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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
109/139

―アルミア子爵領、クーベ村、ザキオ―

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暗い屋内を照らす西日。黒々とした木の壁を赤く照らす。先ほどまで火に焚べられていた鍋はもう洗われて、壁に掛けられている。囲炉裏を挟んで二人の男が向かい合って座っている。一人は壮年の男。ここの家の主である。もう一人は若い男。外者であり今日初めてここに来た。二人は何やら話し込んでいる。家にいるのは彼らだけではない。この家の息子二人は農具の手入れをしている。壮年の女と幼い少女二人は麻を扱いている。少女のうち少し年上の方、ロコは少し不安気に話し込んでいる男ども盗み見る。

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「どうでしょうか。」

 向かいに座った若い男が言う。

 公都という都会から来た若者だと言うから、どんな軽薄な生っ(ちろ)いモンが来るかと思ったが、中々どうして精悍な面構えずら。背はそれほどでは無いが、がっしりとしている身体つきは力仕事を難なくこなせるだろうことがわかる。肉の付き方は畑仕事をしている人間とは少し違うが…。信用は出来る。そう思えるずら。

 だが…。

 精錬場とやらに働きに出していた娘のロコが、そこで働いているという奴らを連れて来た。精錬場て言うのは、新しい領主様の肝入りのモンって言う話ずら。鉄を作っているとか、なんとか。

 銭をくれるというから、家からはロコを手伝いに出している。

 …いや、領館から来たお達しを受けて、幾人かは人を出さねば不味いということで、村長から頼まれて、人を出した。俺としても不本意だったが…、上の娘を出した。長男のハリオはもう一家を構えているし、次男ビリオ、三男ブリオは畑仕事に欠かせない働き手だ。かと言って末の娘キコは未だ六つ。外に出せるのは、ロコしかいなかった。

 一応、俺も村のまとめの一人。出さないわけには行かなかった。

 特に冬場なんかは、小作どもなどは銭に釣られて結構流れて行ったみたいだが。やはり、農地を持つ身分の家から出すのは、また違う話だ。

 そん中での出稼ぎの話だ。

 …ただでさえ、苦労を掛けているロコを…公都まで働きに出す、なんてことは…。

 それに、出稼ぎに出る人間は、この前来た役人…メーベンの野郎と調整したはずだ。これ以上、うちの村から出稼ぎを出すわけにはいかない。

 本人は行かせてくれと、言っているが…。それでは村の他の者に示しもつかない。

「流石に…公都は遠いずら…。」

 火の着いていない薪で熾火をかき混ぜながら言う。そろそろ、夜は冷えるようになってきた。火は無くても耐えられるが、あった方がよい。だが、薪を無駄に使うわけにもいかない。出来るだけ長く燃え続けるように整える必要がある。

 ロコの通っている精錬場とやら程度であれば、そこまで遠くもない。村から通える。だが、公都ともなれば大人の足でも五日掛かる。

「とは言え、今年の領の状況。出稼ぎに出れるものは出る必要があります。」

「その犠牲に家の娘を?そのような口減らしの…。」

「口減らしではありません。出稼ぎです。」

 (まじろ)ぎもせず、姿勢を崩しもせず、こちらを真っ直ぐに見て言う、このテガという男。そこに迷いはない。

 かと言って、威圧感があるわけでもない。

 遊び人のであった先代領主の庶子という、現領主様が連れて来たと聞いていたが…。こういう人がいるとはな。もう一人来た男、あちらの方が何も知らず付いて来た遊び友達と言う感じがする。いずれ田舎暮らしに耐えられなくなって消えるのではないか。そんな感じの印象だった。

 …すると、この人は貧乏籤を引いたといったところか。まあ、遊び人に紛れてしまった堅気の男。一応、役人の身分を手に入れはしたが、上下に挟まれて仕事をする。未だ若いからか、上なり下なりを宥め賺して良いところ落ち着けることが出来るほどの経験もない。こうして、粘り腰だけで交渉するしかない。

 苦労人だな。

 だが、こちらもそれに情けを掛けて引く事情はない。

「だが…。」

「今回の出稼ぎは領で斡旋するものです。確かな伝手です。ロコの行く先は既に見繕っています。あそこであれば、文字も学べるでしょう。」

「…農家の小娘が文字を学んでどうすんずら。あんな物学んだら…嫁の貰い手いなくなる。」

 良家の子女でもあるまいし…。文字などよりも繕いなどを覚えた方が役に立つ。

「…。確かにそういう考え方もあるでしょうが…。」

 …この人はそう弁の立つ人ではないようずら。こうして、ロコの出稼ぎの説得に来ているわけだが、こちらの反しに時に詰まり、考え込む。

「必ずしも、それだけが道ではない…と思います。」

 軽く下を向いて考え込んでいたテガさんはこちらを再び見据え言う。

「我々のやっている精錬場、あれはこれからもっと大きくなるでしょう。そうすると、商いが始まる。それ以外にも、文字や数字を必要な仕事は幾らでもこれから増える。なれば、文字を使う人間は今まで以上に必要となります。…であれば、文字を覚えた女など然程珍しくもなくなるでしょう…。どうですか?」

