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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
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―精錬場、ザメイ・ニカラスク―(2)

「ちょぉ、ちょぉ、待てくりょぉ。待てくりょぉし。なぁ、親方さん。なぁ。」

 三、四歩ほど後ろに下がってしまったベメンから目を傾けると、ロコがいた。

「ザムちゃん、吃驚してんずらぁ。」

「あぁん。ロコかぁ。なんでぃ。藪から棒によ。こっからだろうがよ。やぁっと、素焼きが始まったところだぜ?」

 何か、懐かしくて、ほっとしてしまう。親方さんを止めてくれたのもあるけど。

 私がニカラスク当主なんてものになる前に、ちょくちょく会っていた、クーベ村のロコ。クーベ村は…元は…ニカラスク家の範疇だったから、村の折々の行事で行くことがあったんだ。祭りだなんだの行事がある度に、一々当主が出向くわけには行かないから…。行くのは名代。先々代当主の伯父上の弟である、私の父だった。庶出の末弟でも、そのくらいの役割は果たせるだろうとばかりに。クーベ村に限らず、色んな村に行った。ノガア、デンヌ、トートー、クーベ。大体、アルミアの西の村だ。

 それに連れられて行っていた村の一つが、クーベ村。母は物心付いた時にはいなかったし、今みたいにお付きなどいなかったから、私の面倒を見るのは父だった。その父が出掛けるとなれば、私を連れていかなきゃいけないってわけ。

 まあ、当時の私はそんなことわからなくて、ただ外に行くの楽しくって付いていったんだけども…。

「あぁ、ザマちゃん、じゃあいけんなぁ。ザム様、あいや、ザメイ様?」

「ザマちゃんでいいよぉ…。ロコぉ…。」

 つい、ロコの手を握ってしまう。

「あんじゃあ、ザマちゃんでいいけ?ほんで、親方さん、いけんずらぁ。そう、まくし立てたってぇ。」

 握った手を気にもせず、ロコは続ける。

 ロコは何だか、昔の通りだなぁ…。最後に会った時より幾分か大人になって、なんだか…幾分か女らしくなったけど…。それでも、何か安心できるこの感じは懐かしい。

 私は父が村で用事を済ませている間、私は村の子供と遊ぶことなどもあった。だから、ロコは度々会った。同い年の私は良く遊んだもの。ほんの年に二、三回と言ったところだったと思うけど。アルムにいるより、余程楽だったんだ。

 そもそも、私は元々、当主なんてならずに、村周りをどうにかするのが、精々の役割になるはずだった。だから、別に今みたいに大仰な護衛とかは付いていなかった。ニカラスク家の末席も末席の私はそんくらいしか役割などなかったからさ。だから、村の有力な家と縁でも繋げたなら、でかしたもの。そんな案配で…。

 だが、それも、三年以上も前。

 ロコは昔の良いところはそのままに、少し大人になった。こうして、レンゾさんと堂々と話せるぐらいには。…私はどうなんだろう。少しは大人になったのだろうか。最早、周りの子供と遊ぶことなども許されない。周りは大人ばかりで…。そんななのに、どうにも、自分が一向に成長している気がしない…。

 本当に…嫌になる。

「あぁん?てめぇ…よぉ。そら、てめぇ、こんガキが、飾りってぇもんを馬鹿にしやがるからよ。」

「い、いや、私はそんなことは…。」

 私、そんなこと言ったっけ…。

「あぁ言ったぜ。てめぇをお飾りだなんだってぇな。」

「えぇ…いや、それは、その…。」

「てめぇは安易に、てめぇを卑下するために、飾りだなんだってぇ言葉を使った。だがよ。てめぇが忘れてんのは、その飾りってぇのも、誰かしらが精魂込めて作ったかもしれねぇだろうがよ。だからよ。てめぇが飾りなら、飾りなりの誇りってぇもんをよ。持たなきゃならねぇだろうがよ。わかってんのか?あぁ?」

「え、えぇと…。」

 つまり…、どういうことだろう…。レンゾさんが何を言っているのかわからない。

「わかんねぇってぇ面だな。」

「そ、それは…。」

 ロコの方を見るが、何か真面目な顔をして、こちらを見て、考え込んでいるだけで…。

「てめぇが飾りじゃ、兄ぃも飾りだろうがよ。あぁ?」

「あ、兄ぃ?」

 誰?レンゾさんのお兄さん?公都から来た人に、レンゾさんのお兄さんがいたの?え?あの身体の大きい兵隊さんかな。いや、でも顔はあまり似ていない気が…。

「ザマちゃん、ご領主様のこんずら。」

 ロコが小声で伝えてくる。

 セベル様?

 そう言えば、確かに、兄ぃと呼んでいたような…。

 あれ?じゃあ、レンゾさんはセベル様のご兄弟?

