黙んまり決めていた侍女殿。
「カザ…!」
ふぅむ。この黙んまり姉ちゃん…。
まぁ…、この程度で狼狽える嬢ちゃん放っっぽり出して何のお目付け役無しって訳ぇ無いってことかね。
しかし、それがこの姉ちゃんとはね…。全く羨ましいこったね。そんなこと出来る人材を給仕に使った上に数刻も遊ばせておくことが出来るなんてね。こちとら、身重のあたしを、アルミア領にぽっと出の縁しか無くて、全く所縁の無いあたしを、駆り出しても人が足らないのにさ。それに…あたしは兎も角、公都取り仕切りのウルメンの数刻は安くはないんだよ?奴さん、あれだよ。公爵家の御呼出しがあったからって、ああやってこうやって漸っと遣り繰りして、何とか捻り出して暇を作ったんだよ?
「アイシャ様、御戯れは程々にお願い致します。御姫様もお疲れでありますれば…。」
一瞬ぎらと目の奥に眼光見せつつの、カザとかいう侍女の言。
「これは申し訳御座いませぬ。幼少の砌より、一公都の庶民、臣民として僭越ながら女男爵様が御姫様であるより見守り申し上げて来ました故に…。その健やかたるご成長に相見えること叶いますれば、其の喜びの余り少々羽目を外してしまいました。平に御容赦願い致します。」
すっと、頭を下げ言葉を繋げておく。
「なれば女男爵様。遅れましたが卿の御健勝の程、寿ぎ申し上げます。」
「あ、ああ…。」
ああ…、こっちが言いたいよ。無駄な儀礼的やり取りに手間ぁ割かれてさ。散々待たされた上に、これだよ。
しかし…、幾ら居丈高に出られたからって小娘相手にちぃと大人気無かったかね。
確かに…、下々に流れる下世話な噂では、この嬢ちゃんは傑物って話。特に、公爵家跡取り、弟のハーゼイ様はどうにも柔弱で…、長女が男であればと公爵様が左右に漏らしたとか何とか、ってぇ噂に比べりゃね。
だがだが、しかし、見えてみれば所詮その実態は未々十五の小娘。親の欲目で公爵領の北方を分封されたはいいが…、ということかね。もしかしたら、もうちょい揉まれりゃ育つのかもしれないけどね。それはお付きの教育次第ってとこかね。
ま、そして忘れちゃぁいけないのは、舐められてもいけないが恨みを買ってもいけないってぇことさ。何せ、女男爵様の領をアルミア領への物資輸送に使わせてもらうってぇのが、こっちの狙い。変に頑なになられても困るってもんさ。
だから、引き際の見極め、そして跡を濁さぬ、が要。
「…私の見た処、側仕えの皆様方の…」
とは言え、ここで興を買うべきか、嬢ちゃんの方か、姉ちゃんの方か…、戸の向うにいる爺ぃの方か…、そこが難しい処かね。
とまれ、これらの計算もそろそろまとめに入ります。
大体見積もった一回の行き来の諸費用を以下に示します。往復10日の行程です。
項目 数 賃金/日 賃金 合計重量
労役 10人 400銭 5,400 200
傭兵 10人 400銭 5,400 0
ロバ 3頭 500銭 2,025 300
総人件費:12,825
運べる鉄の重量:440、鉄の儲け:17,600銭
運べる麦の重量:440、麦の費用:4,400銭
鉄-麦の差額:13,200銭
鉄-麦-総人件費:325銭
という訳で何とか儲けが出るようになりました。勿論、耐久消費財の類に関しても考えなければならないので、やはりギリギリ。そう考えると、今本編で話している河を使った輸送というのがかなり重要になってきます。