新体制
12.新体制
事件を遡ること6年前の5月。名門企業、株式会社足利製作所の決算発表が行われた。愛知県内に3つの工場をもつ足利製作所。本格的な創業は70年前、戦後間もない昭和25年、先先代の足利隆氏がそれまでに行っていた家内工業的な刃物作りに見切りをつけた。これからは戦後復興のあとに必ず自動車の時代がやって来るとの信念から、当時はまだまだ労働争議が続き明日をもしれないT自動車から自動車部品の受注をうけて、シリンダー、シャフトなどエンジン回りの部品やショックアブソーバー、ブレーキなど足回り部品の加工を始めた。
隆氏氏の予測は当たった。創業者に先見の明があったのだろう。その後、昭和50年代から日本での本格的なモータリゼーションの時代の到来とT自動車の世界的な発展とともに足利製作所は大きく成長していく。現在では株式を東証および名証に上場し、創業家が約15%の株式を保有する名古屋を代表する老舗名門企業である。
このとき足利製作所は名証の記者クラブにて決算発表を行うとともに6月の定時株主総会後の役員人事と新執行体制を発表した。創業家の現代表取締役社長、足利兼満75才は、取締役会長に勇退し、新社長には、常務取締役である畠山義忠が社長へ昇格する社長交代人事だ。畠山新社長は名古屋出身で東京の私立慶成大経済学部卒の57才。このほか常務取締役の今川殿和が専務取締役へ昇格する人事も同時に発表された。今川は静岡市出身で京都の私立同命大経済学部卒の57才。畠山と今川は足利への同期入社であり年齢も同じだ。足利にはもう1名、常務取締役で一色孝範がいたが今回の役員人事では、常務のままであった。彼は三重工業大工学部大学院卒59才。一色を含め、3人は同期入社であるが年長者の一色が一歩遅れをとったことになる。サラリーマン社会の常であり、創業家の足利兼満新会長の意向が大きく影響していた。足利会長がつけた順番といっても間違いない。社内ではこううわさされている。「畠山の父親もかつて足利製作所に勤めており、今回社長を勇退する足利兼満氏が入社、間もない頃、畠山の父親から指導を受けた。その恩あって、兼満氏はその息子の畠山義忠を社長に後継指名したのだ。兼満氏が恩ある畠山さんの子息なら間違いないと考えたのであろう。」
新社長の畠山義忠は記者会見の場で次のように述べている。「弊社はこれまでT自動車の順調な発展により、毎年利益を積み上げてきました。65期連続の黒字決算を続けています。今後は私の新体制の下、今回新たに策定した5カ年の中期経営計画A2020に基づき、更に足利製作所を発展させていきたいと思います。」と自信満々な会見を行い、念願の社長になったことで晴れやかな表情であった。「そこで多額に積みあがった剰余金3,000億円を電気自動車EV用の関連部品の開発に充てて、将来の柱となる事業に育成していきたいと考えています。そのためには積極的なM&Aを行って、弊社にない事業や製品を外部から早期に補完していきたいと思います。それには多額の資金が必要です。これまでに蓄えた資産を更に積極的に運用して将来の資金需要に備えたいのです。株主様に報いるため、増配と自社株買いを順次、行い総額で1,000億の株主還元を実施する予定です。また将来の成長投資と既存事業の拡張のために1,000億を使い、余りの1,000億を資産運用にあてる計画です。」
畠山によるA2020計画の発表をうけ、集まった投資家から順に質問が出された。D証券尾崎氏より「創業家以外から初めて出た新社長としての抱負と今後も創業家とどのように連携されていくのかをお聞かせください。」と聞かれた。「先ほどご説明しましたとおり、新しく中期経営計画A2020を策定しましたのでこれに基づき、経営の舵取りを行ってまいります。また、創業家あっての当社ですから兼満会長には引き続き、高所大所からのご意見を賜り、経営の指導を賜りたいと思っています。」と言って創業家を奉る回答を行った。
次にM証券山本氏から「M&Aとはどのあたりを狙っていますか。自動車以外ですか?」と質問された。これに対しては広報部長の小笠原俊介が答えた。「先ずは自動車のEV化に対応するため、EV部品事業室を設置してガソリン自動車以外を見据えてより広い領域をカバーしていきたいと思います。電池や充電器などの分野を視野に入れています。」
K投資種田氏からは、「積極的に運用という説明がありましたが、金利の低いご時勢の中、どれくらいの運用成績を見込んでいますか?私ども投資の専門家でもなかなか運用成績は芳しくない時代になっています。また積極的に投資する場合のリスクマネジメントは大丈夫ですか?」と聞かれた。これにつても小笠原広報部長から「1,000億円の余裕資金を運用するわけですからそれなりの専門家を迎えて行う準備をしています。詳細は決定次第後日また公表させていただきます。」と詳細については明らかにしなかった。
C投信横山氏からは、「株主還元についてですが、貴社の潤沢な余剰資金のうち、3分の1しか株主還元しないとも思える説明でした。果たして株主は納得するでしょうか?」と株主側に立ったやや辛辣な質問が出た。これに対しては畠山社長自らが、やや不満げな顔でぶぜんとして「3分の1といえ、1,000憶円以上を株主様に還元していくということですから、十分なご理解をいただけるものと確信しています。あとの残りの3分の2は当社の将来発展のためという意味ですからこちらも理解いただけると考えています。」と答えた。
集まっていた投資家からは「足利製作所の将来を考えると電気自動車関連への移行が必須であろう。これに乗り遅れずに迅速に対応することは必要であり、今回の新中期経営計画は評価できる。」との意見が出され、大部分の支持をうけた形で会見は無事終了した。




