葬儀
8.葬儀
念入りな司法解剖が終わり、遺体が家族に返された。事件から1週間たって、やっと今川の通夜と葬儀が執り行われた。今川の自宅近くにあり、また足利製作所からも遠くない、豊明市の曹源寺にて、会社の現職の専務の葬儀ということで準社葬として執り行われることになった。
実はこの曹源寺、桶狭間合戦とも関わりのある寺だ。現在でも本堂に今川義元公の位牌が安置されている。当時の曹源寺の快翁龍喜和尚が近くに戦人塚をたてて桶狭間の戦いの戦死者たちを供養したと言われ、現在もこの塚が国の指定史跡として残っている。言わば460年前に今川義元公を弔った寺が今回も今川を弔うことになった。
葬儀は、コロナ禍かつ死因も死因だけに世間体を考えて質素に行うこととされた。社長の畠山の判断だ。参列者のほとんどが従業員などの会社関係者であった。会社関係者の参列は密を避けるため、通夜と告別式の2グループに分けられた。もちろん、マスク着用で、受付では記帳時の消毒を徹底し、焼香時には密にならないように人と人の間隔を十分あけるよう係員が誘導していた。花輪の中には足利の取引先のものに並んで労働組合のものもあった。あとは、社長名、役員一同、部課長会一同といった関係者のものだ。
織田、斎藤両刑事も事件解決のため、どんな人物が参列しているか、重要人物が何食わぬ様子で参列者になっていないかと遠巻きに観察しながら参加していた。二人は特に、女性の参加者に注視していた。斎藤が織田に言った。「右近さん、さすがに夜の関係らしき女性は来ていないわねえ。」「それはそうだ。今日も何社かのマスコミが遠まきに取材にきているからね。そういう女性は来たくても来られないよ。すぐに囲まれてしまうよ。」「週刊誌も逃げた女は誰かと言って盛んに書き立てているし、そんなところへ水商売風の女がやってきたら、火に油を注ぐ。」と斎藤が相槌を打った。「私、それとなく待合室にいて、参列者の話を聞いていたんだけれど、『大手の企業の専務さんがホテルでねえ。』とか『人は見かけによらないね。立派な人だったのに。』、『ただ、酒も女も好きだったそうだ。』とか、結構、被害者の悪口をひそひそと話していました。それに『犯人は女ということだ。専務の女は誰だろう。』とか言って、犯人について噂していたわ。」「蝶々さん、やはり皆、興味本位だね。それで何か収穫はありましたか?」「女については特に誰とは言っていませんでした。秘書の3人の女性も葬儀の手伝いに来ていました。受付のところに秘書の山口さんと木下さんがいたので挨拶したところ『ご苦労様です。何かわかりましたか。私たちも疑われているのですか?』と聞かれました。『先日のお二人のお話は大変参考になりました。』とお礼を言っておきました。」両刑事の監視にもかかわらず、通夜の晩も告別式の日も特に目立った人物は見つからず成果なく終わった。
一方、興味本位のテレビのお昼のワイドショーでは、またもや葬儀の様子を取り上げた。「桶狭間のホテルで殺害された被害者の会社役員の葬儀が豊明市のお寺で行われた。葬儀にはコロナ禍にもかかわらず、会社関係者や取引先など多数の弔問客があった。一方、その後、警察からは逃げた女についての発表はなく、被害者周辺の女性関係を捜査している模様。なぜ、会社役員がホテルに行ったのか。痴情のもつれか。金銭でのトラブルか。捜査中。」大体こんな感じの報道だ。
変わった報道では、お寺のことを取り上げていた。コロナ禍で寺院の収入が減っているというのだ。足利製作所による葬儀の場合もそうなのだが、葬儀は感染予防のため参列者を縮小したり、家族葬に変更したりして小規模化している。また1回忌や7回忌などの法事も省略されて重要な収入源であるお布施が少なくなっている。特に地方のお寺は人口減少や過疎化で檀家も減り、結局、維持すらできない。寺は伽藍の管理に大変な費用がかかるのだ。住職などの管理者もいなくなり、取り壊したくてもできない。住職の後継者不足も問題だ。今は1人の住職が掛け持ちで複数の寺を受け持っている。しかし、十年後は本当にいなくなるという。しかし宗教法人は勝手に解散もできない。こうなると荒れ寺になり、心霊スポットとしてマニアに落書きされたり、壊されたりしてますます荒れ放題となる。
豊明市の曹源寺はこれとは違う立派なお寺だ。名古屋のベッドタウンにあり、周りは住宅地であり檀家も多い。報道のようなことにはならないであろう。