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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(後編)飢饉の冬越し
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―精錬場、レンゾ―

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雲は流れ、北の空には切れ切れながら青いものが見え始めている。薄っすらと姿を現し始める雪化粧した白い峰。峠から棚引く雲と。遠く見え始めた山裾の木々は黒々。それらをぼやかす煙のような薄い白い雲はともやもやと流れていく。鬱蒼とした森の続き、木立の切れた辺りからは幾分か枯れた草、葉を落とした細い木々が雪の間から姿を見せている。

最初の吹雪が明けてから数日経った。人が一人二人が通れる程度には雪除けが済んでいる。だが、そのほとんどは未だ雪に包まれている。精錬場の入口には大雑把に小高く雪の溜まった辺りがある。鉱石置き場である。染み出した赤茶けた色合いが少々汚らしい。

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 雪を払えば鉱石。そりゃ、そうだ。ここは鉱石置き場だからな。一応、毎日見回っているが、流石にほとんど石を積んでいるだけのここに何か新しいものを見つけることはねぇ。最早、ただの手慰みみてぇなもん。

「こりゃ、大分湿っちまってるな。」

 返って来る言葉はない。独り言だ。当然だ。この冬、精錬場には本当に最低限の人数しかいねぇ。真っ当に力仕事の出来る男衆はほとんど出稼ぎに出ちまったからな。今ここにいるのは、領を離れるわけには行かなかったまとめだとか顔役とかの連中か、旅に耐えられない子供年寄り。そして、それの面倒を見るのに最低限の女ども。

 当然、精錬場をまともに動かせるわけがねぇ。維持で精一杯ってぇとこだ。秋口からの忙しない中直す余裕の無かった道具を直したり、余った鉄で道具を作り足したり、そんなことをして過ごすしかない。


 ズブはササンを伴って、スルキア領。ハージンの伝手の伝手で上手いこと向こうの大鍛冶の労役に紛れ込ませることが出来たらしい。スルキアの大鍛冶は女の出入りを嫌うが、飯炊きだなんだの仕事はあるから、ササンはそっちだ。勿論、他にも何人か領の人間と連れ立ってだ。大鍛冶は確かに秘技だが人手のいる仕事だ。人を紛れ込ませるぐらい訳無い、ってぇのはフブ爺ぃの言だ。何かしら探って来てくれればよ。いいんだがな。

 ま、ズブなら、上手いことやってくれるだろうよ。あいつぁ、そこんとこ要領はいいからな。

 ここで小鍛冶を習っていた、ザッペン、ゴッテン、マズは公都だ。ある程度は仕込んだ。だが、ドンテンの親方の元だ。アレらが親方の目に適うか、…。出来の悪い仕事を親方に見られるようで、どうもなぁ。幾ら仕込んでも足りねぇのは解っているがよ。どうにも、あん案配で出していいもんか。散々、悩んだが仕方ねぇもんは仕方ねぇ。なるようにしかならねぇ。精々、腕を磨いてくれってぇよ。そういう話さな。

 ジャコはフブ爺ぃの枯れかけの鉱床にやった。奴にゃあ、石の見分けを覚えてもらわにゃぁなんねぇからな。結局、俺にゃ石の見分けが付かねぇ。いや、今後その道求めて行きゃぁわかるようになるかもわかんねぇがな。ただ、他人に任せられるこたぁ、任せていかねぇとどうにも行かねぇ、ってのが、あるからよ。全部は自分の手には負えねぇ。だから、石のことは彼奴(あやつ)に任せることにした。

 これには納得は行っても、納得は行かねぇが。天賦の才ってぇ奴にゃ敵わねぇてのが道理。道理ってぇ奴が如何程偉いかって話もあるけどよ。

 一先ず、鉱石置き場の様子は見た。情け程度にある物置屋根は、どこかで見計らって雪降ろしはしなけりゃなんねぇが…。それは一先ず後回しでいいだろう。

 ぐっぐっと雪を踏みしめながら移動する。他のところも見て廻らなきゃなんねぇからな。

 さぁて、この湿気た石見てたって仕方ねぇ。炉が動かせねぇが、様子は見に行かねぇとな。どの道、ここを何とかすんのは、テガかジャコ、アルオの奴の仕事だ。そして、それも春になってからのこと。


「おい、カズのおっさんどうでい。」

「親方、すまねぇな。ちょいと、日干しが甘かったみてぇだ。」

 カズのおっさんに声を掛けたつもりだったが、答えたのはアルオの奴だ。

「どうした。…これは、危ういな。」

 見たら、炉周りの建屋、壁の無い一面にある柱の一つ。その足元となる、煉瓦が割れていた。建屋の土台の一部だ。本来は石で以て支えてぇところだったが、足りなくて煉瓦で何とかしたんだが…。それが裏目に出たな。

