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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
110/139

―精錬場、レンゾ―

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ぴぃぴぃと鳥の声。木々の黒々とした葉には露が降り、しっとりと濡れている。ふいにツルっと玉の露が流れ落ちる。夏も早終わり秋口ともなれば朝晩は随分と冷えるようになってきた。徐々に遠くの山々に雲どんよりとかかるようになった。ふいに雲が切れれば、既に雪の掛かっているのが見えることすらある。

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「おう、あんたが、ロコの親父の…クーベ村のザキオの旦那ってぇか。」

「ああ、そうずら。」

 右手を出す。

 おっさんは少し躊躇した後、握手を返した。

 ふむ…。このタコの付き方はやっぱ農夫だな。

 そりゃそうだ。手を握らずともわかる。爪どころか手の皺一つ一つに土の色が沁みついている。野良仕事も多いからだろう。背はあまり高くなく、肌は日に焼け、公都の奴らに比すれば、齢の割に老けて見える。

 ここに来て直ぐの頃には気付かなかったことだな。タスクのおっさんが俺の親父より随分と若いなんてぇことは思わなかったぜ。

 まあ、んなこたぁは今はいい。

「もう、春麦の収穫も始まって、忙しいとこ悪ぃな。」

「…一日程度であれば、息子たちが何とかしてくれる。」

「ははっ、そりゃいいな。孝行息子だ。」

 ロコの兄貴連中か。確か、一番上の息子は既に一家を構えているってぇ話を聞いたが、未だ他にも幾人か息子がいるって話だったな。耕す畑が足りねぇ分はこっちに寄越してくれると助かるが、それは先かな。

 俺の振りにもむっつりと黙ったままの旦那。

 こりゃあ、随分と警戒されてんなぁ。これが普通ってぇことか…。

 聞きゃあ、俺らの手伝いに初めに来てくれたマヌ村の連中…マヌ村ってぇのは、ここじゃ昔から客人(まろうど)の村だってぇことになってんだとよ。アルミア譜代の村じゃなくて、小作連中だなんだが居着いて出来たってな。爾来、村長も外者に女嫁がせてやらせて来たってことだ。

 つまり、俺らを受け入れる素地は出来てたってぇわけだな。

 ってぇことはだ。根っこのとこから土着の、このおっさんを口説けるかってぇのが、俺らを仕事をこの領に根付かせるかどうかの試金石ってぇわけだ。

 ま、カズのおっさんからの話によると…だがな。

「で、あんたが村の代表で視察ってぇわけか?」

「…まあ、そうなるか…。そう捉えてもらって構わんずら。」

 ザキオの旦那はこちらをあまり見ずに、精錬場を見渡しながら言う。

「歯切れ悪ぃな。ははは。」

 肩を叩くが、やはり反応は薄い。

 一応村の連中に話を通して来ているってぇのがテガの話だが…。村が一枚岩というわけじゃあねぇだろうしな。色々、事情があるんだろ。どこでもある話だ。難儀だがな。

「まあ、いい。クーベ村の連中に手伝って欲しいのは、テニニ小谷の方なんだが…。俺らが何をやっているのかってぇのを、わかってもらうにゃ、こっちの方がいいかもしんねぇしな。いずれ、向こうも見てもらいてぇところだが、今日はここだ。」

 どの道、少しでも興味持ってもらえたらよ。働きに来る連中も増えるだろうからな。今年はただでさえ人も少なくなるだろうし、ちっとでも芽を育てねぇとな。


「この赤い石、これが鉄になる石だ。」

 まず、順々ざっくりと精錬場を説明する。まずは、それが筋だ。

「採れたところである程度砕いて持って来るが、大きさが疎らだからな。ここである程度砕いて大きさを均す。それに石はあまり大き過ぎない方がいい。大き過ぎると鉄にならねぇ分が増えるからな。」

「あぁ…。」

「今はこの石はスルキア領の方から買っているが、これからはテニニで採ろうって言うんだ。クーベ村からなら近いだろう?多分、それなりの実入りになるんじゃねぇか。」

「…。」

 だぁが…どぉうにも手応えがねぇなぁ…。

 おっさんはまた黙ったままか、気の無い返事をするのみ。俺の説明を聞いているのかいないのか、そんなことすらもわかんねぇ。

「あぁ…次ぃ、行くか。」

 全く難しいもんだぜ。

 いや、最初はマヌ村の連中も似たようなもんだったか。鉄が出来るて言ったって、反応が悪かったしな。そんで出来た鉄を見ても、「おお」はおろか、「はぁ」とすら言わなかった。俺なんか自分で鉄を作ったのは初めてだったから、それなりに感動モンだったんだがよ。

 結局、続けていくうちに、ちっとずつ、何が出来たらすごいか、何が出来なかったら駄目か、そんなことを教えていくうちに段々と…って感じだったからな。今なら、タスクのおっさんやタキオだって出来た鉄がいいモンか悪いモンかはざっとはわかる。だから、テニニの石で上手いこと出来た時は、それなりに「おお」とはなったもんだがよ。

