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難航する捜査

19.難航する捜査


暑い夏とオリンピックの熱狂の真っ只中、愛知県警の捜査は依然難航していた。「逃げた女性を探せ。」との命題であったが女性の正体を突き止めることができないまま、時は流れた。捜査方針は変わらず、被害者今川周辺の女性を一人一人すべてこまめに追っていた。それしか手がなかったのだ。

ムーンライトの防犯カメラに映り、今川の車で一緒に来ていたことが判明していた秘書の山口さやかと木下めぐみについては、既に二人とも今川との男女の関係を認めている。しかし彼女達にはアリバイが確認され、犯人ではない。

斎藤刑事が、織田に提案した。「他に、被害者の今川専務からセクハラ被害をうけている女子社員がいないか捜査範囲を広げる必要がある。会社の外でも、飲みに行って片っ端からクラブの女性に声をかけている。社外は数が多すぎる。まずは会社の女性社員から始め、その後クラブの女性にしましょう。」「蝶々さん、既に会社の秘書の女性にはヒアリング済みだ。それ以外の部署の女性をどうやって調べたらいいか難しいね。」「今年の6月から、パワハラ防止法のスタートにあわせて、セクハラ防止対策の強化が企業に求められるようになりました。まさに今、足利でもセクハラ対策をしているはず。このへんから手を付けてはどうかと思います。」「それでは早速、人事部に問合せしてみよう。」と言って織田が人事部に電話をかけた。相手は以前にも会っている人事部長の大久保だ。「足利製作所のセクハラ防止体制は、2つの相談窓口を設けています。1つは人事部にハラスメント相談窓口があります。人事部員が相談を受けるものです。もう1つはヘルプラインという相談窓口があります。こちらは外部の法律事務所につながり専門の弁護士さんが相談に応じてくれます。また、社内の法務部あてに相談をすることもできます。内外を選択できます。この他、会社以外にも労働組合でも組合員からさまざまな相談をうける窓口があります。」と電話の向こうで大久保が織田に説明した。


説明を聞いた後、織田が斎藤に提案した。「蝶々さん、まずは前に一度訪問した労働組合へもう一度行ってみよう。」と。

両刑事が訪問すると、委員長の榊原康之と副委員長の酒井次郎の二人が出てきた。「労働組合は日頃から組合員の悩みや苦情、要望などさまざまな声を聞いています。直接面会で相談することもできるし、匿名で文書やEメールで相談することもできます。」と酒井が労働組合の相談窓口について話す。「そうですか説明ありがとうございます。それではずばり聞きますが、今川専務さんについての相談は社員からあったんでしょうか。どんなことでもいいのですが。」と斎藤刑事がいつものように核心をストレートに聞いた。榊原と酒井は大変、困った表情になった。委員長の榊原が答えた。「労働組合から出た話ということは秘密にしてもらいたいのですが。実は専務のセクハラについて匿名のメールがあり、何度か相談を受けていました。」斎藤がやはりそうかと思い、「どんな内容ですか?」と尋ねた。「何度も食事に誘われるというのが一番多いですね。」と酒井が言うと榊原が追加した。「食事に誘われて断りたいが専務なので断れない。どうしたらいいかとか、断ると自分の評価に悪い影響はないか?とか、いうものです。」「同じ人からの相談ですか?」と斎藤が尋ねると、「いやあ、メールのアカウントが違うし、文脈からは別々の女性からだと思われます。何人もいると思います。」「それで労働組合はどうしたのですか。専務を問い詰めるとか、したのですか?」と斎藤が詰め寄った。「匿名の相談でしたので特に何もできずにいました。」と榊原が言ったところ、酒井が補足して言った。「もう少し、知りたいので会って教えてほしいと返信したのですが、そのまま返事がありませんでした。ことがことだけに、顔を出したくなかったのでしょう。」「相談者本人にとっては舞台から飛び降りる位の一大決心で、相談しているのに何もしなかったのですね。残念です。」と斎藤は語気を荒げて言った。「ことは殺人事件です。専務のセクハラが殺人につながっているのかもしれませんよ。」と織田が続いて語気を荒げた。

両刑事は労働組合の事務所を出た。斎藤が直ちに感想を述べた。「右近さん、全く頼りにならない労働組合。泣いていて困っている女性社員がたくさんいるのに、彼女達よりも専務を優先している。日頃の労働組合に対する専務の活動が効果を発揮している。それにしても労働組合も男性社会ね、女性の組合役員がいたら、多少は対応が違っていたかもしれないのに。足利の従業員の三分の一は女性と聞いたわ。もっと女性社員を大切にしないといけない。」「蝶々さん、組合の話からするとこれまでにわかっている秘書以外にも、やはり社内に多数の被害者がいそうだ。別のルートのヘルプラインを調べてみよう。」と織田が言った。


次にヒアリングに向かったのは、人事部長から聞いていた足利製作所の「ヘルプライン」だ。足利本社を訪れ、事務局である法務部の明智光市課長へヒアリングを行うことにした。

