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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
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―精錬場、アルオ―(2)

「いや、ロコから聞いた通り…話せそうな人で…良かった。」

 そんなことを独り言ちながら、ガキ…若旦那は滔々(とうとう)と話し始める。

 ほとんど初対面だってぇのにな。

 いやあ、そう、案外、俺ぁガキの扱いも得手、ってぇ奴でよ。何でか懐かれることも多いんだよな。若い奴じゃなくて、ガキな。若い女だったら…なぁ…。ガキだった奴が成長して、良い女になる時分には、スカンだもんな。うぅむ。俺も未練がましいな。婆ぁ、ガキんちょ、そいつらに対して得られる歓心がちったぁ女どもに通じたら、もちっと俺の生涯も違ったもんになったんだろうがよ。

 ま、生まれ持った本性ってぇ奴にゃあ逆らえねぇってぇことか。はぁ、仕方ねぇな。家は兄貴が継ぐし、嫡子たるの甥っ子もすくすくだ。俺が何心配することもねぇ。

 俺ぁ、気楽にやりゃぁいい。そう、親父も兄貴も言ってたな。

 言ってたなあ。

 けどよぉ。

 そりゃあ、期待ってぇやつとは裏腹ってぇ奴でよ。

「それで…、そうなんだ…。」

 一方で、こん若旦那はなぁ。俺が裏腹なら、こん御人は、その裏腹の裏腹ってぇヤツかね。つまりぁ、表か。要はそういうこってヤツよ。俺が気持ちがわかるかってぇ話なんだがなぁ。

 まあ、こん坊にゃ関係無ぇ話だろうがな。

「私の役割は大したことじゃあない。…と思う。でも…。その…色々やってみようとか。そう思って。それで、寄合で言ってみたことをやってみようと、思って。それで…あぁとえぇと…そうだ。その寄合で私が言ったことってのは…。いや、本当に大したことじゃないんだけど…。でも…。」

 ふぅむ。空を睨むが、別段さっきと変わらねぇ。なんか、若旦那の方をじっと見るの変だし、遠巻きにはお付き連中がいるから、そっちもな。そんで、胡坐組んだまま、顎でもすりすり、こうやって曇り空を睨んでいる。

「大したことねぇ、ねぇ…。」

 ま、大したことねぇ、ってぇのは違ぇんだろうけどよ。こんでも、こんな珍竹林でも、この領の重鎮の一人だってんだ。

 その任の大きさたるや、その責の重さたるや、思いやられる…ってぇもんよ。なぁ…。俺と違ってな。

 こんに、ちんまいガキだってぇのによお。ロコの奴と、そう違わねぇ。いや、ちぃとばかり幼いかもしんねぇ、こん若旦那に…。期待寄せて、てめぇらはなぁに縮こまってんだよ。ってお付きの野郎どもに言い聞かせてやりてぇとこだが。

「何かお守りとか、ほらさ。外に出るってのなら、やっぱさ。あった方がいいんじゃないかって。」

 しっかし、何が、どうなんだよ、ってぇな。説明が下手ってぇもんでさ。

 あっち行ったり、こっち行ったり、城攻め本丸攻めずに手慰みの茶摘みに行ったり、って案配でさ。

 だから、てめぇ、そんなん言われたってよ。もちっと具体的に言ってくれねぇかな。若旦那の言葉は端々で、何がどうなったか、何をどうしたいか、ってぇのが伝わって来ねぇ。日頃駄弁るだけなら、そんなんでいいかもしんねぇけどよ。仕事の話なら、そこんとこしゃっきりしてくれねぇと、こっちもどうしていいかわかんねぇだがなぁ。

「だから…私は…。その何か飾り…とかさ。こう…。そういうのが、いいと思うんだ。軽いし。あまり、重いと荷物になるし。」

 つまりは、この飾りってぇのは、所謂お守りってぇのの類に対応しているんだろう。だが、そら忖度して忖度して、読み取れることだ。それを出稼ぎに出る領民に渡したら、どうだろう。ってぇことだろう。

 そう、ロコや親方、それにたまに来る役人連中から聞いてた噂話を組み立てりゃあ、大体どういう状況かってぇのは掴んでいるからよ。そっから、推して図って、ようやっとってぇとこかな。それが無かったら、何のこっちゃいってぇなるわな。

