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而鉄篇  作者: 伊平 爐中火
第2章(中編)それぞれ
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―精錬場、鍛冶場、ヴースク―

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朝靄煙る中にすっとすっと緑の光が差し込む。戸を開け放しても未だ屋内は暗い。しかし、作業の出来ないほどではない。四人の少年たちはそれぞれ、炭を運ぶ、炭を焚べる、鞴を吹く、鞴を吹く。黒々とした炉は徐々に赤みを帯びて来て、時に炎を上げる。

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「ザッペン!ゴッテン!ヴースク!マズ!、てめぇら冬は公都だ!」

 朝、炉に火入れをしていた時、親方が鍛冶場に入って来た。叫ぶのはいつもこんだけどさ。

 昨日は何だか寄合だなんだで、親方はいなかった。そんで帰って来るなり、これだよ。


 俺は去年から、ここで親方のレンゾ殿から鍛冶を学んでいる。

 俺の親父は三年前の戦で死んだ。詳しいことは知らない。そもそも伝え聞こうにもほとんど帰って来た人はいんかった。

 しかし、俺もそれどころではなかった。親父の戦死に対して、幾許かの見舞金が渡されたが、それだけでやって行けるような金ではない。数年は凌げるかもしれないが、その先はわからない。

 お袋は病勝ちで、碌に働きに出ることは出来んし、未だ弟妹も幼い。いっそ、自分を人売りにでも買ってもらおうかと思ったが、まともな値は付かんかった。親父の見舞金に加えて幾らか、確かに、数年は喰い繋げるかもしれんが、持って五年。次は妹が身を売ることんなるだけだろうことは、容易に想像が付いたずら。妹は決して器量良しでも無いし、気の利いた言葉が出るような口も教養も無かった。そうなれば、後は知るべし、ずら。

 出稼ぎにでも出ることが出来れば良かっただろうが、結局決断が出来んかった。一番上の妹は「心配せんでいいずら」と言ってくれたが、それでも外に行こうと思えんかった。結局、小作人に交じったり、領内での荷運びの手伝いなんかをしながら日銭を稼いだ。親父の知り合いが兵隊見習いの仕事を紹介してくれたりしたが、それは断った。また、戦が起きて、俺が死んじまったら、残された母や弟妹はどうなっか。それん考えたら、真似事でも兵隊に加わるのは怖かった。

 そんな俺に降って沸いた話が、ここ精錬場での手伝いって話だった。実入りは悪くない。領主様肝いりの仕事だって話だった。しかも、手に職がつくっつこん。鍛冶が出来れば、小作やりながらでも家族を食わせていけるだけの稼ぎが得られる。そう思ったずら。

「今年は凶作だ。タスクのおっさんに聞いたから間違いねぇ。領府の連中も言っていたしな。」

 うーん。タスクさんと領府が逆じゃあないか。何で、親方は一介の農夫のおっさんの言を、領府の人らより信用してんずら。

 …しかし、凶作か。そうすっと、麦の値も上がる。今の銭の貯えで賄えるか…。

「親方ぁ。何で凶作だと、オイラ達公都に行くんずら。」

 ザッペンの奴が声を上げる。

 少し考えればわかろうものの…。凶作になったら領内の食糧が無くなる。そうすると、皆領外に働きに出て、少しでも領内の食い手を減らそうとする。そういうもんずら?


 でも、少し羨ましくも思う。

 あのおっかない親方に、どんだけ愚かしくても直言出来るのはザッペンだけ。俺なんかは、少し…いや、多かれおかしいと思っても、親方にどうこう言えることはね。

 とこんが、ザッペンの奴は、ちっとでも何かあると声を上げる。鉄の打ち方から始まり、炭の焚べ方。そういう鍛冶の本筋のことだったら未だ良くて、炭の片づける所、槌の立て掛ける角度、炉の積み方。拡がって、鍛冶小屋の建付け、鉱石の置き場。果ては明日の天気まで。その結果、親方に怒鳴られようとも、ドタマかち割られようとも…。いや、かち割られるまでは行ったことは流石にないのだけんども。

