表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

セクシャルハラスメント

9.セクシャルハラスメント


 葬儀の翌日、斎藤刑事が桶狭間署にいるところへ山口さやか秘書から電話があった。電話の向こうで山口が話す。「先日はありがとうございました。この前お話ししましたように、先日来、今川専務の書類などを整理しているのですが、すべて、会社の業務に関するもので怪しいものはありませんでした。また名刺も整理しています。リストでお渡しした専務がよく行っていたお店の人のものも含めて、たくさんの女性の名刺が出てきました。ニュースで犯人は女性だと言っているのを聞いたので、ご参考になればと思い、これからお持ちしたいのですがいかがでしょうか?出てきた名刺を畠山社長に見せて報告したのですが、『それなら直ぐ警察にお届けしなさい。早く犯人を逮捕するため、警察に協力しなさい。』と言われましたので。」1時間後、桶狭間署に山口がやってきた。斎藤が談話室に迎え、「いろいろ協力いただきありがとうございます。」と言うと山口は紙袋に入れて持ってきた大量の名刺を差し出した。「こんなにあるのですね。」「私、ざっと見ただけですが、古いものから最近のものまであります。中には東京や大阪、仙台や福岡のものもありました。専務は几帳面でしたから会った人のものを全部とっておいたのではと思います。会ったと思われる日付が書いてあるものもあります。」夜の世界を彩る女達の名刺である。赤やビンク、紫色で彩られ、中には紙とはいえ、とても華やかで妖艶なものもあった。自分の写真や似顔絵までついたものまでも。「専務はご自分で名刺を管理していたのですか?」と斎藤が聞く。「そうです。秘書の私ではなく、全てご自身で管理されていました。大半が仕事関係ですがこれらの女性のものは、別に分けて保管してありました。専務の机の引き出しに名刺ケースに入れてありました。」と山口が保管状況を説明すると斎藤はもし、ムーンライトの現場に遺留指紋があったならこれら名刺から指紋を採取して照合することもできたのに残念と思いながら、彼女にお礼を述べた。「これは大変貴重なものです。捜査に役に立つと思います。わざわざ持ってきてくださって、ありがとうございました。」

そこへ、織田刑事が入ってきた。実は織田と斎藤の二人は直前まで捜査方針を話し合っていた。山口が署を訪ねる前の午前中、県警本部でムーンライトの防犯カメラの鑑識の解析結果が出たのでこれをもとに捜査会議が開催されていた。そこへ午後、山口がやってきた。 

たった1つのムーンライトの地下駐車場の防犯カメラに写っていたのは次のようなものだった。カメラの映像は過去3カ月分保存されていた。自動車のドライブレコーダーと同じ仕組みで3カ月経つと古いものから最新のものに上書きされる構造で、昼夜を問わず繰り返し撮影されていた。このため、画像の精度が粗く、科捜研でコンピューター解析によって画像精度あげる作業がしばらく行われていたのだ。3カ月分なので12月中旬から3月の事件当日まで。結果、今川の車、T社レクシスαが3度写っていた。精度をあげたおかげで、今川が運転し、助手席の女性の顔もしっかり確認された。斎藤が「足利製作所の秘書課の山口さんと木下さんだわ。」と言い、織田もうなずいた。撮影の日付は、12月17日16:08に木下が、1月19日15:34に山口が、2月5日14:10にまたも木下と一緒に入庫していることが判明した。織田が「いつも、午後の時間だ。これはもう一度、足利に行って確かめなければ。」と言うと村井捜査1課長が「秘書課の2人ともこちらに来てもらおう。二人ともだから会社の休みの日がいいな。」と話していたところだった。

 そんな折、山口が電話をしてわざわざ桶狭間署に名刺を持ってやって来たのだ。織田も参加し山口に対する事情聴取が始まった。織田が座るのを見て斎藤が始めた。「山口さん、今川専務が殺害されたホテル・ムーンライトは前からご存知ですしたか?」織田が急に入ってきたことを少し不安に感じながらも山口は、「今回の事件で初めて知りました。」と嘘を取り繕いながら答えた。

