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作者: GRAIN

「いっちゃ、イヤだよぉ――…アッシィ……」


12年前、私は泣きながらだんだんと小さくなるトラックを追いかけていた。


幼馴染みで隣に住んでいた友達が引っ越して遠くへ行ってしまったのだ。


あの日は、朝から寝るまで泣いてたっけ。


ついこの前ののことのように、すぐ思い出せる。


多分、親もなだめるのに必死だったと思う。


だって、普段何も買ってくれなかったお母さんが、クマのヌイグルミなんて買ってくれたんだもん。


でも、そんな物で私の空いた気持ちはおさまらなかった。


トラックの窓からアッシも首を出して、こっちを見ていた。


さも別れるのが嫌そうに。


それもそうだろう。物心つく前から二人は知り合っていた。


だから、引っ越しなんて別れ方がとても辛かった。


「かえちゃん!ぜったい、かえってくるからー!かえってくるよ!!」


アッシも必死に声をあげる。


子供ながら、想うものがあったのかもしれない。


だって、私だって大好きだったから。


アッシもきっとそうだったと思う。


でも所詮は子供。


何することもなく、月日が経っていった。


そして、引っ越し。トラックは名残惜しさもなく見えなくなった。


走るのも諦め、ただ立ち尽くした。


瞳には大粒の涙。


それは際限なく流れ落ちる。


「うぐぅ……ヒック――…アッ…シィ……」


私は彼の名前を呼び続けた。


もしかしたら、戻って来てくれるんじゃないかって、希望もないのにそう願った。


でも、あのトラックは帰って来ない。


勿論アッシも戻っても来ない。


しかしそれでも、私はトラックが消えていった道を眺め続けていた。




私はそれからずっと、毎日その道を眺めていた。


雨の日も風の日も、諦めないで、アッシを待ち続けた。


『ぜったい、かえってくるから!』


その言葉を信じて。


私はずっとずっと待ち続けた。


でも、アッシは帰って来ることはなかった。


引っ越してから数年経ったある日、家に一つの電話があった。


川で溺れている猫を助けるつもりで川に入ったアッシが、そのまま流されて行方不明。後に発見されるも……という内容だった。


私はまた同じように泣いた。


いや、それ以上に辛かったのかな。


だって、もう一生アッシには会えないってわかったから。


だから、その日から道を眺めるのをやめた。


何かが私を止めていた。


そして、だんだんアッシの事も思い出の一欠片でしかなくなっていた。ようは、忘れていったのだ。


だから、小中と恋もしたし、少し背伸びして年上の人とも付き合った。


でもやっぱり上手くはいかず、簡単に破局。そんなのをばっかりだった。


そんな経緯を経て、今私は16歳になり、高校生をやっている。


アッシのことも、断片的にしか思い出すことができなかった。

















「…楓?今日部活どうする?」


私が教室の戸に手をかけたとき、後ろから呼び止められる。


この声はきっと姫子だろう。


「あ、今日はパス。バイト入っててさ、ごめんネェ」


私は振り向き答える。


予想通りそこにはチョコンと私より頭ひとつ分小さい女の子が1人。


彼女が私の大の親友で、部活仲間の百合花 姫子。


何かと小さい事でも気が付いてくれる出来た娘だ。


身長が小さいだけに。


私も小さいほうなのに、それより小さいってのは、考えものだよなぁ。


なんて、また言ったら暴れだすんだろうな。


「そっかぁ。わかった、じゃあまた明日ね」


そんな事を私が考えてるとつゆ知らず、優しく私を送り出してくれる。


「うん、またねぇ」


私はそう言うと、戸を開けて教室を後にした。


















「お疲れ様でしたぁ!」


元気のよい声でバイト先から出てくる私。


時計はすでに10時を回っている。


しかも、さっきまであんなに晴れてたのに、雨が降っていた。


「あ、傘持ってないや……どうしよう」


急いで帰らなきゃ。


下手して補導なんかされたらたまったもんじゃないし、あまり濡れたくない。


私は、部活の体力作りがてら、走って帰路に着いた。






「ハァハァ……ハァ――…」


雨のせいで、まだ冷たい風が熱い私の体を冷ます。


もう、濡れたくないなんて言いながらも、ずぶ濡れだし。