明智から「今川専務のセクハラですか?そんな相談は来ていませんが。」と言われ、織田が「それではセクハラ以外でもいいのですが、今川専務に関係する相談はありませんでしたか?」と聞き返す。「そうですね。もう1年以上前ですが、アシカガ・ファイナンスという当社の子会社で大きな損失がありそれに関して相談がありました。相談をうけているうちに、ことが公になり、その後大きな問題になっているので警察でもご承知のことと思いますが。」と明智が答えた。斎藤が「その事件は知っていますが一応解決済みと考えていました。しかしその事件が今川専務と関わっているのでしょうか?今川専務に関りがあるのなら教えてください。警察としては何でも今川専務について把握しておきたいのです。」と事実確認を強く求めた。明智がどこまで警察が知っているかわからないので自分が知っていることを要領よく初めから話し始めた。「ヘルプラインへの相談は匿名のメールでした。第一報は子会社アシカガ・ファイナンスでコロナの影響で大きな損失が発生している。しかし、会社はこれを隠そうとしている。決算を間近に控えているので大変だというような内容でした。」両刑事とも関心をもち、明智の話に耳を傾けた。「私もことは重大だと思い。更に詳しく知りたい。相談の匿名性は守りますと相談者に持ち掛けたところ、相談者が現れ、詳細を聞き始めていました。そうこうしているうちに、会計監査で事が発覚して会社も事実を公表することになったわけです。確か会計監査人からも公表するように要請されたと聞いています。その時点で相談者からは事が公になったのでヘルプラインでの調査はもうこれ以上はいいですと言ってきました。それで私は調査を打ち切りました。」

織田が「損失事件については公になっているので私どもも承知しています。わからないのは今川専務と事件の関係ですが?」と疑問を投げかけた。「相談者によると大きな損失の原因となった金融商品を購入したのは今川専務の指示があったからと聞いています。しかし、その点は追求されずに公表もされていません。それ以上は、調査を打ち切ったのでわかりません。」と後半部分、明智は嘘を言った。明智は損失についての調査報告書を起案作成した張本人であり、報告書に今川の名前がでていない理由も知っている。浅井社長をヒアリングした結果、今川専務がどのように関わったのかもすべて知っているのだが。会社は既に公式見解を出している。今さら、これに反することをたとえ警察といえども、言うべきではないと自己を正当化し会社に忖度したのだ。

明智はこのことは刑事に隠して言わなかったのだが、続けて次に重大な発言をした。「専務が損失の事件にどう関わったかはわかりませんが、可哀そうに、この子会社のアシカガ・ファイナンスの浅井社長が責任を問われ、会社を辞めています。」斎藤が「その相談者とその浅井社長に話を聞くことはできますか?匿名の相談とのことですがなにぶん、殺人事件の捜査ですから協力をお願いします。」と強く捜査協力を迫る。「私は相談者の守秘義務を守らなければならない立場ですが、警察の捜査にも協力しなければなりませんね。相談者はアシカガ・ファイナンスの社員で細川孝といいます。浅井社長の方は会社を辞めた後、今は行方不明を聞いており心配しています。失踪のことはまだ警察には相談していないのでしょうか?」と逆に聞き返した。


殺人事件の裏で、被害者によるセクハラがあり、更に損失事件や失踪事件まで起きていることを知り、両刑事は大きな収穫を得た。これらが殺人事件に何らかのつながりがあるのではないかというプロの臭覚だ。二人はもっと詳しく調べようとの共通の思いであった。

そしてすぐに細川孝に会おうと意見が一致し、その足でアシカガ・ファイナンスへ向かった。会社と同じビルだ。丁度、細川がいた。織田が今、足利本社で聞いたことを説明し、アシカガ・ファイナンスへ来た理由を話した。「そうです。社長が失踪して困っているところです。元社長ですが。後任の社長がまだ選ばれず、業務が滞ってしまって。私が以前、ヘルプラインに相談したことですね。」と細川が正直に答えた。「そうです。特に貴社の損失と今川専務の関係、また、浅井社長と今川専務との関係を聞きたいのですが?」と斎藤が言うと「二人は年も近く、確か同期だったのではないかと思います。浅井社長はよく、今川専務に仕事のことを相談していました。」「すると貴社の損失に今川専務が関わっていたのですか?」「そうです。専務は子会社管理を担当していたので当然、当社もあの方の管理下でした。当社は資金運用を目的に設立されたのですが、最初から専務は関わっていました。」「具体的にはどんな関りでしたか?」「細かい運用資産の選択にも口を出していました。今、外出中でいませんが日東証券から専門の吉川顧問を連れてきたのは畠山社長と今川専務だと聞いています。だから私は運用に失敗したのは専務のせいで、悪いのは浅井社長ではなく今川専務の方だと思っています。死んでしまった人には悪いのですが。」細川は更に続けた。「ヘルプラインに相談したのは、コロナの影響で大きな損失が発生しているのに、浅井社長に相談しても、今川専務から叱られたと言って何も進みませんでした。そこで私は次に池田監査役にも相談したのですが同じでした。最後の思いで、思い切ってヘルプラインに相談しました。最初は匿名相談でしたが、明智さんにも会って説明しました。そうしている内に監査法人の監査で損失が発覚することになり、会社中、大騒ぎになったわけです。ちくま監査法人の会計士さん達が当社に来て、私が直接状況を説明したりしたのでこれ以上はヘルプラインへの相談は不要と思い、終了ということにしてもらいました。今はことが公になって損失も公になりましたがよかったと思っています。ただ、浅井社長が会社を辞めてそのあと何処かに行ってしまい、どうされているか大変心配です。」


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