織田が持参した写真を山口に見せる。「実はこれはこのホテルでとられた防犯カメラの写真です。ここに写っているのは、あなたと今川専務ですね。」山口の顔が一瞬のうちに青ざめた。少しの間、時間があった。「申し訳ありません。いつかはお話ししなければならないと思っていたのですが。」と恥ずかしそうに顔を赤らめてポツリポツリと話し始めた。供述によると、1年前に今川担当秘書になり、半年くらい前から今川の車でムーンライトへ行くようになっていた。全部で3回ほどということだ。山口には彼氏がいる。人事部の前田利樹まえだ・としきだ。今川が目をかけ将来を嘱望されている若手社員の一人だ。山口は初めホテルに行くことを断っていたが、今川から前田のことを将来もずっと目にかけてやると何度も言われて遂には同意してしまった。前田の将来を言われ、断れば彼の未来に災いがあるかもしれないと心配して、専務の強引な誘いに屈したのだ。しかも、会社の業務時間中に行くということで、恥ずかしさや後ろめたさがあり切々と訴えた。「お願いですから前田さんには内緒にしておいてください。」と山口から泣きながらせがまれ、両刑事は。「大丈夫、秘密は守ります。」と言った。

山口が素直に自白したので彼女を帰すと、斎藤が「被害者には悪いが大変な悪人ですね。専務という地位を利用して立場の弱い女性に強要するとは。セクハラかつパワハラだわ。ハラスメントが犯罪だとわかっていないのかしら。」といつもにはなく激しく憤慨していた。そして、「右近さん、山口さんが今川が保管していた名刺を持ってきてくださったわ。こんなにあるの。」と大量の名刺を織田に見せた。「明日から大変だな。この中に犯人の名刺が入っているかもしれない。」と織田が言う。「山口さんは正直に専務との関係を話してくれた。でも犯行の日はテレワークで夜スーパーに行って、買い物をしていることが領収書で確認されている。彼女にはアリバイがある。犯人ではないわ。」と斎藤が言った。


翌日から暇あるごとに名刺の分析が始まった。合計、400枚余りもあり、山口秘書が言うように東京歌舞伎町、大阪ミナミや北新地、福岡天神、仙台国分町など、名古屋以外の繁華街のスナック、クラブで働く女性たちのものが多数入っていた。古いものは5年も前のものもある。名刺の余白に今川が書いのであろう、メモが残っているので会った日付がわかるものもあった。これらを見て織田が感想を述べる。「蝶々さん、今川氏はこんなに全国いろいろなところで飲んでいたんだ。大切にとっているのは几帳面と言うか。気に入った女性だったのか。また行こうとしていたのか。よくわからないが。」「遠方のものは、社員の採用やらで、出張した時のものではないかと山口さんが言っていました。お店の費用については会社が負担したものではないものも多く入っているそうで、それらは誰と行ったか分からないということでした。誰かに飲み代を出してもらったとか。接待を受けたとかでしょうか。こんなにあるから、どれからどうしましょうか?名古屋以外は警視庁や大阪府警、福岡県警、宮城県警に応援を頼みましょうか?」と斎藤が聞いた。「そうだな。頼んでもなかなか進まないと思うよ。愛知県だけでも、300枚近くあり、お店の数で50件以上ある。僕は犯人は地元の人間だと思う。だからこの中にいると思うよ。」と織田が分けられた愛知県の名刺の束を指して続けた。「まずは愛知県内のものを一軒一軒調べていこう。」「お店も休業中が多いので捜査は大変ね。お店に行っても休みで話が聞けないということになりそうだわ。」と今後予想される捜査の困難さを斎藤が嘆いた。

  

後日、もう一人、防犯カメラの映像に写っていた秘書の木下めぐみを署に呼んで取り調べが行われた。彼女は今川とホテルに行ったことについて映像写真を見ることなく、しゃべり始めた。警察に呼び出されたことで、素直に話した方がいいと観念したのであろう。

木下めぐみの供述はこうだ。「私は独身だし、家族もいません。畠山社長から誘われて社長と時々、付き合っています。社長とは2年位前から男女の関係です。今川さんからも最近誘われて付き合っていました。社長にわからないように。今川さんとのきっかけは、会社のスポーツクラブである女子ソフトボールの応援にいったとき、日曜日の試合でしたので、観戦中に夕ご飯どうだと誘われ、暇だからいいですよと言って応諾しました。そのまま、食事後ホテル誘われてついて行きました。例のムーンライトです。その後もゴルフの帰りやら、ラグビー観戦の後など何度もムーンライトへ行きました。今川さんは必ず、泊まらずに遅くなってもその日のうちに帰って行きました。奥様のことを恐れ、気を使っていたのではと思います。」と何のためらいもなく、自供した。「ムーンライトにはいつも車で行っていたのですか?」と斎藤が尋ねると木下は答えた。「そうです。専務の車です。行ったのはムーンライトだけです。」斎藤がそんなに簡単にラブホテルに行けるものかと納得できずにいると木下が続けた。「私は遊び相手が欲しかったのとお金のことを考えて付き合っていました。今川さんも社長も二人ともお小遣いをよくくださいました。」

