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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(後編)飢饉の冬越し
132/139

―精錬場、精錬小屋、レンゾ―(1)

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昼だと言うのに屋内は暗い。炉の揺らめく焔の赤々とした光のみが部屋を橙に照らす。天は暗雲雪雲に閉ざされ、外は黒と白との無彩色。それと比ぶれば、此処の何と彩色満ちるか。いやいや。そういうのは如何にも如何にも物の解らぬ者の言いよう。辛うじて、文明の(利器)たる火によって、辛うじて、人の生きるを許されたかのように見える、凍てつくこの地。人の手に依って為った洞穴の中にて精々が天の良からんことを念じておるのみが人に許されたかの様。

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 アルオは怪我で臥せっている。満足に歩けねぇのは思ったよりコトだ。仕事に慣れた連中が介添えにいたなら、まだ何とかなったろうが…。そういう奴らは皆今は出稼ぎだ。そりゃ、てめぇ、高々一年だろうと、それに満たなからろうと、煉瓦(もっぱ)らにしたアルオの介添(かいぞ)え務むるに不足は無ぇ奴らだ。だが、そういう奴らはどうにでも雇い先はあろうもんよ。こっちからも薦めを出せ、ってぇもんだから出したぐれぇだからな。そうなればよ。出稼ぎ先も直ぐに決まったってもんさ。そんな野郎共に対してなぁ。暇してたザムの奴をと、手伝いに付けたが、モノになるかどうか。まあ、無理だろうな。奴さん、そういう出来じゃあねぇ。

 テモイの仕事(硝子細工)は手詰まり。元々、硝子は高ぇ品だ。一等高級品ってぇやつだ。飢饉ともなったら、どうしても先に削られる。当たり前ぇだ。そういうもんだ。だって、手前ぇの飯食うに困らねぇもんだからな。それによ。確かにな…。硝子は薬作りに必要なもんではあるが、一度揃っちまえば、そうそう足すことも無ぇ。奴さん腐ってやがるぜ。今は、アルオの手伝いをさせているが…。どうにも案配が悪そうだ。早いとこ、何かしら宛がってやらねぇと…。只でさえ気が短ぇ野郎だ。何時まで黙っていられるか、分かったもんじゃぁねぇ。

 タスクのおっさんは村の仕事で手を取られ、テガの奴もそれに伴って留守が多い。別に奴の仕事が今ここにあるわけじゃぁねぇ。石の仕分けは冬が来る前に大体終わっている。それに、今は碌に炉を動かせねぇからよ。使える石が増えた所でよ。何がある訳じゃぁねぇ。あん二人は、ある意味でこの領と、この精錬場との繋ぎだ。今は繋ぐ相手がいねぇが…。

 ヤメル兄ぃは死んだ。…死んだ。…手前勝手に、自分勝手に、死を選びやがった。見損なったぜ。クソ野郎がよ。ガキか。それは()()だろうがよ。確かに、喰手が一人減りゃあ、もしかしたら、どっかこっかの子倅が生き長がらえようがよ。だが、てめぇが生きてたのと、てめぇが死んだのでは、為せたことは違ぇだろうがよ。お陰で領館はてんやわんやってもんよ。だからよ。ありゃ、慈愛の振りした、謙譲の振りした、大悪党だぜ。実際、人殺しだからよ、あん人は。もう領館の仕事なんざぁ関係無ぇ。俺らの兄ぃを殺しやがった大悪党さ。ヤメル兄ぃはヤメル兄ぃを殺した。そういう大悪党さ。


 そう、そんなで、領の空気は陰鬱として皆俯き勝ちってなもんよ。此処だってそうさ。訳が分かっているタヌや、どちらかってぇ言えば前から暗いメーコはさておき、秋の頃からいつも能天気そうだったザムも(つら)ぁ曇ってやがる。いや曇っているだけなら良いが時に騒ぎ立てやがる。泣きわめくまで醜態晒さねぇが、ぐすぐすと陰気極まりねぇ。比べりゃ、オンの野郎は相変わらず。喰わねど口の楊枝は高らか。天辺突いて、勝手気侭。そんで、それを以てタヌやメーコやザムを揶揄って遊んでやがる。てめぇの仕事は一応は此処を守る兵士だろうが。奴ぁ日がな一日、そんな調子。まぁ、あれはあれ。奴ぁ、脚の不自由の有ろうが無かろうが生来の…、朴念仁。常に傍らに人の在りや無しや、を問うも無粋の…。

