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呪祓師のカグラ 

作者: 倉敷 がう

 俺、カグヤはセルバーグ王国で働く祓い師の一人である。


 そもそも、祓い師(はらいし)とは何かというと、誕生したきっかけとしてはこの地は廃樹ユグドラシルの影響を受けており、その腐敗した力は各種族に影響を及ぼした。

 影響を受けものを穢れ持ちと呼び、祟りを起こすものとして周りから遠ざけられることになった。

 それほど穢れ持ちが引き起こした事件は無いが、周りの者達の不安を払拭するために生まれたのが祓い師という職業だ。


「それでなんで俺を呼んだんだ?」

 

 俺カグヤは上司であるボルドザーグの部屋に来ていた。

 ボルドザーグはこの国の武をまとめる四大将軍である。

 灼火の行軍(ボルカニックアーミー)と呼ばれた紅色の軍隊は敵を戦慄させるほどの男なのだ。


「単刀直入に伝える。おまえには今日から地方での転属を命令する」

 

 は? 地方への転属だと。


「ふざけるな。どうして俺が地方へ飛ばされないといけないんだ!」

 

 カグヤは納得できず、ボルドザーグに対してすごい剣幕で問いかける。


「おまえはユグドラシルの廃樹化を食い止めた功績はあるが、それ以上のことがない。それに対して最近は問題行動が目立つ。その事が上の目についたようだ」

「あれは、周りのやつらが足を引っ張るためにされたことであって俺のせいじゃ………」

 

 今ではこの王国の問題児として扱われている。

 部下を渡されるが、足を引っ張られ責任を何度も押し付けられる。そんなことが多かった。

 でも、俺にはユグドラシルの廃樹化を止めるという国を救うほどの功績があったのでそう簡単に、切り捨てることはされなかった。


「私も意見はしたが部下の失敗も上官の務めだそうだ。悪いがこれ以上関わると私の身も危うくなりそうだったので、従うしかなかった。残念だがカグヤの功績を疎ましく思っている者はこの王国は多い。実際にこれだけの意見書が私の元に届いている」

 

 その書類の量は山のように積みがあげられており、何枚あるか分からない程だった。


「これだけ意見書があるとは…………」

「そうだ。それがこの国の治める者たちの意見なのだ。私はその意見をまとめる役としているだけであって確実に施行する義務もある。カグヤの思うことも分からなくはないが、ここは大人しく従ってくれ」

「……………わかったよ」


「くそっ‼ 王族の奴らめ。だれがお前らの国を救ってやったと思ってんだ」

 

 俺は王国から離れた北の領土。イエッポに飛ばされることになった。

 即刻の移動が態度の示しとなるようで、俺は急いで出国の準備を迫られた。

 大慌てで出立の準備をしていると、一人の少女がやって来た。


「カグヤ。あなた本当にイエッポになんかに飛ばされるの?」

 

 現れたのは赤い髪を後ろで束ねた少女シュリであった。

 カグヤとは同い年で実力こそカグヤの方が数段上だが、その性格に救われたのは数えきれないほどある大切な幼馴染である。

 今日も俺の事を心配してやって来たのだろう。


「シュリか。何もないだろう。お前の親父さんに言われたからには従うしかないだろ。これで王国の美味い飯たちともおさらばか。寂しいぜ」

「そんな寂しい事言わないで。それにあなたには実力があるのにどうしてこんなことに」

 

 シュリは困ったような表情をする。


「俺は嫌われ者ってことだろう。あっち着いたら何か送るから。じゃあな」

「ちょっと待ちなさい! カグヤ―!」

 

 俺は後ろを振り返る事なく、馬を走らせた。

 

 移動を続け俺はイエッポに到着した。

 急な移動とはいえ、用意された家はボロ屋にはさすがに怒りを通り越し呆れた。

周りもそれほど栄えておらず、とりあえず今は腹を満たすために近くの市場に来ている。


「おや、見ない顔だね。どこかから来たのかな」

「王国から今日ようやく到着した。今は腹が減って死にそうだから何か早く食べたい」

「そうか。それならこれをやるから、一回見て回ってこい」

 

 店主の男から緑色の果物のようなものをもらった。

 鼻をスンと鳴らしてその匂いを嗅ぐと、いい香りがしたのでそれだけで少しだけ心が満たされた。


「ありがと。それじゃ」

 