こうして木下の供述をとり彼女を帰した。秘書の女性が社長と専務の二人の役員を天秤にかけ、同時に付き合っていたことが分かった。織田が斎藤に言う。「蝶々さん、木下めぐみという女性は怖い女ですね。社長と専務を手玉にとっている。」「そんなこと言ったら木下さんが可哀そうよ。独身女性が世間で生きていくにはそれくらいの覚悟も必要かも、聞いていて私は同情します。しかし、二人の男性の方はお金で女性を自由にできると思っているんだわ。近くにいつもいる女性秘書と関係をもつとは酷い役員だわ。彼女、お小遣いと言っていましたが、売春が立件できるかもしれません。社長も被害者も、本当にひどい男達。女性の敵だわ。」と言って斎藤が女性の肩を持った。

山口さやかと木下めぐみから事情を聞いたことによって、二人とも被害者の今川と付き合い、ムーンライトに何度も今川の車で立ち寄っていたことがわかった。しかし、彼女達には二人ともアリバイがある。山口さやかには当日の夕方スーパーへ行っていたとう証拠の領収書があるほか、スーパー店員が山口の来店を確かに覚えていた。また、木下めぐみの方も社長と夕食していたというアリバイがある。せっかく、二人とも今川とムーンライトに行っていたとわかったのに、二人は犯人ではない。


いわゆる捜査の壁にあたってしまった。「蝶々さん、こうなると今川が付き合っていたすべての人間をあたらねば。」と織田が言う。「右近さん。そうですね。先日、今川氏の自宅のご近所の住人にも当たってみました。ごく普通の家庭で子供なく、奥様と二人暮らしとのことで夫婦間でもトラブルはなさそうです。私は奥様は初めから犯人ではないと思います。容疑者から外してもいいのでは。」「蝶々さん、ご主人の女性関係について奥さんは何て言っているの。」と織田が聞く。「浮気など特定の女性のこころあたりはないと。ただ、お酒も好きでその、プロの女性についてはあったかもしれないと感じておられたようです。飲んで帰ってきたとき、タバコの臭いと香水の匂いがすることはよくあったようです。」「奥様が夫の浮気をうすうす感じていたということか。それではたまに帰ってこない晩もあったのか?つまり外泊していたということは?」「たまにあったと聞いています。ただ、急に仕事で東京へ出張し、そのまま宿泊ということも頻繁にあったようで、あまり気にしていなかったようです。」「そうか。結婚生活も長く、夫の外泊は気にしていなかったということか。確か、被害者は夕方、夕飯はいらないと言って出かけたということだったね。」「それだけでした。」「奥様が夫がどこで食事するか聞いていればなあ。」と織田が残念がる。「奥様にとっては夕食の支度がいるかいらないかが重要でそれ以上は聞かなかった。いつものように普段通り帰ってくると思っていたようです。」

織田が話題を変えて聞く。「ところで今川氏は保険には入っていたのか?」「調べてみると死亡保険金5000万円の生命保険に入っていました。ただ会社の役員であればそれくらい入っていても不思議ではなく、受取人の奥様が保険金を目当てに夫を殺害したとは思えません。」「奥様の当日晩のアリバイはどうだ?奥様が逃げた女の可能性は?」「アリバイはありません。夫が夕方から外出し、そのまま家にいたというのですから。」織田が更に聞いた。「被害者がその晩、帰ってこないことについてはどう言っている?」「いつも泊まってくる場合は連絡があるので、どうしたことかと多少は心配に思っていたようです。」と斎藤が答えた。「蝶々さん。捜査の常道だが、彼が死んで得するような人物はいないか?」「今のところそういう人は、浮かんでいません。」「会社役員の妻は、夫が誰と付き合っているか関心ないのか。夫が働いて十分なお金を持ってくるから、自分も好きなことをやっていた。といったところかなあ。」と織田は自分で中年夫婦の関係を納得していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