「あぁ…いや、まあ、そこは後で説明するずら…。今は、親方さんの話を聞いとくずら。」

「えぇ…あぁ…うん。」

 また、耳打ちしてくるロコに曖昧に答えておく。

 …ふと、見ると、レンゾさんはひそひそと話している私達を腕組みして見下ろして待っていた。

「あ…すいません。その…。」

「あぁ?終わったか?じゃあ、続けるぞ。えぇと、何だったかな。」

「えぇとぉ…。飾りが…、その…。」

「あぁ、そうだったな。すまねぇな。」

 怒られるかと思ったんだけど…、そんなことは無かった。

 …なんでだろう…。

「いいか、てめぇ。飾りったってよぉ。色々あるに決まってんだろうがよ。焼き物の紋、布地の縫い…。」

「あ、いやいや、親方さん、話が戻ってんずらぁ。」

 うぅ…ロコぉ…。

「あぁ?てめぇ、飾りってぇのはよぉ…。」

「それは、もういいずらぁ。そうじゃなくて、ザマちゃんのお仕事の話ずらぁ。」

「おう、そうだったか?あぁ、そうか。てめぇ、(ぼん)。で、何しに来たんだ?」

 あ、あれ、えぇと。

「その…、この前の会合で言った、細工物が…。その細工物を作ろうとしたんだけど…、えぇと…。」

 さっきも説明したはずなんだけど…。

「ああ、金も暇も無ぇってぇ話か。そら、そうだろうな。サテンのおっさんにも仕事はあるし、差配出来る限界もある。おっさんがてめぇの仕事をするには、てめぇに割いている時間も資材もねぇ。そういうことだろ。ハナからわかってたことだ。」

「わかっていたんなら何で…。そんな出来もしないことを…。」

「出来るか、ってぇのは、そんなに重要か?あぁ?」

「いや…、だって、出来ないことは出来ないし…。レンゾさんだって、そうじゃないか…。ここに来て…、自分の出来る鍛冶の仕事を…。」

 もしくは、鍛冶の仕事をさせるために、わざわざセベル様が連れて来たとか…。だって、そうじゃなきゃ、セベル様ほどの人が…。

「なるほどな。確かに、そう見えるかもしれねぇ。だがな。そういうことじゃぁ、ねぇんだよ。」

「う、うーん…。え、えぇと…。」

「それによ。だからよ。それでいいのか、てめぇはよ。」

 ばんと肩を叩かれる。つんのめり、泥濘に突っ込みそうになるのをロコに抑えられる。

「良いわけはないけど…。でも自分のやりたいことばっかやってたら、叱られるし…。」

 何とか、レンゾさんの方を向き直って、言う。

 そう、それこそ、…少し散歩をしようと外に出ようとしただけで。何か言われる。それが今の私の状況だ。

「そらぁ、そうだろうな。そら、てめぇが楽しようだとか、てめぇがてめぇのためにだけにしかならねぇことだけをやろうとしていたらな。」

「は、はい…。」

 でも結局それじゃあ、やっぱやりたいことやっていただけなんじゃ駄目なんじゃないか…。

「だがな。いいか。てめぇ、人間が生きるのにはな。何が出来るか、なんて、大した意味はねぇんだ。大した役は果たさねぇんだ。ある程度の立場になって来るとよ。それだけじゃぁ、やっていけねぇんだよ。上から言われたことやってただけじゃぁ、立ち行かなくなる。てめぇで、てめぇで向かう先を決めて、てめぇで推し進めなきゃなんねぇ。んな時が来る。そういうもんだ。」

 そう言い切ると、レンゾさんは私の胸倉を掴んで、ぐっと引き寄せて続ける。

 ち、近い…。

「そして、てめぇはよ。既にそう言う時が来ちまった。兄ぃに比べりゃ確かに随分とガキの時分に…。そういうことになっちまったがよ。いや、兄ぃなら、てめぇの齢の頃でも何でもしたろうがよ。まあ、それに比べるとよ。俺もよ。てめぇの年頃にゃあ、青洟垂らして近所走り回るだけだったがよ。まあ、その点、ちったぁ同情するぜ。」

 そして、ぐっとロコの首根っこを掴み上げて言う。

「わっ、わわ。」

「まぁ、こいつも、ちっと、そういうとこに立たされているとも言える。」

 え、ロコも?

 ばっと、雑にロコを落として続ける。「ちょ、親方さぁん」とロコが泣き言を上げる。が、顔は笑っている。

「だがよ。だからよ。てめぇは、どっかで、てめぇのずくを推す必要がある。そういう立場になっちまった。やり方はどうでもよ。てめぇの目指すとこ見て、推してみろや。あぁ?そうしてりゃ、ホンモンの飾りが出来上がるってぇもんだ。えぇ?」

 う、うーん。えぇと…。

「案外よぉお。えぇ?そうやって、てめぇの、ずくを、そうやって推すってぇ奴ぁ、そうまでいねぇもんよ。だから、そういう奴が偉くなる。そう思わねぇかよ。なぁ、アルオ。」

 レンゾさんは私を雑に投げ捨てた後、後ろにいた、アルオ?…さん?に声を掛ける。

「いやぁ、…そうかもしれんなぁ…。ははは。」

 曖昧に笑うアルオさん。

 …。

「それによぉ。てめぇ、そうやって、どうやって、てめぇのずくを推すかってぇのがよ。面白ぇってぇ、とこもあるんだ。だから、てめぇもてめぇのずくを推してみろってぇこった。わかったか?坊?」

 私が目を瞠して、どう返事をしようか悩んでいると、レンゾさんはそのまま笑いながら、去ってしまった。

 えぇと…、これはどうすれば…。

 ロコの方を見た。

 ロコはアルオさんと何か話をしていた。

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