女の敵
5.女の敵
丁度夕刻になった。両刑事は、労組に続いて、事件の前の晩、今川と労組三役が行っていたというオレンジクラブへ向かう。お相手していた小野町子、清川納緒美、式田紫乃の3人ともいたので早速、聞いてみた。3人とも、つい先日会ったばかりの今川が殺されたことをテレビで見て知っていた。驚きを隠せない様子であった。
斎藤が尋ねた。「足利製作所の今川専務が殺害される前の晩、お店にきていたと伺ったものですから皆さんに会いに来ました。その時の様子はどうでしたか?」式田紫乃が「特に、変わったところもなかったし、労働組合の皆さんといつもと変わらず、楽しそうな様子でした。」と答えた。続いて、清川納緒美が「死んだ人には申し訳ないですが、はっきり言うと、いつもと同じエッチな今川さんでした。酔ったふりをして何度も胸を触られました。いつものことなので気にはしていませんが。」と言う。今度は小野町子が「納緒美ちゃんが今川専務についていたのでいつもの被害にあったのね。納緒美ちゃんが少し席を外すと、今度は私の方に来て、お尻を触って行ったわ。『やわらかい、いい形のお尻だね。』と言い褒められたのか、何だかわかりませんが。」と付け加えた。聞いた斎藤が驚いた様子で、「いつもの被害とは、いつでも触ったりしていたのですか?」と確認のため聞き直すと3人とも口をそろえて、「そのとおりです。」と答えた。町子が言った。「今川さんは、お店の女の子の間では要注意人物でした。彼が来たら気を付けなさいと言っていました。また、隣に座る時は覚悟してお相手しなさいと。」今度は、納緒美が、「いつ触られるか分からないので気を付けてはいるのですが、いつも、あっという間に触られます。」とあっけらかんと答えた。紫乃が「お客さんとホステスの関係だから、今川さんのご機嫌をそこねるといけないと思って私、我慢していたわ。」と言う。町子が「そうね。いつも来てくれる、いいお客様だから、機嫌悪くされるのもいけないと思って上手に逃げるようにしていました。」と言った。
織田が話題を変えて、「最後に皆さんに聞きますが、桶狭間にあるムーンライトというホテルは知っていますか?今川さんと行ったことはありませんか?」と尋ねると、町子が顔を赤らめ、「今川さんには、ゴルフを一緒にやろうとか、会社のラグビーの試合のチケットをやるから応援に来い、そのあと食事に連れて行ってやるとか言われていました。私、ゴルフはしないのでゴルフ出来ませんと言って、代わりにラグビーの応援に行きました。試合中は会社の人達が大勢いたので、少し離れた席から応援していました。その後、予め決めてあったお店へ行き、中華料理をご馳走になりました。試合は足利シップスが勝ったので専務は上機嫌でした。食事が終わって帰ろうとすると『まだ、時間があるだろう、面白い所を見つけた。行かないか。』と言われ、私が『どこですか?』と聞きなおすと『ラブホテルだよ。』言われました。確か、桶狭間にあるとか言っていました。もちろん、『この後、友達と待ち合わせがある』と言って何とか別れました。」と生々しい証言を行った。
また、次に紫乃が話し出した。「私も、町子さんと同じようにゴルフに行こうと誘われました。ゴルフを始めたばかりだったので、『いいわ、教えてください。』と言ったら、『二人きりで泊まりだぞ。1泊2日でツー・ラウンドしよう。』と言われ、びっくりして腰が引けてしまいました。それで、『もう少し、上手くなってからにしましょう。それまで練習しておきます。』と言って逃げていました。」
これを聞いて、納緒美が「皆、誘われていたんだ。私も正直に話します。私もお店で専務と二人きりになると『納緒美の体形は素晴らしい。大好きだよ。今度、泊まりで温泉でも行こう。』と何度も誘われていました。『また今度ね。』と先送りしていたのです。でもいつもいつも言われるので、だんだん断りきれなくなり、来月には二人で髙山の温泉に行く約束をしていました。」と白状した。「まだ行ってはいません。約束しただけです。」とも顔を赤らめて付け加えた。「でも髙山に行っていなくてよかった。行っていたら私、疑われていたわ。男女の関係あると。」と続けた。町子が「私も桶狭間へ行っていなくてよかった。」とホッとしたようにつぶやいた。紫乃もうなずいて「その通りだわ。」と同意した。三人とも、誘われていたことが今わかり、お互い顔を見合わせて笑ってしまった。
こうして、両刑事はクラブ・オレンジで3人からの事情聴取を終えて、店を出た。収穫は十分だったのだ。斎藤が怒った口調で感想を述べた。「右近さん、本当にどこでも誰でも、触ったりしていやらしい男だわ。それにいつもあれこれ口実を言って女性を誘っている。ああ見えても、女の子はしょうがないから皆、我慢して耐えているのよ。弱い立場だから。触られても平気なのはほんの一部の子だけよ。そんなこと、会社の役員ともあろう人がわからないのかしら。もしも会社でやっていたら大変だわ。でも案外、日頃の被害者のこんな行動が殺害動機になっているかもしれない。男って皆そうなの?」織田が「男を皆、一括りにしないでほしいよ。聞いていて、ガイシャの女好きは特別だと思うよ。まだ捜査は始まったばかりなのに。これだけ、どこに行っても触られたとか、誘われたとかセクハラの話がでてくるから。でも蝶々さんが言うように確かに今回の殺害動機につながっているかもしれないな。もっと泣いている女性がいるかもしれない。」と相槌を打った。