「おう、おう。わかった。わかった。まあ、なんだな。」

「そうか。わかってくれるか!」

 明るい声をして、こちらを向いたを横目に察する。

 いやぁ、てめぇの説明でわかったわけじゃあねぇんだから、そう喜ばれてもな。てめぇ、一端の…一党の頭領なんだろうがよ。

「そう、だがな。そうだな。まず、一歩一歩行こうか。」

「うん…。うん?」

「まずは…だ。」

 一先ず立ち上がる。

「おめぇさんよ。まずは…だ。そうだな。俺がまず聞きてぇのは、てめぇよ。サテンの旦那にもそうやって説明したかってとこかな。」

「え…、あぁ…うん。ほとんど門前払いだったけど…。」

 まぁ、そうだろうな。そんで…碌に話も聞いてもらえなかったわけだ。

 腕組みをする。空はもう飽きたから、地を睨む。睨んでみる。最早、随分見慣れた色。やはり、公都に比べると、少々赤いか。なるほど、フブの爺さんが言ってた、これが鉄になるってぇか。その素地があるってぇことか。

 そうだな。

 だが、素地があるだけではな。

 それに、この素地って奴ぁ、そうそう簡単には素人には見抜けねぇからなぁ。フブの爺さんも、土、石にゃ詳しい。それに、炉だなんだも一通りやっている。だから、煉瓦もその変の奴らよりかは余程詳しい。だが、だが、その道四十だ五十だの齢を重ねた爺さんですら、高々…いや、まあ、高々、三十年に満たない…。

 ありゃぁ。おいおい、俺もうこの道三十年だよ。そりゃ、頭も禿げ上がるわけだぜ。はっはは。こりゃ、気付かなかったぜ。こりゃ、参った。はっはは。

 いやいや、それはいい。そう、素地の話だったな。素地を見極めるってぇ話だったな。

 そう。ちぃとだけ、ほんのちぃとだけ違う道の、だが熟達の爺さんでも、煉瓦のこたぁ、俺のが余程詳しい。

 だから、煉瓦に適した砂、土ってぇのは俺の方が余程詳しい。こりゃ、俺も爺さんがここに来るまで気付かなかったがよ。向こうを立てちゃあいるが、レンゾの親方は何だかんだ言って俺より若ぇしよ。他の連中に至っちゃ、この前までずぶの素人だったってぇ案配よ。

 親父に言われた通りだな。俺ぁ、ちぃと今まで、この齢まで狭い世界に生きて来たんだな、ってぇよ。

 少し…逸れちまったか。いや、案外逸れちゃぁいねぇかな。

 おうおうと煙を上げるテモイの奴の小屋の煙突を見やる。あいつぁ気楽だな。

 こん嬢ちゃんの話がサテンの旦那に通じなかったこと、俺がフブの爺さんより余程煉瓦の砂に詳しいこと、何やかんやで親方の鉄の話は俺にはわからねぇことが多いこと。そいつらぁ、渾然一体として…。

「あ、あの…。」

 おぉっと、忘れていたぜ。

「サテンの叔父貴は…、え、えぇと…。」

「そうだな。そうだろうな。」

 あぁ、旦那の話をしようとしてたとこだったな。

 サテンの旦那はなぁ。腕は一流。てめぇの(わざ)にも哲学を持っている。俺よりなんぼか年上ってぇ齢で未だそこに情熱も持っている。時宜が合えばその道の巨匠ってぇのになれたような人間…かもしれねぇ。それが、今回の場合は悪い方向に働いたかもしんねぇな。まあ、俺の見立てのが、どんだけ精確かってぇのはわからないけどよ。

 そう。必ずしもそういう人間が良い教え手になるかってぇたら、別なんだよな。特に、サテンの旦那は、少なくともそういうのは得手のようには見えなかったな。腕が中途半端に良くて、一方でそういうのが苦手っててぇの奴はこういう時ゃ厄介になるからなぁ。