 その場を離れようとすると、俺のすぐ隣にガタイの良い白髪の爺さんがいた。

 この爺さんいつの間に俺の隣にいたんだ。


「すまん。いつものを頼む」

「爺さん。ちょぅっと待ってて」

 

 店主の男は素早く紙の袋に品物を詰めていき手渡す。

 あまりの手際の良さに相当数をこなしているように思えた。


「はいこれ。いつもの」

「いつもすまない」

 

 白髪の老人はそのまま人混みを分けるようにして去っていく。

 俺は自然とその老人の後を追った。


「あの感じ。まさかな」


「ついて来ているのは分かっている。出て来なさい」

「バレていたか」

 

 俺は老人の後を追っていたのだが、バレていたようだ。


「この老いぼれを追ってくるなんて、なんのようでしょうか」

「この街に来たのが、今日初めてで道に…………と言ってみても信じてくれるわけ無いか」

 

 老人の目が痛いものを眼でこちらも辛い。


「それでこのおいぼれを追ってどうしたいのでしょうか」

「悪かった。正直言うと俺の感があんたを気になってしまったから後を追わせてもらった」

「ほう、あなたの感とやらが何を察知したのだ?」

「穢れ人。それだけで充分だろう」

 

 俺が言うと老人は目を細めた。

 その次に。


「我が名を持って根源たる力を呼び起こす。この困難を薙ぎ払う暴風の風よ。我に力を寄こせ! 翼竜刃‼」

 

 放たれた風の刃が俺目掛けて打ち込まれる。


「チッ! やっぱりこうなったか。我が命ずる。光を埋め尽くし漆黒なる闇よ。その虚無たる力で我を守れ。ダークシールド!」

 

 闇の障壁を展開し、風の刃を受け取める。


「てやぁぁああああああッ‼」

 

 老人はすぐに打撃にて俺への攻撃を狙い、距離を詰める。

 繰り出される拳を間一髪回避し、距離を取ろうとするが、その距離が離れることが困難であった。


「ちょっと待て! 俺は別に危害を加ええるつもりでつけたつもりはない!」

「黙れ! あの子に近寄る者はそう言って何かを試そうとしていた。私はもう騙されん!」

「俺は国から来た穢れ専門の仕事をしている!」

「だからそのようなことは何度も―――――」

「いいからこれを見ろ!」

 

 俺は服の裏にあるバッジを見せる。

 正直とっさの判断だった。これでもダメならもう戦うしかないと覚悟を決めようとしたその時、爺さんの闘争心が止むのを感じる。


「すまなかった。ついて来なさい」

 

 爺さんは俺に背中を向けて歩き出す。


「どうやら信じてくれたみたいだな」

 

 俺は静かにその後を追った。


「あなたは穢れ人についてどれほどまで知っているのですか?」

「知っているも何も俺は穢れ人の専門の職業だ。しかもかなりのエリートの」

 

 もう一度俺は服の裏にあるバッジを見せる。

 そのバッジの色は紫。

 それは現在の階級では最も位の高い地位を表すものであった。


「そのようなエリートな穢れ人の専門家がこんな辺境に御用かな」

 

 老人は表情一つ変えずに話を続ける。


「用事も何もねぇよ。俺は地方に飛ばされたんだ。だから偶然さ」

「偶然ですか。だとすると彼女は幸運かもしれない」

 

 たどり着いたのは小さな屋敷であった。


「さぁ入ってくれ。それでまずは彼女と話をしてくれ」

 

 扉を開けて中に入ると、中は物静かな様子であった。


「あなたが言う穢れ人はこの屋敷の奥にいる。ただ、約束してほしい。彼女が少しでも恐ろしいと感じたならば傷つけることなく逃げてくれ」

「分かった。必ず約束する。その前に一つ聞いていいか」

「なんでしょうか?」

「名前を教えてくれ」

「そうでした、私の名はオルガザーグと申します」

「俺の名はカグヤだ」

 

 カグヤどこかでその名を…………。

 オルガザーグは目を細める。


「それでオルガザーグ。その穢れ人はどこにいるんだ」

「彼女は奥の部屋にいる」

 

 そのままオルガザーグの案内で部屋の奥へと案内される。

 屋敷内は暗く人の気配はない。

 俺は心をくすぐるような心情のまま薄暗い廊下を進んで行く。


「ここだ」

 