もう歩いてもいいかな、なんて思ってたりもするし、でも、もう家の近くだし、なんて思うのもまたしかり。


優柔不断さが私の性だ。仕方ないと諦めよう。


それもまた私なんだしね。


「ハァハァ――…ハァハァ」


息を切らして、雨の中を走る。


さすがに10時を回っていて、出歩いてる人も少なかった。


街灯の光だけが私を照らす。


もう少しで家に着ける。そう思った。


確かに、家まであと30メートルはないから、ひとっ走りなんだが、今日は何かが違う。


家の前には街灯に照らされている人影がもうひとつ。


人ん家の塀に背中を預けて、うずくまるように座っていた。


見るからに男性だろうか。


全く迷惑な人もいたもんだ。


勝手に人ん家の前で、寝るなっつーの。


「ちょっと、アンタ何やってんの?」


邪魔と思ったし、近所の目も気になった。


だから声をかけたし、追い出すつもりで少し強めの口調で言い放った。


それでも男に反応は見られない。


本当に寝てるの?


こんな雨の中で?


無神経過ぎる。


このまま放っておくこともできるけど、なんかの間違いがあったらイヤだし、私は体を揺さぶろうと触れようとした。


「ねぇ、大丈夫?起きなさい――…」


「…触らないで」


小さな声で、男は答えた。


どうやら起きてはいるらしい。


だったらなんてはた迷惑な男なんだ。


酔って歩けなくなったのか?だから触るなって?


アンタの迷惑なんて聞いてないのよ。


私は立たせる為に、強く男の腕を掴もうとする。


しかし男は…


「ダメ、恐がっちゃうじゃないか――…」


そう言うと、懐に入っている子猫を私に見せた。


「……え?」


手が止まる。


「捨てられてた。寒そうだった――…寂しそうだったから、こうしてた」


「え――あっ、その……」


正直返答に困る。


そんな理由でここにいるなら、責めることができないじゃない。


まったく何なのよ、このお人好しは!


とは言え、そんなことも言えず、私はただ眺めているしかできなかった。


「もうすぐ止むはずだから。そしたらすぐに消えるよ」


「は、止む?雨が?何言ってんのよ、もうすぐってなんでわかるのよ」


「ん?神様がそう言ってたから……」


あ、コイツ馬鹿なんだ。


確信した。


今時、神様がいるなんて子供ですら信じないわよ。


でもコイツは私と同じくらいの年だろう。


そんな奴が神様て。


笑い話にもなりはしないって。


「さいですか、なら勝手にしなさいよ」


そう言って、呆れつつ私は家に入った。






「ただいま〜」


そう言って、玄関で濡れた制服を脱ぎ捨てる。


もう下着までびしょびしょじゃない。気持ち悪いったらありゃしない。


あぁ、もういいや、お風呂入ろう。


私はそのままお風呂に直行した。


















お風呂から上がってもまだ雨は降り続けていた。


私は自室のベッドに腰を沈める。


ふと窓の外が気になった。


「あの馬鹿、まだいるじゃん……」


自分の部屋からはさっきの男が丸見え。


まだあの男は子猫を抱えていた。


あれから一時間は経ってるのに、雨は一行に止む気配はない。


「なんだ、やっぱり神様なんているわけないじゃん」


そう小さくぼやく。


私はカトリックじゃないから信じてはいないけど、明日の事もあるし、少しは希望を抱いていた。


だってあの馬鹿、天気予報を見て言っただけかもしれないし。


でも、馬鹿の予報は外れた。


少しでも期待した私のが馬鹿?


それとも、未だに神様を信じているカトリック男が馬鹿?


少なからず、信じることは馬鹿だったと思える。


自己嫌悪。


………。


風邪ひかないのかな。


ふと思った。


……………。


とことん自分は馬鹿かもしれない。


気付けば、私は傘を持って外に飛び出していた。


「アンタさ、馬鹿でしょ?」


開口一番がそれ。


「人ん家の目の前で風邪ひかれると迷惑なのよ」


そっと傘の中に男を入れる。


あぁ、自分の馬鹿さ加減にに嫌気がさしてくる。


でも、自負しているし、好きになるって決めたのも私。


仕方ないと諦めたなら、しょうがないのかな。


それに、子猫が可哀想だったし。


だから………あれ?




「ね、止んだでしょ?」




呪文のように辺りを響かせる。


さっきまで降っていた大雨は、何もなかったかのように、今は星すら見えている。


「…え―――なんで?」


意味が分からなかった。


的中したのか?


