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星の願いを、あなたとともに  作者: しろみりん
9/24

小さなお礼、大きなお世話

-リリック視点、翌日-


「…どうぞ」

「…どうも」



卵を手渡すと、ぺこりと少しだけ頭を下げてすぐ冷蔵庫へ向かった。


「………」

「……失礼」


特に何も言われなかったのでそのまま部屋を後にする。前回は茶はどうとか言っていた割に今回は何も無しか。まああんなもの、貰ったところで口を付けるのもおぞましいが。


「…?」


なぜか自分の体に鳥肌が立っていることに気付く。それほどにあの女が嫌いということか。

それが家族の絆を表しているようで、少し気分が良かった。







-翌週-



行きたくない。会いたくない。あの女を見たくない。

なぜか分からないが、強く思い始める。

1回目、2回目ともに月曜に訪問しており3回目となる今週も月曜に訪問しようとしたのだが……、どうしようもなく嫌な気分になり、既に今日は土曜の19時を回っていた。


なんとしても今日行かなければ、勅命に反することになってしまう。絶対にしてはならないことだ。


重い足を引きずり、呼吸がぜえぜえとなっても意思の力だけでどうにか部屋を訪れた。


「………失礼、する」

「…………どうぞ、お掛けください」


遠慮なしにどかっと椅子に腰掛ける。どういうことだ、息がしづらい。深く呼吸しているはずなのに全く楽にならない。額から汗も出てきた。嫌な汗だ。特に暑くもないのに出てくるとは。


「…あの、書きました…」

「……ああ」


手に取ろうとして、目の焦点が合わず取ることができなかった。


「大丈夫ですか…?具合、悪そうですけど」

「…平気だ」


目の前にいるのは確かに王女だというのに、敬語を使うことも忘れていた。


「でも汗もすごいですし。タオルどうぞ」

「……、…く…」


うまく腕に力が入らない。どうしたというんだ。こんな状態になったのは生まれて初めてだ。気分が悪い。早くここから逃げ出したい。


「…私、汗拭きますね。少し失礼します」


彼女の手が顔に触れた途端、反射的に顔を思い切り逸らした。


「…ッ汚い手で触るな!」


しまった、と思った。思わず本音が出てしまった。仮にも王女、これでは激怒されてもおかしくない……。

しかし返ってきたのは、至って冷静な声だった。


「病人なんですから、私が嫌いでも我慢してください」

「……、っ」


その時初めて、目を合わせた。吸い込まれるような深い青。どこまでも落ちてゆけそうな海の色を連想させるその色に、不思議と呼吸が楽になってゆく。


「…はぁ、……っはぁ」

「……首の後ろ、失礼します」


彼女は汗だくの俺の顔を、丁寧にタオルで撫でていった。少しひんやりとした手に心地よさすら感じる。


「…お水、飲めますか」

「あ、ぁ…」


コップを受け取ろうとしたが、まだ手が震えている。それを見て彼女はまた話した。


「飲ませますね。少し顔を上に上げます」

「…………」


細い指が遠慮がちに顔に伸びてくる。優しく持ち上げられ、口に水を含む。冷たい液体が喉から胃へと流れていくのが分かった。


「………」


彼女はコップをシンクに置き、タオルを絞ってまた俺の元へと来た。


「まだじんわり汗が出てますね…、失礼します」


ひやりとしたタオルが、残りの汗を吸い取っていく。だんだんと体が楽になっていく感覚が分かる。撫でられている感覚が心地よく、思わず目をつむる。


「…まだ具合が悪いのであれば、休まれていきますか?…あなたには少々、ベッドは小さいかもしれませんが…」


言われて、ハッとして立ち上がる。


「…そんなことはしない!仮にも王女であるならばそのような発言は慎んだほうがいい!……失礼する!」

「え…」



机の上にあったメモを咄嗟に取り、部屋から慌てて出て行った。

先程の体調が嘘のように、まるで体に羽が生えたように軽くなっていた。

…しかし、心臓だけはまだドクドクと脈打っていた。これはさっきとは違って、気分が悪いわけではないとは思うが……。…けれどなぜだろう、王女の顔が、頭から離れないのは。


メモには桃、リンゴ、オレンジがそれぞれ3個と書いてあった。


「…っふ、よほど果物が好きなんだな…」


思わず笑みが溢れる。…笑み?

…笑ったのなんて、いつぶりだろう。母が死んでから…記憶にない。


肩が軽い。体が鉛のようだったのに今は羽のよう。頭が冴えてすっきりとしている。あんなに王女を憎く思っていたはずなのに、なぜだかそれも消え失せた。


「…」


もっと知りたい。彼女のことを。








---------*


-翌日-


「…失礼する」

「……はい」



また彼が来た。嫌で嫌で仕方ないだろうにそれでも訪れるとは、兵士とは凄いものだ。しかし昨日は本当に具合が悪そうだったけど、体調は大丈夫なんだろうか。


「…!?」


いや、待って待って。昨日のメモには、果物それぞれ3個ずつ、って書いたはず。なのに何なの?この量は。

軽く10個ずつくらいあるよね。


「えっと……少し、多いような」

「…昨日の礼だ」

「あ…お気になさらず。それに……私1人では、この量はとても……その…消費出来ませんので……」


遠回しにいらねえから持って帰れって言ったけど通じたかなあ。


「……俺も食べよう」

「…え」

「……甘い物は得意な方だ」

「……えっと……では今切ってお出ししても?」

「ああ」


リリックが椅子に腰掛ける。

なんだろう、一体どうしてしまったんだろう。これまでの態度とは大違い…、汚いとまで言われたのに打って変わって食べるだなんて。


ハテナが乱立する頭を抱えつつ、果物を1個ずつ切って皿に盛り、フォークとともにテーブルに置いた。

するとどういうことか、パクパクと食べだした。少し呆気に取られていると、彼が言いにくそうに言葉に出した。


「……君は…食べないのか」

「え」

「…そもそもはあなたに差し上げたものだ」

「…えと…ではご一緒させてもらいます」


再度呆気に取られながらも、私もともに食べ始める。

…気まずい。でも果物は美味しい。…あ、お茶を出すのを忘れてた。


「…すみません、今お茶をお出しします」

「あ、ああ」


果物がかなり甘いから、無糖のアールグレイを出しておこうかな。

紅茶の香りがふわりと漂って、いい匂いに思わず少し笑顔になる。

誰かと一緒に食事を取るのは、いつぶりだろう。


「どうぞ」

「…どうも」


彼は紅茶も口にしたようだ。

互いに戸惑っているからか、会話は無かったけれど…気のせいか、以前のような殺気だった雰囲気ではなくなっていた。




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