 俺は指示された扉の前に立つ。

 ゆっくりと扉を開けると目の前には積み上げられた本に囲まれた銀髪の少女がいた。


「あ、オルガザーグ。おかえり。ってあれ? 初めて見る人だね。あなたは誰なの?」

「俺の名前はカグヤ。最近こっちに来たんだ」

 

 俺は自然と声が出せたが安心は出来ない。なぜならこの子は穢れ人なのだから。


「そうなんだ。私の名前はエアリス。それでカグヤってどこから来たの?」

 

 やたら、興味を持たれているようだ。


「俺はここから遠くの場所から来た」

「そうなの! この街って何もないでしょ。海も山も深い森林や洞窟もないし、本当につまらないのよ。だからカグヤもつまらなくなるよ」

「確かにな。ここは退屈しそうだ」

「だよね! だから一緒に旅に出ようよ! もっと広いところに行っていろんなものを私は見たいの!」

 

 エアリスは近くにあった分厚い本を手に取る。


「それは?」

「これはね。私の行きたい場所を記した本なの。ここに全部書いておいたから後は旅をするだけなの。でもね、オルガザーグがそれを認めてくれないからいつになってもこの部屋から出られないの」

 

 エアリスはぷくっと頬を膨らませながら抗議の視線をオルガザーグに送る。


「外は危険なんだ。ここにいれば俺が守ってやることが出来る」

「むー。そうやっていつもはぐらかす。でもいいもん。私にはオルガザーグよりも強くて頼りになる代わりがいるから、オルガザーグがやられても安心だから」

 

 その時、エアリスの背後から何かを感じる。

 いる。確実に。この子の穢れの主が。


「さて、カグヤ。一度話は終わりにしよう」

「えーオルガザーグ!」

「あとでもう一度来てもらえるから安心しなさい」

「じゃあな。エアリス。また後で」

「むー、絶対来るのよ。絶対にだからね」

 

 そうして俺は無事に部屋から出ることが出来た。


「これで分ったでしょう。彼女が抱えている穢れの量を」

「ああ、正直想定外だ」


「お父様何用でしょうか?」

「来たかシュリ。時間がない。これから話す事を任せる」

 

 ボルドザーグはシュリに一枚の紙を渡す。


「今度この場所に王子が向かうことになった。その事前調査を行ってもらいたい」

「事前調査…………ってここカグヤが言った場所じゃない。どうして急に私を行かせることにしたのよパパ!」

「ここではパパって言うんじゃない。お父様と言いなさい」

「あ、申し訳ございません。お父様」

 

 納得はしていないが、ここで黙っておかないと後々面倒になる事を理解しているので静かにする。


「たしかこの場所にはカグヤが先日向かっておりますが、これは合流し一緒に調査を進めろということでしょうか?」

「いや、違う。むしろあいつとは関わらずに調査をしてもらいたい。シュリ。おまえにはその記してある場所に向かって中にいる人物と話をしてもらうだけでいい。その後話した結果を私に報告してくれ」

「かしこまりました。そうしましたらすぐに出立の準備を整えます」

 

 早々と部屋を出て自宅へと急いだ。


「こんなにも早くカグヤに会える機会が来るなんて思ってもいなかったわ」

 


 次の日、俺は安全でフカフカのベッドの上で目覚めた。


「ふぁああ。よく寝た」

 

 あの後、オルガザーグに夜道は危険ということと、良ければ空いている客間を使ってもいいと言われたのでありがたく止まらせてもらったのだ。

 部屋を出て廊下を歩いているとオルガザーグが食事を運んでいた。


「おはようオルガザーグ」

「カグヤ、昨日はよく眠れたか」

「おかげでよく眠れた。それ食事?」

「ああ、そうだ。そうしたら、一緒にエアリスのところに食事を運ぶのを手伝ってくれ」


「エアリス入るぞ」

 

 部屋の中に入るとそこには昨日同様に本に囲まれながらエアリスはいた。


「あ、二人とも来たんだ」

 

 エアリスは読んでいた本を閉じてこちらに近づいてくる。

 普段のこの子はきっと普通の少女なのだろう。


「カグヤ。どうしたの? 早くご覇を一緒に食べようよ」

「ああ、そうだな」

 

 俺達は一緒に食事を取り始めた。

 香草と鶏卵の炒め物に、ふんわりとした白パン。

 鳥の骨で取った出汁のスープは絶品だった。

 その食事も順調に進んでいる時に呼び出しの鐘が鳴る。


「どうやら、客人のようだ。すまないがエアリスと一緒に食事を進めていてくれ」

 

 オルガザーグは席を立ってその場からいなくなってしまった。

 いなくなったことにより、急に気まずくなる。

 何を言おうか言葉を選んでいると、エアリスと目が合った。


「カグヤっていい人なんだよね?」

 

 急に聞かれて言葉を失う。

 いい人? なぜ急に?


