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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(後編)飢饉の冬越し
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―アルミア子爵領、山中、セッテン―

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天青くして幾条かの雲を残す。北嶺、南峰の白は悠然。霧の一塊は山裾を緩く行く。陽光燦として山々を照らし輝かせる。何者をも寄せ付けぬ荒獏。只見るだけなら壮麗。気高くして高貴なる様、愈々(いよいよ)その銀を際立たす。それもそのはず。人統べる(おおきみ)(すめらぎ)、天におわします(あまつかみ)。何をかあらんや。増してや、かの大聖跪くなど些事も些事。象の蟻を見るより(ささ)やか。そう、見よ。地祇未だ其処に然として在り。国譲りなど時期尚早。天命、人生、其れ秒劫。人知、天啓、其れ塵芥。巡り廻る時に抗おうなどと傲慢也と、只在る。

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 昼に雪を見過ぎれば、眼が灼ける。それは朝夕であれば多少は和らぐ。だが、寒さは朝夕の方が厳しい。寒さにかじかむ手は弓の弦の手繰りを妨げる。だが、眼が()けるよりは幾分か良い。地元の猟師の言も聞かず、昨年、晴れた昼に猟に出続けた後は酷かった。成程、郷に入っては、というやつが身に染みた。曇っていれば少々マシらしいが、それでも数日も続けるのは良くないらしい。

 歩けばズッズッと雪を踏み固める音がある。姿勢を低くして、獣の足跡が無いか確かめる。

 寒さが及ぼすのは何も身体に限ったことではない。弦は強張るし、悪ければ割れる。金具が弛むこともある。何でも、鉄は寒ければ縮むらしい。鋲の弛みは仄かに狙いを違わせる。まるで質の悪い弓を用いているようだ。罠の類も雪に耐える造りをしておかないと駄目になる。こちらの造りは未だ俺には出来ない。

 足跡は未だ見つけられない。早朝とは言え、照り返しが目を晦ませる。泥に付いた足跡ならばいざ知らず。ただ白い雪面で足跡見つけるのは未だ慣れない。

 雪の中での猟というものも二年目。基本とすることは公都周りにいたこととは変わらないことはわかってきた。だが、細々とした所作の未熟さは自分の腕が未々であることを感じさせる。何より、同じ距離を歩いても疲れが違う。歩の一つに研ぎ澄ませよ、それが父の教えだった。ここに来る前には何か掴んだ、そんな気がしていた。が、そう簡単には行かないようだ。

 ふと、周期的な翳のあるに気付く。南の木陰から北の木陰に、連なるそれの間は肘から手首ほど。

(兎か…?)

 しばらく吹雪いた後。許より貯えも少ない。肉のあるに越したことはない。

 歩み寄る。ぎゅむぎゅむと音の立つ。

 足跡の行く先を追う。雪の上に残った足跡の新旧を判別するほどに、俺は未だこの地に(こな)れていない。これが新しいものか、それとも時間の経ったものか判らない。確かに、昨晩までは吹雪いていた。が、夜半には凪いでいたという。兎は昼行性のはずだが、夜が明けてから俺がここに来るまでにかかった時間を思えば近くにいるかは判じ難い。

 木々の間に入る。黒々とした針のような葉をした森を行く。木の皮は細く長い。公都周りにはあまり見ない木だな。そんなことを考えながら歩いていく。

 気付くと足跡が途絶えている。

(謀られたか…。)

 後ろを振り返る。どこかで歩みを後ろにし、茂みにでも飛び込んだのだろう。そういうことをする、と聞いた。成程、獣も考えるものだ。地元の猟師達は茂みの雪の落ち方など見ながら、その辺判断しながら歩くそうだが…。

(俺も、未々だな…。)

 来た道に戻る。今度は一等、茂みに気を付けながら…。また、ぐっぐっと音を立てながら。戻って行く。

 状況は良くない。領館、いや領都アルム全体の、食料の管理を任されているヤメルにそう聞いた。一日当たりに食う量。これは既に大分制限している。それで春まで持つそうだ。そう、十分に食べられないことで死ぬ人間を勘定に入れれば…。奴は顔を顰めて、一方で諦めた目で、そう言った。

 そういうところは昔から変わらないな、と思った。


 ヤメルは河の廻船問屋で務めていた。しかし、どうにも商売っ気が薄いってな。平たく言えば、泣き落しなどされると譲歩してしまうというか。いや、泣き落としまでされずとも、辛い荷主、舟主がいれば、どうにも自分の出来る裁量の範囲内で便宜を図ってしまう。ま、分を弁えているのか、そう大それたものには手を出さなかったらしいが。ただ、それで…、そういうもんだから、あまり銭勘定の激しいところに出せなかった。

