表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/31

桶狭間古戦場

名門企業の専務がラブホで殺害される。愛知県警の織田右近と斎藤蝶々両刑事が事件を追う。

1,桶狭間古戦場


ここは尾張の国、桶狭間。今は昔、戦国時代の1560年6月12日(永禄3年5月19日)のこと、駿河・遠江の大大名、今川義元軍2万が上洛を目指してここにやって来た。ところが待ち受ける尾張の弱小大名織田信長に打ち取られてしまったことで有名な古戦場跡である。奇跡の大逆転劇といわれる合戦が起きたこの地に、今も「桶狭間」の地名は残っている。

義元が首をとられた場所がどこかは定かでない。名古屋市緑区、豊明市、大府市にまたがる丘陵地の何処かだ。今は、名古屋市側と豊明市とでその場所をめぐり、こちらがその場所だと言って争っている。

地形的には名古屋市南部の丘陵地で、「ハザマ」というだけあって幾筋の谷が走っている。今は緑豊かな閑静な住宅地だ。今川義元が京都へ向かう途中、ここを通ったように、今も日本の東西を結ぶ交通の要所。近くを国道1号線、23号線通称名四国道、伊勢湾岸自動車道、名古屋第二環状自動車道などの道路網と東海道新幹線、JR東海道本線、名鉄本線などの鉄道の幹線が通っている。

この桶狭間の一角にラブホテル街があり、夜になると色とりどりのネオンがきらめく妖艶な街に変貌する。その中心にホテル・ムーンライトが立っている。コロナ禍で一般的にホテル宿泊業界は旅行の自粛などの行動制限により大打撃を受けている。一方、ラブホテル業界は蚊帳の外、むしろ巣ごもりもあり大繁盛だ。最近では若者のみならず、高齢者もラブホテルを利用すると言われている。若いころ利用した気楽さからか再び夫婦で訪れる人もいるようだ。コスプレが出来るよう無料で貸し出しする所や、御殿ルームのようなお城風のもの、岩盤浴付きのレトロな内装の昭和の時代のラブホなど、ホテル側も工夫を凝らして集客活動に余念がない。

ムーンライトは、枯山水・寝殿作りを売り物にしており、名前から想像できない古風な日本調のホテルだ。そのムーンライトの一室で昨晩、殺人事件が発生した。客の男性が殺されたのだ。発見は翌朝。地元メディアが一斉に事件を報道している。「静かなホテル街で殺人事件起きる。ホテルの一室で客の中年男性が殺害された。」などと。この後すぐに、わかることだが、460年たってこの地でまたもや今川氏が打ち取られたのだ。今回打ち取ったのが織田かどうかは定かでない。こうして捜査が始まった。

被害者は中年男性。死因は首を絞められたことによる絞殺である。翌朝、ホテルの係員がチェックアウトしないので不審に思い、客室を訪ねて発見したのだ。110番通報により、愛知県警捜査1課の平手彰秀ひらて・あきひで警部、柴田勝しばた・まさる警部補、それに所轄の桶狭間署の織田右近おだ・うこん巡査部長と女性刑事の斎藤蝶々(さいとう・ちょうちょう)巡査ら捜査員が駆け付けた。遅れて、愛知県警本部鑑識課員が到着し、直ちに現場検証が始まり、大掛かりな捜査が開始された。

まずはムーンライトの責任者である支配人、水野忠みずの・ただしへ平手警部と柴田警部補が聞き取りを行った。「昨晩2人が訪れたのは何時くらいですか?」と初めに平手が質問した。水野支配人は心配そうな表情で、「チェックインの記録によると6階の客室パラダイスにチェックインされたのは昨晩8時31分になっています。」と答えた。そして、支配人は聞かれるより前にラブホテルのシステムを真面目な顔をして説明し始めた。「私どものホテルは普通のホテルと違いまして、チェックインのときでも、お客様がホテルの係員と顔を合わせないシステムになっています。お客様が入店するとこちらのパネルに表示されている、空いている部屋の中からお好きな部屋をタッチして選びます。タッチパネル方式になっています。」支配人が続ける。「そうするとこちらの取り口から部屋のキーが出てきて、それを持ってエレベータでその部屋へ行くだけでチェックイン完了となります。料金は先払いです。こちらの精算機で現金またはクレジットカードでの支払いとなります。先払いしないとキーは出てきません。」「その精算機への支払いの時間が昨晩夜の8時31分ということですね。」と柴田が確認のため尋ねた。「そうです。」「それでは2人の支払いは現金でしたか、それともクレジットカードでしたか?カードなら記録をみてカード番号がわかりますよね。」と柴田が尋ねると支配人が答えた。「パラダイスのお部屋の支払いは現金払いになっています。お客様はお忍びの場合が多く、身元がわからないように現金で支払うお客様が多いのです。現金ですから男の方が払ったのか、女の方が払ったのかわかりませんが。」「それでは昨晩の売上の現金をすべてご提出していただけますか。後でいいのですが、指紋をとりたいので。」と柴田が依頼する。「わかりました。すぐに準備させます。」続けて、柴田が聞いた。「ところで部屋のキーはどうなっていましたか?返却されていますか?」支配人が返却口から返却された多数のキーを一つ一つ確認しながら答えた。「パラダイスのキーはまだ返却されていません。キーの返却は通常、既に料金をお支払い済なのでお帰りの際に、ここに投函するだけです。部屋はオートロックになっていますが、キーが返還されていないので、まだお部屋にあるかと思います。」「ところで防犯カメラは設置されていますか?」と今度は平手警部が支配人に聞いた。水野は残念そうに答えた。「ラブホテルですから、秘密保持優先で、プライベート厳守のため館内には一切設置されていません。ただし、万一の防犯のため、地下駐車場入口に1ヵ所のみあります。」「それではその地下駐車場のカメラの記録を提出ください。後で結構です。」と平手が頼む。「わかりました。1週間前からの映像が残っていると思います。」と支配人が追加説明した。


