担当冒険者
「ようこそ、冒険者ギルドへ。今日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか?」
今日のブレイクは冒険者ギルドの受付として働いていた。ブレイクと同じく冒険者ギルドの受付をしている同僚がいるが、冒険者のほとんどが男のブレイクではなく受付嬢の方に向かっていた。
人がいっぱいいる時はブレイクの方に向かうが、それ以外は基本的に男性率が高い冒険者たちは受付嬢の元に向かっている。ただブレイクは密かに人が来ないことを楽だと考えていた。
「あの、アドバイザーの話を聞いてきたんですけど……」
だがそんな中で、十五、六歳くらいの身に纏う品位が隠しきれていない長い金髪をお嬢さま結びしている女性がドレスではなく戦闘用に軽装備をして剣を腰に携えている恐る恐るブレイクに話しかけた。
「アドバイザーですか?」
「はい……、あなた、ですよね? この冒険者ギルドで懇切丁寧に強くなる道筋を立ててくれる男性と言うのは。このギルドで男性はあなたしかいませんから」
「確かにそうです。隠しているつもりもありませんが」
このブレイクという男、本人は不服だが副支部長になっただけはあり冒険者ギルドで大きな貢献をしているが、その中で最も有名なものが冒険者へのサポートであった。
「それなら私のアドバイザーになってはくれませんか?」
「その前に、冒険者カードはお持ちですか?」
「はい、持っています。最近Eランクになりました」
「そうですか、では冒険者カードを拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「少々お待ちください」
品位がある女性に冒険者カードを借り、ブレイクはカウンターから離れ冒険者ギルドに必ず存在している冒険者情報管理水晶という人の頭くらいの大きさの水晶玉の前に立つ。
そして品位のある女性の冒険者カードを水晶に掲げると水晶にこの冒険者カードの持ち主の情報が浮かび上がってくる。
女性の名前、オータム・サンチェスや年齢や性別の冒険者カードに出ている情報だけではなく、最初に冒険者ギルドで書いているであろう個人情報が浮かび上がっている。
ブレイクはそんなものを見るために冒険者カードを借りたのではなく、彼女のクエスト受注歴及びクエスト達成率を見ている。
(うーん、見た感じ彼女はソロで活動している冒険者だが、受注歴を見る限り行き詰っている。だからここに来たのか……)
クエストの情報を見終えたブレイクは冒険者ギルドを物珍しく見渡しているオータムの元へと戻って冒険者カードを返した。
「ありがとうございます、こちらはお返しします」
「あ、はい。それで、私のアドバイザーになってくださるという件は……」
「少し場所を変えましょう。ここでは話しずらいと思いますから」
ブレイクが言うように、オータムの隠しきれない品位のおかげで男冒険者から注目を受けていた。それを再確認したオータムは少しだけ居心地が悪そうにする。
「こちらにどうぞ」
「は、はい……」
ブレイクはオータムを冒険者ギルドの応接室へと案内する。案内されているオータムは少しばかりの警戒をしながらもブレイクに付いて行く。
そして応接室の中に入ると、ソファーが机を挟んで対面にある至って普通の応接室であった。
「そこにお座りください。今お茶を出します」
「あ、いえ、お構いなく」
「話をするにしても短くはないでしょうからお茶を出します」
「……はい、ありがとうございます」
ブレイクの言葉にオータムはソファーに座ってブレイクのことを待つ。そしてブレイクは備え付けられている魔導具でお茶を作ってオータムの前に出す。
「ありがとうございます」
オータムはブレイクにお礼を言い、ブレイクは自身の分も用意してオータムと対面してソファーに座る。そしてブレイクから話を切り出した。
「自己紹介が遅れました。自分は冒険者ギルド第七支部のブレイク・サリヴァンと申します。よろしくお願いいたします」
「私はオータム・サンチェスです。ご存知かと思いますが、サンチェス伯爵家の者です」
本人が言うように、サンチェス伯爵家は有名な貴族の家であった。一族の人間はすべてが武術に優れており、戦争になれば活躍している家である。
「サンチェス家のお方が、どのような理由で自分にアドバイザーになれと仰られたのですか?」