「確かに…、日干しの煉瓦が水を含んでいると…、割れる。すまんずら。俺にゃ当たり前だったっつこん…、当たり前だけに伝え忘れていた。すまん。」

 カズのおっさんが謝りを入れる。

 凍ったことによって煉瓦割れた。そんで柱の一個が崩れちまってる。

 屋根を見る。雪は今は二寸ほど。今は耐えているが、去年のことを見るに積もれば一尺は行く。雪の重みにいつまで耐えるか…。

 いや、今はそんなこたぁ、どうでもいい。

 この、今にも崩れそうな、柱。これをどうするかだ。

「いや、俺が煉瓦を…。」

「うっせぇ、んなこたぁ、どうでもいいんだよ。そうしてでも進めろと言ったのは俺だ。んなことより、これをどうすっかってぇのが第一だろうがよ。てめぇらみてぇなおっさん連中が憂い顔なんざぁ、見ても辛気臭ぇだけなんだよ。」

 成程、煉瓦が砕けちまっていらぁな。そんで、柱が落ちかけている。今は氷が支えになっているが、徐々に融け始めている。

 石積みが間に合わなくて、日干し煉瓦を使ったところからやられた形だな。

「屋根が崩れりゃ、炉もおじゃんだ。おい、カズのおっさん。」

「…、なんずら。」

「何でもいい。取り敢えず、保たせろ。今、考える。おめぇらも考えろ。」

「あ、あぁ、そうだな。」

「…わかった…、つぅこん。」

 各々応える。アルオの奴は何かに気が付いたように、カズのおっさんは苦いものを絞り出すように。

 んなこたぁ、どうでもいい。

 お天道様は儚げだが、それでも吹雪の日に比べりゃ温もる。氷っては溶けて、氷っては溶けて、これが繰り返すことで割れたんだろう。

 いや、どうして割れたかはいい。兎に角、今は、この()()をどうするかだ。時限は近い。やっとこさ、氷の繋ぎで保っている桁はいつまで保つかわからねぇ。

 少々(ぬめ)りを見せ始めた日干し煉瓦を見る。それが辛うじて支える柱を見る。少し離れて柱の連なる先の屋根を見る。屋根の上に降り積もった雪を見る。

 振り返って、精錬場を見渡す。

 なだらかな雪に覆われ資材の類は雪の下。雪を除けるのにもしばらくかかる。人手が無いから、取り敢えず支えの柱を立てるたって、ほとんどが未だ切り放しで鋸をひかなきゃなんねぇだろうな。

 不意にぎぃと音がする。

「おい、てめぇら!」

 がたっという音とともに柱が落ちる。

「離れろし!アルオの旦那!」

「お、おぉ。」

 慣れない雪に足を取られながら、アルオが建屋を離れようとする。しかし…。

「ぐお!」

 倒れて来た柱と屋根の一部。雪が舞って、どうなったか見えねぇ。

「…あたた。」

「おい、大丈夫か。」

 アルオはうつ伏せになって雪の上に倒れている。どうやら右足を挟まれたようだ。

「すまねぇ。親方。どじった。」

 何とか、顔を上げ言うアルオ。

「しかし…、雪ってぇのは慣れねぇなぁ。」

 アルオは、はははと曖昧に笑う。

「いや、寄る齢波かもしれねぇけどよ。あたた…。」

「カズ。タキオとソング、テモイ。男手だ。柱を起こすぞ。後は、ミネか。医の心得がいる奴に越したこたぁねぇだろ。」

「親方は離れててくりょうし。何時、次が崩れてくるかわからんずら。」

 そう言って、ぎゅむぎゅむ、という音を立てて走って…いや、歩いて行くカズのおっさん。雪が積もった今ではあれが限界だ。実に、しょんないな。

「カズの旦那の言う通りだ。親方は離れていてくれ。もう直に第二陣が来るかもしんねぇ。」

 確かに…、見上げれば、もう一段階崩れそうだ。柱は倒れ、屋根は二つに割れ、東側の壁は折れ、撓んでいる。

「あぁ?うるせぇ。」

 アルオの奴の足を挟んでいる木材を見る。持ち上げようとするが、びくともしねぇ。

「…、しかし、あんたまで怪我しちゃあ敵わねぇ。」

「…っくそ。」

 悪態吐いても変わるわけじゃあねぇが…。色々急いだツケか…。雨でも雪でも吹雪の後でもすぐさま炉が使えるように、屋根だけでもと急拵えした。だが、蓋を開けてみれば、いや蓋を開けてみるまでもなくわかっていたことだったが…。この冬は人がいねぇから、どの道鉄作りなんざ手を出せなかった。

 そのことに早く気付くべきだった。


 何とか…、屋根が再度崩れ始める前にアルオを引きずり出すことが出来た。タキオの持って来てくれた鉄の長棒が役に立った。

 ミネ曰く、アルオの足は治らないものではないらしい。雪にめり込むことで大分衝撃が緩和されたみたいだ。一番厄介だったのは足に強く縛り付けられたかんじきが梃子になって強く足を捻ったことだ。引きずり出す時もそこが引っ掛かりになって苦労した。

 アルオを助け出した暫く後、屋根はさらに崩れた。真ん中の炉はもう駄目だろうな。左の炉と右の炉は辛うじて助かっているかもしれねぇが、こいつぁ春まで、春になって労役連中が出揃うまで何か出来ることぁねぇだろう。精々が崩れちまったもんを多少片付けるぐれぇか…。

 ただ、耐えるしかねぇ。そういう冬が始まったってぇこってか…。

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