最初の担当冒険者
ブレイクが急いで冒険者ギルドの広間に向かっていた。その顔は非常に焦っており、これからのことを想像しているのだろうか、青い顔をしている。
(やばい……、やばいやばいやばい! ……運が悪かったら死ぬぞ⁉ 俺!)
職場で全速力で走るわけにはいかないが、それでも急ぐために全速力の早歩きで広間に向かう。そして広間に到着すると、広間はいつも通り冒険者たちで賑わっていた。
「どこだ……」
ブレイクはたくさん冒険者がいる中で、獲物であることを自覚して狩人がどこにいるのかを目や顔をこれ以上ないほど動かして探すことで己の生存率を高めている。
「どこ――」
「みぃつけたぁ」
「ッッッ⁉」
背後から聞こえた聞き覚えしかない女性の声にブレイクは心臓が口から出そうになるが、寸前のところで飲み込んですぐさま振り返ろうとするが間に合わなかった。
「遅かったな、とても」
ブレイクは顔が見えずとも誰か分かっているその女性に細い腕で背後から抱き着かれた。今の光景だけ見れば女性から抱き着かれている男性と、男の冒険者なら誰もが羨む状況だ。それにブレイクの背中には柔らかく大きい胸が当たっているのも要因の一つだと言える。
だがそれとは裏腹に、冒険者ギルドはそのブレイクと女性の光景を見て静まり返った。そして何かの音ですぐに行動を開始させた。
「おい! レッド・ナックルだぞ! 逃げろぉ!」
「しかも男の受付に絡んでいる! 巻き込まれるぞ!」
「くそっ! よりにもよってどうして今日なんだよ⁉」
冒険者ギルドの中はレッド・ナックルという単語で悲鳴やら叫び声が響き始めた。さらにはブレイクの同僚である受付嬢もブレイクに可哀そうな顔をしながら奥に逃げていく。
「それでも来てくれて嬉しい! ……と、言うと思ったか⁉ 遅すぎぃッ!」
「いぃっ! かかか、勘弁してくれぇっ!」
女性はブレイクの体を女性らしからぬ力で締め上げる。ブレイクは顔を真っ青にしながら情けない言葉を放つが、今の女性には届かなかった。
「あたしが何分待っていたと思っているんだ⁉ それにあたしがあんたに会えなかったのは一週間だぞ⁉ しかもあんたがどうしてもってお願いしていたクエストを受けて冒険者ギルドであたしを出迎えてくれると思えば全然出てきてくれなかったとかふざけてんのか⁉ あたしがどれだけの気持ちでここを離れていたと思っているんだ!」
「ご、ごめ、ごめ……」
女性がブレイクの骨を折る勢いで抱き着きながら思っていることを口にしているが、ブレイクは苦しすぎてその言葉に返すことができていない。
この女性が本気ならばブレイクの骨は触れた瞬間に粉々にすることができるが、やはりそこは加減をしているようであった。
「どうせあたしがクエストに行っている間にもあいつらと楽しく喋っていたんだろ⁉ あぁん⁉」
「ち、ち、は、は……」
ブレイクは〝違う〟や〝離せ〟を言おうとしているが、女性に締め上げられて言葉が上手く発することができずに死の予感がよぎっていた。
「そんなブレイクは……、少し痛い目に見ないとな……?」
「ッッッ⁉」
女性のその言葉に真っ青になっている顔が形容しようのない顔色になり、焦っていることだけは辛うじて分かっている。
そして女性はブレイクの体から腕を放して、腹に腕を回したことでブレイクは何をされるのか察してどうにか止めようとしたが声も体も上手く機能せずにされるがままになっている。
「この、女たらしがぁぁぁぁっ!」
(何の話だよぉぉぉぉっ!)
女性の言葉に心の中で叫びながら、ブレイクは足が浮いているのを感じた。そしてブレイクは女性に抱えられたまま後方に反り投げられるのも感じ、頭部付近が地面に近づいているのも感じた。
「ッッッッぃぃっ⁉」
「成敗!」
ブリッジしている女性に腕を回された状態で日常生活では決してしない大勢をしているブレイクは、痛みで一瞬だけ気を失ったが何とか気を取り戻した。
「ぁの、……あ、ぁれん……さん」
「ふぅぅぅぅぅ……」
ブレイクが女性に声をかけるが、技をかけて満足している女性はブレイクの声が聞こえていなかった。
(こいつ、いつまで俺に腕を回しているんだよ! 早く離れろ!)
