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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第1章(前編)出立
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―アルム近郊、森を切り開いた一角、レンゾ―

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大小様々の、(すね)丈の小山から煙立つ、火立つ。赤き火あれば、青き火もある。(ふいご)推す声は整いて、かつ乱れて、木霊のように、エイオ、エイオと、響く。そう多い人数ではない。自身の農地の収穫の終わった農夫、それが、未だレンゾ・テニニならざる、アルミア家を支える八傑の一人たる人間ではない、ただの公都アキルナ生まれのレンゾ、である。その配下共の掛け声である。木立の中で彼らは、かつ押し、かつ引く、かつ踏み、かつ足上げる。その中で、ただのレンゾは岩に腰掛け、手で顎の不精髭を揉みながら沈思する。

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 意気込んで、野精錬やり始めてみたが、思ったより重労働だ。一日中鞴吹かなきゃなんねぇ。人手足りねぇんで一緒に公都から来たテガを連れてきた。金物屋をやってたし俺ほどじゃあねぇが鉄の良し悪しがわかる。同じく、ズブも連れてきた。こいつは元料理人だ。鉄造りも言ったら料理みたいなもんだ。俺は料理は知らねぇが。まあ、火加減とか時間とか下拵えとか、似たようなもんだろ。話してみたが、他の連中より割と話が通る。あと、農家のおっさん連中にも話をつけて何人かよこしてもらった。今いるのは、おっさん2人と子倅が3人だ。家の仕事もあるってんで、日替わりだが、大体日に5~6人はよこしてもらっている。

 野精錬のやり方はそんな難しくはねぇ。一番簡単なやつは仲卸の爺が一日で教えられるようなもんだからな。

 まず、肘ぐらいの深さ丸い穴を掘って、炭と石を入れる。炭に火を入れた後にうまい具合に羽口と煙突の風穴だけ残して石と土で蓋をする。後は鞴で風を送って炭を燃やすだけだ。大体、炭が燃え尽きたら、炉自体を崩して、中から鉄を取るって寸法だ。

 取り敢えず俺も一回やってみた。しかし、当たり前だが、おっさんらの方法では、あのクソみてぇなのしか出来ない。ここで出来ることを色々試してみてぇ。


 他にも色々何度かやってみたが、ただ出鱈目やってたらダメなことがわかった。やる前に気付けって話だが、やってしまったもんは仕方ねぇ。アニキのお陰で鉱石には大分余裕がある。一回一回の炉の大きさを小さめにしておけば、十分持つ。どうにかして何やったか書いておく必要があることがわかったから、アイシャに都合してもらって記録係としてササンにも来てもらった。俺らは文字はある程度は読めるが、書くとなると得手じゃぁねぇ。算術なんかも鍛冶屋仕事である程度覚えたが、数字とよく使う材料の類しか書けねぇしな。

 今は鉱石の砕き具合を調べているところだ。確か親方のところで見た鉱石はここに卸されたような大きさでは無かったはずだ。やっぱ多少手間暇かけて小さくした方が良い気がする。ひたすら、ひたすら鉱石を砕く。鉱石砕き用の槌があるわけじゃないから、石や何やで兎に角砕く。そんで、それを大きさ別にひたすら手で分ける。

