―アルム、領館、ナナイ―(3)
「と、言うことで、俺らの傭兵出稼ぎは何とかなりそうだ。」
テテ兄ぃはセブ兄ぃに話を向ける。
「おう。そうだな…。」
一拍置いて、セブ兄ぃは続ける。
「だが、兵って言ったって、ほとんど素人の農民兵だろ。雇ってもらえんのか?」
まあ、尤もの疑問だね。そりゃ、何の仕事だって技持っている方が賃金は伸びるし、雇い口も増えるってぇもんだからね。
テテ兄ぃは揺らぐことなく、飄々と答える。
「大丈夫さ。俺も最初はそんなもんでも雇ってもらえたからな。それに、目盲滅法でも身体張るってぇなったら、銭払ってくれる連中はいるさ。命の保証をどこまで出来るかわからねぇが…。」
確かに、それが兵隊さんの仕事って言やあそうだね。実は誰にでも出来る仕事ってぇ言やあ聞こえは悪くなっちまうけどね。まあ、でも女の行く着く先が娼婦なら、男の行く着く先が傭兵、そん先は乞食にでもなるしかないって話もあるからね。つまりは案外農民やるってぇのより、余程簡単な仕事なのかもしれないね。
「数いるのも良い。ばらばらと来られるよりも、まとまって来る方が雇う側も楽だからな。」
それもそうだろうねぇ。流石に五十も必要なところはそんなに無いだろうけども…、十、二十ぐらいなら引く手数多だろうね。ふーん、案外テテ兄ぃも考えていたってぇことだね。まあ、奴さんそう軽挙妄動の輩ってぇわけじゃないからね。
「ならよ。退役の連中も混ぜたらどうだ。兵たって、兵役でほんの数年いるだけの農民だろうがよ。そんなら、この前まで兵だった奴らもある程度いるはずだろ。そういう奴らを連れて行けば、あまり焦って帰ってくることもないだろう。行き来にも時間と金がかかる。出来るだけ向こうに長くいるに越したことはないだろう。どうだ、テテ?」
「ほう。それは…、アリかもしれないな。どうだ。レーゼイ。」
テテ兄ぃはレーゼイの旦那に水を向ける。そう言えば、この寄合でレーゼイの旦那はほとんど喋っていないね。一応はレーゼイの旦那がアルミア軍の総隊長なんだけどね。まあ、ほとんどのことは詰めていて、テテ兄ぃに喋らせているってぇことかね。そんで、その埒外のことでやっとこうやって振られる、と。
「問題はあるまい。細かい人数の割合に調整は必要だろうが。現役をおよそ五十、退役をおよそ五十と言ったところにすれば良いだろう。そうすれば、こちらに残る兵も確保出来る。」
領から人を出して、飢えを凌ぐってぇ観点からは外に出る人間が減るのはよろしくないけども、まあ仕方あるまいね。
「そうか。じゃあ、そっちはそれで調整してくれや。連れて行く人間は…ナナイとタヌと話し合ってくれ。それでいいな?」
内政畑のタヌが兵務に就いていた人間の名簿まとめて、私が出稼ぎ先との調整ってぇことだね。まさか、こうやってタヌと仕事をすることになるとはねぇ。あるとしても、もっと何年も先だと思っていたんだけどねぇ。
「あいよぉ。」
「あい、兄ぃ。あ、いやお館。」
タヌは兄ぃの呼び方を言い直す。ファラン家の養女ってぇなったら、流石に今まで通りの兄ぃ呼びじゃいけないってぇことかね。こん娘も大変だねぇ。
「おう、頼むぜ。」
「他にはどうだ?」
しばしの沈黙。兄ぃは一巡見回して、ローベンの爺さんの方を見る。
「私からも…。」
爺ぃが何か言おうとする。
タッソが睨め付けて制しようとするが…。
「おう。なんだ。爺さん。言ってみろや。」
セブ兄ぃは、テテ兄ぃの話始めた時に身じろぎした爺さんを見逃さなかったようだ。
