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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
106/139

―精錬場、アルオ―

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夏の虫の声は弱まってきた晴天。上空でただ白い雲々流れ流れるも日を隠すこと無し。未だ浅い日差しは盛夏に比べ弱くなったものの地を照らし乾かしている。風はほぼ凪ぎ。風は涼やかになりつつあるが、未だ火の入っている炉は少ないが、皆々汗を垂らしながら働いている。雨避けに張られた天幕は徐々に下され、わいわいとしながら、炉の覗き込む人々。炉の前まで石を徐々に運ぶ人々。遠近で「よう」だの「ご無沙汰」だのと挨拶が交わされる。

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 朝餉を啜りながら、行き交う奴らを見る。今日は晴れで凪ぎだ。外で食うのも良かろう。この塩が妙に足りないが甘味の強い麦粥にも段々と慣れてきた。


 道普請に出ていた奴らが戻ってきた。

 未だ道が完全に通ったわけではないが、概ね普請は終わったってぇ話だ。そんで、後は兵隊さんたちがやるってんでな。うちから手伝いに行っていた連中はお開きになったってぇわけだな。

 とは言え、全部が全部元通りってぇわけでもねぇ。なんせ、夏の始まりの頃以来、山で鉱石を掘るってんで、幾分かの人間がそっちに行っててよ。大工のカズの旦那のとこからも、オースクが何人か連れて行っている。

 ま、そいつらはいいんだ。俺の仕事にはあまり関わりはねぇからな。ちっと回してもらえる人夫が少なくなるってぇぐらいだ。

 俺に一番関わるのは石関連の仕事だ。というか、そこんとこの奴らは結局道普請の仕事にも行っていなかったからな。

 まず、テガの兄貴だ。奴さんは、この精錬場の代表ってぇことで、つい10日前ほど前まで公都に15日ほど行っていた。今は戻って来ているが、またしばらくしたら公都行だってよ。一応、新婚なんだけどな。奴さんもよ。ただ、領が飢饉だなんだで、のっぴきならねぇ状況だからよ。動ける奴は動かさなけりゃあならねぇってんだ。

 お陰でテガの兄貴のやっていた石選びの仕事が俺に回ってきている。

 他に石選びが出来る奴ってのは、その仕事のまとめを出来るって奴は、ジャコかフブの爺さん、後はゲッセイの旦那ぐらいだ。まあ、ジャコの奴がまとめを出来るかどうかはさておきな。

 ところが、まずゲッセイの旦那は領の仕事を回されて、スルキアの方で麦の手配だ。ジャコとフブの爺さんの二人も新しい鉱石場の開発に回っちまっている。ジャコの奴はあっちとこっちを行ったり来たりだがよ。フブの爺さんは行ったきりだ。ジャコがこっちにいる間は野郎が石の仕分けをするがな。あいつは、手下に指示を出せるような奴じゃあねぇ。そうなるとよ。差配するってぇなったらぁ、テガの兄貴の嫁っこのコッコなんだがよ。今度はこっちは石のことはわからねぇてんだ。

 そんでよぉ。俺に御鉢が回って来たってぇわけさな。冬場にテガの兄貴の依頼で石造り触っていたことがこんな結果を呼ぶとはな。全くわかんねぇもんだぜ。

 だがま。今はテガの兄貴も戻って来ている。束の間の休息ってぇわけさ。

 …仕事自体はあるんだがな。


「よう、旦那。お疲れっす。」

「おう、フォングの兄ちゃんか。」

 もう昼になろうかという頃合い、小休止に外に出て筋でも伸ばしていると、領館務めの兄ちゃんが来た。確か、渉外だったかな。

「どうしてぇ。何ぞ用か。」

「へい。そうっす。そうっす。ようやっと道が通とうって話になって、ぼちぼり鉄を出荷する準備をしなけりゃあなんねぇてぇ話んなりやしてね。ナナイの姐さんに言われて、やって来たってぇわけっすわ。」

「あぁ、なるほどな。うちの連中も戻って来たしな。そんなら親方通すんだろうな。親方なら鍛冶場いると思うぜ。」

 顎で鍛冶場の方を示す。

「うっす。じゃ、行って来るっす。」

「おう、またな。」

 フォングの兄ちゃんが鍛冶場に入って行くのを見送る。

「さて…と、俺ももう一働きするかね。」

 日も短くなって来ているし、働けるうちに働いておかねぇとな。


 煉瓦炉の前に戻る。

 今ここで働いているのは、ロコってぇ女のガキ一人だ。

 どこも人不足。この前までは冬麦の収穫ってんで人が減っていたが、そろそろ春麦の収穫だってよ。畑仕事の端境期だった三、四日前まではある程度人は来ていたが、それも今はそれぞれの村に帰っちまっている。道普請から帰って来た奴らと丁度交代になったって案配だな。

 うちから、わざわざ道普請に人を出したのも、これが理由というかよ。農繁期に出来るだけ農夫どもを使わないようにするってぇとこだな。特に、不作だなんだって行っているような時期だからな。畑仕事から人を取るわけにはいかねぇってぇことよ。

