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労組

4.労組


 翌日、織田、斎藤の両刑事は、今川の秘書、山口さやかの証言から被害者が殺害される前日の晩、足利製作所労働組合の三役と飲みに行っていたと聞いていたので、彼らに事情を聴くため足利の労働組合を訪れた。

足利労組は足利本社に隣接したビルに入っている。出てきたのは委員長の榊原康之さかきばら・やすゆき、副委員長の酒井次郎さかい・じろう、書記長の板倉広重いたくら・ひろしげの3人だった。3人とも、足利の従業員から選挙で選ばれた組合の専従役員で、共通点は体型が全員メタボでポッチャリタイプであること。ほとんど毎日のように今川はじめ足利の人事労務の担当者や他社の労組の人間とこのコロナ禍のご時勢にもかかわらず高カロリーを摂っていた。いつもの合言葉である情報収集活動とか労使協調とか言って飲み歩いていたのだ。こんな毎晩を送ればメタボになるのも必然だ。

織田がストレートに口火を切った。「この度は今川専務の件で捜査しています。今川専務が亡くなる前日の晩に皆さんと食事をされていたと聞き、お話を伺いに来ました。その時、今川さんはどんな様子でしたか?」委員長の榊原が「捜査ご苦労様です。いやびっくりしています。いつもと変わらない様子でした。ねえ、酒井さん」と副委員長に振った。「そうですね。私もいつもと変わったところはなかったと思います。春闘が終わり、賃上げ交渉が妥結したので、会社側の労務トップの今川専務と打ち上げしようということで、刈谷の料亭で打ち上げしました。2次会にも今川専務は付き合ってくれて市内のクラブ・オレンジに行って飲んでいました。食事中には賃上げ妥結、ありがとうと何度も言ってくれましたし。もっとも決裂は会社も組合も望んでいないので毎年妥結しますが。」と例年どおりの会社と労働組合の交渉の経緯を話した。「今年は前年からのコロナということもあり、満額回答ではなかったのです。まあ妥結出来てよかったと思います。1次会はそのように仕事の話ばかりで終了し、2次会のオレンジに場所を変えました。」織田がコロナ禍で食事は少人数でしかも短時間でと行政が呼び掛けているのにこの人達は何をしているのかと呆れながらも尋ねた。「2次会では何かあったのですか?」書記長の板倉が答えた。「いや、特に何もありませんでした。が、専務は少し酔いが回ったのか、女の子を口説いていました。」「どんなふうに?」「3人の女の子達が私達に付いてくれたのですが、このうち一番若い紫乃ちゃんという子にゴルフを教えるから今度、一緒にゴルフへ行かないかとか言っていました。その時、横で聞いていた納緒美ちゃんが私にもゴルフを教えてとねだっていました。」榊原が「専務はゴルフが好きでよく女の子にゴルフを教えてやるといって誘うことがありましたよ。」と言うと、板倉が「そうだ、会社の子には、ソフトボールの応援に行こうとか、ラグビーを見に行こうとかよく誘っていました。足利は実業団の女子ソフトとラグビーのチームを持っていて、その応援に行こうというのです。専務は両方ともチームの顧問もしているので。それにかこつけて、よく女性社員にちょっかいをかけていました。女好きもほどほどにしないと。」と言うと酒井が榊原を見て、「もう一人は町子ちゃんという子でこちらは委員長としっかり話をしていましたね。」と言った。聞いていた斎藤がそんなに頻繁に飲んでいることを疑問に思い、「飲み会の費用は誰が出すのですか?」と聞くと「基本的にいつも専務が出していました。つまり会社の経費ですよ。」と酒井が答えた。

こうして会社と労組の関係は、表向き、労使協調だと言ってお互いにとって心地よい、都合の良い言葉を使いながら、費用は会社に出してもらい毎晩のように飲み食いして協調関係を築いている。会社側代表の今川専務と労働組合役員のベタベタの関係を両刑事は把握していった。

毎週1回は今川が労組三役を接待する。時には人事部長大久保悟を入れて。背景には、足利がかつて業績の苦しいときがあり、解雇や人員整理などにより労使間で緊張関係が続いた。その時から歴代の労務担当役員にとっては労組を接待漬けにして大人しくさせ、労使協調関係を築くことが正に一番の仕事だった。その影響が今も続いている。長年の接待漬けで現在、足利労組は会社の御用組合となり、従業員優先というより、会社のために動く組合になってしまった。表面的には労働条件の改善、賃上げ要求はするものの、建前だけの活動で終始し、結局、会社が言うがままだ。日頃の接待漬けが効いているといえる。これも今川の功績とされ、トップからは評価されていた。彼は酒も女も好きでこの立場を利用して自ら楽しみ、欲求を満たしていた。役員といっても大した事務処理能力はなく、会社への貢献度はこの程度だ。従業員がこんな状況を知ればどう思うだろうか。

労組会館を出たとき、斎藤が織田に言った。斎藤がこれまで思っていた会社の労働組合のイメージと今聞いてきたことが余にも食い違っていたからだ。「右近さん、足利の労働組合は何にも社員のためになっていませんね。ただ、飲み食いして自分たちの遊興に会社を利用している。警察官の自分にはわからないが、会社の労働組合ってそんなところなの?他の会社の労組も同じなの?」と今聞いてきたことに憤慨しながら続けた。「それに今川さんはどこでも女の敵ね。偉くなってお金と権力を持つと何でもやれると思っている。」「蝶々さん、まあ、そんなに被害者を悪く言うな。」と織田が抑えるように言った。「そうだ今川氏の女性関係だが、会社関係の女性にもいろいろと聞く必要があるね。女性の敵だから。どこで何をしているかわからない。」と提案すると、「そうしましょう。それにクラブ・オレンジの女性にも聞く必要があるわ。女の敵を暴くことが事件解決の道につながると思うわ。」と斎藤が元気を取り戻し強く言った。


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