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ミナミの夜

6.ミナミの夜

 話は余談になる。今川は少し前、常務の時代にも女性のことで大きな失敗をしている。ここで懲りて止めていれば今回、桶狭間で首をとられることもなかったかもしれないのだが。この事件は足利では隠密に処理され、ほんの一部の関係者しか知らない。

事件は大阪ミナミで起きた。のこのこと大阪まで出かけて大失態をやらかしたのだ。労務関係の集まりで大阪へ宿泊出張に行った今川がその晩、ミナミへくり出した。合同の食事会が終わり、皆と別れて大久保人事課長と二人になった。このとき大久保に「まだ飲み足らないし、時間も早い。もう少し飲もう。」と言って、少し歩いていると丁度、目に入ったクラブ太閤というお店があり、ドアーを開けた。大久保は知らないお店であり、大丈夫かなあと思いながら今川につき従った。お店には他に客もおらず、閑散としていた。「いらっしゃいませ。」とママが駆け寄ってきた。二人がカウンター席に着こうとしたところ、「こちらへどうぞ」とVIPルームと札がかかった部屋に案内された。案内したのは三島マリー(みしま・まりー)という若いホステスだ。「初めてのお客さんですね。ようこそ。何を飲まれますか?」と聞かれ、今川は「いい部屋だねえ。でも高いんだろう。」と多少警戒しながら、「まずは水割りでいこう。」と言った。マリーがウイスキーとミネラルウォーター、氷の準備を終え、3人で乾杯すると、丁度、太閤のママがVIPルームに入ってきた。胸を大きく開けたピンクのドレスだ。年は50位に今川には見えた。「ようこそ、いらっしゃいました。ママの豊田茶子とよだ・ちゃこです。」と彼女は二人のお客に名刺をわたした。名刺をもらって、今川はいつものように自分の足利の名刺を出した。「まあ、愛知県からですか?遠い所ようこそ、今日はご出張ですか?」と茶子ママは受取った名刺をしっかりと見て言った。隣でそれを見ていた大久保も仕方がないので、自分の名刺を出した。こうしてクラブ太閤のVIPルームで4人は意気投合し、今川も大久保も少し飲み過ぎた。しばらくたったころ、茶子ママから「私、最近少し肩こりがひどいの。少し揉んでくださる?」と言われ、今川は待っていましたというように「私も肩こりがある。よく、マッサージで揉んでもらっているからツボはわかっている。揉んであげよう。」と言ってママの後ろに回ってママの肩に手をかけ揉み始めた。「今川さん、お上手ね。気持ちいいわ。」とママが言うので、更に強く揉み続けた。その後、今川は肩揉みにかこつけて、茶子ママが何も言わないことを幸いに、あちこち触っていた。ママの方も何か魂胆があるのか隠したまま、今川の自由にさせていた。しばらくして、「凝ったところも良くなってきたわ。今川さんありがとう。」と言って肩もみを終わらせた。大久保が後から思えば30分以上はやっていたと証言している。

その晩は大久保が会社のコーポレートカードを使って太閤の支払いを済ませ、「ありがとうございました。おやすみなさい。」とママとマリーに見送られ、二人は宿泊先のホテルに戻ったのである。

翌日の大阪での仕事を終えて、翌翌日、足利本社に出社していたところ、今川あてに電話がかかってきた。茶子ママの主人と名乗る石田という男だ。石田は初め穏やかな声で「私、大阪ミナミの石田三郎いしだ・さぶろうと言います。クラブ太閤のママ、豊田茶子の夫です。」と。今川は何がどうしたのかわからないまま、聞いていると、石田が続けて「茶子ママが昨日から肩が痛くて痛くて仕事ができなくなってしまっています。肩が全く上がらないのです。よく聞いてみると今川さん。あなたに肩をずっと揉んでもらってその後、痛みが増してきたと言っています。」と少しずつ語調を荒げて大きな声に変わった。「どうしてくれますか?今川さん。」「どうしてくれと言われても・・・」と今川が困ってどうしたらいいのかわからないままいると石田の方から「また、あとで電話します。」と電話を切った。

1時間後また、電話がかかってきた。石田から「ママと相談したのですが、もう、お店がやれないので今川さんにお店を買ってもらいたい。3000万でどうかと言っている。」と言ってきた。恐喝されているとようやく、悟った今川、すぐにはよい返答が浮かばず、「3000万円でお店を買取れとおっしゃられても。・・・少し時間をください。」と今度は今川が石田の電話番号を聞いて、その電話を逃れた。

電話のあとすぐに、今川は大久保を呼び出した。ことの石田からの電話の経緯を大久保に話し、「そんなに強く揉んだのかなあ?大久保君」と一応、大久保に確かめた。大久保が「確かに常務はママの肩を揉んでいました。強いかどうかはわからないですが、結構、長時間だったと思います。30分以上ですか。でもそれで更に肩が痛くなり、お店がやれないというのは、大げさでおかしいと思います。明らかに脅迫ですよ。名刺を見て大企業の役員と知り脅してきたのですよ。こうなったら警察に届け出るか、まずは法務部に相談した方がいいと思います。」と言う。「大久保君、君にも責任がある。初めての店だし、VIPルームに案内された時点で変だと気付いて、さっさと出てくればよかった。君がそう言ってくれればそうしたのに。」と悔やんで言った。大久保が「旅先で気が緩んでいたのかもしれませんね。」と言うと「ママも肩こりが治って喜んでいるとすっかり信じていた。まさか、こんな間男がでてくるとは。大阪はこわい所だ。」とつぶやいた。  

大久保の助言を受けて、法務部の明智光市あけち・こういち課長が呼ばれた。今川が世間体から警察への届出をどうしても嫌だと渋るので明智は足利の顧問弁護士へ相談することを奨めた。こうして、足利の顧問弁護士と石田の間で、しばらくの間、交渉がなされてやっとのことで話がまとまった。示談金100万円を今川が茶子ママに支払うということで決着したのだ。示談金はもちろん今川の個人負担、だが、弁護士への報酬は会社負担であった。

今川にとってこのミナミでの失敗は過去の女性への対応を改めるよいきっかけになったはずだが、これを活かすことにはならなかったのだ。その後も、大久保にしろ、誰にしろ、女性に対する今川の行動や発言を注意したり、止めさせたりする者は一人もいなかった。


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