―精錬場、ナナイ―(2)
「で…、何の話してんだい?まさか、悪巧みってぇんじゃないだろうね」
「へっへ、へへへ、流石姐さんにゃ、敵わねぇな。ちぃと、こちらで一つ…、見逃しちゃあくれませんかね」
「なんだい、お主も悪よのう」
アルオの奴が、手の甲で隠して何か手渡してくる。
「…ってぇ、こんな小石で何しろってぇんだい?」
その小石を放る。
全く…、ザメイ様もぎょっとした顔してるじゃあないかい。
「しっかし、アルオの旦那は…、そういう趣味かい?あんまり、良い趣味じゃあないねぇ…。それで、その齢まで独り身かい?」
「おいおい、勘弁してくだせぇや。ちょいと…、ま、雑談ってぇ奴でさ。それに、あっしが独り身なんは、稼げねぇ部屋住みだったからでさ」
ふぅん。この反応、ザメイ様の秘密ってぇヤツも御察しのようだね。
こっちはこっち、モノホンの秘密なんだがね。民草は気にもしないね。気付いているモンも有りそうなモンなのにさ。
ま、それは、さておき…さ。
成程、ザメイ様も大分大分お困りのようだね。
わからいでもないけどね。レンゾの奴が何も考えずに話を振って、何だったか…、そう、えぇと、思い出の品…だったかねぇ?そんなもん貰ってどうするんだってぇ話もあるし、金目のもんなら売られるか取られるだけだし、そんなもん準備する人も金もどうすんだい、ってね。
私らだってあの場にいるには色々準備したってんだからね。そんでそんで臨んだのにね。こんガキが、その場でぽんと思い付いたもんでね。そう思い詰められても困るんだけどね。
「…あんま、気ぃ張っても良いことないよ」
ザメイ様の方に向かって言う。
「どうせ、レンゾの奴が適当に振った話さ。そう根詰めないでさぁ…ね。下さいなぁ、ってね」
かがんで、茫然と…いや茫洋とした、ザムの坊の肩を叩き言う。
あの場じゃ、ザムの坊の風向きがあからさまに悪かったからね。ちぃと気分で、手助けしただけでさ。多分ね。元々、周りも期待しちゃあいない。苦し紛れでも何でも、あの場で何か言った…、それで十分なわけさ。
私が…あの時分に…、あん齢の時に…、あんな立場にいたらさ。ビビっちまって、何も言えなかっただろうさ。あちらにゃ、領主サマ。私らにゃ、いつもの兄ぃだが、坊から見たらどうだか。こちらにゃ鬼の顔した家宰ドノ。柔和に見える、あの家宰サマに…どう迫力を感じるのかって。そうさ…、案外ああ言うのが、腹にイチモツ抱えている、ってぇ、それを察する勘は…悪くはないだろうがね。
どのみち、あん時のあれで十分。
だから、自分で言ったアレを真に受けて、気張っても仕方ないんだよ。
兎に角何でも良い、あの時口を出した。それで、お家の事情も大分良くなったはず。私ゃそれで十分だと思うんだよ。
「…ところがどっこい。あっしはそうは思わねぇんすよ。姐さん」
頭掻き掻きアルオの奴が言う。
「あんだい。アルオ。やっぱり、あんた、そういう趣味かい?」
「いやいや、あっはは。そんなじゃぁねぇですて」
「ま、それは冗談としてさ。どうした案配だい?」
「いやね。俺ぁ、ナナイの姐さんみたいに、その場にいたわけじゃぁねぇんでね。詳しい状況は良ぅわかってやいませんがね」
「勿体振らずに早く言いな」
ついイライラとしてしまう。
「あいあい。すいやせんね」
急かしたというのにも関わらず一拍置いて続けるアルオ。
「あっしやあ、これでもね。若い連中の面倒を随分と見て来たんでやすよ。でね。そん中で、ま、考えることもあるわけでさ。若いモンの前で言うことじゃぁねぇのかもしんねぇやすけどね。それぞれ足んねぇとこも、十人十色でやすけどね。やっぱね。大体、共通して足りねぇとこがあるんですわ。そう…、若いモンの前で言うことじゃぁねぇってのはね。出来るだけ、それにゃ自分で気付いて欲しい…ってぇとこもあってね。てぇわけですわ。ナナイの姐さん…。そりゃぁ、何だと思いやす?」
ここで、自前勝手にこっち振って来やがるアルオ。
そう笑みが嫌らしいから、嫁の一つや二つも娶れないんだよ。
「すいやせんね。どうにも笑い方だけは、いや、それだけじゃねぇですが、女性には好かれないんでね。勘弁して下せぇや」
「…悪かったね」
そう、嫌悪を表情に浮かべてしまった。これは私が悪い。だが、そういう、言い方。それに勝手にこっちを見透かしたかのような言い様。それが腹が立つんだよ。