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、何でそう思ったんだ?」

「それはね。お母さんがそう言っていたからだよ! お母さんはいつも私に気をつけるように言ってくれる大事な存在なんだけど、カグヤの事はずっと褒めていたんだ。だからね。カグヤはきっといい人なんだって思うの」

「そうか。お母さんそう言ってくれたんだね」

 

 俺は少しだけ声音と口角を上げた。

 顔はなんとか繕えているけど心は恐怖と不安で詰め込まれた。


「それでね。お母さんがずっとこのまま居てもらえるようにしてほしいって言っているんだけど、カグヤ。できる?」

「それはだなぁ…………」

 

 急な上目づかいに心臓が跳ねる。

 言葉に悩んでいると急に扉が開く。


「失礼します。私はセルバーグ王国から調査員として派遣されましたシュリと申します。早速ですが、お話を……………ってなんでここにカグヤがいるの⁉」

「それはこっちが言うことだろうが、なんでシュリがここにいるんだ」

 

 それは最近まで見ていた赤髪の少女シュリがここにいることが俺は驚きを隠せなかった。


「いいわ、そうしたらちょっと一緒に来てもらえるかしら」

「え、ちょっと、え?」

「あ、カグヤ………」

 

 エアリスが寂し気な目をこちらに向ける。


「ごめんな。また後で行くから」

 


「それで何の用だよ。お前は今も王国勤務のはずだろうが」

「待って本当にいろいろ私も整理がついていないから。なんでそもそも、ここにカグヤがいるのよ」

「俺はそうだな………」

 

 まずいな。俺は穢れ人の事を追っていることを伝えるわけにはいかない。


「ねぇ。穢れ人ってあの子でしょ」

「なんでそれをオルグザーグにでも聞いたのか?」

「違うよ。今回の命令は王国から出ているの、だから王国の誰かが指示している物だよ」

「探りの奴らか。でも穢れ人は影響さえ出ていなければ討伐の対象にはならないはずだぞ。それが何で急に」

「今度この国に王子が来るの。ユグドラシルの影響でだいぶ中央のエネルギーが枯渇したから最近は地方の別邸を作るためにいろんな場所を見て回っているみたい」

「自由な人たちだな。その行為がどれだけの人に影響を及ぼしているかも知らずに」

「それは実際にユグドラシルの末裔からってところが根拠になっているからね。というか私達もこんな会話をしていたら処罰されるから気をつけないと。あとこれ読んでおいて」

 

 シュリは指令書をカグヤに手渡す。

 指令書には穢れ人をこの地域から転居するように要請する旨が書かれていた。

 転居と言われてもその後の生活などの保障はない。

 もしも潜伏して発見された場合は即刻処分され最初からいないものとして扱われる。

 王国の上位の人間が来るとなるとその護衛や警備はさらに強まることが予想される。

 だとすると、ここにエアリスはもう住むことが出来ない。


「またこれか。一体どれだけの人達が苦しんでいると思っているんだ」

「仕方がないでしょ。それが私達の役目なんだから。それじゃ、説得に行くよ」

 


 俺達はその後最初にオルガザーグに説明をした。

 オルガザーグは俺達の話を遮ることなく聞き通した。


「以上になります。いかがでしょうか」

「いかがでしょう、と言われてもこの件を突っぱねたところで、何も変わる事ないのでしょう。それならば、この屋敷から、移動を開始するしかないでしょう」

 

 オルガザーグは静かに用件を受け入れた。


「ちなみにですが、オルグザーグさんはこことは別にどこか代わりの場所はあるでしょうか? もしあればその場所まで我々が護衛いたします」

「私の事は気にしなくていいです。その代わりにエアリスをここから遠く離れたクルルギにもう一件屋敷がございますので、その場所にたどり着くことが出来ましたら、お願いしたいのだが、問題はその場所に行く道なのですが…………」