「あ、レンゾ兄ぃ。これ金が入ってるよ。爺さんも耄碌したのかな。」

 ズブがわめいたのを、テガが呆れて答える。

「そりゃあ愚者の金だ。本物の金じゃない。何だったかな。硫黄だかが多いところで取れる鉄鉱石に交じってるんだ。一文の価値にもならないから捨てろよ。」

「ちぇーなんだ。レンゾ兄ぃいる?ほら、アイシャ姉ぇ光物に弱そうだし。持っていったら…」

 ズブがササンに思いっきりつねられる。アイシャは面倒見がいいから妹分どもに受けがいい。アイシャを馬鹿にすると、俺ですら肘鉄が飛んでくる。

「いや、本物の金じゃねぇんだろ。いらねぇよ。てか、真面目にやれ。」

 …いや、待てよ。硫黄と言ったか。確か爺さんが硫黄が多すぎる鉱石は良くねぇって言ってたな。

「おい、それ全部どかしておけ。絶対に鉄鉱石に混ざらんようにしろ。これ、記録しておいてくれ、ササン。」

「え、やっぱレンゾ兄それ持って帰るの?ほら、ササン、旦那のレンゾ兄ぃがこういうんだから、これアイシャ姉ぇ喜ぶんだよ。」

ズブはササンに鉱石投げつけられた。俺も、手元にあった愚者の金とやらを投げつけておいた。


 鉱石から愚者の金を取り除くだけで、大分効率は上がったし、出来た鉄の質も多少良くなった。どうやら、この愚者の金とやらから出るものが悪さをしていたようだ。炉周りの強烈な刺激臭も少しマシになった。この刺激臭の元も虫よけとかになりそうだ。ついでに、除いた愚者の金は鉄で叩くと火打ち石になることがわかった。そんで、これはこれで使えるそうだということで、別に保管することになった。家に持って帰って使ってみようとしたら、ズブがまたいらんことを言ったので拳骨食らわせておいた。学習しろ。


 さぁて、鉱石の大きさだが、小さいほど燃料が少なくて済みそうだ。それに最初は気付かなかったが、砕くのは大きさだけじゃなくて、選り分けってぇ点でも重要なんだな。俺も聞きかじりだったんだが、鉄鉱石ってぇのは赤いんだ。弁柄も鉄鉱石から出来ているからな。フブの爺ぃが持って来る鉱石はいらんもんが混ざっているから、出来るだけ砕いて、この赤いのを選別しなきゃなんねぇ。選別するのにはまず砕くのがいい。だが、あんま砕いて小さくし過ぎると鞴で吹いた時舞って煙突から出て来ちまう。一先ず今は指の爪ぐらいの大きさにしておくことにした。煉瓦みたいに焼き固められりゃあいんだが、あれをどうやるのか俺は知らねぇ。

 鉱石の選り分けなんかはテガに任せた。テガは思ったより体力が無い。まあ金物屋の店番が主な仕事だったからな。代わりに砕いた鉱石のより分けなんかは速い。農家のおっさん連中に出来たものの良し悪しを伝えるのもコイツの役割だ。最初は朴訥としたおっさん連中に少しビビッていたが、今は大分慣れた。

「あ、義父さん、そこはですね。」

 あと、ちゃっかり農家の娘さんと一緒になる約束をしていた。


 次に炉造りだな。まず、下穴の部分だ。ここが湿っているといけねぇ。だから当然雨の日は無理なんだが、土の中ってのは雨降ってもしばらくは湿っている。あと、そもそも雨とか関係なく湿っている場所もある。そういうところは避けるしかねぇ。石を敷き詰めておくとマシだが、手間がかかるんだ、これが。石工とかいたら楽になるんだろうか。

 で、石と炭を並べたら石と土を被せていくわけだが、こん時の土の湿り気も難しい。あまり、湿り気が高けぇと炉の温度が上がるのが遅ぇし、焦って火を無理に焚いて乾かそうとすると大体割れる。割れると温度の上がりが悪いし、あんま、割れがひどいと炉自体が潰れちまう。かと言って、土を乾かし過ぎると、粘り気が無くなって、そもそも最初に形を造ることがままならねぇ。炉を造るってのは大体は煉瓦職人の仕事だからな。そういう職人がいればいいんだが。

 そんで、炉が出来たら、徐々に風を送って火を焚いていくわけだ。だが、さっきの通り、あんま焦って焚きまくると、炉が割れちまう。だから案配が大切だ。大体は煙突から出てくる火の色なんかを見て判断するしかねぇな。

 この辺りはズブの担当ってぇことにした。テガとは反対にズブは思ったより力仕事に慣れていた。丸々買ってきた牛の肉なんかをさばくだとかで結構力仕事が多かったらしい。あと見込んだ通り、鉱石砕きは料理の下拵えだ、とか、火加減の調整に関しては俺は熟練だ、とかなんとか言いながら割合楽しんでやっている。今も何かの料理の作り方の歌を歌いながら鞴を踏んでいる。