「……隠していても仕方がありませんね」
オータムは一瞬だけ躊躇ったが、意を決して自身の事情をブレイクに話すことにした。だが一方のブレイクは冒険者ギルドの職員なだけはあり情報通であるためオータムの事情をすでに理解していた。
ブレイクはオータムがどこまで話せるのか、偽りなく話せるのかを聞いてアドバイザーになるかどうかを決めようとしている。ブレイクは誰彼構わずアドバイザーになっているわけではないが、アドバイザーにならない人の方が少ないと言える。
「私はサンチェスの家に生まれたのにもかかわらず、武術の才を持って生まれませんでした。持って生まれたものとすれば、母上譲りの美貌と魔法をそれなりに使えるくらいで、武術の才能は一切ありません。そのせいで、家族からは蔑まれながら生きていました」
「貴族というのは随分と厄介な生き物ですね」
「そうですね、とても厄介です。……家族から何も期待されず、ただ政略結婚をさせられるだけに生まれてきたと考えた時に、私はとてもじゃありませんが耐えられませんでした。私は私のために生きていきたい、自由に生きていきたいと考えました」
「まぁ、そうですね。あなたの人生なのですからあなたが決めないと」
「ですが、父上は私が自由に生きていきたいとお伝えしたら、父上に勝たなければ自由にはさせないと言われました。今の私には無理だと分かっていましたから、実戦を経験することができる冒険者として修業をすることにしました。これから生きていく上での資金を獲得するためにも。ですが……」
オータムは少し言い淀んだが、ブレイクの真っすぐで自分自身を見てくれている目を見て言葉が出てきた。
「ですが、私には本当に戦う才能がありません。精々冒険者として二年ほど活動を続けても、ランクは一つ上がるだけで、諦めかけていました。ですが、そんなところにあなたの噂を聞きつけてお願いに来たところです」
「なるほど……」
先ほどからオータムが言っているアドバイザーの噂は、『どんな弱小な冒険者でもその冒険者ギルドで働いている職員の手腕にかかれば何も妥協せずに強くなることができる』というものだった。
それこそがブレイクが冒険者ギルドで副支部長になってしまった原因だった。さらにブレイクが関わった冒険者たちは次々とAランクやSランクに上り詰めているため、噂があちこちで出回っている。
「理由は理解しました。では、あなたが目指している場所を教えてください」
「う、受けてくれるのですか⁉」
「はい。どんな事情があろうとも、冒険者ギルドの職員は冒険者をサポートするのが仕事です。自分にあなたを手伝わせてください」
「あ、ありがとうございますっ!」
ブレイクの心からの言葉は、オータムにとって今まで家族や身内から受けたことがない暖かい言葉であるため嬉しくなった。
(この人なら、少しは信用しても良いかも……)
誰も信用できず心を閉ざしていたオータムは真っすぐなブレイクに少しだけの信頼を寄せることから始める。
「それでは目指している場所を教えてください」
「あっ、先ほどの質問ですね。……具体的には、どのようなことでしょうか?」
「そこまで深く考えなくても良いですよ。剣聖になりたいとか、Sランク冒険者になりたいとか、最終地点は何でも良いです」
「剣聖とかSランクとか、そういうのは私には無理だと思いますが――」
「今からその言葉は禁止です」
「えっ?」
オータムの無理という言葉を聞き、ブレイクは遮って言葉を投げかける。それにオータムはどういうことか困惑している様子だった。
「サンチェスさん、この世に無理なことは一つもありません。無理と決めつけるだけで、何もできなくなります。もちろん、一人でやろうとすれば限度がありますが、そこは自分がいます。これからは無理だと思わず、頑張ってみようと思いましょう。自分がアドバイザーになる条件はそれだけですから」
「……私にも、できるでしょうか?」
「そのための自分です、一緒に頑張りましょう。どうしようもないと思った時は遠慮なく頼り、相談してきてください。あっ、これも条件の一つですね」
「……ど、どうして、ただの冒険者とアドバイザーの関係でそこまでしてくれるのですか?」
オータムの疑問は尤もで、ここまで真摯になってくれるアドバイザーはブレイク以外片手で数えるくらいしかいない。
(どうしてって、それが普通だろ?)