一方、織田右近刑事、斎藤蝶々刑事の両名によって、第一発見者であるムーンライトのスタッフ山内真由美やまのうち・まゆみへ事情聴取がなされていた。織田刑事が「まずは発見したときの現場の状況をお聞かせください。」と尋ねた。初めのうち、真由美はこんなことを経験したことがないので戸惑った様子だったが、段々落着きを取り戻して答えた。「今朝10時になっても鍵の返却がないので、延長になりますと電話でお部屋に伝えようとしたのです。それでも応答がないので、おかしいと思い、6階のお部屋に伺いました。」横で聞いていた斎藤刑事が真由美を落ち着かせようと優しい口調で質問する。「確か、パラダイスという部屋ですね。」と。「延長とはどんな仕組みですか?どうしてチェックアウトの時間が決まっているのでしょうか?」と織田が疑問をぶつけると「ええ、平日のお泊りの場合、翌朝の10時までは一律料金になっており、10時までにチェックアウトすることになっています。10時を過ぎると延長料金が発生し延長のお支払いをしてもらいます。延長の場合はお客様から電話でフロントにいる私どもスタッフに延長の旨、言ってもらえればよく、後でお帰りの際に延長料金を払ってもらいます。チェックインの時と同じ1階の精算機にてパネルでお部屋を選択し延長料金を支払うシステムです。」織田が話題を変えて聞いた。「あなたが6階に上がったときお部屋の鍵はどうなっていましたか?かかっていましたか?」真由美は、またおどおどした表情になり部屋の様子について答えた。「パラダイスの部屋は鍵がかかっていました。オートロックなので。チャイムを鳴らしたのですがやはり応答がなく、持っていったマスターキーで開けて中に入りました。すると男の方がひとりベッドで寝ている様子でした。声をかけたのですが。すでに息をされていなくて、亡くなっていることが分かりました。お連れの女性はいませんでした。」真由美が続けた。「もう、びっくりしました。すぐに1階の支配人に連絡して来てもらいました。その後、すぐに支配人が110番通報しました。」女性の心情を悟り、斎藤刑事がまた落ち着かせよう柔らかな口調で尋ねた。「6階に上がる途中のエレベータなどで誰か見かけませんでしたか?また、連れの女性については何かわかりますか?」真由美がやや落ち着き返答した。「いや誰にも会っていません。女性についても何もわかりません。」「年格好はどうですか?誰か見ていませんか?」と織田が聞き直す。「チェックインのときも、チェックアウトのときも、顔を合わさないようなシステムですので誰も見ていないと思います。」織田が念のため、「客同士はどうですか?」と確認の質問をした。「それもエレベータや廊下でお客様同士が鉢合わせする可能性はありますが、普通はそんな場合、見て見ぬふりをしてお互い避けて通るのではないかと思います。」織田が続けて尋ねた。「昨晩の来客の状況はわかりますか?」ようやく落ち着きを取り戻し、真由美がホテルの客室管理システムについて説明し始めた。「どの部屋が使われていたか。何時から何時まで使っていたということは全てシステムで管理して分かります。しかしお客様のお名前や人相などはわかりません。クレジットカード支払いであればカード番号から誰が使ったか、警察の方で調べてもらえば分かるのではと思います。後ほど、昨晩のクレジット払いのカードのデータは提出させていただきます。」「よろしくお願いします。その他何か気付いたことや不審に思ったことはないですか?」と斎藤が確認するが、「ありません。」とのこと。刑事二人は「ご協力ありがとうございました。」と真由美にお礼を述べた。

現場で捜査指揮にあたった平手警部は引き上げる前に、織田、斎藤ら捜査員を集めて「今回の事件、君たちはどう思う。」と現場に立ち会った各捜査員に感想を聞いた。聞かれた織田が「被害者の身元が分かったので、あとは逃げた女を見つければ事件解決と思います。ね、蝶々さん。」と斎藤刑事に相槌を求めた。斎藤が「殺害の動機が何だったのかが重要と思います。こんな場所ですから、金銭トラブルなのか、よく言う痴情のもつれか?」と答え、平手が「署に戻ってから検討しよう。」と締めくくった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