White Christmas
安物の整髪料と皮脂の酸っぱい匂いがエアコンの風に乗り、後部座席に座っているぼくの鼻をツンとついた。
なんて不快な匂いなんだろう。
窓を開け、窓から入ってくる空気を吸うと、生ゴミの微粒子が喉にへばりつくような感覚を覚えて、喉がカラカラに渇き、吐き気がしてすぐに窓を閉じた。
タクシーの運転手は、バックミラー越しに喋りかけてくる。
お嬢ちゃん、芸能人でしょ。なんとなくそんな雰囲気がするよ。俺くらい何十年もタクシーのドライバーやってるとねえ、服装とか顔のつくりとか目の疲弊感とかだけで大体どんな職種の人間かわかるようになるんだよ。ね、当たってるでしょう。
ぼくは、タクシーの運転手の方をチラッと見た後、無視をした。お客さん、起きてるんでしょう、若いんだからたまにはおじさんの相手もしてよ、こんなクリスマスにタクシーの運転手してる俺は確かに負け組かもしれないよ、でも俺たちみたいな負け組がいるからこそ、あんたみたいな人が輝けるんだよ。ぼくは窓の外に目をやった。
赤と緑に点滅する安物の電飾を飾った寂れた城のようなラブホテルに、サンタの格好をしたスタイルの良い女と禿げた中年の男と腕を組んで入っていった。
クリスマス特別価格!愛する人と性なる夜を過ごしませんか?という看板が入り口前に出ている。
ああいうのはちょっと羨ましいよねえ、金さえありゃあ、あんなデブの禿げた男でも、あんな格好した若い姉ちゃん抱けるんだもん。俺も身なりには色々気を使ってるつもりなんですよ、お客さん、ほら、こんな風にポマードで髪型整えたりとか、ワキガが臭わないように制汗剤塗ったりとか、してるんですよ。でも、結局、金がなかったらダメだね。合コンとかいっても、化石みたいなババアしか釣れないんだよ。だから、お姉ちゃんみたいなちょっと可愛い女の子と話すことなんて、めったにないんだよ。だから、ちょっとくらい話してよ。クリスマスプレゼントだと思ってさ。
ぼくはカバンからスマホを取り出して、人差し指を適当に上下左右に動かした。
「タクシー会社と運転手さんの名前メモったから。」
運転手が急に喋るのをやめた。運転手の顔からみるみる血の気が引いていく。
しばらく沈黙が続いた後、運転手はさっきより声のボリュームを落として笑いながら言った。
お客さん、冗談じゃないですか、冗談、今のでも、セクハラになっちゃうんですか?不快な思いをしちゃったんだったら、申し訳ないねえ。
ぼくは黙ったまま、窓の外を眺めた。
降り始めた雪が後続車のヘッドライトの光に照らされている。
ホワイト・クリスマスだ。
目的地に着いた時、運転手が料金はいらないから会社に連絡だけはやめてくれ、と泣きそうな顔で言ってきた。
クレームなんか入れないから、その整髪料のメーカー変えたほうがいいよ、と言い、スマホを決済端末にかざしてタクシーから降りた。
巨大なモミの木の下に黒いミンクコートを着たミネが立っているのが見えた。