でも、もうすぐって一時間も経ってのことだから、なんとも言えないけど、この馬鹿は未来を知っているかのように断言していた。


カラクリが読めない。


むしろ、カトリックって、そんなにスゴい物と思い知らされている自分もそこにいる。


いやいや、ものの見事に洗脳されてどうするんだ私は。


「神様は、ずっと僕たちを見ててくれてるんだよ。そうでしょ―――楓…」


「……は?」


今、このカトリック、私の名前を言わなかった?


なんで知ってるの?


神様の予言?助言?


そんなのはどちらでもいい。


このカトリックは見事に私の名前を言い当てられた。


せめて、苗字くらいはわかるかもしれないけど、名前をだ。


まさか、ストーカー!?


いやいや、もしかしたら、友達だったのか?


それにしても、顔を覚えていない友達なんてなかなかいないぞ…。


じゃあ、誰なんだろう。


「じゃあ僕は約束したし、もう行くよ。楓に会えてよかったよ」


そう言って、子猫を抱きながら立ち上がる。


軽く会釈をすると、そこから立ち去った。


「待った!アンタ名前は?」


カトリックは立ち止まる。


そして、振り返り微笑む。

「名前は…あつ――…いや、じゅん。(じゅん)っていうんだ。また会えると思うよ……もう少し、時間をもらえたから」


そう言って、また歩き出し、姿が見えなくなっていった。


なんだあのカトリック。


淳と言ったっけ?


なぜ微笑む意味がある?


しかも微笑む前、少し悲しそうな顔をした。


なんでだろう。


時間をもらえたからまた会えるって?


それも神様から言われたの?


何もかも意味がわからない。

今日、私にその答えがわかることがなかった。















「だぁぁぁぁぁぁっ!」


今日は久々の休みの日だ。


ベッドの上で気持ちよく伸びをする。


まぁ奇声は、なんとなく出しただけだけど。


さて、どこへ行こうか。


……。


あれ。


こう毎日バイトやら学校があると、いざって時に遊ぶ場所が出てこない。


「そうだ、姫子に電話してみよ」


私はそのまま、机の上においてある携帯に手を伸ばす。


電話帳から姫子の名前をさがして、通話ボタンを押した。


電話からは、最近流行っているメロディコールが聴こえる。


そして、数秒間流れたかと思うと、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


『こちらは留守番電話サービスです――…』


ピッ


まぁかからなかったわけだが。


「珍しいな、姫子が電話にでないなんて」


なんてぼやいてみる。


しかし、現状がどうなるわけでもない。


さて、じゃあどうしょうかな。


とりあえず私は、お風呂にでも入って、考えることにした。

















結局、考えはまとまらず、私はとりあえず外に出ることにした。


日曜日ってことで、街は賑わっている。


よく探せば、何人か知ってそうな人に会いそうなもんだけど…。


………。


まぁいないよね。


まったく、自分の良い方へ考えるのは、さすがに嫌気がさしてくる。


そんなことはさておき、ホンットに暇……。


せっかくの休みだというのに、私はやることもなくただ街を徘徊するだけ。


特に面白そうな事もなく、私は帰ろうとさえ思った。その時だった。




「楓…暇なの?」




唐突に名前を呼ばれる。


「そうなのよ。まったく困ったものよね………って!」


振り返るとそこには、このあいだ家の前で雨宿りしていたカトリックがいた。


確か、淳…だっけ?


何やってるんだろう。


コイツも暇なのかな。


「こんにちは、楓。暇なんだろ?なら遊ぼうよ」


……暇だったらしい。


しかし、返答に困る。


コイツは前にも言ったように私に覚えがない。


なのにコイツは私を昔から知ってるように話しかけてくる。


本当にストーカーなんじゃないかって、思ったくらいだ。


「ん―――あぁ、大丈夫だよ。僕はストーカーなんかじゃないから」


「え?」


私の思ってることを答えるように否定する。


淳は少し困ったような顔をしていた。それでも、このあいだと変わらない笑顔を私に見せた。


「はぁ…わかったわよ。少しだけなら付き合ってあげる」


そう言うと、このカトリック…もとい、淳は嬉しそうに微笑んだ。


「うん、じゃあそうだな……公園でも行こうよ」


「は?この街に公園なんてないわよ?」


「……え゛」


そう、この街には公園なんてものはない。


前はあったけど、ビルが建つやら、デパートやらでどんどん潰れていったのだ。


ここ10年くらいで、かなり街並みは変わっていった。


「じ、じゃあ……」


あ、困ってる困ってる。


あるものと思っていたのか、淳は急にソワソワし始める。


なんだ、なんでも知っているわけじゃないんだ。


「…ぷっ」


思わず吹き出してしまう。


「え、えっ?」


「あははははっ――…」


いつも落ち着いている淳が困ってるいる姿が、とてもではないが、おかしかった。


ってあれ―――いつも?