 

 クルルギはここから何百キロも離れた場所である。

 さらにユグドラシルの影響により迂回することが予想されるので、その道のりは決して楽なものでないだろう。


「それは俺達が責任をもってクルルギまでエアリスを護衛する。だから後は任せてくれ」

「分かった。あとのことは全てカグヤ達に任せるとしよう」


「え⁉ 本当にこの部屋から出てもいいの?」 

「そうだ。この部屋から出て俺達と一緒に旅に出よう」

「やった! 私やっとこの部屋から出られるんだね!」

 

 エアリスはこの部屋から出られるという喜びを体全体で表していた。


「それじゃ、エアリス。俺について来てくれるか?」

 

 部屋から一歩。また一歩と出て行く。

 何も起こらないでくれ。そう願いながらエアリスは一歩一歩部屋から離れていく。

 それから更に少しずつ部屋を出ようとしていくと、とうとう玄関まで来ることが出来た。

 あともう少しで外に出られるその瞬間が訪れる。


「よし、外に出られた。これであとはクルルギを目指せば完了だ」

 

 俺は胸を撫でおろした。


「ねぇ、カグヤ。何も見えなよ。それに何かいるよ。怖い、怖いよぉ」

 

 エアリスが俺にしがみつく。

 ひどく怯えているようだが、ここには俺達以外何もいない。


「とにかく、中に入りましょう」

「ああ、そうだな」

 

 俺はシュリの提案に従ってすぐに屋敷の中に戻った。

 エアリスは余程怖かったのかそのまま泣いてしまった。


「もう大丈夫。怖くないよ」

「うん………ぐすっ…………」

 

 俺はエアリスを慰めながら目を細めて神妙な面持ちのオルガザーグを見る。


「これが彼女の穢れなのか」

「そうだ。エアリスは、母親の愛に縛られている」

「愛。となると穢れの主はエアリスのお母さんということになるのでしょうか?」

「そうです。エアリスの母親はユグドラシル攻略をしているメンバーの一人でした。しかし、中でのトラブルによりメンバーは分散し、安否は不明となりました。最後は負傷の傷を癒すことが出来ず、エアリスに呪いをかけた穢れとして彼女の中で生き続けているのです。勝手な申し出で申し訳ないが彼女を助けてやってくれ。頼む…………ッ」

 

 オルガザーグは深々と頭を下げた。

 今回は王族がやって来るということでこのような事態になったのだが、いずれは来てしまう問題だ。


「分かった。俺達が何とかしてやるよ。俺は穢れ担当のエリートだからな」

 


 俺達は結局今日の出発を諦め、情報を集めていた。


「ねぇ。カグヤ」

「ん? なんだ?」

「あんなこと言っていたけど本当に大丈夫なの?」

 

 心配そうにシュリが俺を見る。


「大丈夫だ。今までだって多くの穢れを対処してきただろ。俺の実績なら問題ない」

「たしかにそうだけど、さっきオルガザーグさんに写真を見せてもらった時、すごい怖い顔していたから」

「あの写真に俺の母さんが映っていた」


 この部屋にいる前にオルガザーグにエアリスの母親の写真を見せてもらい、そこには俺の母さんも映っていた。

 母さんは俺が小さい頃にどこかにいなくなってしまった。親父には母さんはユグドラシルによって困っている人を助けるために今も攻略を続けていると聞いていた。

 それから会うことは一度もなかった。

 

 俺が穢れを払えるようになったのも母さんのおかげだ。

 昔まだユグドラシルが正常だったころその守り人として母さんの家系はずっと活躍してきた。

 攻略が進みユグドラシルがおかしくなってからその責任を押し付けられるように穢れを払うことに専念していた。

 最初は守り人の力が足りないと言われていたが、その最高者が国の中枢にいたおかげで皆は仕方がないことだと、天災の扱いにしてくれた。

 エアリスのお母さんが俺の母さんとのつながりがあるとすると、人を寄り付けないエアリスに俺は何か影響を与えることが出来るのかもしれない。


「カグヤのお母さんと一緒ってことだと、エアリスのお母さんもユグドラシルに何か関係があるのかしら」

「さぁな。でも、俺の母さんも一緒ってことは他の選択肢も取る事が出来る」

「他の選択肢って…………それにあの力って失敗するとその穢れに取り込まれるんでしょ」

 

