―精錬場、アルオ―(3)
「いやな。俺はよ。サテンの旦那もよ。一端の男だと思っていてよ。なるほど、聞いた話じゃ、若い頃、皇都の博覧会で何がしの褒賞を貰ったってぇ話じゃあねぇか。んな職人ってぇのはそうそうはいねぇぜ。俺のいた界隈でもよ。そんな経歴持つ旦那はそうはいねぇ。俺の親父だって、公都の職人街じゃ顔役の一人だが、公爵様から表彰貰ったことあっても、皇都でってなったら、そんな話はとんと聞かねぇ。」
一応、表情をちらとだけ見ておく。
まあ…なんだ。
何を言っているか、話が長くなりそうだな、興味が無い、また何か御託か何かか、そんな案配か。
これも良く見た顔だ。
俺も流暢に芸人みたいに、いきなりぐっと惹き付ける話し方が出来たら良かったんだろうがな。
「まあ、聞いてくれ。聞いてくれ。ちぃと回りくどいかもしれねぇけどよ。」
「は、はぁ…。」
「おう。おう。頼むぜ。頼むぜ。」
立っているのも何かしんどいしな。小僧とはちっと離れた位置に座る。親方の鍛冶小屋の方。施工の加減か、ちぃと良い案配の腰掛けになる出っ張りがある。
下手くそ大工に感謝することもあるぜ。
「ははは。」
何か、笑えてくる。
サテンの旦那はな。正直よ。腕は達者だが、ちぃと器が小さいところがあるからよ。
そりゃ、そうだ。腕もある。立場も領館のお抱えと立派だ。だが、この領の職人連中に対して、ほとんど何か言って聞かせることは出来ねぇ。外様だってぇのもあるかもしれねぇが、そんでももっとやりようはあったはずだ。
だから、こんガキみてぇに無策で何か頼みに行くってぇのは下も下だ。
だが、そういうことをこのガキに言ってしまうってぇのは違う。
簡単に、いとも簡単に、てめぇ自身は悪くねぇ、って開き直っちまうからな。
さぁて、何と言ったものか…。
「そうだな…。」
そう、例えば椅子か。俺の今座っている不格好な出っ張り。案外、こうして腰かけるために、わざわざやったとも考えられる。カズの旦那は、そういうとこも気ぃ回る御仁だからな。
カズの旦那とサテンの旦那が何となく上手くいくのも頷けるな。
カズの旦那はよ。言ったら、難だがよ。底は浅い。
浅い分、広いってぇのが、あん旦那の良いところだがよ。
拵えにしちゃ、不格好。不手際で出来たにしちゃ、やはり不格好。だが、だが、そこに一つの心意気は感じる。それが、カズの旦那の仕事さ。
「そう、色んな御仁が世の中いるもんさ。」
ちぃと椅子を叩く。椅子じゃねぇが。
「は、はい。」
「まぁな。お前さんが何をやりてぇのか、企んでいるのかってぇのは、俺はよ。大体、察しは付いている。」
「じゃ、じゃあ。」
ぱっと顔を上げる坊。
「た、企んではいないけど。」
目を余所にやる若旦那。
「そこが早計ってぇもんだ。」
そう、坊。てめぇ、それ、ちぃと直截的だぜ。いちいちな。
「え、えぇ…。」
「そう、落胆すんなって。話は未だ終わってねぇだろ。そうこう一喜一憂してたら、たまんねぇぜ。この世渡って行くにはよ。辛ぇな。だが、それがこの世てもんさな。」
「う、うぅん?うん…うん。え?えぇと。」
「ま、世を渡るってぇのによ。お前ぇさんはちっと若すぎた、幼すぎたかもしんねぇ。だが、そうなっちまったんなら仕方ねぇ。俺ぁ、そこんとこ逃げて来た人間だからよ。逆にわかるってぇな。情けねぇ話だがよ。」
「う、うん。」
得心いかないようだが…。
「だが、納得してやっていくしかねぇんだ。」
「それで…どうすれば…、誰に頼めば…。」
この場合、こん若旦那が、今の若旦那が頼って色よい返事がもらえそうなのは、どう考えてもカズの旦那の方だ。まかり間違ってもサテンの旦那じゃあねぇ。
おそらくだが、親方はそこをわかった上で、サテンの旦那に声掛けするように言った。
「まずは、そこだな。その考え方だ。そこをどうにかしなけりゃな。」
しかしな。難しいな。だから、安易にカズの旦那を紹介するのも違ぇってもんだ。