 そうだな…。それに比しての、比すべくも。あんガキ、ザム。てめぇのその身に(まさ)に及ばんまで何も気づいていなかった。そんで、そっからの…そっからのあの有様。確かによ。そういう鈍さってぇのは、それは、それで、要る時はある。ここに来るまでは俺も解っちゃぁいなかったがな。親方がちょいちょい酒の席でそんなことを言っていたのを何となく思い出したりもしたこともあった。多少は鈍いぐらいの方が仕事が捗るってよ。

 そうさ。知るってぇのは、必ずしも良いこじゃあねぇんだ。無駄に知って、戦々恐々(みだ)れるならば、何も知らない方良い。

 だぁが、一見そんな感じに見える、オンの構えと、ザムの鈍さは違う。難事に当たって其処で濫るはドサンピンってなもんでよ。オンみてぇに、手前の生き死に埒の外って自前勝手に居直るならさておき。差し迫って、愈々(いよいよ)恐れ慌てるってのは三流もいいとこだろうがよ。

 解って構える。一切合切、外に置く。別にどっちでも良い。濫れちゃ、ならねぇんだ。濫れちゃ、駄目ってなもんなんだ。

 そうさ。今は難事に当たっている。そこで、どう出るか。それが、人の品を決めやがる。


 飯は水でこれでもかと(ふや)かした麦粥。足りている塩まで薄く感じやがる案配のな。からからに乾いた蔬菜山菜に草だか木の根だかわからん何かまで加えて、何とか腹に溜まるってぇもんだ。当然、力も出ねぇ。槌を振り上げた時、振り下ろした時…、いや掴んだ時さえも、妙な違和感。これまでのように鉄を鍛えることが出来ねぇ。そう…奉公に出始めた時みてぇなよぉ。散々(さんざ)働いた(あく)る日みてぇな。変な力の入らなさ。

 根性だなんだで、どうにかなるモンじゃぁねぇ。

 心持ちで、抜けるモンじゃぁねぇ。

 奉公上がったばかりなら。公都にいた時なら。鱈腹飯食って後は寝れば何とかなったかもしんねぇが…。今は、まず飯が無ぇ。もしかしたら、後先考えず食ってしまえば、数日は何とかなるかもしれねぇが後が続かねぇ。

 勘弁願いてぇとこ。仕事になりゃぁしねぇんだ。

 それだけじゃあねぇな。炉は()れて冬が明けてもどうなるか。あれを直すのにも手間暇が要るだろうしな。アルオがあの調子じゃ煉瓦の作り置きも儘ならねぇ。奴が本調子になるのにどんくらい掛かるかわからねぇが…。本調子になったとこで、人の手も足りねぇ。

 土練るのには馬鹿でも良いから根気が要る。そういう仕事さ。小狡いタキオの阿呆だったら馬鹿にする、そういう奴らのやる仕事。そういう仕事をザムの奴に任せるには荷が勝ち過ぎる。あん小娘だか子倅だか知らねぇガキが…、地頭(じあたま)さておき、其れに反して()()のどうにも足らねぇと言うか、そうい気侭の奴を配すには…。こういうのはテガに任せるに限るんだがよ。彼奴自身はどうだか知らねぇが、そういう采配任せたら、彼奴は器用にこなす。此処で生まれ育ったタキオやザマより公都生まれ公都育ちのテガの方が()けているってのも妙な話だが…。

 春が来ても、人も今までみてぇに集まらねぇかもしれねぇ。ハージンの奴が言うことにゃ、雇いの連中なんざは一度飢饉があると寄り付き辛くなる。大体、飢饉や凶作ってのは一年二年で終わるもんじゃねぇ。いや、終わったとしても、そうなると実入りが悪くなる。賄い飯も少なくなる。ってぇたら、そりゃ寄り付かねぇ。それに奴らだって、冬の度に移動するってのは勘弁ってなもんでよ。易く冬を越せるは雇いの居着くの条件だってよ。