 そう考えればよ。今日の一日ばっかりで、何かをわからせるってぇのはそんな簡単なことじゃあねぇやな。タスクのおっさんらと馴染むのにだって半年以上かかったんだ。

 だが、今回は時間を掛けられねぇ。

 最初ここに来た時は海のモンか山のモンか知らねぇが、取り敢えずやらせてみるかってぇ感じだったが、今は領主様ん肝入り事業ってことになっちまっている。それで、兄ぃが詰腹切らされるってぇわけじゃあねぇがよ。一発で成果ってぇのを見せる必要があるってぇ話になっちまうわけだな。

 何せよ。兄ぃが領主に就いての直ぐの凶作だ。これを乗り越えられるかどうかってぇのは案外重要ってぇことだ。兄ぃの評判ってぇやつを考えてもな。

 しかし、やっぱ、お上の一声で村の連中を動かすってぇは中々難しい。そら、俺らだって、そらてめぇ、今まではお上のお達しだって、素直に聞ゃあしなかったからな。

 だがよ。だから、クーベ村の連中に兄ぃの始めたことが役に立つことだって納得させられりゃあ、そこが幾分かマシになるって話でよ。話を聞いたタッソの奴がわざわざ人寄越して言って来やがったしな。

 それに、この父っつぁん連中に納得いただけねぇと、こっちの仕事が滞るってぇもんだ。

 テニニを拓くにゃ…、ここで鉄を作るにゃ…、精錬場の儲けで雑役雇うだけでどうにかなる問題じゃあねぇ、ってことだ。

 雇ってみてわかるが…、残念ながらよ、流れの連中は、こんな田舎まで流れ流れて来る連中、そんな奴らは、そんな奴らってぇことだ。

 どこでも雇ってもらえねぇ。何とかなる方へ、何とかなる方へ、そうして流れ流れてきた連中だ。

 そうじゃなきゃ、もっと楽出来る、賃金の高い、都の方へ流れる頭も無かったような連中だ。

 悪いが高が知れている。中には多少は見所のある奴もいるが、ほんの数人ってぇいったところだ。

 大体は…な。

 それに比べりゃ、村の連中ってぇのはまともだ。良くも悪くも(のり)を越えねぇ。言ったこたぁ、きちんと熟してくれるのが大体だ。季節ごとに来たり来なかったりするのは難だが、それを差し引いても流れの半端者より余程良い。

 …しかしな。どいつもこいつも、てめぇの生業(なりわい)が一番重要さな。農民にとって鉄がどうだは、少なくとも今んとこ重要じゃあねぇってことだ。

 ってぇことはだ。それがわかりやすいモン見せてやるしかねぇってことか。

 それがどうやって出来て行くかってぇのが筋だと思っちゃいたが、そういう訳には行かねぇってことか。

「あぁ…まぁ、石なんざ見たって、おめぇらに面白くはねぇはな。だが、これが最初で、こっからどんなもんが出来るかってぇの見せてやらぁな。こっち来てくれ。」

「あぁ…。」

 しかし、このおっさんさっきから「あぁ…」しか言わねぇな。

 ホント、参るぜ。


 がらりと納屋の戸を開ける。照る朝日の未だ差し込まない納屋は暗い。

「これが俺らの作ったもんだ。」

 この納屋には俺らの作った農具が納められている。俺は木工は出来ねぇからよ。木の柄だなんだの部分はカズのおっさんの手下の業だけどよ。粗の目立つの、惚れ惚れするの、色々あるがよ。

 だがよ。これが、農家の父っつぁん連中にはわかりよいだろう。

 この湿っぽいのが鉄に良くねぇから何とかしたいんだがな。高床に出来たら多少はいいんだろうが、金より何も、人と資材が無ぇ。

「む…。」

 やっぱ、反応が違うな。てめぇの一番良くわかっているモンだからか。まあ、俺にとっちゃ炉だ槌だ。眼も剥こうってぇもんだ。

「ここじゃ暗いだろ、幾つか外に出す。少し待ってろ。」

 そうだな。鍬は必要か。未だ、ここじゃ鍬は木で出来たもんが多いからな。小作連中なんざになると、本当に簡単で粗末な掘棒使ってやがるとこもある。

「ほれ、一先ず鍬だ。そっちの突当りの辺りだったら、試しに耕したって構わねぇ。」

「ふむ…。あぁ…。わかった。」

 ザキオの旦那は幾つかの鍬を受け取ると、それを少し素振りする。後ろからざっく…ざっくと音がする。

 鎌は…どうだろうな。こればっかは、鉄のモンが多いらしいが…。石で作ったもんだって使わざるを得ねぇって話だしな。大鎌なんざは中々石じゃ作れないから、有りっちゃあ有りか。だが、あれは試作だしな。マヌ村で今試してっから、ここには無ぇ。

 そしたら犂か。これはタスクのおっさんにも受けが良かった。出しておいたが良いだろう。いや…だが…、これこそ、ここじゃあ試すわけにも行かねぇな。

 てぇと…そうだな。

「おっさん、ちぃと時間はかかるかもしれねぇがよ。マヌ村行くか。実際使ってとこ見た方がいいだろ。」

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