―精錬場、鍛冶小屋、タキオ―
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無垢なる雪に彩られたる女衆。未だ雲留まるも、久方振りの日光となれば、それも一入。それと打って変わって、こちらは暗々たる鉄火場、例えるまでもなく当に鉄火場。畢竟、鉄火場。一方は、銀雪に映える葉の濃緑、黒、金色の毛皮、丹色の交じる。不意に舞う雪はきらきらと。寒いはずの不意の風も涼やかに感じられるほどに。他方、こちら。熱気帯びるの赤。ちらちら散るは沸き花。炭の黒々。鉄の黒々。炭の赤々。鉄の赤々。成程、鉄をくろがねとは言ったもの。赤熱して、白熱して、尚黒さを殊更際立てる。諸肌脱ぎて、火花散るも厭いもせず、鉄鍛える姿こそ。汗散る、脂滲む。即ち、流麗とは、ほど遠い。
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「なぁ、親方…。」
「あんだ?」
「姫様方は外に行っちまったずら。」
「そうか…。外に出られるようになったか。…ちょっと待て。」
そう言って親方は炉に目を戻す。そんで、少し考えた後、火に焚べていた鉄を金床に無造作に置いて、むっくと、親方は立つ。
うーん。領の幹部、アルミア四足家の姫様方を、外に出られるかどうかを確かめるために使うのはどうかと思うけんども…。親方がもしかしたら領主様の女婿なら、うーん、良いつこんか?…まあ、噂だしどんだけアテになるかはわからんけども。
「炉と…、石を見にいかにゃあならんな。かんじきは?」
「あいあい、もう準備してんずら。」
親指で戸口の方を指す。
親方が何者であろうとも、こういう時どうするかってのは短い付き合いだけどわかんずら。どうあっても、鉄が一番。
オイラは無造作に立て掛けられた円匙と鍬を手に取って担ぐ。
合計、五本。
姫様方にも手伝ってもらわんといけんずら。
その論に親方も是非は無ぇずら。姫様だろうが、御領主様だろうが、何気にすることもない。村人だろうが、小作だろうが、流れだろうが、お構いなし。
親方は手慣れた様子で出鱈目にかんじきを括り付けると、そのまま雪に漕ぎ出でる。
「おい、こら、タヌ!ザム!メーコ!遊んでんじゃぁねぇぞ!雪除けだ!」
かんじきで雪に乗り出すと、そう大音声を上げる。
「あぁ、あいあい、そうだね。わかったよ。兄ぃ。」
そう最初に応えたのはタヌ様。まあ、そうだろうな、というのはわかっていた。吹雪の中だけんども、五日は一緒にいたんなら、わかろうもんずら。姫様三人の頭はタヌ様。女将さん同様の公都弁の女傑然としたお人。
「ほら、何時までも、遊んでいるわけにはいかないよ。ほら、ザム、メーコ。」
そう言って、ぱんぱんと手を叩くタヌ様。
「はい。タヌ様。」
即座に返事をするのはメーコ様。
ガーラン家のメーコ様は、同じ姫様だけんど、タヌ様の侍女のような振舞い。メーコ様曰く、「私は妾腹だから」ってこんだけど、そんな生まれた腹が大切なら、養女のタヌ様はどうなるんだって話だっつこん。それに一応当主って言う形になっているザマ様も妾腹には違わねぇずら。何を、そんに気にしているかは、オイラにはわからんけども…、まあ、そういうこともあんずら。
「えぇ…。」
露骨に不服そうに、ぶぅ垂れるのはザマ様。
まあ、こん人がこうだってのもわかってたこんずら。それこそ、冬に入る前から。
