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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(後編)飢饉の冬越し
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―精錬場、精錬小屋、レンゾ―(2)

 しかし…、こうやって考え数え上げてみりゃぁ、幾らでも難事はある。()きっ腹に(こた)えるってなもんのよぉ。おお?数え立てても仕方ねぇ。仕方ねぇ。しかし、仕方ねぇじゃ、どうしようもねぇ。どうする?どうする?どうにかするしかねぇんだからよ。

 まさか、ここで尻尾巻いて公都に逃げ帰る訳なんて真似出来やしねぇんだ。

 それに…、春には難しいかもしんねぇかもしれねぇが、夏か秋には稚児(ややこ)が来る。それで…、ここがこんな調子で、どうするよ。

 外は轟々たる吹雪。戸口をがたがたと揺らす風。囲炉裏代わりにしかなっていねぇ炉には見慣れぬ気炎のゆらゆら。そんな炉辺の前ではオンが何やらガタガタとがなり立てている。只でさえ薄暗い中で、奴にぁ細々とした作業は確かに些か五月蠅せぇ仕事だろう。そんでも甲斐甲斐しくも内職仕事を教えるメーコ。そして、それをやれやれと言った有様で見るタヌ。タキオの奴はそちらに気にも留めず、粛々と作業を進める。各々のやり方で冬を耐えている。

 奴らも、ああして少しは仕事をしていれば気が紛れるのだろう。

 だが、気を紛らわしたとして…、気が紛れるのは、そん時だけだ。何かが打開されるわけじゃぁねぇ。つまり、それだけじゃぁ、何れどん詰まりだ。だから…、何とかする必要がある。

 今は一見何も出来ねぇ状況だ。ちょいちょい雪に閉ざされ身動きが出来なくなる。止んだとしても、歩むに労する雪野原ってもんだ。それこそ、気を紛らわすぐれぇのこと以外はな。だがな。そう思い込むのは早計ってもんだ。今出来ることは何だ。ただ耐えるだけじゃねぇはずだ。何か出来ることがねぇか…。この瞬間にも時は過ぎて行っている。無駄に…な。只でさえ無駄の一つも取り(こぼ)す暇も無ぇってのによ。そんな時宜に無駄な時を過ごしていていいのか。いいのか。いいのか。

 そんなことを自問自答する。

 …。

 …。

 …。

 セブ兄ぃはどうだ。どうしてる。どうしてた。

 兄ぃは一時の気の紛れのために何かをする人間じゃあねぇ。一手一手、ちんと考えてやがる。そうとしか、考えられねぇ。そういう様あよ。もう長い付き合いだからよ。わかってんだ。少々、癪だが、そういうとこじゃあ敵わねぇ。昔っから、双六だなんてどう考えても運否天賦の絡むことでもよ。俺ぁ、逆立ちしたって勝てなかった。

 いや、いや、運否天賦。はっはは、運否天賦にその身を帰していりゃぁ、どんだけ楽々としたモノだろうがよ。今日勝てたのは、運否天賦。昨日勝てなかったのは運否天賦。それで納得するのなら、どんだけ楽で寄っかかった人生だろうよ。手前の腕じゃなくて、手前の業でもなく、全てを運否天賦に帰す。

 それじゃあ駄目だろうがよ。

 運否天賦を覆す。

 それをしてなんぼってぇもんだろうがよ。

 だから…。

 だから、セブ兄ぃが何をしているか。それを見る。

 あん人はそういうことが出来る…、いや、やる…やろうとする男だ。そらそうだろうがよ。ここの領主だなんて、子爵様だなんて、そんな者になったのは天運から来る僥倖かもしれねぇが…。そうして此処に来て間も無くのこの状況だ。確かにこれは悲運。もし、公都に居たままなら、居たままの方が、絶対楽だったはずだ。

 それは…、それを運だなんてぇものに帰すのか。天命だか、宿命だか、そんな訳の分からねぇもんに委ねるのか。

 そうさ。そんな状況で奴さん、何一つ諦めてやがらねぇ。そりゃ、目を見りゃわかるさな。だから、そんな兄ぃが何を考えているか。それを考えてみるんだ。そこに糸口があるかもしれねからな。


 そもそも、こんな時宜に御領主様々が別に領に残る必要は無い。それが、タッソの言。そりゃ、そうだ。俺もそりゃぁ解る。領主が軽ぅくおっ死んぢまったら、成り立つものも成り立たねぇんだからよ。それはここに来て何となくわかった。それが無能だろうと、上に立つ人間がいねぇと成り立たない。

 そんな状況でセブ兄ぃは仏頂面のモルズ兄ぃ連れて、領の村々回っている。動いたら動いただけ腹が減る。意味も無く腹が減る。只でさえ、飯の足りない此処で、意味も無く腹を空かす。セブ兄ぃの村々巡りはそういうこった。幾らかの兵を連れて、村回る。それでどんだけの飯を費やすか。それが実に上手くねぇことだってぇのは、タッソは許より、セブ兄ぃも重々承知のことだろうよ。