 それだけじゃぁねぇなぁ…。不安事は。

 やっとやっとで、モノになりそうな鉱床もどうなるかわからねぇ、ってことだな。人が足りねぇって事だけじゃねぇんだよ。

 鉱床の目利きは俺には出来ねぇが、フブの爺ぃが何ぞ賭けていやがるのは解る。

 それがどういうことか。

 成程、ハージンの野郎が言うことにはよ。奴さん、色々曰く付きらしい。いや、それはいい。それはどうでもいい。どういう曰くが有るのか、それは俺は知らねぇが、俺は俺の目を信じる。爺ぃは悪どい…人の道を外れたことをする奴じゃねぇ。いや、この言い方は何て言うか、ちぃと高尚に過ぎるってぇか…。まあ、何だ。商い生業で嘘を吐くような奴じゃねぇことぐらいは解る。俺の目だけじゃなくて…、ドンテンの親方だって、そういう奴とは取引しねぇってよ。そう、俺は、…まあ、月並みな話だが、信を置いている、ってとこか。これも妙に気障ったらしい言い方だがよ。

 それに…、そうだな…。これは、ちぃと、後ろ向きな話だが…。どの道、この領で雇える山師なんてのは、訳アリの奴しか無ぇんだからよ。だから、奴さんがどういう奴だろうが、飲み込むしか無ぇ。それが宿()()ってなもんだ。

 それによ。俺にだってよ。俺も、まあ、てめぇの腕の一つで食っている人間だ。歴が違ぇが、だから、何となく爺ぃが如何してぇのか…。奴さんが何をしてぇのか…。解からねぇでもねぇ。そう、俺はあん老い耄れがどう如何しようってのかは何となくわかる。

 だが、だからこそ、あん爺さんが切羽詰まっているのは解る。だからこそ、奴さんの表情や仕草から、あれがギリギリの所業だってのは察してしまう。

 確かに、テニニ小谷で採れた石からは、良い鉄が採れそうだ。いや、採れる。それは、確信ってやつだ。幾らかの石を炉に焚べて、鉄を作ってみて、鍛えてみて、それぁ俺の本業だ。これに、文句付ける奴ぁ、セブ兄ぃだって殴る。ドンテンの親方だって構わねぇ。親父だなんて取るにも足りねぇ。

 アイシャ…だって、ああ、アイシャ…、ふぅう、彼奴は置いておこう。…うむ。彼奴ぁ、無事か…どうか…。身重の身で…。

 …。

 …。

 いや、いや。それは今はいい。

 俺が考えているのは…、俺が今考えているのは、俺の仕事の話だ。

 テニニで採れる石は上等…とは行かねぇまでも、十々分に使えるもんだ。それぁ、歴の長ぇフブの爺ぃにも解っているだろうがよ。石から出来る鉄がどんなもんか解らねぇで、あん齢まで山師の仕事が務まるもんかよ。そんでも、未々あん面ってぇことは、だからこそ、未だあん面構えってぇことは、何かしらあるんだ。

 どう…なんだろうな全くよぉ。奴さん、その辺ちぃとも口に出さねぇからよ。

 …、最早俺も手前も一蓮托生ってなもんだろうがよ。

 手前より目上に、そう思うってぇのは、そいつの仕事に不満持つってぇのは、成程どうにも…。世の中ってのはそういうもんか、って。親方相手に愚痴が無かった訳じゃねぇが…、いやいや。そういう質のもんじゃねぇと言うか。どうにも俺には初めてなもんだからよ。あん爺ぃ、試すようなことばっかしてくれるぜ。


 さて、前回までの計算で十分儲けが出るじゃないかと思うかもしれませんが、ところがどっこいそうは行かないのはその他のコスト鑑みる必要があるからです。

 加えて、掛かる費用を考えてみましょう。大体、治安事情からの護衛、人夫の紹介料、道具代などでしょうか。

 護衛は幾らほど必要であったか。当時は都市を出れば、野党の類は幾らでもいただけでなく、野生動物なども相当な脅威だったはずです。運搬する人間に100人に対して護衛60人などと相当な人数を付けていたという話も。それだけ護衛を付けるとなると、運搬人の賃金に0.6倍すればよいので、輸送賃に240銭。最早、これで儲けは60銭です。護衛半分としても120銭なので儲けは180銭です。

 未だ他にコストがあることを考えるともうキンキンです。

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