 何しろ、徒弟の中でザッペンほど怒られる奴はいん。多分、一番要領の悪いだろうマズなんかより、余程怒られている。

 それでも、なお引かん。


 最初、本当に最初、初めてこの鍛冶場に来た時。ズブ殿に連れて来られて来た時。親方の鉄の打つを睨め付けて、ただ突っ立っていて、赤い炉の光に照らされて、何を考えているのかわからない顔でいた。そこにいた徒弟の子倅、当時は名も知らなかったザッペンは、ただの無能な小僧にしか見えなかった。そして、鍛冶場の雰囲気は言い表せないほどに張り詰めていた。

 それでも、先に鍛冶を学ぶ徒弟として、一定の学ぶべきこともあるだろうと思った。何せ、一応はこの領での親方の一番弟子だ。俺らより、ほんの数ヶ月ばっかだが、早くから親方から鍛冶を教えてもらっていたという話だった。親方の修行したって言う、公都の鍛冶屋にも行ったという話だった。

 そして、少し話している内、どうしようも無い田舎の子倅を出ない、そんな程度の男だと思った。

 ふいとした節だったように思う。あれはゴッテンだったと、そう記憶している。親方ん向かって、何故鉄は打つ必要があるのかと聞いた。それまでは、あまりにも張り詰めた雰囲気に、ただ俺らは親方の言うことを聞くしかなかった。そんな状況で親方に問うたゴッテンも肝が据わっていると思う。俺は思い切り叱られるのではないかと思ったずら。

 だが、親方はふいとこちらを不思議そうな目で見やった後、何かを気付いたような、思い出したような顔をした後、こちらに座り直して、滔々と語り始めた。

 鉄を鍛えるということはどういうことかって。木に木目のあるように鉄にもあると。草木に裂きやすい筋のあるように、刺されど折れやすい、反して撓めど折れぬ向きのあるように。それを作り上げる、彫り上げるが鍛冶だと。自然の摂理に寄り添って、杣の木を育むように、鉄は鍛えていくのだと。その話の一々を語っていたら切りがね。そんに親方の言は、粗暴にして粗忽、べらんめぇ口調の上に寄り道も多いずら。だけんど、含蓄のある言葉であったと言えるずら。親方の熱情を表した言葉であったとも。

 そっからだ。親方の言ったこと一つ一つ、まるで文句の付け所を探しているかのように、ザッペンは疑問をぶつけるようになった。そうして、成程、このザッペンという男は一つ見上げたところのある者だと思うようになった。

 

「公都ってぇと…、オイラ達も鍛冶の修行に行けんのけ?ドンテンの親方んとこに。」

「わからん。」

 疑義を発するザッペンに、寄る辺の無い応えをする親方。

「えぇ…。」

 啞然とするのも当然。わからんてぇこんねぇずら。普通に考えたらさ。親方ん親んことだに。

「テガが今公都に便りを届けに行っている。その返事待ちだ。十中八九は問題ねぇ。だが、どの道てめぇらは公都に行く。仕事は鍛冶になるか、荷運びになるか、はたまた男娼にでも…、いやぁ、てめぇらのぼさっとした面じゃあ、それはねぇと思うが…。世の中好きモンもいるしな…。」

 えぇ…。

「まあ、何になるかってぇのは、わからねぇが。そうナナイに伝えておいた。」

 そう、ってどう…。

 いや、うん。

 確かに、そう言えばテガ殿は今公都に行っているって、どこかでそう聞いたな。俺達はテガ殿と直接やり取りすることは少ないが、親方やズブ殿と違って篤実という印象の人だ。

 ナナイ殿は…たまに来ることがあるが、それこそ俺には遠くで見たことがあるだけ…って人だ。ザッペンなんかは、恐れず何かを話しているのを見かけたことはあるが…。正直俺には、都会の女性、という感じで近寄りづらいっつこんで、こっちからあまり近づこうともしなかっただけだけんど。

 

 …しかし、凶作か。日雇いで出入りの農夫の人たちから聞いてはいたが…そんなに酷いのか。不作、凶作の時は食を求めて外へ出稼ぎに行くという話は聞いたことがあるけど、俺には未だそんな経験はない。

 …領を離れる…か。

 どうだろうか。一冬ぐらいなら何とかなるだろうか。雨が多いせいかお袋は寝込む日が多いし、そうなると弟妹の食事を誰かが用意しなければならない。一番上の八つの妹なら多少は出来るかもしれないが…。おそらくは、毎日となると出来ないだろう。

 俺が外に出て大丈夫だろうか…。

 だが、出稼ぎに行かないとなると…。

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