見れば、いや、わざわざ見なくても目に入る。汚らしい手。爪には泥だか垢だかが詰まっている。この寒いのに無駄に汗臭い。こうして喋っている間にもちらちらと私やメッケの胸や腰に目をやる。
全く、粋でも鯔背でもない。ただただ野暮。
「ま、慣れているんで。へっへへへ」
それに気付かれているのにも気を使おうともしない。
レンゾの奴の宰って言えば確かにね。
同類さ。
本当に…アイシャは何であんな奴と一緒になったのかね。
つい、目の前のアルオから眼をそらして、遠くの山を見る。峰は雲に隠れて見えないね。
「そんで、話は戻ってさ。…何だったけね。気付いて欲しい云々だったかね」
「へっへへ。あいやね。姐さんは多分わかっていると思いますがね。でもね。こん坊は未だ、そこんトコ未だ未だってぇわけでね。あっしゃあ、つまり、そこんトコが気になるんでさ」
「イチイチ、持って回って言い方するんじゃぁないよ」
「あいや、すいやせんね。だが、コレばっかりは俺は自分で気付いて欲しい。だが、それに気付くにはよ。やっぱ、荒い肌合いに揉まれてよ。実際、てめぇで手に取って、やってみてよ。ちっとやそっと、打たれて…、折れねぇ程度に打たれてよ。何なら、それに歯向かってみてよ。そんで、漸っと気付くモンじゃあ、ねぇかと思ってよ。思っていましてよぉ。そんでよ。ちっとやそっと、折れた、滅気たトコロでよ。まだ、取返しの利く、そういう齢のうちに、そういう立場のうちに、気付けるモンなら、気付いて欲しいわけでよ」
ぱん、と膝を打つアルオ。
「まぁ、まぁ、そういうわけでさ。だから、あっしは思うんでさ。えぇ、ここはぁ、断固として言わせてもらいましょ。姐さん、姐さんの言う、その、あんま気張らなくていい、ってぇのはね。もしかしたら、優しさってぇのから言ってんのかもしんねぇですがね。それは本当に、こん坊のタメになるかってぇと、あっしは違うと思うわけでさ」
にちゃり、と口角を上げる禿げ上げた小男。
「…ちっ」
「姐さん、姐さん。そうは思いやせんか。いや、姐さんは立場に立って未だ日が浅い。だが、これから幾らでも、若いモンの面倒を見て行くことになる。いや、若いモンだけじゃあない。多くの手下の面倒を見ることになりやしょう…」
ちらとメッケの方見て…。
「そっちの姉ちゃんも含めね」
つい、顔を顰めてしまっているのに気付く。メッケの奴が手下…。正直…、失礼な話、傲慢な話、同格とは思ってはいなかった。取り巻きみたいなもんだと。
だが、同い年の連れでもある。
…わざわざ、仕事の指図するってぇのも違うってぇ…。
そういうもんだろ?
「姐さんはあっしに比べりゃ、随分と若い。あっしがそういうことを考え始めた年頃から考えても…若い。だが、これから、そういうことも考えていかなきゃ…いけねぇと思うでがすがね。へっへへ」
でも、このおっさんの言い分にゃぁ、違うらしい。
…そう、メッケのこと…、連れではなく…、手下として扱えということか。
「あぁ、あぁ、勘違いしちゃぁいけやせんぜ。下に見ろってぇことじゃぁありやせんぜ。まあ、半分はそうかもしんねぇけどよ。でも、もう半分は…そう、っちゃぁ、そう」
本当に、イチイチ回りくどい。
「姐さんもさ。てめぇ、あんたもさ。まさか、青洟垂らしたガキ相手に本気になって殴りかかったり、言い負かしたりしようとしたりはしねぇだろうがよ。だがよ。その態度が下に見てるってぇ言われたら、どうよ?そりゃぁ、違うんじゃぁねぇか、ってぇなるだろうがよ。でもよ、そん一方でよ、おめぇ、ジジババやガキが倒れて転んで、そうしているのを目にして、助け起こしに行くべきか、助けに行くのが道義だろうな、そう思うそん心は、てめぇ、それは、相手を下に見ているからだ。どうでぇ、どうでぇ。そう言われたらさ。どうでぇ。へっへへ、へぇへぇ。えぇ?」
「あにが言いたいんだい」
「姐さんなら、わかっていましょうや」
アルオの旦那はにやけて言う。
ザムの坊は何やら、どこから拾ったかわからない枝で地面をほじくり返している。いや、あんた、何してんだい?こっちは真面目な話してんだからね?
「てんで、わからないね」
メッケは…、どこか渋い顔をして…どこかを見ている。
「あ、いや、ははは。姐さんはやっぱ、物分かりがいいな」
わからないってぇ言っているだろうがよ。こんクソジジィ。
「へっへへ、うちの女将さんにゃあ、負けるかもしんねぇけどよぉ。へへへ。良い女大将さ」
わざわざ、的確にこちらを煽ってきやる。
「ちっ…口の減らない奴だね」
…ホント、今日は厄日だね。