表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
117/139

―精錬場、ナナイ―(1)

-----------------------------------------------

曇天の最中、日の漏れ出ずるとこあれば、また隠るとこ有り。昨夜降った露は未だ乾かずして、道に泥濘を為す。足を差せばぬっちゃと、足を抜けばぬっちゃと、歩き難い道。そんな道を歩く、女二人。いや、幾らかの武士(もののふ)こそ、付き従うが、主人公は、その女二人。と言った有様。畢竟、付き添いは付き添いということか。いや、二人の女にも十全たる差がある。態を見れば、主足るは、髪を艶やかに馬の尾のように結わった女伊達たる彼の女。副えの女は一本結びのおさげ。副えの副えたるは険のある顔付き。己に何恥ずることはない、と言った有様の主たる女とは好…とは言えるか、言えないか。対照的である。彼女ら一行は精錬場に相変わらず黒々とした森を抜け、精錬場に入る。

-----------------------------------------------


「あいよ、あいよ。ご無沙汰だね」

 そんなことを言いながら、精錬場に入っていく。ここも随分と立派になったもんさね。元はちょっと森を切り開いた、こじんまりとした広場程度だったってぇ聞くにね。

「…そうだね。…そうだね。色々厳しい時節みたいだねぇ」

 ま、こう愛想よくやって行くってぇのが商売のコツってぇ奴だね。

 そんで、モズの爺さんと立ち話。

 しかし、話を聞いていると、やぁっぱ…、厳しいみたいだね。今年の状況は…。

「…あぁ、ねぇ。そうだね」

 そらそうだろうね。

 虫害やなんだだったら、畑の一つ、悪くても村の一つだけどね。天の不順だからね。スルキアの方でも大分麦の値は上がって来ているし、流れの連中でも(さか)しい奴らは、どんどん南に逃げていっている。

「そうだねぇ。でも、そうだねぇ。ちっとは出稼ぎに行ってもらわないとね…。」

 戻って来てくれるってぇんなら、冬の間の面倒見なくていいから、むしろ出稼ぎに行ってくれる方がいいんだけどね。戻って来てくれるんなら…ね。

 ハージンの奴が言ってた話とか、私が行商で渡って来たとこで聞いた話とか、雇い主だったオーボンの旦那の話だとか…。そんなん曰く、やっぱり、一度飢饉だなんだがあると、ぐっと人が減って戻らないなんてぇことは良くあるってね。規模の小さいところじゃ、そのまま廃村なんてこともあるってね。まさか、領自体が無くなることなんては、…無いと信じたいけども。

 ここで、少し爺さんの顔が少し明るくなる。話がこの前漸っと届き始めた麦の貯えにも及んだからだ。鉄と交換だから、相応の量がここで下されるからね。そう耳が早くなくても、ここで働いているなら、わかろうもんさね。量は…勿論、未だ未だ足りないんだけど…、無いと有るじゃ全然違うからね。

「あはは…。はっはは、いや…いや…私は何もしていないよ…。ほんの少しだけ手伝いをしてるだけさね…。うん…うん…偉いのは…お館様さね…。うん…」

 少し…、仕込みはしたが、セブ兄ぃの評判は上向いて来ているみたいだね。

「うん…、うん…でもね。それにね…。旦那のお陰でもあるわけさね。ここで作った鉄で麦を購っているだからね…。」

 ここは、少しゃぁ、ヨイショでもしておこうかね。

 そうさ。案外、そういうのが利くもんさね。

「そうさ…、そうさ…。うん、でも流石に畑仕事を全部止めちまうわけにはいかないけどね」

 本当に、何て言うか、素朴な爺さんだよ。この齢で、そう…、眼ぇキラキラさせないでね。欲しいね。

 ホント…、レンゾ奴に毒されているね。

 しっかしね…。これがね…。兄ぃの言う、…()()ってやつかぁね。

 ま、この場合…、私の立場からすれば…、それが何だろうが()()()()いた方が、余程、よっぽど、…いいんだけどね。なんだか、複雑だね。騙しているようでね。

 そう鉄だ、何だの話をしていたら、レンゾの話に移り…、アイシャの話。

「…あぁ、アイシャかい?達者だよ。…そう…そう、もうお腹も大分大きいよ。生まれるのは未だ未だ先らしいけどね」

 モズの爺さんは続ける。領がこんな状況じゃ稚児(ややこ)や、奥方…つまりはここの親方…レンゾの奴の奥方ってぇこと…が心配だって。

 確かにね。私も少し懸念してたとこだね。

 稚児に何かあっちゃ障りあるし…、産後の肥え立ちが悪けりゃ…、ってぇこともあるだろうしね。

「そうだね。…そうだねぇ。…確かにね。領がこんな状況じゃねぇ…。私も流石にちょっと心配さ」

 アイシャはねぇ…。私とは色々あった、…、っちゃぁ…あったけどね。でも…。そう…。思えば…、私にとっちゃぁ、ねぇ?えぇ?