 そう考えると、やっぱ俺らの仕事は冬の仕事ってぇことだな。

「旦那。お帰り。」

 ロコが声を掛けてくる。

「おう、ただいま帰ったぜ。ってぇほど空けてたわけじゃあねぇだろうがよ。」

 ロコはくっくと笑いながら、土を木枠に盛り付けている。

 こん嬢ちゃんはあれだな。こん鄙びた田舎育ちの割に随分と愛想の良い嬢ちゃんだ。そう美人になるってぇ感じじゃあねぇが愛嬌もあるし公都の酒場で給仕でもやったら、親父連中にゃ愛されるが、若衆には手を出されないってぇ良い案配の看板娘にでもなれそうなもんだがな。年増になっても看板女将ってぇ感じでな。

 しかし、今はここで土で手を汚している。

「旦那。そんで話ん続きっつこん。な。父ちゃんがな。やっぱ、公都行きは止めといた方が良いってな。公都はな。やっぱ、怖いとこだぁって、父ちゃんがな。でも、あたしはそんなんじゃあないと思ううんだよ。な。ここにいる人は皆いい人らだし。まあ、親方やテモイの旦那はちっと怖いかもしれんけんど、悪い人ではねぇずら。」

 親方はさておき、テモイの野郎も怖いに分類されているのに、少し笑うが…。まあ、こんな感じでこの嬢ちゃんは仕事の最中もピーチクパーチクずっと囀っている。

 しかし、公都は怖いとこ、ねぇ。なるほど、何も知らんガキが伝手も無しに一人で行ったら、悪い奴らに騙くらかされて、あれよあれよという間に借金漬けなんてぇのは、ままある話ではあるがな。

 だが、今回のはそんなこたぁねぇだろう。きちんと伝手は手配しているし。弱小とは言え、一応後ろにお貴族様のいる斡旋だ。仕事は辛いことはあるかもしれねぇが、知らんうちにどっか売り飛ばされて戻って来れないなんてことにゃあなんねぇだろ。

 それに何よりロコは馴染むのも早いだろうしな。

 それは測るのが難しい性情だけでなく、訛りからも受け取れる。

 精錬場にいる人間は公都訛りが多い。

 親方もそうだし、テガの兄貴も、ズブの兄貴も、俺もテモイも。ササンの姉御はあんま喋ったことがないからわからねぇけどよ。要はまとめ連中は皆公都訛りってぇことよ。

 当然、公都訛りはここアルミアの訛りとは違う。まあ、言葉には違わねぇからよ。通じねぇことはねぇんだが、一言口を開けば、どこのモンかってぇのは一発で育ちがわかる。

 だが、ロコの嬢ちゃんは徐々にだが、公都訛りが出来ている。未だ、ここに初めて来て、半年も経ってねぇのによ。

 そう、そうなんだ。馴染むのが早い奴ってぇのはよ。訛り移んのも早ぇんだ。

 俺ぁよ。親父の元で長く、工房で色んな徒弟の面倒を見て来た。取り引きのある所の流れ者も沢山見て来た。そん中でよ。やっぱ、訛りの移るのが早い奴ってぇのは馴染んで長居することが多い。いつまでも、元の訛りのまま居着く奴はいるが、訛り移って居着かねぇ奴はそうそういねぇ。

 そういう意味ではよ。

 こん嬢ちゃんは公都でも…生まれ故郷の外でも、やっていくには十分ってぇわけさな。

 ただ、まあ親父さんは心配すらぁな。

「そりゃあよ。娘があんな遠くに行くってぇ言ったらよ。親心としてはよ。心配事もあるってぇもんよ。なぁ。おめぇ、幾つんなったよ。」

 今は冬場の出稼ぎで公都に行くのを、親父さんが反対しているってぇことの愚痴だ。それを俺に言われても困るんだけどな。

 確かに、俺は親父さんと似たような年齢だけどよ。

 逆に言えば、俺は親父さんと似たような年齢だぜ。

「今年で十さね。十分ずら。なあ…旦那からも口添え頼むよ。あたし、公都に行ってみたいのさ。」

「いや、俺が口添えしたところでなあ。」

 親方ほどじゃねぇけど、俺みたいな人相の奴が行っても親父さんも諾とは言わねぇだろうしよ。その辺の口も回るわけじゃあねぇしよぉ。なぁ。

「そこんとこをさ。ね。何とか頼むよ。」

 …ったく愛らしく頼むじゃあねぇか。何つうかよ。こりゃ、親父殺しだね。俺がもうちっと若けりゃ、ゆるんゆるんに揺るがされたろうよ。

 しっかし、そうだなぁ。

「そういうんはテガの兄貴だな。あいつが良かろうよ。奴さんなら、働き先のことも語れるだろうしよ。あいつ、ここらの旦那の受けも良いしよ。おめぇの親父さんも口説き落としてくれるだろうよ。」

「そうか。テガの旦那だね。ちょいと行って来てよいかい。あん旦那、何かと忙しいみたいだからね。さっさと捕まえないと…。」

「ってぇ、お前ぇよ。待て。待て。おい。あぁ…。」

 走り出した、ロコはあっちゅう間に小屋を出て行く。

 しょんねぇなぁ。

 炉は火入れして、しばらく経つ。ちっと目を離したぐらいでは問題無ぇだろう。あん調子で迫られても、テガの兄貴も困んだろうがよ。ちっと助けに入ってやるかぁな。

 ったく、俺もおっさんになったもんだぜ。若い奴の可愛さに動くとはよぉ。なぁ。

 色気に負けるんなら兎も角、可愛げに負けるとはよぉ。

 年は取るもんじゃぁねぇぜ。よぉ、おい。

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