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厄介な冒険者

 冒険者ギルドでの裏作業はクエスト書類の作成などであるが、冒険者がクエスト終了後にも仕事は残っている。


「……この人、また失敗している。もうやめればいいのに」


 ブレイクが冒険者ギルドの受付の後方で〝冒険者情報管理水晶〟に冒険者がクエストを達成したかどうか、また達成していれば冒険者ギルドの職員から見て達成状況のランクはどうであったか、それを入力する仕事がある。


 そしてブレイクはクエストを失敗して帰ってきて怒鳴り散らかしている冒険者の紙を見ながらそう呟きながら情報を入力している。


 この情報入力は冒険者ギルド全体に共有される情報であるため、虚偽の報告は犯罪となっている。冒険者ギルドで働いている人たちは、そのほとんどが高学歴であるためそういうことをする人はそうそういないものの、中にはバレないと思ってやっている人もいるが、どういうわけかすぐにバレている。


 情報入力は簡単で、水晶に手を乗せて入力する情報を頭の中に浮かべる、もしくは口に出すと情報が次々に入力されて行く。副支部長のブレイクはもちろん前者の方法で入力している。


「ふざけてんじゃねぇぞ!」


 ブレイクが入力を終えたところで、受付から男の大きな声が聞こえてきた。その男の声で冒険者ギルドの人たちの視線がそちらに向き、ブレイクもそちらを向いた。


 怒鳴り声を上げたのは大柄に似合った大剣を背負っている冒険者の男で、怒鳴り声を受けているのは今年冒険者ギルドに入ってきたばかりの新米受付嬢だった。


「そう言われましても……」


 怒鳴られたせいか弱弱しい雰囲気をしているふんわりとした襟首くらいまである水色の髪の女性、メラニー・フローレスは、泣きそうな表情をしていた。


 それを見たブレイクはすぐにメラニーの元へと向かう。他の受付嬢はと言えば、基本的にこういう手の冒険者の相手が嫌なため助けに行きたくはないと思っているが、ブレイクはすぐに助けに行くため受付嬢から好印象を受けている。


「どうしましたか?」


 ブレイクがメラニーに声をかけると、メラニーは泣きそうな顔から一転して嬉しそうな笑みを浮かべた。それを向けられたブレイクは心臓を鷲掴みにされるのかと思ったが、表情には出していない。


「あの、この冒険者さんがモンスターの素材の買取で納得がいかないと……」

「当たり前だ! こっちは死にそうになりながら戦ったんだぞ! それなのに金貨十枚も出せないのか! あぁん⁉」


 唾を飛ばしそうな勢いで怒鳴ってくる冒険者にブレイクは面倒くさいと思いながら、メラニーの手元にあるこの冒険者が受けたクエストの紙を手に取る。


(〝レッド・ワイルドボア〟の討伐、Bランククエストか。……ふむ、これはアホだな)


 クエストの紙を置いたブレイクは、メラニーの方を向く。


「フローレスさん、こういう時は遠慮なく言わないと冒険者が調子に乗ります。ですからキチンと、ハッキリと言ってください」

「す、すみません。……こういう人が少し怖くて……」

「最初はそう言うものですから良いですよ。ただいつまでも怖いと言ってはいられませんから少しずつ頑張って行きましょう」

「は、はい、頑張ります」


 ブレイクとメラニーがそう会話していると、冒険者が机を拳を叩きつけて机にヒビを入れた。


「俺を無視してんじゃねぇよ! お前らがすることは俺に謝罪して俺に金を渡すことだろうが!」

「今ならあなたのしたことをなかったことにしてあげますよ?」

「ふざけたことを抜かしてんじゃねぇぞ! てめぇらみたいに安全なところから冒険者に指示するだけの人間が偉そうにしてんじゃねぇ! お前らは俺たちがいないと何もできないんだからな!」

