表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/31

コロナと捜査

10.コロナと捜査


斎藤刑事の留守番電話にメッセージがひとつ入っていた。明日朝、捜査会議を行うと。

県警本部の会議室で会議が開かれた。捜査員から集めた情報が次々発表されたがこれといったものは皆無であった。相変わらず動機も検討がつかない。逃走経路も然りだ。タクシードライバーの本多の証言以外の何の目撃情報も出てこない。

山口さやかと畠山社長から、被害者がよく利用していたフレンチレストランについての情報提供があった。名古屋の「村木」「ボルドー」「エトワールドパリ」の3店、また会社近くの「モンサンミッシェル」を入れて計4店だ。捜査員が手分けしてこれら4店に行ってみたがすべて、今川氏は来ていないとの回答だった。また別に、県警の聞き込みグループが二人の男女がタクシーに乗った場所近くのフランス料理店を1軒1軒あたってみた。何れも皆、被害者は来ていない。との回答であったとグループのリーダーから結果報告があった。

被害者が利用するフランス料理店以外についても、会社が提出したリストに載っているクラブ、スナックへ1軒1軒、捜査員による聞き込みがなされたが、これはという女はでてこなかった。今後は被害者が名刺を保管していた全国各地のお店の調査にも捜査範囲を広げる必要があるとの見解に至った。聞き込み済の愛知県内のお店のヒアリングの状況は次のようなものだった。

A店:行政の指導を受け入れ、休業中。

B店:営業しているがお酒出せない。ましてやワインは出していない。従ってお客もほとんど来ない。開店休業状態。従業員は大部分解雇。

C店:お酒出せない。客も来ないのでママ一人で営業を継続。従業員は自宅待機。休業補償で雇用を何とか維持。でもこれ以上は無理、近く閉店を考えている。

D店:すでに3カ月前に廃業した。

E店:自粛に違反して営業。お酒を出している。でも、お客は少なく、被害者はしばらく来ていない。

 このように、飲食店は皆、コロナで散々な状況になっていた。


村井貞二捜査1課長から「何か漏れている。もう一度見落としている点はないか全員で検討すること。」と指示が出されたが、結局この日の会議は大きな収穫はなかった。

捜査会議終了後、夕方、織田は斎藤を誘って、桶狭間署近くのいつもの居酒屋に行って引き続き事件の推理を始めた。この時期、愛知県下では緊急事態宣言からコロナ蔓延防止措置に切り替わり、少しだけ制限が緩和されていた。飲食店での飲酒と食事は夜8時までOKだ。久しぶりに二人で飲むお酒。織田が中ジョッキを手に、斎藤は大好きなハイボールを飲みながら、ねぎま、つくね、串カツをそれぞれ注文しながら、カウンターに横並び座った。カウンターは一人ひとりアクリル板で区分され、二人はアクリル板越しの推理を行った。