 シュリが心配そうに俺を見る。


「まぁな。危険はあるよ。でも手がかりがあるとしたら俺は迷わず使う」


 その日はそれ以上の会話はなかった。

 次の日もエアリスを外に出してみようかと試したが、昨日同様に怖がってしまい出て行くことが出来なかった。

 それから部屋から出て行くことをエアリスは拒むようになった。


「ねぇエアリス。今日は一緒に出て見ない? きっともう平気だから」

 

 返事はない。

 どうやら、心身ともに疲れてしまっているようだ。

 だが、それを許す時間も無い。


「エアリス。もう行くぞ。これから一緒に俺達と旅をしよう」

「行かない。私はずっとここにいる」

 

 エアリスは今日も拒む。

 それでも俺はこの日を最後に引きずり出してでも出てもらう。


「エアリス。何を言っているんだ。ここにはもういられないぞ」

「そんなことない。ここには私が住む部屋と家がある」

「何を言っているんだ。もうそんな場所はないぞ」

「そんなことはないでしょ。この屋敷を無くすなんてそう簡単に出来るはずない」

 

 明らかにエアリスは信じていないようだ。


「出来るんだよ。それがな。信じられないなら少しだけ扉を開けて見てみろよ」

「そうやって私を引きずり出すつもりでしょ! 知っているんだよ、そうやって私をここから出そうとしていることぐらい」

「じゃあ離れているから、扉を開けて見ろよ」

 

 それから急に扉の前は静かになった。


「カグヤは嘘に言っているに違いない。だってそうだもん。この屋敷は大きくて広いんだよ。それにオルガザーグだって……………」

 

 エアリスは何か気づき口を閉じた。

 オルガザーグと何日会っていない。

 いつもであれば必ず何度かはその姿を見ずとも声は聞いていた。

 エリアスは急に不安になる。

 その感情の変化が扉に触れ、外を見るきっかけを作った。


「え、えええええええ。うそっ! そんな何でよ!」

 

 悲鳴にも近いその声を共に部屋が軋むように崩れ出した。

 崩れる部屋から逃げ出すようにエアリスは外に出てしまう。


「よう、エアリス。出発する気になってくれたか?」

 

 この全ての実行犯であるカグヤは爽やかな笑顔でその今にも泣きだしてしまいそうなエアリスの顔を見た。


「い、いつから、この準備をしていたの………?」

「それはエアリスが部屋から出たあの日からさ。大変だったんだぞ」

「………オルガザーグはどこ?」

「オルガザーグはもういない。別のところに行ったよ」

「そう、そうなんだ。…………またみんなどこかに行っちゃうんだ!」

 

 エアリスの語気が強まる。 


「そうだよ。でも今度は俺達がいる。一緒に旅をしようぜ。エアリス」

「ふざけるなあぁあああ‼ 何も! 何も知らないくせに‼」

 

 エアリスの身体に紋様が現れ、目の色が変わる。


「カグヤ! 来るよ!」

「ああ、分かっている!」

「うぁああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 

 

 叫び声と共にエアリスの全身を羽毛のようなものが覆い、顔には仮面が出現する。すると頭部に禍々しい角を生やし、背中には木の枝のような羽を生やした。


「許さない。私の居場所を奪ったことは許されないんだよォオオッ‼」 

 

 禍々しい圧力にシュリは息を飲んだ。


「エアリスは旅をしたいって言っていたじゃないか。なぁそんな禍々しいもの引っ込めて早く一緒に旅に行こうぜ」

「うるさいっ! 私はここにいるんだ‼」

 

 声を荒げながら羽を振りまわし、周辺に暴風を巻き起こした。


「シュリ! 周りの状態の維持を頼む!」

「分かった! カグヤ、無理しないでね」

 

 シュリによって結界を維持してもらえるおかげで、遠くの場所にまでここで起きている出来事を知られることはない。

 影響さえでなければ奴らは出てこないだろうからな。

 俺は今出来る最善の準備が整ったことを確認すると、大きく息を吐いて剣を抜いた。


「そんなに私を連れ出したいなら、私を倒してからにしてよ!」

 