「確かに冒険者ギルドの人間は安全なところにいます。ですが偉そうにしているつもりはありませんし、あなたがいなくても上手く回ります」

「ッッ! 死にたいみたいだなぁ……」


 大柄の冒険者が今にもブレイクに掴みかかりそうな雰囲気を他所に、ブレイクは話を戻す。


「あなたが受けたクエストはBランククエストの〝レッド・ワイルドボアの討伐〟ですね。そこにある大きな牙がレッド・ワイルドボアの討伐証拠だと仰られているのですね?」

「それ以外に何があるんだ!」

「ハッキリ申し上げます、こちらはその牙がレッド・ワイルドボアの牙でないことを一目で分かっています。その牙はEランクモンスターのビッグ・ワイルドボアですね」

「な、何ふざけたことを抜かしてんだよ! 出鱈目も大概にしろよ!」


 ブレイクが指摘すると明らかに冒険者は動揺しているが、それを誤魔化すように再び大声を出している。


「ふざけたことでも出鱈目でもありません。自分たち冒険者ギルドの職員は働く前提として〝鑑定〟のスキルを必須としています。ですから分かるんですよ。それにスキルで見なくてもこれくらいのことなら分かります」

(まぁ、俺は取るつもりはなかったけどな)


 冒険者ギルドで働く際に求められるものが三つあり、そのうちの二つはスキルの取得だった。一つ目はブレイクが言ったように素材や人などを見分けるために必要な≪鑑定≫スキル。二つ目は冒険者や依頼をしてくる人間がどういう人か、嘘をついていないかを確認する≪心眼≫スキルである。


 冒険者ギルドは良くも悪くも多くの人と関り、一瞬一瞬でその人たちを見極めなければ取り返しのつかないことになる可能性を秘めている。


 そして今ブレイクとメラニーの目の前にいる冒険者を見逃さないための≪鑑定≫と≪心眼≫のスキルであり、いわば冒険者ギルドの職員は人を見極めるためのスペシャリストと言っても過言ではない。


「それにあなたは本当にBランク冒険者ですか? 失礼ですがあなたの能力値を覗かせてもらいましたが、Bランク冒険者ではありえない数値でした」

「……チッ! 今日のところは引き下がってやるよ! 全く失礼な奴もいたもんだな!」


 ブレイクの≪鑑定lv5≫のスキルのおかげで冒険者の能力値を見ることも可能で、そのことを追及すると冒険者は帰ろうとする。


「待ってください、話はまだ終わっていませんよ。冒険者のランク偽装やクエスト達成偽装は犯罪です。あなたはすでに犯罪者です」

「あぁ? 何もできないギルドの人間が偉そうなことを言ってんじゃねぇよ。お前らに俺を捕まえられるわけがねぇだろうが、バカが!」


 冒険者がブレイクたちを見下したように言って冒険者ギルドから出ようとする。


「――では、実力行使とさせていただきます。フローレスさん、良いですか?」

「はい、いつでも」


 だがそれを許す冒険者ギルドではなく、ブレイクが鋭い目で冒険者を見ながらメラニーに問いかけるとメラニーもさっきまでの弱弱しい雰囲気はなく、しまった顔をしている。


 そしてブレイクとメラニーは受付から飛び出して大柄の冒険者に狙いを定める。まずブレイクが一瞬で受付に背を向けている冒険者の背後に立ち、無防備な状態なため簡単に大柄の冒険者を倒すことができた。