これまでの捜査結果と二人の推理はこうだ。織田が切り出した。「蝶々さん、逃げた女を探し出せばすぐに解決すると思っていたのに、なかなか見つからない。」「2人を乗せたタクシー運転手までわかったのにそれ以上なかなか進まないわ。せっかく、犯人の映像まで残っていたのに女性の人相がまるでわからない。映像は役に立たないわ。唯一、運転手が言っている胸に光るものが分かれば犯人に辿り着けるかもしれない。私は多分、真珠のネックレスと思うわ。特殊なものであれば犯人特定に至るかもしれない。」「蝶々さん、コロナが捜査を邪魔しているね。マスクをしてサングラスに深い帽子なんて、普段ならとても尋常でない。誰も変な人と印象に残るものだが。世の中こんな状況だから、まるで誰も気にしない。」と言って、織田がジョッキを飲みほしながら、もう1杯くださいと注文する。「右近さん、人の顔、特に目つきと口元は重要だわ。これを隠すと人相全体が消えてしまう。この間、テレビでやっていたんだけれど、赤ちゃんや乳幼児はお母さんや保育園の先生の口元をみて会話しているというの。それが今、コロナで先生達もマスクしているから口元が隠れ、子供達としっかりコミュニケーションできないと困っているわ。口元だけでも見えないと人の印象は全く分からないということです。」と斎藤がコロナ禍の捜査の特殊性を話す。すると織田がズバリと聞く。「逃げた女は誰だと思う?会社関係者かな、それともそれ以外?蝶々さんはどう思う?」「これまでの捜査でわかったことですが、被害者には悪いが彼は本当に女性の敵です。会社では、秘書というすぐ近くにいる女性にセクハラしている。山口さんと木下さんの二人は彼のセクハラ被害者。だから会社の他の部署にも被害者がいるかもしれない。その辺を調べる必要があると思うの。」と女の気持ちを察しながら答えた。「山口さん、木下さんは防犯カメラに写っていたのですぐに彼との関係が分かったが、他の会社の女性を調べるのは厄介だ。」と織田が言う。斎藤がねぎまとさつま揚げを追加しながら、「そうね。セクハラ被害は社内ではなかなか表にでてこないと思う。女性が泣き寝入りしているケースがほとんど。最近は、セクハラ、パワハラ防止策も企業に課されているので、足利の場合はそこがどうなっているかも調べてみましょう。どこかで女性の声が上がっているかもしれないし。」と提案した。「会社以外はどうだろうか?」と斎藤に聞く、「その可能性も高いと思うわ。飲みに行ってはそこの女の子たちを口説いていたのだから、それも調べる必要がありそうね。」「被害者は労働組合やら、いろいろと飲食の機会が多いから、全部あたるのは相当な時間がかかるね。それに漏れているお店もあるだろうから全部つぶすのは大変だ。」と言って織田が追加のジョッキを飲み始める。「そうだ。名刺以外にも今川氏の手帳、パソコンなどの持ち物からお店のものがないかもチェックする必要もありそうね。」と斎藤が気が付いて言った。「もう一度、山口秘書にも協力してもらい。専務の持ち物調査をしよう。車から多数の指紋も見つかっているし。」と織田が提案に賛同した。「今回は車でホテルに行ってはいないとはっきりしている。事前に名古屋市内で夕食をとっている。だから犯人が専務の車に乗って指紋を残している人物とは限らないわ。タクシー乗客の指紋が残っているとよかったのに。これも念入りに消毒までされてふき取られてしまっている。コロナのせいだわ。」アクリル板で隔たれていてもアルコールが入るにつれて会話が弾んだ。

8時近くになり、ラストオーダーですと言われ、織田は「最後にビールもう1杯とお茶漬けください。」、斎藤は「おそばください。」とオーダーする。「疑問点はまだまだある。どうして殺されたかだ。本当に二人は元から知り合いであったのか。なぜ、ムーンライトなのか?食事はどこでしたのか?蝶々さんこの点はどう思いますか?」「初めは、睡眠薬を飲まされていたことから、ホテルで昏睡強盗目的で眠らせたのかもしれないと思いました。しかし昏睡強盗なら、殺してしまうのは理由がない。眠らせてお金をとって逃げればいい。今回は金銭がとられていたかどうかもはっきりしませんが。私はお金が全部なくなっているなら強盗だと思います。しかし残っていたから強盗ではないと思う。また、凶器が被害者のネクタイだから初めから殺す目的だったとは考えにくい。眠らせるまででよかったが何かが起こり殺してしまったとも考えられる。」と斎藤が推理を働かせる。更に続けて自分の推理と披露した。「私はやはり、はじめから殺意があり、ホテルに誘って殺したのではないかと思う。眠らせてしまえば女性でも被害者のネクタイを凶器に使える。それに服装が変。マスクだけならまだしも、夜にもかかわらず、サングラスと帽子をかぶっていたのは不自然。初めから殺すつもりだったのでホテルに向かう途中で、運転手に顔を見られたらマズイということだと思います。」「でも、そんな殺意をもった女が被害者周辺には今のところ全く見つからない。冗談だけど、蝶々さん、本当に犯人は女だったのかなあ。」と織田が笑いながら言うと、「被害者は女好きだから、やはり女性に間違いないと思うわ。それに映像を見た限り、女性に見えるわ。奥様の可能性もないように思う。ムーンライトに行ったのは被害者が行きつけで慣れていたからだと思う。つまり被害者が自らムーンライトに行こうと誘ったのでしょう。」と断言して言った。「確かに、二人がタクシーに乗車した名古屋の中心街には近くに一杯ホテルがあるから、わざわざタクシーで桶狭間まで行ったへんだ。被害者が知っていて慣れた場所へ誘ったというのが妥当だね。僕もそう思うよ。」「私達は事件の真相にまだまだほど遠い。簡単に解決すると思っていたのに難解な事件になるかもしれないわ。」