「ふ~ん。ふふ~ん。」

 うん、まあ楽しそうなのはいいことだな。


 んで、炭を焚き終わったら、出来た鉄を取りだすために、炉を崩す。だが、直ぐに炉を崩すことは出来ねぇ。中はまだ相当熱いからな。それに焦って崩すと結局出来た鉄が燃えちまったりする。だから、十分冷ます必要がある。もう待ってたら日が暮れちまうから、大体は翌朝崩すってな寸法になってたな。俺らの仕事は大体朝方炉を崩して、新しい炉を日が天辺に来るまで作り続ける。そんで、日が沈むぐらいまでに炉を3つ4つ平行で焚いて、そんでまた翌朝炉を崩すってな案配だな。

 しかし、まず、このやり方は取れ高が悪りぃ。明らかに鉄鉱石が残っていることなんかが多い。石の分別をやったりして、この炉で何だかんだとやっていた。取れ高は上がったが、どう見ても余地がある。炉を大きくしたかったが、そもそも、毎回崩しちまうから、手間暇がかかるんだ、これが。

 毎回崩しちまうってのは手間暇だけの問題じゃねぇ。毎回炉の形が変わっちまうから、風の送り具合やなんかも違っちまうんだ。下穴の部分は残るが、徐々に金糞が溜まっていきやがるから、2~3回に1回ぐらいは堀り直しだ。そうすると、丁度いい風の送り方ってのが、がらっと変わっちまうってなもんだ。俺らも毎回同じもん造れりゃいいけどよ。素人がそんなに同じもん毎回造れるかってんだ。

 この辺りのころこと変わっちまうのを何とか記録してまとめてくれているのがササンだ。ササンのまとめてくれた資料は非常に見やすい。意外なとこに才能もあるもんだ。確か軍で備蓄食料の管理をやっていたと言っていたな。ひたすら、在庫の数を数えて、腐ってくる前に出してしまうだけの仕事だと言っていたが。アイシャが。もっと難しい仕事も出来たんじゃないか。軍の事務方にどんな仕事があるかなんて俺は知らんが。取り敢えず、アイシャにべた褒めしとくように言っておこう。俺はあんまり褒めるのはうまくねぇし、俺が褒めるよりアイシャが褒めた方がササンは喜ぶだろうからな。そもそも、コイツ未だアイシャと俺が一緒になったこと認めてないって言っているしな。ほら、今も俺の後ろでブツブツなんか言ってる。

「アイシャ姉ぇは何でこんなもむさくるしいモジャモジャと…きっと脅されて…。」

 脅してねぇよ。むしろ、脅されることの方が多いわな。


 最初に比べりゃあ、ある程度のモノは出来てきているが、まだ俺の目指すところにはほど遠い。あと、今やっている炉の大きさじゃあ大量に造るのは難しい。今の炉はとにかく歩留まりが悪いからな。炉の構造自体だとかももう少しいじってみたいところだ。

 うーん、やっぱ人と金が足りねぇな。出来たら本格的に冬が来てここが閉ざされる前に色々調達しておきてぇ。確かアニキがそーいうんは家令の爺ぃか、その息子に聞けって言ってたな。いや、代替わりして息子の方が家令だったか?今アニキも盗賊退治だなんだで出てるしな。よし、あいつらのいつあのデカい建物に行ってみっかぁ。

そもそも製鉄とは何かでしょう。

自然界では鉄は酸化された状態、すなわち錆とほぼ同様の状態で存在します。

(そういう例えが多いというだけで実際的に最も多いのは、橄欖石などのシリコン、マグネシウムと言ったものとの複合酸化物が最多ではありますが)

何にせよ、この状態から金属としての鉄を取りだすのが製鉄と言う作業となります。

どうやるかと言えば、単純には炭と一緒に焚けばいいわけですが、具体的などうこうはまたそのうち。


あと、個人的に主張しておきたいのは、たまにある理系は料理が出来ないというのは嘘だということです。出来ない人間を見たとしたら、その人は実験センスがありません。少々って言ったら少々として適切な量を測れるのが実験センスのある人間です。

つまりは、ズブの言う通り製鉄も料理です。

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