だが少しだけブレイクはずれており、担当する冒険者にここまでするのが当たり前だと思っている。他の人がしないのは少し冷たいと思っているくらいだ。
「自分は当たり前のことをしているだけです」
「当たり前じゃないですよ。……それだけ聞かせてください。そこだけ聞かせてもらえればもう何も聞きません」
(当たり前のことに理由を付けろとか、むず過ぎだろ!)
オータムの言葉に真剣に悩んでしまったが、理屈を考えれば自ずと答えは出てきた。
「……冒険者は常に危険と隣り合っている職種です。さらに言えば、国に危機が迫っている時に一番頼られるのが国の騎士ではなく冒険者たちです。自分たち冒険者ギルドは、命の危機に晒されている冒険者たちを最大限サポートしなければなりません。ですから自分は冒険者が安心して冒険者を続けられるようにできる限りサポートをしています。……これで良いでしょうか?」
「……はい、ありがとうございます」
ブレイクの答えた嘘偽りない言葉はオータムの心に響いた。オータムは誰にも言っていないが≪看破≫という見抜くスキルを持っているため、相手が嘘をついているかついていないか判断することができ、ブレイクの言葉はすべて本当であったため信頼することにした。
「話を戻しましょうか」
「はい、最終地点でしたね。それはもちろん、父上を超えることです。父上を超えなければ私に自由はありませんから」
「分かりました」
オータムの話を聞いていたブレイクはその言葉が来るのは分かっていた。そしてサンチェス家の現当主がどれほどの強さかも理解していた。
サンチェス家の現当主、タイラー・サンチェスは一人で一軍隊に匹敵すると言われているがAランクモンスターの群れを軽々と倒すあたりそれ以上だとブレイクは感じていた。
「やはり、無理でしょうか……?」
「その言葉は禁止ですよ。次にその言葉を仰られたら、自分は手を引きますから」
「以後言いません!」
「ご理解いただければ幸いです」
オータムがハッキリと言わないと宣言したことにブレイクは頷き、これからどうするかを考える。
(目指す場所はA、いやSだな。超えるということはAよりも上にいないといけない。タイラー・サンチェスがどれくらいの能力を持っているのか情報不足ではあるが、まぁ何とかなるだろ)
一先ずどうするかを不安な表情をしているオータムに説明するべく、ブレイクは口を開いた。
「サンチェスさん、これからあなたには頑張ってSランク冒険者になっていただきます」
「……はい?」
「サンチェスさん、これからあなたには頑張ってSランク冒険者になっていただきます」
「あ、いえ、聞こえなかったわけではなく、言葉を理解するのに時間がかかっていただけです」
「理解できましたか?」
「理解は、たぶんできましたけど、……私にはむ――じゃなくて、私にできるでしょうか?」
「できます。ですがそのためには自分が言うことをすべてやっていただかないとなりません。それでもよろしいでしょうか?」
「はい、もう覚悟はできています。それにサリヴァンさんができなければ、私にもう道はありませんから」
「その言葉、しかと受け止めました」
オータムの返答に、ブレイクは大きく頷き心の中である言葉を唱えた。
(〝ロードマップ〟起動。目標地点を〝オータム・サンチェスがSランク冒険者になる〟に設定)
ブレイクの目には、〝オータム・サンチェスがSランク冒険者になる〟が目標地点に、それまでに必要な取得スキルやそれを取得するための方法、また山場などが次々と展開されている。
(かなりあるな。でも実現不可能ではない。俺と違ってな)
このロードマップは、ブレイクが夢のために必要な植物の知識、鉱物の知識、スキルの知識、武具の知識などのあらゆる知識をスキルが発現するまで獲得していった結果、目標までの道筋が最適に可視化されるようになったスキルである。
ただブレイクの知識にないことはロードマップに反映されないが、それでも人を強くするだけのことならブレイクにとって容易いことだった。
そう、〝人を強くする〟ことはスキルやスキルの重ね掛けで簡単にできる。だが〝何かになる〟ことや〝偉業を成す〟ことは時代などで変わり、答えが出てこない問題であるため、ブレイクが望んでいる〝魔導具技師になってビッグになる〟という目標地点ではロードマップが出てこない。
(このロードマップが絶対ではないことは確かだ。……俺が諦めたくないという願望は混じっているがな)
今ある思考を振り払い、ブレイクはオータムに言葉を投げかける。
「とりあえず、走り込みから始めましょうか」
「え?」




