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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
102/139

―アルミア領、南西のとある道、ズブ―

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やや雲が多いが青天。北側の断崖から崩れた赤茶けた土と石と幾らかの木々。根も葉も残っているものもあれば、丸太まで加工されたものも混ざっている。土砂崩れとともに流れてきたもの、元土留めに使われていたもの。幾人かは藁で作った畚を運び、南側の斜面に土を投げ捨てて行く。掘り出した木材で使えそうなものがあれば、それは脇にどけていく。鍬を振る者もいれば、円匙を推し込む者もいる。

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「えーんや、ほれぇっと…な。」

 岩混じり斜面。鍬を土に叩き付け、よいこらせっと掘り起こす。

「兄ぃ…、オイラ達、ここで…何してんずら?土掘り起こしたりなんだりさあ。」

 タキオの奴が鍬に身体を預けながら言う。手ぇ休めてんじゃあねぇっての。

「あぁん。俺が知るかってぇんだ。レンゾ兄ぃが、ここを手伝うって言ってよ。そんで、俺らここに来てんだろうがよ。てめぇもガタガタ抜かしてねぇで、手ぇ動かせってんだ。」

 ったく、畑仕事の手伝いの次は道の普請ってぇな。

 全く、オイラも色々やるぜ。

「さて、タキオ。何で俺らはこんな所で普請をやっていると思う?」

 鍬をまた土に叩き付け、また土を掘り起こす。

「えぇ…。知らんっつこん…。」

 こいつ、未だ休んでやがるな。

「…てめぇもよっと。…少しはよっと。…考えてみろってぇ…もんよ。っとこらぁ。」

 掘り起こした土は畚に載せていく。

「おぉい、モエン。こっちも頼まぁな。」

「うい、頭ぁ。ロオ、カゾ、来い。」

 モエンのおっさんが手下を連れて来る。このおっさんは雑用で雇った小作ん中でも当たりだ。下に四、五人付けるくらいなら十分まとめを熟せる。あんま喋らんねぇから、少し話を聞いているのか、いねぇのかわからねぇとこがあるが、仕事はちんと熟す。

 それに流れの連中の肝を心得ている。あの、もっと何考えているかわからねぇ、ぼーっとした奴輩を良く従えている。俺がアイツらに言って幾ら聞かせてもわからねぇが、モエンのおっさんの事は良う聞く。俺の指示と何が違ぇのか、わからねぇが…。ま…おっさんの齢の功ってぇもんだろうか。

 いやぁ、俺があん齢になって、そういうことが出来るようになるかってぇと出来る気がしねぇな。


 のっぽのギョロ目、ロオと、チビの長髪、カゾがのっそりと来る。

 うーん、こいつらはなぁ…。

 正直言うとな。

 俺だって、こんなこと言いたくねぇけどな。外れだ。いや、仕事はやるから外れってぇわけじゃあねぇが…。仕事もしねぇでクダ巻いているような奴らもいたし、気付いたらどっかに蒸発していた奴らもいた。放っておくと喧嘩を始めるような奴らもいる。そん中でも最悪なのは盗みを働くような奴らだな。

 そんな奴らに比べりゃ、大人しく仕事をしているこいつらは未だ当たりの部類ではあるんだが…。

 だが、いらんことをする奴らと比べても、一等要領の悪いこいつらは、やっぱ外れだって言いたくなる。

 正直、こいつらじゃあ、公都じゃあ、乞食でもやるしかねぇんじゃあねぇかって思う。俺の働いていた食堂に出入りしてた、ゴミ漁りの爺さんだって、もう少し気が利いていたぜ。

 仕事を怠けようが、喧嘩しようが、盗みを働こうが、何とか言って聞かせれば使い物になろう奴らと比べたら、そもそも言い聞かせること自体が出来ねぇ奴らをどうやって扱うかってぇのは…。

 ってぇ…そう思っちまうんだ。

 わかんねぇなぁ…。

 右と言っても、両手を見てどっちが右か暫し悩む。上と言ったら、ぼぉと天を眺める。持ち上げろと言ったら、上げてその場で下す。下せと言ったら、放り落とす。巻けと言ったら、ねじ切れるまで巻く。弛めと言ったら、手を放す。