 そりゃま、弟子も、これまた一流だったらよ。師匠の腕が良ければ、良いほど、多く学び取るだろうしよ。問題無いんだがよ。

 だぁが、こん坊は凡人だ。少なくとも、その道ではな。

 いや、少なくとも、このまんまじゃあ、どの道でも凡人だ。工人だろうが、役人だろうが、一家の宰領だろうが、…な。

 別に凡人で何とかなるような状況だったら良かったのかもしれねぇがよ。

 どうにも、いかねぇ。こうにも、いかねぇ。

 この状況ではな。そりゃ、確かに飢饉だってぇのもあるがな。それだけじゃあねぇんだな。それもこれもな。戦で多く死んで、これまでの領の成り立ちが瓦解して、ちっと風変りな領主が就いて…。その通り、そのまんま、領の風向きってぇのが変わっているってぇ状況ではな。

「そう、サテンの旦那はちっとそっけ無かったろうな。そりゃあ、そうだろうな。だがよ。そりゃあ、何でだと思うよ。まず、そこからだな。」

 確かに、サテンの旦那は不味かった。だが、こん坊に咎が無いわけじゃあねぇ。

「え?えぇと…。でも…。」

 だが、それを咎められるってぇのも、何だか違ぇよなぁ…。未だ、子供だしなぁ。

 …未だ、子供だしなぁ…。

 …未だ、子供ってぇので、許されるのは幾つまでなんだろうか。

 ふぅむ。

「まぁ、落ち着け。落ち着け。確かに、お前ぇさんが、今抱えている問題を解決したいってぇのは、重々わかる。だがよ。急いては、ことを仕損じるってぇもんだ。だからよ。まずぁ、問題を整理しようってぇ話だ。」

「う、うん。」

 若旦那は少し落胆した調子だな。

 この程度で落ち込んでいたら、こん先思いやられるだろうがよ。

 いつまでもガキで許されるもんでもねぇからよ。

「めげんな、めげんな。ほんのちっと、状況をな。俺も知りてぇだけだ。」

「あぁ、うん。…いや、めげてはいない。めげてはいない…よ。」

 うぅん。うぅん。まあ、あんま考えても進まねぇからな。

 そう思えるのは重要だ。それが自身に強いたものでもな。そう思えなきゃなぁ…。

「そんで、嬢…、あぁ、いや、若旦那はよ。サテンの旦那に今みたいに説明した。そうだな。」

「う、うん。」

「そうかぁ。そうだろうな。はっはは。いやいや。」

 何だか笑えてくるってぇもんよ。

 俺みたいな齢になるとよ。何だか若ぇもんが、こう頑張っているのを見るとよ。何だか、楽しくなってきちまってよ。

「な、何か…。」

「いやぁ、悪ぃ、悪ぃ。」

 なんてぇかな。初めて、取引先に一人で行った、丁稚の奔りみてぇな、な。

 しかしな。それもな。

 わかりいい、酸いも甘いもの番頭の爺さんでも相手してくれりゃあいいんだが、かっか鉄火の今脂の乗った気鋭の若旦那に当たっちゃあ、なぁ…。サテンの旦那は、とうにそういう齢じゃあねぇんだが…。三つ子の魂百までってぇ奴もいつからな。

 俺が奉公上がりたての若造を余所やる時ゃ気のいいモンが表出て来ている時分見計らってやるようにしていたが、こん坊はそこんとこの差配も自前だもんな。

 ったく、親方も人が悪いぜ。あん人わざとサテンの旦那のとこンやったな。

 段々と読めて来たぜ。あん親方ぁ、そういうとこあるってな。もう一年の付き合いだもんな。あん兄ちゃん、案外そういうとこあっからな。

 そりゃ、サテンの旦那とは裏腹。俺とも裏腹。世界を一元じゃぁ語れねぇわけさ。

 ふぅう。

 こりゃぁ、な。

 ま、今まで何度も見たもんと思えば、そういうもんだ。だが、親方のやり方、サテンの旦那のやり方、色々あろうが俺は俺のやり方以外にこん齢になったら出来ねぇしよ。

 とは言え、慣れねぇなあ。なんぼやってもよぉ。いや、慣れねぇってぇか、上も十人十色なら下も十人十色だからよ。こん、あー…若旦那は、どういう場合か。

 ふぅーむ。どういう場合も何もあるか、だな。

 結局、若旦那にとって、何が一番わかりいいのか。どうやって、言ゃあ、わかりいいのか。そういうこったな。

 さて…。俺ぁ俺のやり方で…。

 しかし…、あん親方、俺をまさかアテにしてねぇだろうな…。

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