 エアリスの振り上げられた拳を俺は一瞬にして回避する。

 それからすぐに態勢を変え、剣を振り上げ、詠唱する。


「我が命ずる。漆黒に潜む闇の僕たちよ。その魔とする力の核を我が刀身に宿せ、ダークブレード‼」

 

 闇の力が宿った剣で斬り裂いたのはエアリスの右の角。

 力を解放したことによって生まれたその角はエアリスの身体自体にはそれほど影響を与えないが、その攻撃自体がエアリスの心を大きく揺さぶった。


「カグヤ私の事を斬ったの⁉ 何でそんなことするの!」

 

 エアリスの顔は仮面に覆われて分かることはないが、その顔はきっと悲しいものだろう。


「俺だって斬りたくなかったさ、でもな。穢れに染まった者はもうこの場所にはいられなくなる。頼むから分かってくれ」

「なんで! なんでよ。私だってなりたくなってなったわけじゃないのに、何も悪い事していないになんでここにいられなくなるの!」

 

 現状を理解できないエアリスは叫ぶ。

 確かにその叫びは間違いじゃない。

 でも、俺は否定する。


「それが今のこの国の秩序だ! だからエアリスはここからいなくなってもらうしかないんだ」

「そうやって、私をここから出した後に殺すんだ! お母さんもそうやっていなくなって…………許せない。…;許せないよぉおおおおッ‼」

 

 その全身から放たれる怒りを感じたカグヤは言葉を詰まらせながらも説得を続ける。


「エアリス。もうお前には駄々をこねている時間はないんだ。だから俺達について来てくれ」

「やだやだやだやだ………ここには全てがあるの。ここが全てなの。だから絶対に嫌なの‼」

 

 エアリスは足に力を込めると跳躍するように俺に向かって突進をしかけた。

 羽毛に覆われた腕は大岩の如く硬化され、その重い一撃を受け止めた俺の身体は衝撃を受け流すことが出来ても至る所にダメージを与えられた。


「かっは………」

「まだ! まだだよ! まだ終わらせない‼」

 

 連続で押し潰すように打たれるその拳に俺は全力で対抗して見せたが、遂に押し切られてしまい、打ち上げられ宙を舞う。


「カグヤっ!」

 

 シュリの声がするが、返すことが出来ない。

 全身を強く打ち付け、全身が酷く重い。

 遠のく意識の中でエアリスの微かな声を聞く。


「カグヤ。私はカグヤを殺したくはないんだよ。だから全部元通りにしてくれれば許してあげる。だからね…………」

「すまんが……断る。ここでもう引くことは出来ない」

 

 剣を地面に突き刺してボロボロになった体を起こす。

 その姿を憐れむようにエアリスは見た。


「そっか。それじゃ、バイバイ‼」

 

 エリアスがカグヤの頭部を粉砕しようとしたところをシュリが間一髪救い出す。


「かっは。はぁはぁはぁ」

「お姉ちゃん。どうして邪魔をするの? 邪魔をするなら一緒に殺しちゃうよ」

 

 泥にまみれたシュリとカグヤを見下しながら、最後の警告をする。


「エアリス。聞いて‼ あなたがここにいれば国の粛清部隊があなたの事を必ず殺すわ。あだから私達と一緒に――――」

「だからなに? その粛清部隊を私が倒せばいいことでしょ。それにこれから来る王様も私が殺せばいいことでしょ」

 

 シュリの説得も空しく遮られるほどに、エアリスの心は閉ざされてしまった。

 だが、王様を殺す。という一言が周囲を凍てつかせ、周りから感じられる殺気にエアリスは足を震わせる。


「な、なに今の感じ。怖い……………」

「気づいたでしょ。今感じたのが粛清部隊によるあなたへの殺気よ。彼らは今もあなたをこの世界から消し去ることを望んでいるの。でも何もしてこなかったのは、この結界にいるおかげよ」

「いや、いやいやいやいやいやいや。私、殺される。ここにいたら殺される。でもここにいたら…………う、うぁ、うわぁぁああああああああああ‼ 私は生きる‼ イキルンダァアアアアアアアアア‼」

 

