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告白文

27.告白文 

 事件直後、マスコミは、「桶狭間で大企業の専務が殺害される。しかもラブホテルで。事件の背景には何があったのかと。」大々的にセンセーショナルな報道をしてきた。続いて、「警察は逃走した女を追っている。」「逃げた女は誰だ。玄人女性か、それとも会社関係者か?」「動機は痴情のもつれか?金銭トラブルか?」と盛んに報道していたマスコミはこの頃ではすっかり音沙汰なしだ。世間の注目が東京オリンピックの開催へ向かい、日本人選手の大活躍を報道し、オリンピックが終わると今度はまたもやコロナ関連の報道が続いた。感染流行の中、オリンピック・パラリンピックを強行開催したことの是非。閉幕後には、東京、神奈川で感染者が医療機関の逼迫から入院できずに自宅待機中、容体が悪化して亡くなってしまうという悲惨なケースもあり、当局への批判記事が続いた。愛知県警の捜査の方も斎藤刑事の直感に至るまでは、当分の間、発表源をなくしていた。

瑞穂は、ずっと自分が起こした事件がどう報道されるか興味を持って見守っていた。ラブホテルで仇討ちしたことで人々が関心を持ってくれた。パパの仇の今川に汚名を着せることができたと思ったのだが報道はそれっきり。止まったままだ。この際、もう一度、マスコミを使ってパパの汚名を晴らせないか?瑞穂は数日考えていた。逮捕されるのはもう時間の問題だ。捕まる前に私の手でパパの名誉を回復できないか。そうだ、そうしようと悩んだあげく、結論に達した。

事件当初、盛んに取り上げてくれたのは、名古屋日報社、TV中日本、週刊セブンだ。これら報道機関に今、自らの告白文を作って送付しよう。犯人からの匿名の投書だ。その後、報道内容をみて警察に自首しようと覚悟した。それでもマスコミが取り上げてくれず、真実が明らかにならない場合は裁判でパパの汚名を晴らそうと決心した。

瑞穂は一晩かけて、マスコミに送る告白文を作成した。

私は「桶狭間殺人事件」の犯人、「逃げた女」です。これから警察に自首しようと思っています。その前にぜひ貴社に事件の真実を知ってもらい、私が被害者今川殿和氏を殺害するに至った思いを貴社の報道を通じて世間に公にしてもらいたいのです。貴社以外の多数の報道機関にも本紙をお送りしています。と冒頭に書いて、報道をあおった。

まず、初めに殺人に至った動機をお伝えしたいと思います。私の父は今川殿和専務と同じ会社に勤務していました。していたというのは、今は故人だからです。私の父の死が事件の真の原因です。父は今川氏と会社で上司と部下の関係でした。長年にわたって真面目に勤務し会社に貢献してきました。

ところが、会社に大事件が発生しました。これは公になっており、皆さんもご承知かと思います。足利製作所の投資失敗による損失発生事件です。この事件で会社に大きな損害を与えたという理由で父は解雇され、最後は死をもって償いました。しかし、公になっていないことがあります。この損失の真の要因は私の父ではなく、今川氏の指示によるものであり、彼の判断ミスです。それにもかかわらず、今川氏は何の責任をとることもなく、トカゲの尻尾切りと称して父一人に責任を負わせ、ぬくぬくと大企業の役員におさまっていました。

それだけなら父と私の泣き寝入りで終わったかもしれません。大好きだった父を失い、落ち込んでいた私の前に彼は現れ、私までをも苦しめようとしたのです。今川氏は私が誰であるかを知らずに、何度も私をホテルに誘い情交を迫ってきました。弱い立場の女性を高い地位とお金を使って、奴隷のように自分の自由できると考える彼を許せません。

これが殺人に至ってしまった動機です。父親の仇討ちのためです。このことを皆さんに分かってもらいたいのです。これから警察に行って話をするつもりです。裁判でも話し続けるつもりです。殺人は悪いことで正当化するつもりはありません。罰をうけます。でも代わりに真実を世間に訴えていきたいのです。最後に、真実が報道されることを心から期待しています。宜しくお願い致します。


翌日からの各報道機関の対応は様々だった。概ね、次の3とおりの反応だ。桶狭間殺人事件の犯人と名乗る人物から投書があり、殺人の動機を含めて、瑞穂の告白文を忠実に報道するもの。真偽定かでないので慎重に対応し報道することを保留する会社。このうち、告白文を警察に届け出るものが多数であったが、何もしない即ち警察にも届け出ず、様子を見守る会社もあった。瑞穂はこれらマスコミの反応をみて、自分の告白文を忠実に報道してくれた名古屋日報社に感謝の手紙を送った。これでやっとパパの汚名が晴れた。こうして、パパの形見のネックレスを着けて、瑞穂は出頭したのだ。


瑞穂の自首により、県警本部は犯人を逮捕したことを発表した。報道を差し控えていた各社は、第一報を名古屋日報社に出し抜かれた思いから、一斉に詳細にわたり告白文の内容を含めて報道を開始した。こうして瑞穂の願いがかない、世間に事件の真相が明らかになっていった。

例えばTV中日本は、「桶狭間殺人事件解決か?犯人が自首。真犯人は名古屋の有名クラブのホステス。お店で知り合い殺害現場の桶狭間のホテルに同伴。動機は当初は金銭のもつれか、痴情のもつれかとみられていたが父親の仇討ちで怨恨によるものと判明。警察は更に詳細を取り調べ中。上場会社の役員がなぜホテルで殺害されたか早期の真相の究明が期待される。」とニュースを流した。更に各社から詳細なニュースや記事が続いた。週刊セブンは、「桶狭間殺人事件の真の動機が判明。自殺した父親の事件で被害者の会社役員に恨みがあり殺害したもの。犯人の女性の父親が被害者と同じ大手自動車部品会社に勤めていた。この会社、前に投資の失敗から大きな損失を出した。この時、決算発表も遅らせ、株主総会も延期された。損失の責任をとらされたのが犯人の父親であり、既に富士樹海で自殺して死亡が確認されている。動機は本来、この損失の責任が被害者はじめ、足利製作所のトップにあるのに、犯人の父親一人に責任を負わせ自殺に追いやったことだ。そのことを偶然にも知った犯人が復讐を果たした。犯人は今、父親の汚名を晴らそうして自首してきたというのだ。」と瑞穂の告白文と追加の取材結果とを記事にして出した。


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