 てめぇの…なんだ、そう、えぇと、あぁ、ねぇ?えぇ?

 えぇい。まどろこっしいね。

 つまりはね。要は、畢竟、あん女は、私の…、何ちゅうか、…そう…。

 好敵手、…ってぇ奴さね。

 それが何勝手に、舞台から降りようもんなら、ね。そりゃぁ、納得行くもんも、行かないさぁね。それに…、まぁ、私らの仲間内じゃぁ、ある意味、一番槍ってぇの、子供こさえるののね。そんなとこさ。つまり、それに、もしものことがあっちゃぁ、今後の私らの吉凶占うってぇもんさね。

 だから、つい、気風を切っちまってね。

「大丈夫さぁね。何たってぇね。お館様が妹の一番だからね。悪いようには周りがしないさね」

 なぁんて、言ってから気付いたのさ。てめぇの言い回しの迂闊さにね。で、焦っちまったんだろうね。私も。

 モズの爺さんだけじゃぁない。話を聞いていたのは、他にも四、五いた。そいつらが、一緒になって「あ」、なんて顔をしていた。

「いや、違う、違う。違うんだよ」

 否定するも、周りは勝手に納得してしまったよ。「あ、いや、わかっていんで」ってぇ顔してんじゃぁないよ。こっちが必死になるほど、周りはそういうもんだって得心してしまう。

 つまりは…連中の考えていることはこういうことだろうさ。

 アイシャは、セブ兄ぃの…ご領主の実妹。そういうこと。

 ご領主の知られていない血縁てぇのは色々複雑な事情がある。だから、その事実は秘密。公都からの長い付き合いの私らは知っているかもしれないが、ここでその辺開けっ広げにするわけにゃあいかない。だから、うっかり口を滑らした私は慌てる。

 アイシャがご領主の妹御なら、その婿のレンゾとは気安い仲でも不可思議じゃあない。ここの領民には天上人のご領主にも兄弟同然で…。アンポンタンのアホウのズブは兎も角、昔馴染のはずの私もテガも一応は、それに偶にここに来る他の公都の連中も、ここの民草を前にしてはセブ兄ぃをご領主として扱う。ミネの奴も割と馴れ馴れしいが乳母子だって認識されている。実際、そんなようなもんだしね。だが、レンゾの野郎は野放図だ。

 それに、下々…から見たら、アイシャもレンゾも随分と待遇が良い。アイシャは身籠ったがわかるや、付き人や乳母なんてぇモンまで見繕われて…。本人は少々煩わしいってぇ、愚痴ってたけどさ。てめぇ、そりゃぁ、御大尽の悩みってぇ、もんさ。

 そんで、レンゾだ。この精錬場だ。成程、今更だけど、ずぃと見回せば解る。随分と、金と人を懸けたってぇことがわかる。わかっちまう。人足の人数からして違う。私も幾つかの村を見て廻ったからね。その貧富、格差。そりゃね。てめぇの妹婿に斡旋するには自然…。そう見えてしまうのは仕方あんまいさ。

 あぁあ、何か、下手こいちまったみたいだねぇ。

 えぇ?

 薪を焚べたのは私じゃないにしてもさ。そこに火ぃ着けちまったのは私…。

 あぁ、もう、頭が痛いねぇ。

「あははは、こん事ぁ、ね。秘密だよ。ね?」

 そうは一応は言っておく。だが、人の口には戸は建てられない…。

 そんなことを考えていて…。

 ふいに目をやって、そういや、ここまで一緒に来たメッケがいた。

 別に、こん娘も悪い子じゃあ、ないんだけども。

 そうやって、小声で、ぶつぶつと文句を言っていたんじゃあ、ねぇ。伝わるモンも伝わらないってぇモンじゃぁないか。

 まぁ、今、たった今、うっかりで変な伝え方しちまった私が言うことじゃあないのかもしれないけどね。


 そんで、這う這うの体で、やっとやっとどうにか逃げて、(まろ)び出る、その先。

「おう。ナナイの姐さんじゃぁないか。ご無沙汰だな。メッケの嬢ちゃんも、…達者か?ははは」

「あんだい。アルオの旦那かい。それに…そこにいるのは、ザメイ様だね。これは…お久しゅう御座いまして」

 何故か、ザメイ様がそこにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