ふふん。タッソの奴も形無しだねぇ。奴も無能ではないんだけどねぇ。少々やり方がまずかったかもね。まあ、セブ兄ぃとの付き合いも未だ一年だしね。直に慣れるさ。
「…アルムの職人、商人連中にも伝手がある程度あるはずでございます。私の方でまとめて、何とか数十程度は集めましょう。」
何とか絞り出したように話す爺ぃ。数字も何とか絞り出してってぇ案配かね。てめぇの一言で、どうにでも下を動かせる他の連中と違って、飽くまで代表ってぇ形で来た爺ぃの辛いとこだね。
「そうかい。じゃあ頼むぜ、爺さん。結果は…、そうだな。また、ナナイに伝えておいてくれ。」
「は。ありがたき。」
爺ぃは椅子から降りて畏まる。
良かったねぇ、爺さん。少しは寿命が伸びたんじゃあないかい。まあ、この後、街の連中と折衝折衝で身ぃ擦り減らすことになるんだろうけどね。
「ナナイ、まとめで苦労かけるが、頼むぜ。」
「あいよぉ。」
もう一つも二つも変わらないしね。
しかし、爺さんもこれで何とか寄合に出た意味を作れたってぇもんだね。元々のタッソの旦那の策だと、出た意味がないだろうってぇ、次からは出られないことになるはずだったんだろうからね。そう意味で、この爺さんも最後の最後で何とか、それを避けることが出来たってぇわけだね。
結局何も話していないのは、ポソン家の御当主様だけかい。
…と思ったらファズの奴もだんまり…というか…。え…本当に微動だにしてなくないかい。レーゼイの旦那だって、少し足の位置を変えたりはしていたのにね。半日近く、あの恰好で留まっていたのかい。君主に問われて初めて口を開く、ってのが礼に適ったやり方ってぇのは聞いたことあるけどねぇ。まあ、主人がいたとして、それにどう臨むのがいいかってぇのは、その主人次第だと思うんだけどねぇ。
ファズの野郎の姿勢は…まあ、所謂正しい価値観ってぇやつなんだろうけどね。礼儀作法に厳しい貴族家の使用人連中を思い出すねぇ。それをこちらに押し付けて来る奴らに比べて、勝手に一人でやってるこの男は未だ良いんだけどねぇ。こっちから何て話しかけたモンか毎回悩んじまうよ。
「えぇ。俺ぁよ。今日出揃うもんは大体出揃ったと思うんだがよ。他に何か言いてぇことのあるもんはあるか?」
ちっとの静寂の後、兄ぃが声を掛ける。
声を上げる者はいないねぇ。
「タッソ、どうだ?」
「は。話さなければならないことは概ね終わったかと。」
「じゃあ、腹も減ったし、そろそろ散会ってぇことにしようかね。」
「は。…では一同散会。」
タッソの旦那の掛け声とともに、それぞれ「はっ」だの「おう」だの「あい」だの答える。そんで、三々五々と部屋から出ていく。
私は最後に出たけどタヌは残ったままだったね。
まあ、義理の兄貴で、事実上の直属の上司であるタッソの旦那と色々あるんだろう。つくづく、あん娘も大変だねぇ。私も人の事を心配している暇はないだけどさ。
「お疲れ。」
部屋を出ると、ハージンの旦那が立っていた。他の連中はもう捌けているみたいだね。
「あいよぉ。そっちもお疲れ様だったね。」
どちらともなく、同道しながら話を続ける。
「私は直に発たねばならん。引継ぎをしなければならないが、今から…問題無いな。」
「…問題無いか、の間違いがじゃあないかい。」
どうして、問題無いこと前提なんだい。
「そう時間があるわけではないのは、わかっているだろう。明日朝には兵側との打ち合わせにも赴かなければならないからな。」
「あいよぉ、仕方ないね。」
そんで、外務畑の人間の普段いる執務室まで向かうことにする。食事はそこまで運んでくれるってさ。つまり、飯食いながら仕事をするってぇことさね。いやあ、勘弁して欲しいね。