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足利のその後

29.足利のその後

  

この頃、足利製作所では、瑞穂がシクラメンで聞いた今川と畠山のひそひそ話がいよいよ佳境になっていた。そもそものきっかけは、足利社員から国土交通省への情報提供だった。誰かは名前が公になっていない。いわゆる公益通報制度による所管官庁へのたれ込みだ。足利の本社工場の製造現場で働く、この社員がふと疑問に思ったことがきっかけだった。彼が毎日している仕事がどうなのかと思って、この疑問を問合せしたのだ。

足利のメインの製品である自動車のサスペンションは走行中道路からの振動を吸収する重要部品だ。だから時々向き打ち検査を行う。しかし、試験時に設定温度を不適正な値に変更して合格させたり、検査の結果を改ざんしたりして規格外の部品も出荷していた。何のための検査かと、ふと彼は疑問に思った。上司に問合せしたが、「ずっと前から決まりきったことをしているだけだ。気にしなくていい。」と言われた。この他、ブレーキ部品でも強度・耐久性の定期検査をしないまま、省略しているのに実施したことにして虚偽データを作成していた。

背景には完成車メーカーから毎年、品質を向上せよ、原価低減せよ、との要求があった。完成車メーカー側でもEV化や軽量化の競争に負けると会社が潰れてしまうという危機意識があった。こうした状況で足利は利益を出すため、人手を削り、現場へプレッシャーをかけていた。しかし、自動車は人の命に関わる乗物だ。会社の利益を優先して、現場の作業者を削ったことで招いた結果だがそんな言い訳は通用しない。

足利は発覚直後、真っ先に現場の責任者の首を切り、現場の責任だけでことを乗り切ろうとしたが、国土交通省が入り更なる調査を進めることで、事実が徐々に明らかになり、それでは済まなくなっていた。瑞穂が自首した頃には、足利に対し、世間から経営トップの責任を問う声が上がり畠山社長は窮地に立っていた。そこへ専務の今川の殺人事件が犯人自首により解決したという報道とそれに付随して犯人の告白文から隠れていた過去の事実が白日の下になった。前年の損失事件を曖昧のまま解決したことが結果として殺人事件の原因になっていたと世間が知ってしまったのだ。畠山にとってはまさにダブルパンチだ。

瑞穂の狙い通り、パパの名誉が回復される一方で、畠山が品質不正と損失の2つの事件で責任をとり社長を辞任することになった。足利にとっては2年連続の不祥事だ。畠山の辞任理由は表向き、以上の2つであるが、実際、責任はまだまだある。社長への就任時にA2020中期経営計画で従来の堅実経営から余剰資金で儲けようと投資へ大きく舵を切った点。それに加え、幹事証券の日東を優遇するような指示を出した点。また、自分の秘書、木下との不倫。損失を今川と同じようにできれば隠して穏便にすませようとした点。また投資失敗で今川に責任をとらせなかった点。最後にこれが桶狭間殺人事件を招いた点。上げれば枚挙にいとまがない。社長辞任は当然だ。こうした状況下で監査役会から社長辞任の最後通牒が出されて観念した。

足利の取締役会で新しく社長に選ばれたのは一色孝範だ。畠山もトカゲの尻尾切りに会ったということだ。監査役会に加え、創業家からも責任をとれと言われたのだ。新社長の一色孝範は、今回の事件に一切無関係の新製品開発の技術畑。一色は漁夫の利を得たのであろう、サラリーマン社会ではよくあることだ。会社はゴーイングコンサーンだ。しばらくすると足利製作所は何もなかったかのように進むことだろう。

 社長の他にも役員人事で変化が見られた。社外監査役の加藤正清は畠山に引導を渡すと自分も役割を終えたと悟り、新社長に辞表を提出した。池田将成監査役もこれに従った。加藤は浅井一人の責任として事を丸く収めるため、調査報告書をホームページに載せるように提案したことを後悔した。そして、池田にも同罪だと告げた。

 別に、法務課長の明智光市も自分が作成した調査報告書で今川専務の部分を削除したこと恥じた。調査の過程で一番悪いのは今川だという真実を知ったのにこれを暴くことなく削除してしまった自分を責めた。今川に怒鳴られて忖度してしまったことを後悔した。この時、今川にしっかり責任をとらせていれば、彼は専務を降りることになるだろうが死に至ることはなかったのだ。そしてまた浅井が失踪し自殺することはなかったかもしれない。明智は二人を死に至らしめたと反省の思いから法務課長職を辞した。


足利製作所は今後どうなるのだろうか?足利幕府のように衰退の道をたどらないように4代目社長の一色の手腕とリーダーシップに期待したい。自動車の電動化への対応という大きな事業課題がある、並んで、コンプライアンスと役員指名においても抜本的な見直し改革が必要だ。

思い返せば、企業の不祥事は後を絶たない。最近も、大手都市銀行のM銀行が度重なるシステム障害によりお客様をATMの前で長時間足止めさせた。最後には金融庁から業務改善命令を出され、トップ以下、何人もの役員が辞任することになった。M銀行でも言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない企業の風土・文化が不祥事に大きく関わったと自身で反省を述べている。

足利でも、見て見ぬふりをする体質が殺人事件にまで至ってしまった。ハラスメントは決して許されない。役員であろうと誰であろうと。ハラスメントが重大犯罪だという感覚が生じていなかったのだろうか。中国で世界的に有名なテニスの女子選手が中国共産党の幹部に性的嫌がらせをされていたことを告白し、その後一時行方不明になった。これに対し、世界のテニス協会や選手、関係者が彼女は拘束されていないか、自宅軟禁状態ではないか、身柄が心配だとの大声を上げたので、あの中国政府と雖も、事態を放置できなくなり火消しに追われることになった。ハラスメントを見かけたとき、知らぬ顔せず、声を上げるのがまともなもっともな対応だ。

 足利では専務のハラスメントが放置されて、多くの社員が不愉快な環境で毎日の業務を続けていた。これが原因で加害者本人も命を落とすことになる。専務の行動がおかしいとの情報がいろいろなルートから上がっているのに、これをキャッチして自主的に事前浄化する作用が機能しなかったのだ。新社長の下での改善が待たれる。


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