 結局、商い主が金を出している寺、そこの営む孤児院に廻された。そこには奴の価値はあった。回りは孤児と…、裕福の出でありながら、何かしらの事情で世捨てとなった、坊さん尼さん。飢えたことも無い、その一方で人の純然たる悪意には晒されてきた、そして己が無力に苛まれてきた、善意を煮詰めて残った煮凝りのような、そんな人ら。そんな()()()たちに比べれば、奴は未だ俗も俗だったのだ。そこで、奴は随分と守銭奴などと忌み嫌われていたらしいが…。

 だが、…思い返せば、奴はその前随分と思い詰めたような顔をしていたが、それが孤児院務めとなっては、少しは顔付きがマシになっていた。

 あの時の落差を思えば、奴はここに来て良かったのか、どうなのか…。

 民に糧を回す仕事は容易なようでいて、慈善のようでいて、実に冷酷な計算をせざるを得ないとはな。「知らぬ世界もあるものだ。」そう奴は独り言ちていた。

 …あまり、考えていても仕方無いな…。

 未だ冬は始まったばかりだが…、飢えはそこまで迫っている。それが、己が双肩にまさか懸かっている。そう発破を掛けられた。いや、直截的にそうは言われていないが、それに近い。そう思った。何せ、大分切羽詰まった表情で言われた。高々、兎一匹。十食に満たぬかもしれないが、それすら喉から手が出るほど欲しいのが現状だ。

 ぎゅっと雪が踏み固められる。木々は途切れた。元の足跡を見つけたところまで戻ってきたようだ。流石に戻り過ぎだ。茂みの途切れたここまで獣の浅知恵とは言え、流石にここまで戻ったということも無かろう。

 ふと東の山嶺を仰ぎみる。山は白く時折青い地肌を見せ下に行くほどに白い筋が伸びる。稜線を横切った太陽から、くるりと漏れ日の回る。

 そろそろ帰るか…。

 もう少し粘っても良いかもしれないが、見付けられる気がしない。未々精進が必要だ、そう思う。下草に積もる雪の案配、雪に残る踏み跡、そんなものが手掛かりになるらしい。目を凝らして一日、いや何日でも、見に着くまで見ていたいところだが、そんなことをすれば雪目にやられる。難しいものだ。

 ぐっぐっと雪を踏みしめながら斜面を降りていく。この降りるって所作、これにもどうだ。疲れがどれだけ残るか、そんなことに気を配りながら降りて行く。ただの土の斜面を降りるのとは違う。

(…!)

 滑った。

 尻もちを搗く。

 人一人分滑る。

 少し気温が上がって弛んでいたか。昨夜まで降っていたおかげで幸い雪は柔らかだった。氷っていたら()()だった。最悪骨まで行くこともあるらしい。

 俺はこんなんばっかだな。夏にもあったな。水迫るを伝えようと走った。それは何の意味も持たなかったが。

 身を起こそうとして半身持ち上げるが、そのまま、ざんと雪に身を預ける。周りを見回す。雪の被った針葉の黒い緑。

「は、はっはは。」

 つい笑いが毀れてしまう。

 何だか、最近はこんな無様ばかり晒している気がして。つい笑いがこぼれる。

 雪に大の字に寝転がったまま、天を眺める。

 だが、それを見ている人などいない。

 あまり、長くこうしていると、身体が冷える。それに目が灼ける。あまり、良くないことだ。

 が…今少しこうしていたい気もする。

 思えば…遠く来たものだな…。アキルネ公領…、その周辺、あの若い緑の森はもう遠い。

 そんなことを考えながら暫し瞑目した。


 なあ、セブ。

 彼奴を、ヤメルを、此処に連れて来たのは間違いだったぜ。

 そう、河辺で凍っていた嘗ての友、ヤメルの成れの果て、その姿を思い出しながら…。

 さて、今回は戻って輸送コストについてです。長くなったので何回かに分けます。

 まず、中世の輸送手段の区分けでしょう。前にも書いた気がしますが馬車が使える場所というのは道の整備された限られた道だけでした。じゃあ、どうするかと言うと、人の手によるか、駄馬を使うかとなります。また、人間の引く荷車であれば多少馬車より融通が利いて通れる道が多かったとも。では、これらの手段はどれだけの荷を運べたでしょうか。

 では最初に人が運べる重さというのは限界でどのくらいか。山小屋に荷物を運ぶ強力などは100 kgは運べると言いますが、これも真っ当な背負子のあってのこと。当時の背負子はそれほど発達もしていなかった。もしくは、存在しなかった、という話もあります。これも色々探したのですが、当時の絵画などでリュックサック様のものがほとんど見当たらないのです。日本では葛籠を背負っている人はいますが、それもそもそもの耐荷重がどの程度あったか。

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