なんで私から『いつも』なんて言葉が出てくるんだろう。


淳と出会ったのは、つい最近のこと。


しかも、まだ二回しか会ってないというのに、なんで使う必要があるんだろう。


………。


気のせい…かな。


うん、気のせいだよ。


私は何か引っ掛かることを力ずくでねじ伏せ、無意識に何かを守った。


だって、そこで疑問に思ったら、私自身壊れちゃうような気がして。


何かがやるせない気持ちだったから。


「どうしたの、楓?」


「はわっ!?」


急に私の目の前に淳の顔が飛び出してくる。


コイツのことを考えていたからか、私はオーバーに驚いてしまった。


それを見てか、淳はニコニコ笑ってるし。


あぁ、なんかムカついてきた。


「ほら、公園はないけど、あっちに座れるとこあるから、そこでいいでしょ?」


そう言って、顔を隠すように歩き出す。


だって、なんか淳の笑ってる顔を見てたら、懐かしいような気持ちがしたから。


でも、何かが心に引っ掛かる私がそこにはいた。















……寒い。


さすがに座れるところと言っても、河辺にある広場。


寒くない方がおかしい。


「おぉ!こんなとこがあったんだ」


いや、おかしい奴が一人。


まるで初めて河辺を見たかのようにはしゃいでる馬鹿、もとい淳。


「はぁ、アンタなんでそんなに元気なのよ…」


ついぼやくいてしまう。


「だって、楓とここにいられるのが嬉しいから。それに――…ここ、結構変わってたから……」


「なっ!?」


つい顔が熱くなる。


んな恥ずかしい言葉を平然と言えるコイツの神経がわからない。


なんの意識もしてなかったはずなのに、つい反応してしまう。


淳のこともあるが、自分にも呆れてしまう。


……ん?


今コイツなんて言った?


『結構変わってたから』


それって、昔はここの近くに住んでたってことだよね……。


つか、なに。このさっきから心に引っ掛かるものは。


なにか後ろ髪が引かれる。


いや違う。私に引っ掛かりがあるんじゃない。


むしろコイツ。


淳自身が、どこか引っ掛かる。


昔に会ったことがあり、忘れてるから引っ掛かってるだけ?


逆に、知らないはずなのに、知っているような気がするから?


どちらにしても意味がわからない。


私は淳にあったことがあるの?


本当は誰なの?


「…えで、楓?」


気が付けば、もう夕暮れ。


目の前には淳が覗き込んでる。


寝ぼけているのか、とくに驚くことはしない。


「あれ、今私なにを…」


辺りを確認し、さっきまでの河辺というのがわかる。


しかし、さっきまであれだけ晴れていた空は、赤く染まっている。


「楓、寝てたんだよ」


…え、寝てた?


「うん、寝顔可愛かったよ」


ピキッ


















「っとに、信じらんない!」


「ごめんよ、楓」


本当に、女の子の寝顔を盗み見ようなんて、言語道断よ!


思わずひっぱたきそうになったが、淳はこんな時だけ俊敏に動いて避けるし。


あぁ、もうなんなの!


だんだんイラつきがピークに達してくる。


それに、コイツは謝っている気があるのか、困り顔をしながら笑ってるし。


そのことが、さらに私をイラつかせる。


「楓、楓!」


「ったく、なによ!」


つい、その経由でぶっきらぼうに返答する。


見れば、淳は何かを指差している。


「楓、家着いたよ」


…え?


