―アルミア子爵領、テニニ小谷へ続く道、テガ―
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東の峰から出た日は稜線の上をなぞりながら、南中に近づいていく。木漏れ日は南行する一行の左手から差す。そよそよと吹く颪は徐々に冷たさを増している。だがだが、未々日は強い。均されたとも、均されていないとも言えない、そんな道を行く一行。男四人に、女一人。女は未だ子供。男共はめいめい麻袋を担いでいる。
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山道を歩く。
朝晩はぐっと冷えるようになってきたが、日差しは熱い。坂が登りなら、背に汗は滲む。ふいに木陰に入れば、汗は体温を奪い、ひと時の小肌寒さを味合わせてくれる。
昨年はここに来たばかりで…。ただ、北国とは寒いものだな、としか思わなかったが…。こうして一年、少し足らず過ごしてみてわかる。
アルミア領の夏は短い。
「おおい、ジャコぉ。未だかぁ。俺ぁよぉ。疲れちまったよ。なぁ。よぉ。ジャコさんよぉ。えぇ?」
ズブの奴がさっきからうだうだとうるさい。いつものことだが…。
「んんー?ズブの兄さんは、根性無いずらぁ。未だ、ちっとしか歩いてないずらぁ。なぁ、後もうちっとだかんなぁ。もちっと頑張るずらぁ。」
「そうずらぁ。ズブの兄さんは、出来る子、出来る子。もちょっとだって、ジャコちゃんも言ってんずら。ほらほら、頑張んな。」
ジャコとロコがそれぞれに言う。
「えぇ…さっきから、そればっかじゃあねぇかよぉ…。」
今日からはテニニ小谷というところにある、鉱床候補地に行く。今までもそこで仕事をしていいたジャコが先導。これに、公都から戻った俺と、道普請から戻ってきたズブとタキオが付いて行く形。
それにアルオから言われて付いて来た、クーベ村のロコ。今は愚図るズブの手を引っ張っている。そうやって、構うから愚図るんだが…。まあ、いいだろう。こういう空気は俺には作れない。
「おおう、ロコ。お前さんよぉ。お前さん、空荷じゃあねぇか。おいらはこうやって麻袋担いでよぉ。麦だって運んでんだぜぇ。どうだ。おいらの代わりに持っちゃあくれねぇか。」
「ズブの兄ぃよぉ。何情けねぇこん言ってんずら。ロコは未だ九つのガキだっつこん。」
タキオが呆れ顔で振り返りつつ言う。
「タキオちゃん、あーしはもう十になったずら。そら未だ、タキオちゃんよりは背ぇも低いけんどさ。あっと言う間に、親方さんだって追い抜くっつぅこん。」
「いや、レンゾ兄ぃは追い抜いて欲しくはねぇなぁ。こんに、ちんまくて、可愛らしいのによぉ。なぁ。」
ズブがぽんぽんとロコの頭を叩きながら言う。
「もぉ、ズブの兄さんたらぁ。」
ロコと初めてまともに話したのは昨日だが…。実に器用な人間だな。そう俺は思う。ズブもそうだが…。
本当に…。
俺には、こういう小粋なやり取りは出来ない。
なるほど、アルオの言う通り、ロコは未だ子供かもしれないが、公都に出稼ぎに行っても上手くやれるだろう。それは今回ついでで頼まれたロコの親の説得に、それが役に立つかどうかはわからないが…。
…逆に言えば、どうにもやって行けそうにない奴もいると言うことだ。
しかし…未だ日差しこそ強くあるが、やはり随分と涼しくなったな。
「フブ殿、ご無沙汰だな。」
思えば、短い間ではあったが、春から初夏の頃はフブ殿と顔を合わせない日は無いほどであった。だが、フブ殿がこの鉱床テニニに移り、俺も公都に行っていたこともあって、そう言えば随分と久しぶりだ。
「ああ、テガの旦那か。待っていた。」
振り返ってフブ殿が応える。
テニニ小谷までの道は最後は半ば獣道のままだった。そこを抜けると、森の切り開かれた、明るい場所に行きつく。
そこがテニニ小谷。
赤い層状になった崖から、細い水が流れ落ち、浅い川が出来ている。その傍らに二、三軒の小屋が既に出来ている。三人ばかりの労役で赤土の崖に組んだ木の櫓の上で石を削っては降ろしている。残り二人の労役は崖の脇、茶色い土を掘り返している。赤土の出るところまで掘るつもりなのだろう。
カズの手下である大工衆三人は、杣と一緒に木に鋸を引いているところだ。
「おいおい、俺もいるぜ。爺さん。」