 ねじ切るまで巻いたら切れるだろうが、手を放したら落ちる任せるままだろうが。そこんとこ、ちったぁ考えろや。

 どうにもこうにも案配ってぇモノが伝わらねぇ。

 ところがどっこい、モエンのおっさんはここんとこ、上手いことやる。正直、俺の言い方と何が違うのかわからねぇが、このデクノボー達に良う言って聞かせることが出来る。


「頭、あっちで。」

 モエンのおっさんが手下に畚を持たせて言う。あっちでいいか、っつうこんだな。相変わらず、もうちっと喋って欲しいんだがな。

「おう、あっちの下に投げ捨ててくれや。未だ、行けるだろ。」

「うい。」

 短い返事をして、手下を連れて行く。

「でよぉ、兄ぃ。オイラ達、ここで何してんずら。」

「あぁん。」

 で、こんタキオだな。

 モエンのおっさんが当たりで、ロオとカゾが外れ。そんで、こんガキが何かってぇたら、難しいところだろうな。

 そもそもタキオはマヌ村の村長の孫だ。アルミア十ヶ村のその一、マヌ村の直系だ。跡取りでは無ぇらしいが。

 段々わかって来たが村長の血筋ってぇのは、ここじゃ偉ぇ立場だ。

 公都で言ったら…公爵様の旗本貴族のぼんってぇとこだな。てめぇの店持っている程度の連中じゃ、ちっと遠慮する。辺りの同業まとめる組合の親方ぐらいんなったんなら、直言しても問題ねぇだろう。そんなもんだ。俺が公都にいた頃じゃあ、声掛けんのも無理な、そんな身分のガキだ。ここではな。

 が、ガキはガキだ。

 俺にとっちゃな。

 それに…別に俺が望んだわけじゃあねぇが、タスクのおっさんに言わせりゃ俺らは領主の、セブ兄ぃ直の与力だ。つまりは公爵様のお気に入りの側近格と同等ってぇわけだな。

 些か珍妙な話だが、どうやらそれが事実らしい。

 そんな俺から見たタキオだ。

 野郎、要領の良さは一級だろうな。手下を付ければ、ある程度良いようにやる。指示を出しても、ある程度はやる。カズのおっさんとの折衝に立たせたが、細々したことはさておき、概ねは問題ねぇ。ガキ故の考えの足らなさはあろうがな。