「ぐっ! な、何しやがるんだ⁉」

「あなたはすでに犯罪者です。ここで逃がすわけにはいきません」

「俺がいつ何をしたって言うんだぁ⁉」


 もはや会話するのも面倒になったと思ったブレイクはメラニーに視線をやると、メラニーは意図を理解して頷いた。


 そしてブレイクが冒険者から離れ、冒険者が立ち上がろうとするがその前にメラニーが懐から出した糸によって冒険者は固く縛られ、無力化された。


「何だこの糸は! こんな糸……」

「無駄ですよ。その糸はAランクモンスターの〝デーモン・スパイダー〟の糸ですから、ランクを詐称していようがいまいが糸は切れません」


 力を入れようとする冒険者にブレイクが懇切丁寧に説明するが、それを聞こうともせずに力を入れ続けている冒険者にため息を吐いて二度目の説明を諦めた。


 冒険者ギルドで求められるものの三つ目に、冒険者が暴れた際に抑えられるようにする戦闘力があることである。それは純粋な強さではなく、冒険者を制圧できれば問題ない。


 ブレイクならば気づかれずに近づき無力化する暗殺者スタイル、メラニーならば糸を操り敵の動きを封じるスタイルなど、冒険者みたいなモンスターを倒す強さではない。


「騎士団には連絡したから~」

「ありがとうございます、ジェームズさん」


 受付から顔を出したレヴェンはそう言い、何気なくブレイクの役に立つことをして少しずつポイントを稼いでいるようであった。


「大丈夫ですか? フローレスさん」

「はい、大丈夫です。サリヴァン先輩こそ大丈夫ですか?」

「自分は平気です。フローレスさんがいい動きをしてくれましたから」

「そ、そうですか? ありがとうございます!」


 ブレイクに褒められ、嬉しそうにするメラニー。


「でも……、今のは最初から私が一人でしないといけないことでした。……すみません、先輩のお手を煩わせてしまって」

「そんなことは気にしなくて良いですよ。誰でもああいう手の人間は嫌いですし、後輩を守るのが先輩の仕事ですから。いくらでも迷惑をかけてきてください」

「……はいッ、精一杯迷惑をかけます!」

「いや、その意気込みは要らないと思いますよ?」


 冒険者ギルドにいる誰に対してもこういう態度を取るブレイクは、当然ながらみんなから好印象を与えている。しかも仕事ができると来た。


(はぁぁぁぁ、ブレイク先輩、本当にだいすきぃぃぃぃぃ……)


 幾度となくブレイクにフォローされ、優しく、そして丁寧に教えてくれるブレイクにメラニーは恋をしていた。今まで男性交際が全くなかったメラニーにとっては初恋であった。


 メラニーも冒険者ギルドの受付嬢に憧れを持って入ってきたが、魔法学園に入るまでも入ってからも勉強付けの毎日だったため、男性と交際はおろか喋ったこともなかった。そのせいか、ブレイクと会話していくうちに恋をしてしまった。


(いつでも私のことを助けてくれるブレイク先輩って……、もしかして私に気があるのかな⁉ それだったら、私から告白した方が……、いやでも待っていた方が……)


 メラニーは交際経験がないため、その手の経験値がゼロなため勘違いをしてしまう可愛くて有能なのに残念な受付嬢であった。


 メラニーがブレイクのことを一挙一動を逃さずに見ている中で、ブレイクは捕らえられている冒険者を見下ろしながら考え事をしていた。


(冒険者ギルドのランク詐称は犯罪だ。だがランク詐称は簡単にできるものではない。こいつをいくら過大評価したとしても、ランク詐称ができるはずがない。そういう色をしていた)


 冒険者ギルドは冒険者カードを確認してクエスト受注を許可するため、口頭でランクを伝えても担当冒険者でない限り通じることはないとブレイクは考えている。


 そんな感じで捕らえられている冒険者について考え込んでいるブレイクの横顔を見て、メラニーは心臓の音がブレイクに聞こえているのかと思うくらいに心ときめいていた。


(えっ? 何この顔? 先輩のこの顔、どういうこと? どういう原理? どういう魔法? こんなに目が離せないとか、……すきぃぃぃぃぃ……)


 珍しく仕事で真面目に考え事をしているブレイクとは違い、メラニーはブレイクのことだけを考えていた。そしてその顔を人を殺すのかと思うくらいに見ている女性がいた。


(あの小娘、何を勝手にブレイクくんの勇ましい横顔をメス顔を晒して見ているのかな? その横顔はあたしだけが見て良いのに。何よりあたしのブレイクくんを見ないでくれる?)


 目を見開き、メラニーのことを見ているレヴェンであるが普段ならレヴェンの視線に気が付くはずのメラニーも、ブレイクの表情を見るのに忙しく気が付いていない。


(仕事を増やすのは面倒だが、何かあってからの方が面倒だな。騎士団が回収しに来たらこいつのことを調べてみるか……)


 二人の様子に全く気が付かないまま思考の海から浮上したブレイクは顔を上げた。するとレヴェンとメラニーはいつも通りの表情に戻っていた。


 その光景を見ていた男の冒険者たちはどんな顔芸だと一様に思った。

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