さっきまでの愚図はどこへ行ったやら、フブ殿に肩を組んで揺するズブ。麦の入った麻袋は持ったままだ。
「あぁ、わかった。わかった。麦は左の小屋に入れておいてくれ。」
「ちぇ、つれねぇ爺さんだぜ。」
興味の無いと言った様子で手をやるフブ殿に、ズブは悪態を吐きながら、麦の袋を運んでいく。
「思ったより…綺麗だな。もっと、ごたついているかと思っていた。」
「親方が人を回してくれているからな。領がこんな状況だのにな。」
フブ殿はすっと目を細め、どこかを見やる。
「いや、そっちからもゲッセイ殿通じて幾らかの人夫も出してもらっている。交換条件というやつだな。出稼ぎ先も作ってくれたみたいだしな。」
「…そういうものか。」
「そういうもんさ。」
つい、わかったように答えてしまったが…。どうだろうな。
確か…フブ殿一派の仕官は鉱山、鉱床を見つけるということだったはず。
レンゾの兄貴は気が早いのか、もう仕官したものと見做しているみたいだが…。あちら側としては、保険も掛けておきたいと言ったところか。レンゾの兄貴としては、もう仕官させたつもり。一方で領館側では、今は兎に角使える手駒はすべて使いたいが、余計な人件費は避けたいところ。
別に…俺が考えても仕方ないこと。タヌのように何か立場を持たされたわけでもない。マヌ村の村長家に婿養子として入ったが、それはそれ…。
…なのだろうか。
考えても詮無いな。
今は仕事のことを考えよう。
それが一番だ。
「まずは石を見せてもらうか…。」
言ってから気付く。何をわかったようなことを言っているのかと。フブ殿の方が一日どころ、千日も万日も長があろうに。
「ああ、こっちだ。」
フブ殿が案内してくれるまでも無く、遠目に見えた赤石の小山。
屈んで撫でる。幾つかを手に取ってみる。日に翳して見てみる。持って来た金槌で軽く叩いてみる。
この道でこの齢まで生計を立てて来たフブ殿、この道の天性の才のあったジャコに比べたら、俺の耳目など無いに等しいが、一応は吟味する。
「前までの石とは違うな。」
それが最も端的な俺の感想だ。
赤い部分が鉄になる。そう聞いた。だから、前まで扱っていた石と比べるなら、それが多い。だから、この石は良いものなのだろうが…。それが、本当なのか、どうなのか、俺に判断できる耳目はない。
「まあ、そうさな。どう見る?」
「このぐらいの大きさなら…運ぶのに、そこまでの苦労はしないだろうが…。」
手に取った小石を持ち上げ…、それを赤石の山に投げ捨てながら…、
「このぐらいの大きさで採れると、苦労しそうだな。ここで砕く必要がある。それが手間だな。」
握り拳程度であれば、取り敢えず麻袋に満載して運べる。積む量も調整しやすい。
だが一抱えもある石は、それをどうやって運ぶかを一々考えなければならない。下手にやれば重心が偏ってしまう、だからそういうことを考える人間も必要になる。途中で落としてしまえば、十把一絡げの労役には元に戻すは難しい。
「俺は、鉄鉱石としての質を聞いたんだがな…。」
白い髭を扱きながら言う爺さん。
「…それを見極めるのは俺の仕事じゃない。」
むしろ、そういうことに関してはズブの方が心得ているまである。奴は実際に鉄鉱石を鉄にするということをやっている。どういう石が、どうなるか。それは奴の方が俺なんかより詳しい。
そのズブを軽く探して、ふと見やれば、大工衆と杣の鋸仕事を囃していた。
それを見ている、こちらに気付いたタキオが済まなさそうな顔をして、目礼してきたがつい無視した。
「いや、わかっている。わかっていた。いや、悪かった。」
…口角を軽く上げ、フブ殿は言う。
「…悪いなんてことはない。全くもってな。」
「そうか。そういう風に差配を出来る親方は…、いや、詮無いことだな。」
フブ殿はわざわざ言い淀む。嫌らしい爺さんだ。こいつは時々こういう真似をする。
不愉快とまで言わずとも、正直鬱陶しい。仕事に関係あることなら、はっきりと言え。関係ないことなら、わざわざ言うな。一々意味の無い思わせ振りなことを言うな。言いたいことがあるなら、はっきりと伝えろ。下らない読み合いを仕掛けるぐらいなら、とっとと石を掘る算段を教えろ。教える気が無いなら黙れ。
まあいい。この爺さんが何を考えてようと、俺は、俺の出来ることをやる。それだけだ。