 エアリスは恐怖に支配され暴走する。

 羽を羽ばたかせ周囲に誰も寄せ付けない。

 張っていた結界も綻び始め、いよいよ崩壊しかけていた。

 周囲の緊張が高まる中、ポツリとカグヤが呟く。


「あーあ、やっぱこうなるか」

「カグヤ。動いて平気なの⁉」

「なんとかな。それにいてぇだなんだって言っている場合じゃないだろ」

「そうだけど…………」 

 

 立ちあがったカグヤをシュリは心配そうに見つめる。


「それじゃ、俺も本気で説得するとしようか」

 

 俺は腰に携えたもう一本の刀身の無い剣を抜き出し、自分の腹に当て、切り裂くようにして押し出す。

「来い! バハムート‼」

 

 剣先から放たれた黒い波動が湧き上がるようにカグヤを包み込む。

 黒い体表に紫炎色の炎を身に纏ったその姿は穢れ持ちの姿に酷似していた。 

 ただ、エアリスと違うのは顔に仮面はなく、その手には身の丈ほどの大剣が握られ、カグヤの前に鎮座するように地面に突き刺さっていた。


「な、なによ。その姿。カグヤも私を同じじゃない!」

「そうだな。でもな、エアリス。俺は全てを受け入れ乗り切った。それがこの姿なんだよ」

「嘘だ! そんなはずない。絶対に認めない。この姿になった人はみんな一緒なんだ!」

 

 エアリスは跳躍し先ほどと同じ様にカグヤ目がけて飛んだ。


「遅い」

 

 その動きよりも更に速くカグヤは動き柄の部分をエアリスの腹部に叩き込む。


「ぐぅううううううう」

 

 その打撃は腹部の奥にまで響き渡り、エアリスは苦悶の声を出す。


「ここまでは駄々をこねても許してやったが、もうこれ以上は待っていられない」

「そんなことはない! カグヤだって私と同じなの!」

 

 エアリスは飛翔し、手を重ね合わせ詠唱する。


「我が廃樹の力に命ずる。永久の刻を重ねる廃樹の力をここに束ねよ。アルティメットバスター‼」

 

 エアリスから放たれる光線がカグヤに降り注ぐ。


「我が廃樹の力に命ずる。その記憶、その過去に見た煉獄の真紅なる鼓動を宿し、世界を蹂躙した漆黒の龍の力を解放する‼ アルティメットバスター‼」

 

 漆黒の大剣から振り下ろされる波動が光線とぶつかり合い周囲に衝撃を巻き起こす。


『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼』

 

 お互いの全力をぶつけたその一撃を押し切ったのはカグヤだった。


「エアリス! これで終わりだ! 我が漆黒の力に命ずる。目の前に惑うその者を捕らえよ。ダークチェーン!」

 

 漆黒の鎖がエアリスに巻き付き動きを封じる。 


「こんなの解いて………我がめいっ――うぐっ」

「もう終わりにしよう」

 

 目が合ったカグヤの瞳はどこか寂し気で悲しみのようなものを感じた。

 その思いに従ってエアリスは小さく息を吐く。


「ごめんね。迷惑かけて」

 

 小さくそう言うとエアリスの仮面は割れると同時に力が失われ元の姿に戻る。

 カグヤによって抱えられる形で地に降り立つ。


「カグヤ! エアリス!」

 

 慌てた様子でシュリが駆け寄る。


「ごめんね、お姉ちゃん。私迷惑ばかりかけて」

「ううん。そんなこと気にしていないよ。エアリスが無事で良かった」

 

 目に涙を浮かべたシュリとエアリスを見てカグヤは言う。


「俺が居場所になってやる。だから少しの間、我慢してくれ」

「…………うん。それでもう充分だよ」

 

 無事を確認して周りにいた粛清部隊は姿を消し、シュリも結界を解く。


「さて、そうしたら早速出発するとするか」

「でもカグヤ。荷物はどうしたの?」

「それなら大丈夫だよ。事前にオルグザーグさんが新しい家のところに荷物を送ってくれているし、道中の荷物はカグヤの家に置いてあるからいつでも出発できるよ」

 

 事前にカグヤ、シュリ、オルガザーグの三人で準備を万端にしてあった。

 家はボロいが物置としては充分に役立った。


「そうだね。そんなに準備をしてくれているなら、私も安心して移動できるよ。ねぇカグヤ。」

「うん?」

「私を助けてくれてありがとう!」

 

 エアリスは今までの中で一番の笑顔でその言葉を伝えた。


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