どう足掻いても詰みゲー
―とても美味しい木の実だよ。食べてごらん
―でも…見たことが無いし、一度お父様に見せてきてもいいかしら
―毒なんて無いさ、僕が食べてみせよう。……うん、すごく美味しい。一口だけでもどうだい?
―まあ本当、美味しそう。そうね、一口、一口だけ―――
「失礼します」
ノックの音とともに、メイドが朝食を運んできた。どうやらもう朝になったようだ。
ヴァレミランに手をかざされるといつも朝までぐっすり良く眠れる。
それより、何か…夢を見ていたような。思い出せないけど、前にも見たことのある……何か………。
頑張って思い出そうとしたが、朝食のオニオンスープの香りで腹の虫が騒ぎ出した。もうご飯にしか集中できない、だめだ。夢の内容は諦めて朝ごはん食べよう。
「当たり前だけど、クリスマスなんて無いよねー…」
大晦日、当然のように1人きり。早いものでナシュティリカとして目覚めてからもう半年が過ぎている。
特別クリスチャンというわけでも、ロマンチストというわけでも、ましてや彼氏がいるわけでもなかったけどクリスマス特有のあの浮きだった雰囲気は好きだった。
テレビもない空間で暇潰しも兼ねて情報を整理する。前におねだりした本を読み漁ったおかげで、かなり詳しく知れたと思う。
まずこの国、ファネル王国には魔法が存在する。代々血筋によって王位継承がなされており王族は魔力が高いことでも有名だが、ナシュティリカには魔力が無い。(でもれっきとした王族。)
自分も含めて人間の外見は日本とは遥かに異なる髪色や目の色をしているのに、なぜか暦は旧暦。でも和暦でも西暦でもなくファネル歴というらしい。
世界創生の頃より続く偉大な王国のようだが、隣国の科学兵器に危機感を覚えている。
理由としては魔力の顕現は人によるから。
親の魔力が多ければ子供も多い傾向にはあるけど魔力が無い子供が生まれる場合もよくある。それに比べれば科学兵器は誰でも使える便利な道具、魔力の少ない人間ばかりになってしまったら王国は終わり。なので友好的な関係を築こうと隣国の姫を娶ったり、自国の姫を娶らせたりしている。ナシュティリカの母親の一件であわや大惨事だったけれど。
そして前世の記憶によればナシュティリカは16になるその時まで幽閉され、結婚してやっと出られたところで多方面から疎まれ嫌われ徹底的に嫌がらせされ、3週間と経たずに誰の手によってか知らないが殺される…。
嗚呼、悲惨也。
「……詰んでね?」
幽閉されて、外界と遮断されて、メイドすらろくに返答しない。助けてくれそうな人脈を築くことも出来ない。外に行けないから運命を変えるための行動すらろくに出来ない。
ただ毎日ご飯を与えられて、部屋を掃除するだけ。まーヴァレミーがいるだけまだマシなんだろうが…。
そういえばもう夜の9時を回りそうだけど、今日は来てないな。最近寝不足っぽかったし仕事納めで忙しいんだろうか?大晦日なのに大変だなあ…。
どの世界でもきっと師走は大忙しなんだね。あ、てことは私、ある意味今はニートなわけか。会社員やってた頃はニートになりたいってさんざ思ってたけど、いつ死刑宣告されるとも判らない死刑囚みたいなもんだから早いとこ逃げ出したい。マジで。
毎日来るはずのメイドも、休暇を取るようで数種類の野菜と保存の効きそうな食べ物をたくさん置いて一昨日から来なくなった。
これでもう完全に独りぼっちである。特に今日は誰とも会話してない。孤独そのもの。
「…ヴァレミーまだかな…」
「なんだよ」
「っっわあ!?」
「はは、うるせー」
まさかこんなタイミングで来るとは思わず、驚いて大声を出してしまった。近くで叫んでしまったのは申し訳ないが、それでも来てくれて嬉しい。
「ご飯たべた?今日ミネストローネ作ったんだけどまだあるよ!」
「すげー腹減った…食いたい」
「あと適当にサンドイッチも作るね」
台所で小鍋を温め直し、その間にスモークチキンとチーズを軽く火で炙ったパンに挟む。それと、皮を剥いてあげたみかんを小皿に盛る。なんでか知らないけどヴァレミーはみかんの皮を剥くのがとても面倒くさいそうだ。味は嫌いじゃないらしいので冬場のビタミン摂取のために剥いてから出してあげている。
「できたよ」
「おー。……ちびすけ、料理上手いよな」
「そ、そう?」
「センス良いんだな。俺はさっぱりだし」
「あーはは、そうかも」
ドキッとした。怪しまれても仕方ないよなあ、監禁されてる5歳児が料理できるとか…。ヴァレミーが鈍感で良かった。
「ご馳走さん」
「はーい。…なんか最近すごい疲れてるけど大丈夫?」
「ああ…。明日ちょっと大仕事があるんでな」
「えー!お正月なのに?」
「毎年1/1にしか出来ない行事があるんだ。ま、それさえ終われば1週間休みだ」
「はー…大変だねえ」
「べつに。仕事だし」
…そのセリフを10代の男の子から聞くと、なんだかグサッとくる。周りの大人は何をしてるんだ的な…。きっとヴァレミーにしか出来ないようなことだろうから、仕方ないんだろうけれど。
「じゃ、俺寝る」
「私もー」
「………また一緒に寝る気か」
「いーじゃーん」
「………はあ」
ヴァレミランの後ろをしれっと付いていき、一緒に布団に潜った。いつも一人で寝ているせいなのか、それとも5歳児になってしまったからなのか、一緒に寝れることがどうしようもなく嬉しい。
「くっつくな!」
「嫌なら自分の部屋で寝たらいいのにー」
「…同じ城の中でも仕事部屋と自室が遠いんだよ。城は瞬間移動禁止だし…外に出てちびすけんとこ来て寝る方が早い」
「なるほどねえ…」
「だから離れろって…!」
優しく、しかし力強く肩を押されて離されそうになるが、渾身の力でヴァレミーの腕にしがみつく。
「いーやー…」
「…このっ……早く寝ろ!」
「う…」
ヴァレミーの温かな手が瞼に降りてきて、そのまま意識は深遠へ吸い込まれていった。