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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
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―精錬場、アルオ―(1)

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空を覆う白い雲には斑に明るいところもあれば、暗いところもある。山々は完全に雲覆われ、その頂どころか八合目すら観望するに怪しい。実に、次の晴天には見事に雪を冠した神々しき山嶺にまみえることが出来よう。一方で常緑の森は増々黒々。時折吹き下ろす風が建付けの甘い木造をがたがたと揺らす。ばたんと小屋の扉が開き、一人の中年の男が出て来る。その少々広い額には汗が滲んでいる。

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 おぉっとぉ、随分と寒くなっていたなあ。そういや今朝はもう吐息も白かったぜ。ぐっと袖で汗を拭う。

 何かしらもう一枚羽織って来るべきだったか。流石に未だ炉の前は長くいると暑ぃからな。諸肌脱いでってぇほどじゃねぇけど、やっぱ着込むと汗塗れになる。そんで夏場と変わらねぇ薄着だったが…。これじゃ、ちと寒ぃな。昨晩星を読んだ感じじゃ未だ未だこう寒くなるほどの季節じゃあねぇと思ったんだが…。これが北国ってぇやつか。去年来た時はもう冬だったからな。まあ、覚悟はしてはいたが、秋口からこう寒いとはよ。

 くいっと空を見やれば、お天道様は今は雲に隠れてやがる。朧月の如き円い陽が雲越しに見えるだけだ。日が昇ってきて少しゃあマシになるかって思っていたんだがなあ。

 ふいに、ぴゅーと風が吹き込んで来る。

「おっほぉ。寒む。」

 身震い一つ。じっとり湿った背中の汗を的確に冷やしてきやがった。

 今日はロコの奴も非番だし、ジャコの奴も戻って来ているから、一人気楽な職人日和だったはずなんだがな。息抜きに外に出たらこれだぜ。炉端が一番心地良いってぇのも難だなあ。ちっと、外に出るのは不味ったかもなぁ。少し一息付くつもりだけだったんだがな。汗が引くなんてぇ、もんじゃあぁねぇぜ。金玉だって引っ込んじまうぜ。これで、秋だってんだからな。冬はどうなっちまうんだってぇ話さ。いや、去年は一応過ごしたんだがな。まあ、来たばっかでなんだかんだ気ぃ張っていたんだろうな。一年経って、慣れて来ちまったもんで、身に沁みちまっているってぇとこか。

 こりゃ思いやられるぜ。ちっと後退が目立って来た頭を掻きながら考える。

「おっせと。」

 壁に背を預け胡坐を掻き、腕を組む。

「うぅむ。」

 煉瓦焼きはさておき、泥を捏ねるってぇ仕事もいつまで出来るか。早め早めに準備はしているが、こりゃもう段々辛くなってくるな。テガの兄貴に公都言ったついでであかぎれ止めなんざも仕入れてもらって来たが、こりゃ持たねぇかもな。去年みたいに大盤振る舞いしてたら続かねぇしなぁ。

 あれご婦人方に評判良かったんだけどな。

 はっはは。あんだけ女どもにちやほやされたのは久々だったぜ。

 …前はぁ…、ガキん時かな。おっ母に連れられて洗濯に行ってた時か。俺、婆さん受けいいんだよな。昔から。全く嬉しくねぇ。

 こっちでも刀自の方々に案の定…ってぇわけだ。娘連中は冷たかったのにな。「醜男だけど、あしが十も若かったら放っておかんけぇ」ってぇ、十若くても俺より上だろうがよ。それに醜男ってぇのは余計だろうがよ。

「しっかし…。」

 見上げりゃ、灰色の空を黒い鳥が緩やかに飛んでいる。ありゃあ、鳶とは違うなあ。

 出来たら冬場は煉瓦焼きだけしてるようにしたいところだったんだがなあ。未だ未だ新しい炉だなんだが必要だってんで、冬が来る前に焼かなけりゃなんねぇ分がある。それが終わらねぇうちは、作り溜めに移れねぇ。日で乾かせるうちに乾かしておきたいんだがなぁ。炉の温もりで乾かせねぇことはねぇのは、去年試した通りだが、やっぱ斑がな。どうしても中の方の水が抜けにくい。それに少し油断したら、乾かしかけで中の水が凍って割れやがる。あれには参っちまったな。手伝い連中をあんま落胆させたくねぇから、良いように誤魔化したが、あれは何とかしなきゃあなんねぇな。

 でもよ。そういうのは工夫次第で何とかなるかもしんねぇが、こっちの厳しい冬にあまり泥を捏ねる水仕事はしたくない。させたくない。すると、そっちの工夫の方を何とかしなきゃなんねぇ。