「……あ」


本当だ。


気付けばすでに家の前。


コイツに言われなきゃ通りすぎていた。


「おやすみ、楓。また会えるといいね」


そう言って淳は夜闇に走り去って行った。


「あ、ちょっと!」


呼び止めようとしても、淳はすでに夜闇に溶けきっていた。


淳って、一体誰なんだろう。


聞きそびれてしまった。


また会えるって言ってたよね。


その時に、聞くことができれのだろうか。


そもそも、本当に会えるのだろうか。


私は何か引っ掛かりを感じながらも、家に入った。
















それは、昨日が台風だったからか、風は強いけど快晴でとても心地の良い日のことだった。


「じゃあな、アッシ」


「うん、またね」


僕は学校の帰り道、一緒に帰っていた友人と別れ、帰路に着いた。


今日も学校、明日も学校……正直ウンザリしてくる。


でも、僕には目標がある。


それは、都内の学校へ進学することだ。


だから、その目標を達成するために僕は勉強を疎かにすることはできない。


だって、必ずまた会いに行くって約束したから。


楓と、幼いときに約束したこと。


僕はトラックの中。楓はトラックを追いかけていた。


その時に約束した。


『ぜったいに、帰ってくるから!』


それだけのために、今の僕はある。


だって楓に会いたいもん。


あれから10年も経っている。


楓はどんなふうに変わったのかな。


もしかしたら、変わってないかもしれない。


それを考える度にやる気が出てくる。


だから頑張らなきゃ。



それを糧に今、目標を実現するために勉強がかかせない。


「だれかぁ!だれかぁ!」


ふと、いつもの帰り道の桟橋に差し掛かろうとしたとき、何か声が聞こえる。


見れば橋の下で10歳くらいの女の子が助けを求めていた。


僕は急いで女の子のもとへ向かう。


女の子は泣いている。


迷子かな、それとも何か落としちゃったのか。


とにかく僕は、様子を伺うことにした。


「どうしたんだい?お母さんとはぐれちゃったのかな?」


しかし女の子は首を横にふる。


じゃあなんだろうか。そう考えた瞬間だった。


『にゃーご』


確かに聞こえたのが猫の鳴き声だった。


そう、この濁流のなか、猫が一匹流されていた。


ヤバい、この先は滝だぞ。


しかも運が悪いことに、昨日の台風のせいで川が氾濫している。


「えぐっ……いーちゃん……」


女の子は泣き続けたまま。


誰かに助けをもらっている時間もなさそうだ。


でも、ここに飛び込んで、僕自身無事でいられるかわからない。


どうしよう……。


ふと女の子を見た。


…………。


「じゃあいいかい?お兄さんの言うことをよく聞くんだ。すぐに大人の人を連れておいで、その間にお兄さんがあの猫を助けてくるから」


そう言って女の子の頭を撫でる。


出来るだけ優しい笑顔で、だ。


でも多分ひきつってたかもしれない。


だって、今から僕はどうなるかわからなかったから……。


それでも女の子は泣いている。ただ、僕の言うことにコクンと頷いた。


やるしかないんだよね……。


僕は靴を脱ぐ。


軽く深呼吸をして、準備は整った。


正直、スポーツは得意な方だけど、この濁流の中を泳げる自信なんて欠片もない。


いや、そんな事を考えちゃダメだ。


今はあの猫を助けることだけを考えるんだ。


…………。


僕は早く流れる川を睨む。


「……くそっ!」


意を決した。


勢いよく濁流へ飛び込む。


この先がどうなろうと、考えるのはやめにした。















「……はぁ」


自然とため息しか出てこない。


どうして?


淳と名乗ったアイツに何か引っ掛かりを感じる。


アイツは私を知っていた。


私には見覚えなんかない。


でも、それが何か引っ掛かっている。


なんでだろう。


乙女チックに言えば、運命の人だから?


赤い糸で……なんて、あるわけがない。


わけわからないよ。


私が何故あんなヤツのことを考えなきゃいけないのか、私は引っ掛かりがだんだんウザったくなってきていた。


ふと、家の大黒柱を見る。


私の家は、造りが古く、大黒柱も露出している。


そこには無数の瑕。


確か、昔アッシと背比べをした痕。


無意識にその傷痕に触れる。


一つ一つ、ゆっくりと触れてゆく。


思い出を振り返るように、アッシを思い出す。


「アッシ……」


そう言えば、私アッシの名前すら覚えてないんだな……。


ふと悲しくなってくる。


あんなにも別れるのが辛かったにもかかわらず、私はアッシの名前すらわからないなんて。


確か、漢字が読めなくて、あだ名で呼んでいた気もする。


「なんて…いうんだっけ……」


瑕を見ても思い出せない。そのことがなにか、もどかしさを覚えた。


会いたいのに、死んでしまったアッシ。


死ぬ前の姿や名前も知らないのに、アッシを想ってしまう。


「待ってたんだよ、私……ずっと待ってたのに」


これほどまでに一途だった。


いつしか、私の頬には涙流れている。


私は、今さらになって、アッシを忘れた事を後悔することになった。




「ただいま。楓、いるの?……楓?」


そんなときだった、お母さんが帰ってきたのは。


家の大黒柱の前で泣いている私を見たお母さんは何を思ったんだろう。


「どうしたの、楓?もしかして、あつし君のこと思い出してたのかしら?楓とあつし君って、いつもそこで遊んでたものね」


そう優しくお母さんは言う。


……あつし?