 成程、慰撫だが何だか知らねぇが。まあ、そういうもんだってタッソが言っていたな。まあ、それも彼奴の(げん)であってセブ兄ぃ自身が何を考えているのかわからんが。

 さておき、そのタッソの野郎に言わせれば、セブ兄ぃのやり方は少々、何てぇかな。何てぇか…、そう、悪人じゃねぇ、善人、善い領主。善人、善人。下々共に求められる…、言ってみりゃぁ、そう伝説物語の上の領主。上代に御座おわしましたの、聖人君主。奴さんに言わせりゃぁ、それで領が保つなら、誰でもそうする。安易な理想郷。人の迷った時に縋り寄る寄る常夜の()。夏虫集め集める誘蛾の()。甘い蜜に誘われて、淫堕の奈落に誘う聖人君主。良ぉく、良ぉく、考えてみりゃぁ、てめぇに、回り回って、害のある蜜。奢侈(しゃし)に溺れて身持ちを崩すような…。我が意を得たりの怖さ、毒。

 だぁが、俺ぁ知ってんだ。

 兄ぃはそんな変な策を弄する人間じゃぁねぇってことをよ。だが、いや、それを飲み込んだ上で演じて魅せる。甘味を以て釣り、毒々しいを以て遠ざける。結局のところ、モルズ兄ぃもそういうセブ兄ぃの手練手管にヤられて、ここでああしている訳さ。

 多分今、兄ぃ何かを仕込んでいる。兄ぃはそういう人間さ。確かに、あん人は人間をあっと驚かすような芸当を楽々と為して見せる。そう、そのように見える。そう思われるように見せる。でも、それはほんの一端ってなもんだ。ほんの上っ面ってなもんだ。

 そらそうだろうがよ。

 何の仕込みも無しに一朝一夕で、あっと言わせる何かを用意出来る訳無かろうがよ。

 兄ぃがやっているのは、だから、仕込みだ。

 それが兄ぃのやり方だ。あん人がやる、やり方。縦横(しょうおう)経緯整然とした織目でなく、漠然として茫然として絡まりあった。それでいて無縫一体ってぇわけじゃぁねぇ。そうして、一つの仕込みが他の仕込みと混然一体として、また別の所の仕込みとなる。そういう仕込みをやる。

 そんな兄ぃが今やっているのは要は慰撫。村々の様子を見て廻って…。民を慰める。

 だが、どうだ。それは俺の仕事じゃぁねぇ。

 俺ぁ、一介の鍛冶屋だ。

 だから、アレをただ真似をしたところで仕方ねぇ。

 だから、考えるんだ。

 俺が今何をすべきか、何が出来るかってぇのをな。


 風で戸口が僅かだが、がたと揺れる。ああやって風が漏れて来るってことは未だ雪はそこまで溜まってねぇってことだ。今回の吹雪は精々が二日程度ってぇ見方だ。俺は空は読めねぇが…、領館の天文方の話じゃあそういうこと。つまりは、明日の朝には止むだろう。もしかしたら、もう雪は止んで風が巻き上げているだけかもしれねぇ。

 だから、明日からはしばらく動ける。

 動けるうちにやれることをやっておかねぇと、ここじゃあ儘ならねぇ。

 ってこたぁよ。今のうちにどうするか…。それを決めておかねぇと…。

 いや…、そうだな。兄ぃはただ村を廻っているだけだろうか。そんな訳は無ぇわな。

 …何をやっているのか…。

 よし…、ちぃと、吹雪が止んだら…、村でも見に行ってみるか…。

 次は紹介料でしょうか。

 紹介料ってのは馬鹿にならないんじゃあないのか、と思います。現代社会みたいに情報が瞬く間に伝わるということはなく、暇な人間を探そうにも、まずその人のところに行って予定を聞いて、と手順を踏むことになります。帳簿も人の手で取るか、紙すら貴重となれば石にチョークなどで書き付けるか、程度しか出来ません。しかも、人を雇う側には人員の管理という概念があっても、雇われる側にそんな概念があったとも思えません。おそらく、自分がどれだけの期間雇われるか、というのも把握していなかったのではないのでしょうか。そう考えると、仲介の人間の労力というのは並大抵のことではなかったのではないかと。

 これの実際的な金額はわかりませんが、現代でも年収の35%ほどが相場とも。今回考えるのは一時雇いなので、おそらくもう少し高く、さらに言えば現代よりも手間暇の多い仕事であることも考えると、多少は変動するでしょうが、一先ず大体その程度か、それよりもっと高かったとするのが妥当ではないかと思います。

 そうすると、輸送賃が1.35倍となります。これには傭兵の紹介料も含むので、総人件費が単純に1.35倍となります。つまり、往復の総人件費は最大で860銭程度。頑張っても700銭程度では無かったのではないでしょうか。単純に鉄を運んだだけの時の儲けは800銭だったので、これだけで完全に足が出ます。麦を買って200銭の支出があるので、完全に赤字ですね。

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