「うーい。」

 なんて言いながらも一つ身震いしていると、丸まったガキがいるのを見つけた。

 身なりは立派。ちぃとした土汚れも付いていねぇ。何の獣の毛皮か知らねぇが、良く鞣されたそれは実に温かそうだ。元の獣由来の黒の点々が実に洒落てるな。公都なら、それなりの御大尽じゃなきゃ手に入れられねぇぜ。こっちじゃどうなんかわかんねぇが…まあ、百姓連中が身に着けていた憶えはねぇしな。やっぱ貴重なもんだろうよ。

 だがだが、このどんより坊やは実に気を滅入らせる。ただでさえ寒いのに勘弁願いてぇぜ。

「…おーい、どうした。ぼん。おーい。」

 こいつぁ、間違いなくお偉いの御曹司だぜ。

 ああ、この前親方とロコと話していたガキだな。こいつぁ。俯いて顔は見えねぇが、確かにちぃと見やればお付きの連中が遠巻きに見てやがる。

 あぁ、とすりゃあ、ぼんは不味かったかねぇ。後から聞いたら、奴さん、ここの筆頭格の貴族家の御当主ってぇだったか。御曹司ってぇのも取り消しだぁ。

「へっへへ。いや、いや、御免なすってぇ。いやぁ、今日は良い日取りでぇ。へっへへ。」

 頭掻き掻き、ちらとお付き連中見ながら、取り繕う。何だか、三文芝居のそのまた三下みてぇになっちまったな。そらもう、こちとら生まれながらの三下だってぇもんでよ。おっと、胡坐掻いたままじゃあ駄目だったな。あー、どうしたらいいんだ。取り敢えず、土下座でもしてりゃあいいのか。まあ、遜れるだけ遜っておいて損はねぇわな。

「ぐすっ…。小父さんは…。」

 胡坐解いて、土下座でもかましてやろうかと四つん這いになったところで、ガキ…改め若旦那がこっちを見る。涙目でやんの、このガキ…いや若当主。

「確か…ロコが働いているところの…。」

「へいへい。ロコさんにゃぁ、良くしてもらってございやす、アルオでやんす。」

 ああ、そういやぁ。ロコと奴とやけに親し気だったな。あぁ?あんの娘っ子、実は良いトコの出だったのか。そんなん、こんな場末で働かせちゃあなんねぇだろうが。

「あはは、変なの。」

 若旦那は涙目のまま少しだけ笑う。

「ははは、生まれたって、こう変に生きておりやす。生粋の三枚目でさ。段々と齢取るにつれ、堂に入ってきやして、こう無様に剥げ散らかしてきやした。」

 ぽんぽんと前頭部を叩く。

 良い音だろ?

 ええい。こうなったら、道化に徹してやるってんだ。王様だろうが皇帝陛下だろうが、道化なら直言許されるってぇな。

「あはははは。」

 どうやら、若旦那の興も買えたようで、何よりで。

 んん…。しかし、この若旦那…。ようよう見てみると…。んん?

 あいや、そういうこともあんのかもしれねぇが。あぁまぁ、ロコとの距離間も身分云々以前にちぃと近いとは思っていたが…。まあ、そういうことになっているんなら、そこはあんま触らねぇ方が吉ってぇ奴か。

「そんで、若旦那はどうしてこんな貧相なところへ?」

「あ…いや、その…。えっと…。取り敢えず、その変な姿勢止めてくれるかな…。」

 おっと、言われて気付く。確かに、俺が思っている通りなら、ちぃと下過ぎる俺の視線は少々無粋。もちっとだけ目線を上げる。

「へい。失礼仕りやした。」

「それと、ロコに対するのと同じようでよいよ。うん…ロコの上役って言うなら…。その…親方さんみたいにまでは、その…あれだけど…。」

 若旦那…、は目線をお付きに向けながら言う。

 ああ、まあ、親方はやり過ぎだろう。近所のガキみたく頭掴んでぐわんぐわんしたりしてたもんな。ちょっと、あれはねぇよ。普通、打ち首だぜ。あんなん。

 しかし、そうは言ってもなあ。

「いやぁ、上役ってぇほどのもんではねぇってもんで、ほんのちんけな男でさ…。」

「いや…、そんな…。えーと、そ、そうだ。ニ、ニカラスク当主として命ずる。私にはロコと同じように接するように!」

「へ、へぇ…。」

 妙に得意気に言う…若旦那…。うん、取り敢えず、若旦那ってぇことにしとこう。

「まあ、そこまでおっしゃるんなら…。まあ…。」

 くっとお付きの方を見ると、渋面ではあるが…。うーん、問題無いのか?一応、のっそりと立ち上がっておく。

「うん…。と、ところで、少し…相談事があるんだけど…。」

「へい。何なりと…。」

「そうじゃなくて!」

 え、あぁ。

「えぇと…、な、何でぇ?」

 しかし、相談事ねぇ。

 おいおい…些か珍妙なことになって来たぞ。

少々、更新遅れてしまいました。

何を言い訳しようもありません。

今後ともお付き合いいただければ幸いです。

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