思い出した。それはアッシの名前。


お母さんは知っている。アッシの名前を。


少しだけど、希望が出てくる。


もう死んじゃってるから、会うのは無理だけど、名前さえわかれば、お墓参りすらいはできるはずだ。


「ねぇ……アッシの本名なんだっけ?」


涙を拭う。


せめて思いだそう。アッシを。


私の心の中にとどめておこう。そう思った。


「確か……」


お母さんの思い出すまでの時間がもどかしい。


時間が長く感じる。


早く思い出して。


アッシの名前を……


「確か、檜山 (ひやまあつし)くんだったわよね」


………淳?


(あつし)ってさ、まさかこうやって書くの?」


私は紙に書いて『淳』という字を聞いてみる。


「えぇ、そうよ。まぁまだ小さい頃の話しだし、忘れてるのも――――」
















頭が真っ白になった。


いや、(じゅん)(あつし)なんて名前いくらだっている。


ただ単に、私の考えすぎなのかもしれない。


いや、ありえないんだ。


アッシは死んだ。


私が聞いたのは、川で猫を助けるつもりが逆に行方不明になってしまったって事。


そしてそれは、生きているなんて事はありえない。


世間で言う行方不明とは、『死』でもあるのだ。


いや、中には奇跡的に生きている人もいるかもしれない。


でもそれはいなくなってから日が浅い場合。アッシの場合はもう10年経とうとしている。


それが今更になって出てきたら、お化けも同然だ。


だから幼いながらも私はアッシにはもう会えないんだと確信に近いものを感じとっていた。


それが、歳をとるごとに『死』が明確にわかるようになり、今ではもう記憶の片隅にしか残っていなかったのも事実だ。


でも、なんでだろう……


今になってアッシに会いたくてたまらない。


会えないものとわかりながらも、恋しくてたまらない。


それもこれも、すべてじゅんに会ってからだ。


アイツはなにか懐かしい。


変に言ってしまえば、あつしがもし生きていたとしたら、きっとこうなっていたのだろうと思うほど、じゅんはどこか似ていた。


いや、似すぎているんだ。


ありえないはずなのに、アイツはアッシと同一にしか見えない。


確かめたい。


そう思った。


他人なのに、他人に思えない違和感が、私をそう思わせた。


時間はすでに夜の9時を回っている。


いや、まだどこかにいるかもしれない。


そう思ったら、私は玄関で靴を履いていた。


















「はぁ、はぁ――――…」


私は街中を走っていた。


今日淳じゅんと歩いた道をだ。


あいつはアッシなのか。それを確かめるために。


――――――あっ。




私が探していたモノは、以前公園だったアパートの前にいた。


―――――そこで、何かを求めるように佇んでる。


それが、人だとわかり、次第に彼だとわかる。


何を見ているのだろう。


何もないはずの夜空を見上げてる。



何かを抱いている。


なんだろう――――――…近づくにつれ、その正体もわかってくる。




――――――猫。


それも小さな――…私の家の前で座っていた時に抱いていた子猫だった。



私はゆっくり近づいてゆく。


彼は後ろを向いていて、こちらには気づかない。



彼との距離が近くなる。


手を伸ばせば、届く距離。




「―――――それ、アンタが助けようとした猫?」



夜闇に響く私の声。


多分、声は震えていた。




「――――え………楓…?」


振り向くじゅんは、少し驚いているように思える。



「…どうしたの、楓。こんな時間に」




やっぱり優しい目だった。


口元は曲がり、私に向けた笑顔は誰なんだろう。


辺りには誰もいない。


まるで、私たちしかいないように、人気がなかった。



「ダメだよ、危ないから、もう家へお帰―――――」


「―――――アンタ…アッシなの?」




聞いた。


辺りな音はないのに、急に静かになったような気がした。






「………気づいてたの?」



それが答えなんだと思う。


アッシの顔が、急に悲しげに歪む。


……馬鹿、そんな顔しないでよ。



私まで、何かが込み上げてくるじゃない。


こんな時ぐらい、いつもみたいに笑いなさいよ。




「まさか、バレるとはね――――楓は、僕を忘れてるかとばかり思ってたのに…」


そこで言葉が震える。


私もそこで泣き出していた。