何やかやあったというのがカズのおっさんの言だけども、こん人はここに居着いた。いや、女将さんの出る前、つまり、出稼ぎ組の最後の一団が出る前までは木細工を黙々と作っていたけども。でも、その後は何をするでもなく、精錬場に来てはあちらこちら冷やかして回っていた。
「ザマ様…、仕事は仕事ずら。」
どうせ、親方にどやされてやることになるのだからと、円匙を渡す。
ぎゅむ、ぎゅむと、こう雪を踏むのも今年は初。また、この季節が来たのだな、と思う。
「ザマなら、ザマ。ザメイ様なら、ザメイ様。私、そう言ったよね?タキオ?」
意味も無く、未だ不服そうな顔をしつつ、しぶしぶ受け取る…、いや受け取らないザム様。いや…えぇ…。
「そう、いちゃもんつけんで欲しいっつこん。ほら、親方にどやされる前に…。」
「ほら、ザマ。ごねるんじゃぁないよ。」
不器用な足取りでやって来たタヌ様がザマ様をこつんとやる。
「痛いじゃないか。タヌ姉ぇ。」
タヌ様が此処に来たばかりの頃、吹雪になるほんの一日前、その時にはザマ様はタヌ様を随分と警戒していたのになぁ。今じゃ、馬鹿な犬みたいに懐いている。
「つべこべ、言わない。」
「はあ、しょうがないなぁ…。」
不承不承、漸っと円匙を乱暴に受け取るザマ様。
「私、これでもニカラスク家の当主なんだよ。三等騎士なんだよ。タヌ姉ぇよりも偉いんだよ。勿論、親方やタキオなんかより、ずっとね。」
胸を反らして自慢気に言うザマ様。その、三等騎士の位も危ういってのが、周りの大人の見解。どうして、そんな気楽気侭なのか。
「てめぇの立場振りかざすなら、てめぇの仕事してからだよ。」
タヌ様は背の低いザマ様の頭をがっしと掴み、向こうに向ける。
「ちょ、タヌ姉ぇ。私、子供じゃないんだから。」
子供ずら…。子供じゃなきゃ、そう意味も無く愚図ることねぇっつこん。タヌ様もメーコ様も働き者。鍛冶仕事は手伝えないが、縄編み、繕いは勿論のこと。飯の煮炊きも熟す。それがこの五日、吹雪の中での感想。
一方で、ザマ様は、その間中、吹雪の間中。やれ暇だ、やれ甘いものが欲しい、やれ面白い話をしろ。槌振るう親方に近づいて怒られたり、針仕事をするタヌ様の邪魔をしたり、終いには鍋をひっくり返しそうになって、温厚そうなメーコ様にすら叱られていた。
本当に、十に満たない子供のような振舞い。此処に出入りし始めた頃にはもうちょっと真っ当だったと思うんだけんども。何と言うか…、大人しくしていただけだったというか。
「ねぇねぇ、タキオ。」
各々、雪除けを始めた頃にザマ様は寄って来る。円匙は乾いたまま。
「まぁた、ずるしてんずら。しっかと働いてな。」
「それよりもさ。タキオ、どう思う?」
「どうって…、よっせ。何を…、ほいせ。」
雪を森の方へ投げ入れているオイラにザマ様は話しかけてくる。何をするでもなく、円匙を地に刺して、その上に顎を乗せてぶらぶらしながら。
「ほら、親方が騎士爵貰えるって話あるじゃん?」
「…知らんずら。」
「えー、タキオ。そんなんじゃ駄目だよ。」
べっし、べっしと雪を蹴って、こちらに掛けてくるザマ様。もうちっとでいいから仕事をして欲しいずら。
「そんでさ。まあ、親方あんなんでも、御領主様の譜代じゃん?そんなら、もうポソン家切って領の最高位の三等騎士もあるんじゃないかって。」
ザマ様のニカラスク家、タヌ様のファラン家、メーコ様のガーラン家、これにポソン家を加えてアルミア四足家。領の重鎮を代々務める家ずら。今は、ニカラスクとポソンが落ち目で、領を回しているのはファラン家とガーラン家。
…、何で自分の家は大丈夫だって思うのか。