どうにもな。どうやったら、わかるのか。どうやってもわからんのか。年月経つにつれ、わかった奴もいるが、それは俺がどうこうしたってぇわけじゃねぇ。そう思う。未だ、慕ってくれているのが、申し訳ねぇなんて思うほどにはよ。てめぇ、未だ時分は部屋住みの身分でよ。ガキと女房拵えてよ。
まあ、それはいいんだ。今は。今は、こんガキに何とかして教えなきゃあなんねぇ状況だ。
「まずは…だ。そこだな。取り敢えず、正しい答えだけ知ろうってぇとこだな。そして、それを誰ぞに聞こうってぇとこだ。それじゃぁ…な。世を渡っては行けねぇ。」
「いや、そんなこと言ったって…。領がこんな状況じゃ、家がこんな状況じゃ、間違いなんて…許されないし…。」
「いや、いや、違ぇよ。領がこんな状況だからこそ、あんたの家がそんな状況だからこそ、だぜ。」
「そんなこと言ったって…。」
「親方がよ。なんで、てめぇによ。仕事任せる流れにしたと思うよ。なぁ?あんの融通利かなさそうな親方がだぜ?」
「そんなこと言われても…。わかんないよ。」
「まあ、確かにな。親方が何言ってんのか、わかんねぇ時があるだろうことは想像に難くねぇがな。だがな。あん親方はな。意味の無ぇことぁ言わねぇ。あれでな。意味の無ぇことはやらねぇ。あれでな。」
案外あの兄ちゃん、な。ここに来て聞く話や、公都にいた頃の端々聞いた噂じゃ、甘ったれた小僧ってぇ側面も捨てきれねぇとこもあったがな。
立場は人を作るってぇかな。
いや、元々やりてぇことがあったのか。それを出来る身分を得たとでも言うか。それに気付いたということか。俺が、ここに来た時分にゃ未だちぃと迷いはあったみてぇだがな。どっかで吹っ切れたか。
そう、まあ、吹っ切れるってぇのも一つのやり方さな。
「そう、今の親方は意味の無いこたぁやらねぇな。」
「じゃ、じゃあ、どういう…。もしかして…、出来ない仕事を回して、そして、ヘマをさせて…。それで…。あ。う、家の人間が言ってた…。タッソさんは、どうにかしてニカラスク家に失点付けて、取り潰そうとしているって。親方さんはタッソさんの派閥だから…。えぇ…そんな。」
小僧がわなわなと震え始める。
「まあ、待て。待て。落ち着けや。な。そんなわけねぇだろうがよ。ちぃと考えりゃ、わかろうもんだろ。」
どうして、そうなんのか。ちぃと被害妄想が強すぎねぇか。えぇ?まあ、色々追い詰められているのはわかるがよ。
っと、立ち上がってちまったが、こん若旦那に迂闊に触っちまっていいものか。
「あん親方が、んなことに興味があるはずねぇだろうがよ。奴さんに見えているのは、てめぇの仕事だけだぜ?んなもん、見てりゃ、わかろうがよ。」
まあ、ヘマさせて、ってぇのは案外親方の思っていることかもしれねぇが。
「いや…でも…、親方さんは、ファラン家の派閥だって。家の者たちが…。公都から来た人は皆…。」
「確かによ。そう見えるかもしれねぇけどよ。」
ここに領主のセベル様を連れて来たのは、タッソの旦那だって聞いたしな。今、ここで宰領任されて辣腕奮っているのも旦那だ。そして、それを支えるのは、どうしても公都組でそこそこの地位に就いた連中が目立つ。そうも見えようぜ。
だがな。
「そりゃぁよ。てめぇの眼で見た結果か?おい。そん眼を見ぃ開いて見ろよ。耳垢かっぽじって聞いいてみろよ。えぇ?あん兄ちゃんの、興の向くと処ってぇヤツをよ。どうでぇ。笑けるだろ。あん兄ちゃんの向かっている先にゃあな。派閥だなんだ、立身栄達だなんだ、ってぇものどころか、権威権力だなんだ、名誉だなんだ、ってぇのも一切ねぇよ。」
「じゃ、じゃあ、親方さんのやりたいことって…。あ、そうだ。遊んで暮らしたい…とか…。」
…、いや。
そぉじゃぁねぇ…だろうがよぉ。なぁ、おい。頼むぜ。頭領なんだろ?おぉい。本当に頼むぜ。
「ああぁ…。でも…。案外間違っちゃあ…いねぇのかもな。」
お、雲が流れて御日さんが見えて来やがった。ちぃとは暖かくなるかなぁ。いや、たまたま雲間から漏れただけだろうな。直に隠れる。山々の頂は暗い雲に包まれたまま。
「そう、案外間違っちゃいねぇな。」