―領都アルムの外れ、レンゾ―
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領都アルムの南の外れ。元々疎らであった家々がさらに疎らになって、木立に隠され畑しか見えなくなった所。道の脇にふと開かれた場所がある。辺りには鉱石の載った荷車が幾つか。襤褸を着た荷引き人が幾人か休んでいる。白髪頭の老爺が一人踏ん反りかえって荷車に腰かけていた。対するは最早我らには見慣れた縮れ赤毛の大男。何やら、剣呑な様子である。
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「まさか、ドンテンのとこのモンにこんなとこで会うとはねぇ。」
フブの爺ぃは荷車に座ったまま言う。
鉄の仲卸のフブ爺だ。鉄鉱石を鉱山から買い付け、ここらの農民に卸し、その後精錬された鉄を町の鍛冶師に卸す。この爺さんは俺のいたうちの店にも鉄を卸していた。
ここでは、石…鉄鉱の石を卸して、鉄を買い上げているらしい。
俺も今まであまり知らなかったが、鉱山で取れた鉄鉱石なんかは農閑期の稼ぎとして、農民が自家精錬していることもあるらしい。隣のスルキアでは特に盛んってことだ。まあ、これもこの辺りじゃあ割と最近のことらしいが。
ただ、少なくとも、ここで得られる鉄は硬さが足りねぇ。これが、あの質の悪い鉄の正体ってぇわけか。いや、領で賄っているのは全体の半分も行かないぐらいだが。質はどれも似たりよったりだったし、おそらく似たような経歴の鉄ってぇことだろ。鍋なんかはこれでいいかもしれないが、農具や釘なんかには軟らかすぎてちょっと心許ねぇ。それを鍛えるのが鍛冶屋の仕事ってんだが…。
「爺さん、ここに卸してんのは、何だ、そのあんま良くねぇ石なのか?ちょっと俺はこの鉄から、あんまいいものを造る自信がねえ。情けねぇ話かもしんないが…」
「おめぇドンテンの野郎から石の見方教わってねぇのか。そんなんで良く独り立ちしようと思ったもんだ。」
爺さんは顔を顰める。流石に俺も石から見極めるなんてすることがあるなんて思わなかったしよぉ。
「いや、すまねぇ。急な話だったもんでよ…、そんでどうなんだ?」
「まあ、確かにいい石ではねぇな。ちと、硫黄が多すぎる。水気も多い。」
爺ぃは背にした荷車から取り出した石を繰る。
「じゃあ、良い石おくれよ。これも何かの縁だと思ってよお。」
奴さんこっちも見ねぇ。
「ダメだな。」
にべもねぇな。この爺ぃ。
「なんでだよ。ちっとくらい…」
爺ぃはおもむろに立ち上がる。
「ここの連中にいい石やったっていいもんが出来る見込みがねぇ。ただバカみてぇに火ぃ炊けばいいと思ってやがる。てめぇがこの鉄からイイもん作れねぇってのは別に情けねぇ話じゃねぇよ。ドンテンどころか皇都一の鍛冶屋に持ってったって大したもん作れねぇよ。」
あぁ?
「親方は皇都の鍛冶屋にも負けてねぇ!」
俺は反射的に言った。
「今そこはどうでもいいじゃねぇか。」
爺ぃはあきれ顔で言う。そうだった。今はこの鉄をどうにかせにゃあならん。どうも、このアルムでは碌に鉄も手に入らねぇ。そんで、鉄は造ってるってんで、それを見に来たんだ。
「あー話ぃ戻すと、要は連中のやり方が不味いんだな。そんでどうせなら、良い石はちゃんと出来る奴らに売って、ここには雑な余りモン卸すってんだな。」
「そうだ。」
「なあ、爺さん俺にいい石くれねぇか。何とか上手いモン造ってみるからよ。」
「おめぇ、石の見方もわからんって言ってたじゃねぇか。どうせ石からやったこともほとんど無いんだろ。そんな奴に希少な石やれねぇよ。」
「ぬう。そうだけどよぉ。そこを何とか…ちっと、このままじゃあ不味いんだよなあ。俺ここに来たけど、鍛冶場が使える時間もみじけぇし、何も出来ることがねぇ。カミさんに尻叩かれてここ見に来たんだが、どうもこれじゃあ不味い。おい、爺さん何とかしておくれよ。」
もう、なんだ、土下座でもしてやれ、ってんで勢い良く頭を地面に打ち付ける。このまま帰ったらまたアイシャにどやされる。こんくらい何でもねぇ。
「てめ、何してやがんだ。その辺の奴らが見てんだろ。俺も商人だ。あんま評判悪くなるようなことしてんじゃねぇ。てか、お前連れ合い出来たんけ。はー!てめぇみたいな半端モンと一緒になるたあ。」
「いや、これがイイ女なんだ。一緒になる前は、そうでもねぇと思ってたが…」
「いきなり惚気始めるじゃねぇよ。早速尻に敷かれてるみてぇだがな。」
「いやあ、面目ねぇの。なあ、金ならアニキ、いやえーとお館に何とかしてもらうからよぉ。アイシャは、あーカミさんのことだが、差配だあなんだでしっかり働いてんだ。俺だけ、家でぼーっとしてるわけにもいかねぇんだ。俺を男にしてやってくれよお。」
「情けねぇ奴だね。だが、ダメだ。俺も商売だ。」
「そんなつれねぇ…」
「ったく、取り敢えず、このクソ石でやってみな。技術の無い奴には、いい石はやれねぇ。このクソ石でももっとマシな鉄が造れるんだ。俺はまた冬開けたら来る。そん時出来たモン見せてみろ。出来た鉄の良し悪しはわかるんだろ。銑も全く造ったことがねぇわけじゃねぇんだ。やれんだろ。」
「いい鉄造れたら売ってくれんのか?」
「当たり前ぇよ。こっちも商売だ。」
よっしゃ、男レンゾいっちょやったるぞ!
「あーもちろん鉱石代はもらうからな。」
おっし、アニキにも土下座でぇ。
折角鉱石が初登場なので鉄鉱石の由来でも。
実は現代でも使われている鉄鉱石は化石資源と言えます。枯渇の心配は全くありませんが。
地球に生命が生まれる前、大気はほとんど窒素と二酸化炭素、海にはイオンとなった鉄が溶けていました。
ところが、生命が生まれ光合成が始まると酸素の量が急激に増えます。
すると、海中の鉄は酸化鉄として沈殿が始まりました。
鉄は元々豊富な元素なのでほとんど石に含まれていますが、この時作られた縞状鉄鉱層よりも高濃度に鉄が凝縮した鉱石はありません。
斯くして、良質な鉄鉱石は形成されたのでした。
めでたし。めでたし。
ちなみに、日本ではほとんどこの縞状鉄鉱層はありません。たたら製鉄はこのギャップを無理くり何とかした製鉄法です。だから、効率はあまり良くありません。
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