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有力容疑者

23.有力容疑者


翌日、織田、斎藤両刑事が集めた新たな情報をもとに県警本部で関係者を集めた捜査会議が招集された。しばらく、停滞していた桶狭間殺人事件捜査本部にとっては久しぶりに有力情報が上がったと事前に聞いて、出席者は目を輝かせていた。初めに捜査1課長の村井貞二が逃げた女についての有力容疑者が浮かんだことを報告し、情報を集めた織田、斎藤の両刑事からの詳細説明に入った。

斎藤が口火を切った。「少し長くなります。有力な女性容疑者と思われる人物にたまたま遭遇し、その後しばらく、調べて分かったことです。有力な容疑者というのは、足利製作所の子会社であるアシカガ・ファイナンス元社長浅井長治氏の娘で浅井瑞穂30才です。私が彼女に初めて会ったのは大高署です。」今度は、負けじと織田が言った。「なぜ同人が有力容疑者の逃げた女なのかについて私から説明します。浅井長治氏は昨年の夏に失踪しています。その後、山梨県警所管の富士青木ヶ原樹海で今年の6月30日に旅行者によって発見され、身元不明遺体として山梨で荼毘にふされていました。今川氏殺人事件の捜査途中、斎藤刑事と一緒に被害者が勤める足利製作所の関係者、特に女性を中心に調べていたことは皆さんも承知の通りです。この中で、アシカガ・ファイナンスにおいて巨額の損失が発生し、社長の浅井長治氏が責任を負い、その後、失踪しているという事件があったことをつきとめました。」説明が斎藤に代わった。「そこで私たちが失踪届を出すべきだと考え、親族に届出してもらおうとしたのですが同氏の唯一の親族である娘さんの浅井瑞穂の所在がわからず、仕方がないので元代表者が行方不明ということで会社に届出してもらいました。届出を受けて全国の警察の身元不明者の情報ネットワークに上げたところ直ぐに山梨県警から情報があり、浅井長治氏の行方と死亡が確認されたわけです。それで、大高署の生活安全課が娘さんである浅井瑞穂を探し出し、本人が大高署に来たわけです。」斎藤が説明を続けた。「私は今回の桶狭間での事件捜査の途中で、この失踪事件に出くわしたので大変気になり、大高署でこれに立ち会うことにしました。浅井瑞穂が大高署に現れ、彼女を見たとたん、私は彼女が真犯人ではないかと思ったのです。なぜなら、彼女の胸元には白く輝くネックレスがあったからです。タクシー運転手が見ていたものと同じで、私達が探していた逃げた女ではないかと。」と瑞穂に会ったいきさつを説明した。続けて、「私が彼女にネックレスについて尋ねたところ、父、浅井長治氏の形見ということでした。桶狭間署に戻って、右近さんと保管していたタクシーのドライブレコーダーの録画を改めて確認しました。逃げた女はマスク、サングラスに帽子という風体ながら、体格や背丈は彼女によく似ていると思いました。」織田が付け加えた。「更に2点あります。彼女の父親の浅井長治氏は会社の損失の責任を取らされ失踪し、その後、遺体で発見という悲しい結末になってしまいました。しかし、私達の調査で、会社の損失の本当の原因は被害者である今川専務であるという内部情報も得ています。つまり被害者の今川氏は浅井氏にすべての責任をおしつけて自分の身を守り、安泰であったこということです。もし、このことを娘が知れば、今川氏は父親の仇になります。ただ、彼女がどこまでこのようは父親と今川氏の関係を知っていたのか、また足利の損失問題について知っていたかはわかりません。彼女が父親の失踪も、今川氏が父親と同じ会社の専務であることも知っていたとの証言も得ています。」

黙って聞いていた柴田勝警部補が、「親子だから直接聞いていたかもしれないなあ。」と言う。斎藤が、「そうだと思います。離れて暮らしていたとはいえ、大変仲のよい父と娘だったようです。大高署へ形見のネックレスを着けて来るくらいだから、きっと日頃から話をしていたのだと思います。」と答えた。織田が更に娘が犯人であることにつながる事実を付け加えた。「重要なことがもう一つあります。浅井瑞穂の勤務先です。彼女はピアノの講師です。日中はピアノ教室で教えているのですが、時々、アルバイトとして夜の商売をしていました。コロナ禍で夜のお店も休業状態が続いていたのですが、緊急事態宣言が解除され、勤め先のお店が判明しました。今川氏がよく立ち寄っていた錦3丁目にある名古屋財界でも有名なお店、シクラメンです。つまり今川氏と浅井瑞穂はシクラメンで客とホステスという関係で知り合いであったということです。浅井瑞穂はお店では日野ルミと呼ばれていたので今川氏は浅井の娘とは気づいていなかったと思われます。」斎藤が大きな声で口を挟んだ。「被害者には大変申し訳ないのですが、調べれば調べるほど、被害者は女の敵です。お酒好き、女好き、会社でも何人かの女性社員に専務と言う立場を悪用して、セクハラをしていたことがわかっています。今川氏が浅井の娘とは知らず、彼女をホテルに誘ったことも十分考えられます。」織田が説明を続けた。「なお、彼女がシクラメンに勤めたきっかけは彼女が俳優の伊達政人のファンクラブに入っており、伊達氏がシクラメンのママ北条雅子に彼女を紹介したそうです。ですから初めから今川に近づくことを目的にシクラメンに入ったのではなく、偶然だったと思われます。」「浅井の娘が働いているお店に被害者が現れ、知合いになった。その後、娘は父親の仇と知ったが、被害者の方はそうとは気付いていなかったということか?」と柴田が想像して言った。いままで黙っていた平手警部も口を開いた。「そうだ。彼女からみれば偶然、お店で会った客が愛する父親の仇と知ったのだ。父親の命を結果として奪った男が目の前に現れ、関係を持つように迫ってくれば誰でも冷静ではいられない。殺意が生じたのだろう。」村井貞二課長から、「現状はここまでだ。動機のありそうな女で今川氏と知り合いである女が浮かんだというだけだ。だが彼女が今川氏を殺害したという決定的な証拠はまだ何もない。」と言ってまとめた。「ところで、彼女の犯行当日のアリバイは?」と村井が織田と斎藤に尋ねた。「シクラメンはその日も休業していたということで、瑞穂も今川もシクラメンに現れていません。」と織田が答えた。村井が「それでは、犯行当日のアリバイは確認できずということだね。被害者の胃の内容物から分かったその日の夕食のフランス料理の店についてもどこだかまだわかっていないのか。これがわかれば二人がそろって食事をしていたという目撃情報が得られるはずだ。そうすれば引っ張ることができる。全力を上げてこのレストランを探せ。」と強い口調で捜査員全員に指示を出した。「殺害後の桶狭間の現場のホテルからの女の逃走経路もまだはかわないのか?」と加えて言った。

折角、有力容疑者が見つかったのに決定的な証拠が見つからないまま、また時間が過ぎた。依然、被害者と犯人の二人が会食したフランス料理店は見つからないままであった。後で分かるのだがこれもコロナが捜査の大きな障害になっていたのだ。

とうとう業を煮やした村井課長が決断した。「せっかく右近さん、蝶々さんのコンビで有力容疑者にたどり着いた。しかし、浅井瑞穂が犯人であるというのはすべて状況証拠だ。このままだとお宮入りしてしまう。よし、彼女を任意でひっぱれ。」と。村井が続けて、「蝶々さんの女の直感に賭けよう。逮捕状は出ないが任意同行を求めよう。取り調べも君達二人でやれ。」と両刑事に指示した。


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