 くじけないな。先ほどから何度も言葉を詰まらせているのに。

「…精錬場…ねぇ。」

 何やら、新領主様の令で始めたものという話だが…。

「鉄を作ると聞いているが…。鉄は喰えない。どこの村も今年は不作に喘いでいる。そんな状況で…、領主様も何を考えているのか…。」

 まだ、豊作続きの最中であるというなら百歩譲ってわかる。だが、こんな状況で…。やはり、新しい領主様は駄目か…。しばらくは苦しい暮らしになるかもしれない。ポソン、ニカラスク両家に(まつろ)う役人もいなくなった。村と上手くやることの出来る役人を早くに見つける必要があるな。この男、育てれば良い案配になるだろうか。歳若い故に未だ清濁併せるは難しいかもしれんが…。

「…凶作だからこそです。」

 少し考えた後、青年は言う。

「あぁ?」

 また、黙ってしまうかと思ったのだが…。テガさんは、こちらを真っ直ぐ見ていた。

「私に農のことはわかりません。ですが、不作となる時…そのほとんどの場合は、領全体でなるのでしょう?」

「あぁ…。まあ、そうだが…。」

「とすれば、領外の方々から麦を買い付ける必要があります。それは銭で購わなければならない…。その銭はどうやって作るか。勿論、ご存知のことかと思います。」

「日頃の税から、領府が…だろう。それが領府の…領主様の役割だ。」

「そうです。ですが、それにも限りがあります。それに税として納めた麦や蔬菜で得られる銭など高が知れています。どこでも作っているものですから。特に、麦の産地であるソアキなどでは碌な値は付かない。」

「…。それで…鉄か。」

 鉄なら、幾年か前から怪しげな爺さんの売って来た石から鉄を作っている者もいる。だが、あれでは小銭稼ぎ程度にしかならない。

「そうです。実際に、今年領府で買い入れている麦は我々の作った鉄を売った銭で購っています。」

 …法螺を吹いているわけではないか。そう器用な人間には見えない。そこまで、儲かるものか?

「だが、普段から節制して、貯えておけば問題ないはず。今までもそうだった。」

 それで上手く行っていたのだ。今更わざわざ危険を冒して新しいことを始める必要はない。始めるにしても、やはり、領に余裕のある時にすべきだ。

「今年の凶作は二十年振りのものであると聞いています。」

 そう言うと、テガさんは村の西の方を見る。夏前の大雨の堤の切れた方だ。

 釣られて俺もそちらを見てしまった。

「領に色々あった後である。そのことを差し引いても領の貯えは十分であったかと言われると…そうではなかった。この規模となると、一年は耐えましょうが…。来年、再来年となるとわからない。」

「あぁ…。」

「二十数年前にあったという凶作、その時は何年か続いたという話。時の領主様も手を拱いていたわけではないが、領内では多くの人が亡くなった。」

「あぁ…。」

 あの時は、俺も未だ若かった、いや、子供だった。

 最早記憶も朧げだが、祖父はあの時、口減らしと言っていなくなった。それが、当時の大人たちが凶作だと騒ぎ始めてから何年目のことだったかは憶えていないが。

「あの頃、ここからたった四日で行けるソアキでは豊作だったそうです。」

 そういうことがあることは知っている。不作だ、凶作だと言っても、大陸全土がそうだということは稀だと言うこと。

 そうか。向かいの一家、もう今はいない一家が、村を捨てたというのは、もしかしたら何処かに移り住んだと…、そう聞いたな。

「ですが、この領は飢えていた。それは、この領に売れるものが無かったからです。」

 …。

 理は通っている。

 そのように見える。

 弁の立つ商人であれば、もっと言い募ろうところを、テガ殿は膝に手をつき、こちらを見据え、黙って待っている。

「お父ちゃん…。」

 気付くと、ロコが傍らに立っていた。

 今話していたような難しい話がロコにわかるはずがない。とすれば、雰囲気だけ悟ったのだろう。

 思えば、ロコの出稼ぎの話だったはずだったか。

「…今、テニニ小谷で、鉄鉱石、鉄を作るための石を堀り始めています。ここからなら、日帰りでも働ける。道を造れば冬の稼ぎにもなりましょう。」

「道だって、ただで出来るわけじゃあない。それに季節雇いの雑役でも住まわせた方が良いずら。」

 テガ殿は一瞬苦い顔をするが続ける。

「農閑期の時だけでも良いのです。どの道、鉄作りは冬の仕事…。」

 そう言ってテガ殿は続ける。

 気付くと日はもう七分隠れた。完全に暗くなるまで、もうそれほど時間もない。最早、炉の赤の方が強いぐらいだ。

 …この話し合いも、もう直に終わらせる必要がある。

 ぱき、と音を立て薪が倒れた。

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