-10年後-
--10年後--
「姫、ご機嫌いかがですかな」
「もー、姫なんてやめてよ!」
ある晴れた日。輝く金色の髪と、青い目の美しい少女が朗らかに笑う。
それを優しい笑みで見るのは、立派なヒゲを携えた大きな男だ。
「クルノヴァおじさんだけだよ、私を姫って呼ぶ人」
「それは光栄なことですなあ。あのように小さく愛らしかった姫も、今や美しい姫へと成長なされて…この老ぼれ、僭越ながら大変嬉しく思っとりますわい」
「…調子良いんだから」
「本心ですぞ」
あれから10年の歳月が経ち、ナシュティリカは15歳へと成長した。自分で言うのもなんだが、クルノヴァおじさんの言うとおりとても美しい少女となっていた。
「そろそろこの老兵も引退する時が来たようです」
紅茶の入ったカップを机に置くと、しんみりとした顔で話し始める。
「え?」
「…若い、良い者が入ってきましてな。時期将軍候補とも噂されている見所のある男で…、ワシももう歳を取ったもんです。右腕のシルヴァに将軍職を譲り、隠居でもしようかと…」
寂しげに語るクルノヴァとは真逆に、私は衝撃を受けた顔をしていただろう。
「……クルノヴァおじさん、将軍だったの!!?」
「はあ、そうですが…」
「10年、知らなかったんだけど!!!」
「はっはっは、言ってませんでしたかな」
「聞いてない!聞いてないよ!」
どおりで、10年前にクルノヴァおじさんって初めて呼んだときにお付きの兵士が慌ててたことだよ!超絶偉い人じゃん!!
「えー…、あ、隠居するんだっけ…」
「そうですなあ」
「…じゃあ…もう会えないのかな」
理解した途端、私も寂しくなる。ナシュティリカである私に優しくしてくれたのは、ヴァレミラン以外にはクルノヴァおじさんだけだった。毎年一度、10歳を超えてからは半年に一度要望を聞きに来てくれるだけだったけれど、…本当のお爺ちゃんのように慕っていた。
「…姫。そのように寂しげな顔をされては引退出来ませぬ。離れていても、ワシは常に姫の味方です。互いに生きてさえいれば、またいつか会える日も来ましょう」
そうして、ナシュティリカに優しげな慈愛の笑みをくれた。将軍として会えるのは今日が最後かもしれない。そう思うと絶対に泣きたくなくて、無理矢理笑顔を作った。
「………うん……でもクルノヴァおじさん、10年前から全く外見変わってないんだけど…本当に老いたの?」
「老いましたとも!最近は朝日より早く起きる日も多くなってましてなあ」
「あはは!」
クルノヴァおじさんも帰って、夕食も済ませ時刻は夜21時を回っていた。
昔は毎日来ていたヴァレミランも、私が6歳になった頃からほとんど来なくなっていた。多くても月1回、少なければ数ヶ月に一度。あまり詳しくは教えて貰えないけど、研究が忙しいらしい。毎日楽しくお喋りしていた日々が懐かしい。
たとえ前世の記憶を持っていても、この先の未来の記憶を持っていても、平凡な私では何の結末も変えられそうにない。死にたくないともがいた日もある。塔から出ようと色々してみたけど全て失敗して、絶望した。生きる気力も無くなっていった。ベランダから何度飛び降りようとしたか分からない。いつか、飛び降りの実行をした日。落ちる寸前に魔法でベランダに体を戻されて…自由に死ぬことすらさせて貰えないのかと、絶望した。包丁で死のうとした時はたまたま来たヴァレミランに見つかって死ぬほど怒られた。もうこんな人生嫌だ、って泣き喚いたけど、ヴァレミランはなぜか私より辛そうな顔で"頼むから、生きていてくれ"って私を抱きしめて言った。
ヴァレミランが、私が生きていることを望むのなら、生きてみようかと思った。
でも、どうせもうすぐ死んでしまうのなら。もっとヴァレミーとお喋りしていたいよ。
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「面を上げよ」
「は」
玉座に座る王を前に、精悍な若者は跪いていた。自国の王を目の前にしているというのに、動揺のカケラも無い。
「此度の戦ではよくぞ我が軍を勝利に導いてくれた。聞けば、爵位を持たぬ歩兵ということ。しかしよき行いに爵位は無用。素晴らしい成果を残してくれた」
「見に余る光栄です」
「街の守備兵から歩兵に転籍したそうだが、街人からの評判も上々の様子。弱きを助け、悪を挫くとはまさにお主のことのようだ」
「…勿体なきお言葉」
「此度の勝利はまさにお主の戦果と言えよう。褒美として…爵位を与える」
「は…有り難く、頂戴します」
「更にもう一つ…。この国の姫をお主に与える」
ざわりと、玉座の間の空気が変わる。貴族から兵士までが抑えきれぬかのように話し始める。
「たかが歩兵に姫を?」
「しかし姫といえども呪いの忌子…」
「忌子をご下賜品として一般兵に押し付けるとは…」
「王も中々頭が回りますなあ」
「姫はぶくぶくと太って醜いらしいぞ」
「俺はガリガリで皮膚病にかかっていると聞いた」
「戦果をあげてこのザマか…」
「しかし腐っても姫だろう、使い道はいくらでも…」
「静粛にせよ!王の御前である!」
側近の男が叫ぶと、ぴたりと会話は収まった。けれどこの場を離れればまたすぐにでも話し始めるだろう。
「……この上ならぬ、喜びです……」
精悍な顔の男は頭を深く、深く下げた。
それを見た王は満足げに頷いたが、下を向いた男は強く歯を食いしばり、ぎりりという鈍い音を立てていた。
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-ヴァレミラン視点-
どうにか、間に合った。
自室のベッドに倒れ込む。安堵で胸がいっぱいになる。10年、10年このために頑張ってきた。
残りの時間は1年ほどある。
その間に2人が仲を深めれば…ようやくこの星は救われる。何もかも、俺の数千年の努力がようやく実を結ぶ…、必ず成功させなければならない。今度こそ絶対に。もう猶予はない、この人生で成功させなければ次はない。
俺の原罪を、ようやく祓う時が来たんだ。
右腕で両目を覆う。嬉しさよりもなぜか胸の痛みで心が苦しくなる。頭に浮かぶのは、ただ1人の金髪の少女。
「…ナシュティリカ」
痛みとともに吐き出すように、その名を呟いた。
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