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パンデミックと損失隠し

15.パンデミックと損失隠し


 順調だった足利製作所の投資戦略は転機を迎えた。誰も予想しなかったパンデミックが起きた。2019年末に中国武漢で発生した新型肺炎がその後、新型コロナウイルス感染症と命名され、翌年2020年初めから世界中に拡散し始める。地球規模のパンデミックの始まりである。2月頃には日本にも伝播した。横浜港に停泊した大型クルーズ船ダイヤモンドプリンセル号内で感染症が広がり、政府は乗客の上陸を認めず、隔離して検疫したのが最初だ。その後、市中にも感染が広がり総理大臣による小中学校の一斉休校命令へと続いた。初めは、未知のウイルスということで感染しても薬や医療の対処方法がなく、ただただ、感染者の隔離と閉じこもりに努めた。こうして世界各国は感染におびえて都市封鎖をするか、外出自粛のため自宅待機するかの対応に迫られていった。

必要なマスクが全く手に入らないと世の中が混乱する事態になった頃、積極的に運用していた足利の資産はどうなったのだろうか。各国、都市封鎖で人の移動や経済活動が全く行えない状況になり株式市場も債券市場も大打撃をうた。各市場で狼狽売りが始まり大暴落したのだ。投資環境は、第2次世界大戦のきっかけとなった世界恐慌や、最近の2008年の米国のサブプライムローンをきっかけにしたリーマンショックに匹敵する事態になってしまった。

 アシカガ・ファイナンスにとって特に大打撃を受けたのは大量保有していた仕組み債だ。NYダウでトリガーが働く仕組み債は、足利の決算期である2020年3月末に購入時のNYダウ25,000ドルが18,000ドルに急落しノックイン条項が働き、大損することになった。さらに、不幸にも追加購入した日経平均をトリガーとするものが、購入時の日経平均21,521円が18,917円まで下落し、ノックイン条項である19,000円を切り、こちらもトリガー働き大損してしまう。当初から総額1,000億円以上に積み増しされていた運用資産がわずか2カ月あまりで半分の評価額になってしまったのだ。前にも述べたが株式は相場が戻れば元に戻るが仕組み債はそうはいかない。一旦トリガーが働けばそれで終わりだ。また、株式の様に市場がないので、損を覚悟で売るという損切りもできない。このようなリスクの高い金融商品を大量に保有してしまい、気付いた時には後の祭りだ。


 アシカガ・ファイナンス浅井長治社長は今川専務に呼び出された。損失が500億円にも上ってしまったことを浅井が報告すると「どうしてこんなことになってしまったのか。」と今川は損失額の大きさに仰天し震えながら浅井に詰め寄った。「君にアシカガ・ファイナンスの経営をすべて任せていた。君の責任だ。それに報告が遅いし、対応も遅い。昨年末に中国で異変があったのだからその時に注意して対応していればこんなに大きな損失にはならなかったはずだ。」と一方的にまくしたてた。自分には責任がないように、すべての責任を浅井に押し付つけるように言ったのだ。「金融商品の選定は今川さんと吉川さんの二人で行った。私は運用の素人だからよくわからず二人で決めたのだ。」と言って浅井は反論すればいいものの、性格上こうは言えず、ただただ、「申し訳ありませんでした。」と謝るばかりであった。リスクの高い商品を素人に奨めた日東証券会社へ抗議するとか、法的措置をとるとか、善後策としてはいくつかの手段があったのだが。そういう発想は今川にも浅井にも起こらなかった。

更に今川はことの隠蔽を指示したのだ。自分が仕組み債というリスクの高い商品を選定した中心人物であるということも、重大な過失があることも何ら省みることなく隠蔽に向かおうというのだ。「浅井君、こうなったら足利製作所本体の決算に大きな影響が出る。まもなく、2020年3月期決算の時だ。経理部では決算作業に追われる時期だろう。5月には決算発表をしなければならない。どうにかならないか。隠したり、先送りすることはできないか?」と今川が頭を抱える。浅井が「それは子会社の損失をどうにかして隠せとおっしゃるのですか?」と聞き直した。「そのとおりだ。隠せる方法があればそうしたい。何かいい方法はないか?」と隠蔽の指示を出す。「他社の事例では子会社の損失を飛ばしという方法で長年先送りして、最後には発覚して大事件となった光学機器メーカーの事例があります。このようなことを当社でも行えとおっしゃるのですか?」と浅井も頭を抱えたが、「さすがに私にはできません。」と拒んだ。ただ、浅井の胸の内には、責任の大部分は今川にあるが自分も日東証券から何度も接待をうけて、いい思いをさせてもらったという後ろめたさがあった。商品選定の場にも同席していて、今川と吉川のやり取りを聞き何となく、そんなに儲かるのはおかしいと思いながらも反対しなかった自分を後悔した。結局、隠蔽のよい方法が見つからないまま、ただ時間だけが過ぎて行った。隠蔽に至らなかったのは、足利製作所が更なる次の泥沼にはまることなく幸いだった。



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