「忘れるわけ、ない―――――……ないわよっ!!私がどれだけ待ったと思ってるの。どれだけ泣いたと思ってるのよっ!」



琴線が切れたように、思ったことを吐き出した。


だからって、さらに悲しげな顔をしないでよ。


私の気が収まらないじゃない…。




「ゴメンね、楓。本当を言えば、楓が気がつく前に消えようと思ってた。だって、今みたいに、楓が悲しむから。でも――――…でも違ったみたいだ。会えてよかった、最後に」


私の頭に響いたのは、『最後』という言葉。


最後ってなに。


消えちゃうの?



そのことを考えるだけで、際限ない涙に拍車がかかる。


だって、だって――――




「――――――もう、会えないの?せっかく気づけたのに……アッシが会いにきてくれたのに…」


「……うん。神様が、もう時間だって」



……やっぱり。


もう行っちゃうんだ。




――――なら、なんだって会いにきたのよ。


こんなことなら、会わないほうが、よかったわよ。




せっかく、アッシのこと、忘れかけていたのに……。








ふと、温もりが私を包む。


まるで、太陽のような優しい光。


「楓はこれから、いっぱい恋をするんだ。いろんな人に出会って、別れて――――そのうち僕のことは、その中の一人として、忘れるかもしれない。でも、それで楓の中で生きられるなら、それ以上に嬉しいことはないよ。だから、僕なんかに未来はいらない。そのかわり楓、生きて。目一杯生きて、そのうち土産話を聞かせてよ…」




そう言ってアッシはニコッと笑った。






「…じゃあ、行くよ。元気でね、かえ―――――」




瞬間、強い向かい風が吹く。


私は思わず目を閉じた。



刹那、何か私の頬に触れる。暖かい、何か。




「―――――シ!アッシ!」



私は悟った。


もう目の前にはアッシはいないんだと。



でも、その場では叫ぶしかできなかった。




たとえ、この目を開けたとき、誰もいなくとも。私は叫びたかった。






「――――生きろって……生きろってなによ。未来なんかいらないなんて………いらないなんて…」


私は泣き崩れた。
















「――――寒っ!?」


それから、アッシのお墓参りに行ったのは、冬休みのこと。



久々に都会を離れ、地方へ来た私は、寒さを実感する。




私はアッシの実家に足をのばし、お墓の場所を聞いてきた。


正直、気が重かったのは言うまでもない。


でも、おばさんが思ったより元気そうで安心した。




手には仏花とアッシが好きだったお菓子。


これでアッシに会うのは何ヶ月ぶりになるのだろう。


私、何も変わってないよ。だから、私だってすぐわかるよね。




目の前にはアッシのお墓。


なにか、物悲しげで、それでいて何か暖かい。



私は仏花をお墓に供え、手を合わせる。



そだ、忘れちゃいけない、お菓子もね。




「……」


生きろ――――…か。



どんなに重い言葉だってことがわかる。




でも、私はその中で生きていかなければいけない。


アッシに心配させないように。



………難しいよ。


でも、どんな困難でも乗り越えなきゃいけないんだ。アッシと約束したから。




だから私は――――――




チリーン



それは微かな鈴の音色。


ふと我に還って音色の方を見る。




そこには小さな、まだ子供の猫が一匹。


黄色い瞳を輝かせ、私を一瞥すると、どこかへ走って行ってしまう。



「―――っ!?待って!」




呼び戻そうと、出した右手は届くはずもなく空をきる。


そして猫は戻るわけもなく見失ってしまった。




「………」


ゆっくり戻す右手は、何かもの悲しげ。






――――――生きるよ、私。精一杯。


それが、アンタへの弔いになるのなら、生きてやるわよ。



アッシが寂しがるまで、長生きしてやる。




私は蒼い寒空を見上げて、右手を突き上げる。


「……だから、土産話、長くなるわよ」

なんか、かなり長い短編になってしまいました…(自己嫌悪) 読んでくださいました読者様、お疲れ様でした。どうでしたでしょうか?私は常に、ご意見、ご感想をお待ちしております。なにとぞ、よろしくお願いいたします。では、また違う作品でお会いいたしましょう。

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