 が…そこから一歩踏み出すまでは行かねぇようだ。この様子だとな。

「見たらわかるだろうがよ。道の普請だろうが。」

「それはさっき、オイラも言ったずら。オイラが聞きたいのは…。」

 如何にも不満ってぇ顔だな。こんガキ。

「精錬場の仕事じゃねぇのが不満だってぇのか。」

「いや…それは、無くはねぇんだけんどさ。領主様ん直々のお達しだって言うし…。」

 まあ、俺らにとっては近所の、子供ん時から付き合いのある兄ぃだが、こいつらにとっちゃ公爵様級ってぇことだ。そりゃ、従うしかねぇわな。

 だが、そこで終わってちゃあ、終わりってぇもんよ。

「…おめぇよぉ。じゃあよお。てめぇはよ。春から精錬場で何やってた。」

「いや、オイラ、兄ぃの言われたように…。」

「そうじゃあねぇよ。何やってたかってぇただ聞いているだけだ…っとよ。」

 鍬を振り下ろしつつ言う。

「ああ?そりゃ、オイラは炉の雨避けのための屋根とか…水捌けのための濠とか…、そんなんの…、小作や労役どもへの差配が主だったけんど…。」

「だろ?」

「えぇ。」

 ったく、わかってねぇな。

「おめぇよ。俺が公都で何してたか言ったろ。憶えていっか。」

「…包丁握ってたんずら。」

「そうだぜ。俺ぁ、料理人だったんだ。わかるか?」

「えぇ。いや…わかんけんども…。」

「ああ?てめぇはわかってねぇよ。あぁ?いいか。鉄を作るってぇのと、飯を作るってぇのと、道を作るってぇのに、そこに何の違ぇがあるってぇのかってよ。」

「えぇ、いや何もかんも違うずら。」

 ったく、わかってぇねぇなあ。こいつは。

「あぁ?何もかんも一緒だろうがよ。いいか。旨い飯作る時に何を気を付けるか。まずは食材だ。いいか。一つとして同じ食材ってぇのは無ぇんだ。だからよ。まず、そいつがどうなっているか、見るんだよ。味わうんだよ。聴くんだよ。同じ菜ってぇ言うけどよ。同じ種の菜とか何だか言うけどよ。一つ一つ違うってぇもんでよ。どこで育ったかで、それも変わる。どこの村で採れたかってぇのも重要だが、畑の中か端かでも違う。当然、旬の初めだ終わりだでも違う。金さえ出せば、氷室に保った冬に採れた菜が夏に出るってぇこともあるらしいがな。聞いた話じゃ、そこにも違いがあるらしいぜ。幾ら氷室に保っていても、すぐに入れたか、日が経ってから入れたかなんかで違うらしいからな。まあ、俺は貧乏食堂の出だからよ。氷室云々は知らねぇけどよ。だがよ。そんで、そこまでで漸っと菜が産地を出る。でぇ、次が仲買だ。案外、仲買ってのは利くからな。憶えとけよ。運ぶ時にどっかぶつけたり、一方で和らげるように藁だなんだで工夫したり。そこで仲買の腕が出るわけだな。箱の下、上、真ん中。運んだのが、採れ立ての時か、少し経ってからか。だが、やっぱりよ。それを選べるのは、良い身分の人間だけだってことよ。まあ、いいや、どうだ。これでやっと菜が届いた。どうだ。えぇ?そんでよ。俺らは良い身分の人間じゃあねぇからよ。どこで採れたか、どうやって運んだかなんざあ選べねぇわけよ。だからよ。末生りだろうが、打ち身があろうが、それを上手く見極める必要があるってぇわけよ。それを良いように扱う術ってぇのをよ。そんでよ。それを考えるわけだ。日々よ。そんでな。そんで最後によ。いや、これが最後かってぇ言われたら、親方に叱られるかもしれねぇけどよ。料理をするってぇ段だ。これはよ。その日の天気によっても違うな。季節によっても違うな。菜が来て、それをどこに置いていたかによっても違うな。そんで、含んだ水気も違えば、周りの温度も違ぇ。そんでよ。それを料理する。煮るがいいか、炒めるがいいか、煮るにしても炒めるにしても、火加減はどうするか、葉を先に入れたらいけねぇぜ?茎を先に入れるんだ。そんで、時間をどうするか。塩、香辛料、麦、何をどこで入れたらいいか。そうなるとよ。釜をどうするかってぇなるわけだな。鍋をどうするかってぇなるわけだな。竈をどうするかってぇなるわけだな。そういう所にも目が行くわけだ。そんでよ。そん後もよ。皿に移すは少し冷ましたがいいか、熱いままがいいか。そこまで色々考えるんだよ。わかるか。あぁん?だがよ。そこの見極めなんざぁ、どうでもいいんだ。客の口に入ったらよ。そこにあるのは、まあ旨ぇか、否か、そんだけだ。」

「うえぇ。えぇ。」

「おう、何ざ文句でもあっか?えぇ?」

 タキオの頭を掴んで揺する。

「いや、料理が難しいのはわかったけども…。」

「いぃや。てめぇのそこがわかってねぇんだよ。いいか。俺ぁ、未だ鉄をやって、高々の一年に満たねぇがよ。そんでも、あるもんはあるんだよ。いいか。てめぇよぉ。鉱石をよお。仕入れて来たのを見ただろうがよ。どうだ。見たかよ。おめぇはよ。一見、それぞれの石に違いはねぇように見える。だがよ。ようよう見ればよ。穴の多いの、ぎっちり詰まっているの、色々あるだろうがよ。この辺は仕入れ先にも依るんだろうがよ。未だ、俺にはわからねぇがな。まあ、この辺はテガが色々やっている。下拵えってぇやつだ。肉を焼く前に、煮る前に叩くように、石を良い案配にしているってぇわけだ。な?じゃあ、何だ。俺らの仕事はよ。えぇ、言ってみろよ。あぁ?そうだ。そうだよ。俺らは鍋の番、竈の番ってぇな。煮る菜は鉄、竈は炉。えぇ?これぁ、偉ぇことだぜ?俺のやってた貧乏食堂じゃあ、まあ全部自分でやってたがよ。一流の店ってぇなるとよ、鍋の番、竈の番ってぇのは一流の番頭格のやる仕事ってぇもんよ。それを任されているってぇ自覚がてめぇには足りねぇんだ。いいか、竈の番、鍋の番ってぇのは、飯作るのにも重要だが、鉄作るのにも重要だ。そんくらい分かれや阿呆が。鞴を吹きゃあ火加減は変わるだろうがよ。吹き方次第で熱の案配は変わる。ここで要になるのはどうやら、均しく熱すれば良いってぇもんじゃあねぇわけだ。そこは未だ手探りだがよ。」

「いや、それはわかったけんども…。そしたら、おいら達ここでこんなことしている場合じゃあねぇずら…。」

「そこだよ。てめぇの一番わかってねぇところはよ。炉周りってぇことになるとよ。俺らでずっとやってた通りよ。てめぇ、ここまでやってた通りよ。炉周りってぇのは色々あるだろうがよ。色々やってきただろうがよ。えぇ?その仕事を思い出してみろや。えぇ?ほとんど、普請と同じだろうがよ。煉瓦積んだりよ。水捌けのために、水路を作ったりよ。何なら、精錬場でも道造りやったたろうがよ。だがだが、俺らも未だ素人だ。見様見真似でやってるだけだ。てぇことはよ。これも修行の一環っちゅうわけだ。あぁ?わかったか?」

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