声は出ず、体は上手く動かせないが思考はしっかりとしてきて女性に心の中で文句を言うが、当たり前であるが一切女性には伝わらず数分間その状態が続いた。
「あ、あの、アレンさん。……その、放してくれませんか?」
「……反省しているのか?」
「そ、それはもう、本当に」
「どこら辺を反省ているんだ?」
「その、自分のために働いてくれたアレンさんを蔑ろにした点や、その、アレンさんに感謝の念が足りなかったこととか、その――」
「全部ちがーう! あたしはあんたに頼まれることを嬉しく思っているし、あんたがクソみたいな思考をしていてもどうでも良いんだよ! でも! あたしのことを忘れているのが一番嫌なんだよ! だからあんたはあたしに〝おかえり〟って一番に言ってもらいたいんだよ! 分かったか⁉」
「へ、へい、わ、分かりました……」
もはや限界に近いブレイクの体は女性から解放され、ブレイクは正常な人間の姿勢で倒れることができたことに体が喜びを覚えている。
「で?」
上を向いて倒れているブレイクの顔を覗き込んでくるのは、紅色の長い髪を片方の側頭部の上方で結んでいる目つきを鋭くしている女性、スカーレット・アレンがいた。
「……おかえりなさい」
「うん、ただいま」
スカーレットはブレイクの言葉に花が咲いたような笑みを浮かべたことでブレイクは安堵して、死なずに済んだことを神に感謝した。
「……おーい、男の受付~、無事か~」
「何とか~」
退避していた冒険者の一人がブレイクに声をかけてきて、ブレイクはそれに答えたことで隠れていた冒険者や外に避難していた冒険者が戻ってきた。
(少しは止めてくれてもいいのにな。……自業自得だから言いはしないけど)
今回はブレイクがジャーマンスープレックスをかけられただけで終わったが、こういう穏便な終わり方は稀であり、大抵はスカーレットがブレイクを鉄拳制裁するついでに周りの物が壊されていた。
そのためスカーレットとブレイクの件が何度も起きていることで、第七支部にいる冒険者が全員スカーレットとブレイクの件を知っていて迅速な対応をすることができた。
戻ってきた冒険者たちは大抵がブレイクに憐みを込めた目で見てきたが、スカーレットがそちらを向くと近寄ってもらいたくないためすぐに視線をそらして、元通りの状態に戻った。
「ん」
「……どうも」
スカーレットが差し出した手をブレイクは取って起き上がる。まだ寝ていたい気持ちはあったブレイクであるが、さすがに職場でこういう姿を見せておくのは辞職案件であるため立ち上がった。
そしてブレイクとスカーレットは広間の空いている椅子と机に座り、ブレイクはスカーレットからある書類を受け取る。
「これが調査書だ。ブレイクが思っているようなことはなかったぞ」
「ありがとうございます」
さっきまでのことがなかったかのように二人は会話を始め、ブレイクはスカーレットにお願いしていたクエストの調査書に目を通していく。
「……何もありませんでしたか」
「あぁ、何もなかった」
「考え過ぎでしょうか」
「かもな」
ブレイクはスカーレットにある場所の調査を依頼していたのは、今起こっているモンスターの活性と何か関係していると見ていたが、何もなかったことに考えが外れたと思った。
「そもそもブレイクが言う邪神の話がおとぎ話じゃないって根拠はあるのか?」
「それはありません。しかし、善神の神話だけが伝えられて邪神の神話だけが残っていないのは不自然だとは思いませんか? きちんと邪神がいたことは示されているのに」
「まぁ、それはそうだが……」
「でも、今回は本当にありがとうございました。おかげで知識が増えました」
「あたしは役に立ったか?」
「えぇ、とても」
「そうか! それなら良かった!」
とりあえずの調査が終わったことにブレイクはスカーレットにお礼を言った。
「そう言えばクエストの報酬をまだ決めていませんでしたね」
「あたしが何も聞かずに引き受けたからな」
「どれくらいが良いですか? 危ないところに向かってもらったのでそれ相応の額を用意したいところですが……」
「いや、金は要らない。金ならもう腐るほど溜まっているからな」
「それなら何を? 冒険者ギルドが用意できるものの範囲にしてくださいね」
「……そ、それは、ブレイクに何かお願いするという報酬でも良いのか?」
「自分に? ま、まぁ、無理なお願いじゃなければ構いませんよ」
「本当か⁉」
「はい、さすがにお願いした後で嘘はつきませんよ」
(しなかったら俺が殺されるかもしれないからな)
スカーレットとはそこそこ長い関係であるが、それでも根っこからブレイクはスカーレットのことを信用していないため殺されるかもしれないと密かに思っている。