居酒屋での二人の捜査会議が終わりに近づく。織田が今晩の推理をまとめた。「その日に街で出会った玄人女性ではないと思われる。元から殺意を持った女ということだね。公衆電話から被害者の携帯へ着信があり呼び出されている。つまり犯人は被害者の携帯の番号を知っている顔見知りで、多分、会食の場所で待ち合わせ、一緒に夕食を楽しんでいる。会社関係者かどうかは不明だが、それに限定できないし、しない方がよい。どうしてそんな殺意を持ったか今の所は分からない。」ということになった。

「蝶々さん、それにしても夕食をとったフランス料理店が見つからないのはなぜか?」と織田が問いかけた。「被害者が急に夕方、食事はいらないと言ってでかけたことから、犯人からの連絡をうけて密会の待ち合わせ場所に向かったと思うの。レストランの方は犯人が予めとって指定していた。被害者はいつものように車で自宅を出たのは奥様に会社へ行くと思わせるため、急な仕事ができてでかけるということの印象を持たせるためだと思う。」「そうだね。これから密会に行くのを奥様にばれないための夫の工作か。」と織田がなるほどと同意した。

 一方、平手彰秀警部のグループが念のため、繁華街周辺の玄人女性の調査を行っていた。予想通り、これはという該当者は上がらなかった。平手班は、名古屋市内のマル暴関係や風俗店の情報を日頃から入手しており、総力でこれに当たっていたが、被害者と知り合うような特別な女性は出てこなかった。街角にたつ女性からは、「そもそもコロナで街にでる人が少なく、商売にならない。」「街はお店がしまり閑散としている。しばらく街に立っていない。商売あがったり。」「こちらから声を掛けても感染を恐れて女を買う人は一人もいないわ。」というような反応であった。

また、被害者今川は数多くのセクハラをしているが、すべて自分の周りの知り合いの女性であり、全く見知らぬ女性を町で買ってホテルに行くという行動は見あたらなかった。また、相手が彼女達なら、わざわざ、桶狭間までタクシーを飛ばして行くことはまずないのだ。織田と斎藤が推理するように、名古屋の歓楽街にもホテルは無数にあるから。やはり、顔見知りによる犯行だとの織田達の推理が正しいとされた。しかし、今川周辺でもそのような女は依然,見つからず、捜査は暗礁に向かっていた。

今川が持っていた名刺について、名刺の女の調査は少しずつ進んでいた。しかし、斎藤が予想したように警察からコンタクトを試みるものの、お店のほとんどが休業中であり、名刺の女に辿り着くまで時間と労力がかかった。手分けして名刺にある電話番号に電話をかけてみるがほとんどが休業でつながらない。やっと電話がつながり、お店に行くと今度は名刺の名前が本名でないと分かり、これは誰かと本人確認をしなければならない。名古屋と同様に東京も大阪も緊急事態宣言や蔓延防止措置が続き、捜査は進展しなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