ざっくざっくと雪を除けていく。空がこの調子だったら、吹雪にならずとも粉雪がちらつくぐらいはあんずら。お天道様が見えてるうちに出来るだけ進めておきたい。
だのに、相変わらずザマ様は、しょうもないことはくっちゃべっている。
「やっぱ、アイシャ様ってさ、正直不美人じゃん。そばかすも見っともないし、目もきつくて悪人面だし。」
はあ…、それは言ったら駄目なこんずら。ズブの兄貴もうっかり女将さんの悪口言って、親方…、あ、いやそれ以上にササンの姉御に絞られてたっつこん。
「そこんとこさ。タヌ姉ぇはさ。あぁやって美人だし。気立てもよいし。あのファラン家の養女だなんて思えないよ。えぃっ。」
ついに雪玉を作って投げて遊び始めたザマ様。うちの小さいほうの妹ですら、もうちっと働くっつこん。まあ、もういいずら。雪を森の方に投げているなら、ほんの少しでも雪は減る。
「でさ。あぁやって、露骨に親方に熱い視線向けているしさ。」
手は動かしつつも、親方の行った先をあっちらこっちら目で追いかけているのはオイラも気付いていたけども…。うーん、別にオイラは働いてくれるなら何でもいいけどさ。親方が、それこそ、そんなことで仕事を放っぽり出すようなことは無いだろうし。
むしろ、オイラにとっちゃ親方が今まで時間掛けて、ここに通いで来てた方が意外だったと言うか。それに、余程暗くならない限り必ず家に帰っていた。いや、可能な限り暗くなる前に仕事を片付けていた。
「やっぱ、ポソン家潰して親方が新しい四足家を建てるって言うなら、奥さんは重要だと思うんだよね。四足家なら、こう他の領の貴族とか家臣とか…えーと、そう言うなんかが来た時、家族で歓待したりするらしいし。」
なんで、らしい、なんだつっこん。おまんも、そういう立場のはずずら。
「だからね…。奥さんはやっぱ見目が良い方がいいと思うんだ。」
「はぁ…。そもそも…。」
厚手の麻の帽子の上から頭を掻く。
別に、痒いわけじゃない。手癖と言うか…。
「うん?」
「その、ポソンのお家潰しってのが眉唾だっつこん。それに、親方の騎士爵就任だって、そんなん親方から聞いたことも無いずら。」
何か、話ながらだとどうしても雪除けにも邪心が入る。ぺっちゃくっちゃ喋りながらも何だかんだ仕事を熟すズブの兄貴のようにはいかない。
そう言えば、ズブの兄ぃは冬はスルキアで過ごすて言ってた。ササンの姉御も一緒に行った。女将さんよりは早く出たはずだから、もう着いただろうか。確か、スルキアの精錬場に労役として潜り込むって話だったはず。いらんこんにならんといいけんど。
「えー、だって、家の者に聞いたし…。」
「あんな。ザマ様。」
色々言いたいことはある。
「結局、ザマ様も、そういうの見込んで、ここに来させられたんずら。親方、誑かそうって。ニカラスクも落ち目だから。」
でも、出た言葉は別にどうでも良いこと。
「あぁ、タキオもそう思う?」
でも案外…ザマ様は乗って来た。
「でも、私思うんだ。親方は、そういうんとちょっと違うかなって。大体、親方臭いし。私、アレ駄目なんだよね。ホント、タヌ姉ぇも物好きだよね。」
あぁ…。
あぁ…。
はぁ…。
「ふぅ…。」
見上げれば北嶺に懸かる雲は未だ黒い。それはそう。冬は始まったばかり。これから、未々雪は積もるだろう。そう考えれば、ちょっとやそっと雪を除けたとこで…、という気持ちはわからないでもない。
でも、この娘っ子の考えていることはそういうことじゃぁ無ぇずら。どこで鍛えて来たかわからん出歯亀根性。そんなんばっかで、ちっとも手ぇ動かさん。
これがぁ…春まで続くんか…。