スカーレットからしてみれば、ブレイクを殺したりなんかしないし、むしろ殺されることを望んでいる節もある。
「それじゃあ、ブレイクの一週間をくれ!」
「……具体的に言えば?」
「ブレイクの一週間、要は七日間、百六十八時間をあたしにくれ!」
「その一週間の時間はどういう風に過ごすつもりですか?」
「色々だ! 家でのんびりするとか、どこかに冒険に行くとか、買い物に行くとか、何でもだ! その日に思いついたことをするつもりだ!」
その報酬要求に、ブレイクは困惑するしかなかった。自身の七日間がそこまで価値のあるものなのかと。まだスカーレットならそのSランク冒険者の力を使うとか分かるが、ブレイクにその力はなく、せいぜい他人を強くすることしかできなかった。
「……構いませんよ。ですが冒険者ギルド優先ですから七日間丸ごと休むとなると少し時間がかかるかもしれません」
「それでも構わない。そもそも七日間を連続で貰うわけじゃないからな」
「そうですか。それならいつでも言ってください。予定を調整しますから。あっ、でも二週間後から少しの間は仕事でいないのでそこら辺はできません」
「何の仕事なんだ?」
「Sランクダンジョンのエピック・ダンジョンって分かりますか?」
「あぁ、分かるぞ」
「そのエピック・ダンジョンの三階層に到達したので二階層の調査に自分が選ばれました。それが二週間後なのでいつ終わるのかは分かりません」
「そうか……、ダンジョンか……」
ブレイクの話を聞いてスカーレットは何やら考え事をしている様子だった。
「ブレイク! 少し待っていてくれ!」
「あっ、はい」
そう言い残してスカーレットは物凄い速度でクエスト掲示板に向かった。そんなスカーレットの姿を見ながら、ブレイクはもう一度スカーレットが持ってきた調査書に目を通す。
スカーレットの調査書は完璧と言っていいほど見やすいもので、男勝りな性格とギャップを感じながらブレイクはぼそりと口を開く。
「……〝この世には十四柱の神がいる。人の味方をする善神が七柱、人にあだなす邪神が七柱。善神は人を作り、人が住みやすいような世界を創成した。一方の邪神は人を滅ぼすために魔物を創成した〟か」
ブレイクが口にした言葉は、偶然ブレイクがある場所で発見した言葉だった。ブレイクは未だに無尽蔵に生まれ続けるモンスターの謎が解明されないことでこの言葉に惹かれた。
だが邪神だの善神だの世間に知られていないことを大々的に調べたり聞いて回ったりすることは何か嫌な予感がしたため、こうしてそれとなく調査をしている。今のところ成果はなく、空回りばかりしている。
(……やめるべきか?)
自身だけでやるのならともかく、ブレイクはある程度信用できる人に協力してもらっているため無駄であると分かった時にダメージが少ない方が良いと思った。
(まぁ、あと少しだけ考えるか……)
そう考えたブレイクはスカーレットの調査書から視線を上げると丁度スカーレットがこちらに来ている時であった。
「これを見てくれ!」
「はい?」
笑顔で帰ってきたスカーレットはブレイクに一枚の紙を突き出してきた。ブレイクはその紙を受け取り内容を見てみると、スカーレット・アレンをエピック・ダンジョン調査同行冒険者として認めるという主旨が書かれた紙だった。
「今してきたのですか?」
「あぁ! しかもあたしだけにしておいたから二人きりだな!」
(アレンさん、受付を脅したな)
スカーレットのその言葉を聞き、ブレイクはむしろ動きやすいと思った。本来ならSランクダンジョンはSランク冒険者が五人以上いなければならないが、スカーレットなら大丈夫だという信頼がある。
「アレンさん」
「何だ?」
「二人きりじゃないですよ。今回は本部の冒険者が来るみたいなので」
「あぁっ? それはどういうことだよ?」
「自分を睨まないでください。そう決まっているんですから」
「……そいつのことを暗殺したら二人きりか……?」
「物騒なことを言わないでください」
「うぅっ……二人きりが良かったのにッ!」
二人きりが良かったスカーレットは大人しく引き下がったが、少しだけ落ち込んだ表情をしていることでブレイクが言葉を放った。
「Sランクダンジョンの調査は普通ならSランク冒険者が五人以上必要ですが、自分はアレンさんだけで十分だと思っています。アレンさんの実力を理解して、なおかつ信頼しているからです。次のSランクダンジョン調査、お願いします」
「……あぁっ! 任せろ!」
ブレイクの言葉にスカーレットは明るい表情になり元気よく答えた。五年ほどの付き合いのため、スカーレットの手綱を引くことはブレイクにとって容易くなっていたのだ。
(ふぅ、でも二人きりだと目が怖いからな……、少し気を付けないと)




