5、小柄で剣の達人
街に賞金稼ぎが多いと思ったのは、ゲールズが亡くなってから2日経った時だった。
交易都市カラハタスは、都市の規模から考えても賞金稼ぎが多い。理由は簡単で交易が盛んだからだ。
帝国の繁栄で街道は整備されてきてはいるが、商人が旅をして、荷を運ぶのは命懸けだ。まず盗賊がいる。街道沿いに兵なんて置いておけない。さらには魔物。獣なら食料に出来る。だが人間を襲い、喰らうような奴等は、まず単体で強い。獣か魔物かなんて人間を餌にするか、人間が餌にするかの違いだろう。交易をするなら、盗賊や魔物を撃退出来なければならない。その為の傭兵が賞金稼ぎと言うわけだ。
だが、賞金稼ぎが多過ぎるのだ。街中に武器を携えた者が目立つ。賞金稼ぎなんて仕事以外は寝てるか、酒場にいるかだ。
レイヴンは普通の酒場に仕事を探しに来ていた。賞金稼ぎは酒場にいる。だから依頼人も酒場に来る。大抵は店主やマスターが取り次ぐ。賞金稼ぎと破落戸の差なんてない。仕事の軸足が真っ当な方か、そうでないかってだけだ。
レイヴンの表の仕事は賞金稼ぎ……の雑用、下働きみたいなもの。大金を今すぐ必要としてないなら、マトモな酒場で良い。
「おう、お前も来たのか? 」
酒場の親父が声をかけてくる。何度かここで仕事を受けた事がある。金にはならないが、面倒だったり、誰かがやらなきゃいけないような仕事……下水道の害獣駆除や、荷物運びや偵察役なんかの仕事を五回程無事にやりとげた。
不満も愚痴も言わず、淡々と仕事をこなすレイヴンをこの酒場の親父は気に入っていた。
「何かあった? 」
「ああ、そうか……お前には関係ない話だもんな。でも、情報には敏感でないとな」
レイヴンには基本的に情報源がない。連れも仲間もいないからだ。人々の噂話を耳を澄ませて拾うか、酒場で金を払うかだ。
「糖酒をひとつ? 」
「あ、いや、そんなつもりでもなかったんだが、まあ、酒一杯は挨拶だもんな」
親父は糖酒を準備しながら続きを話す。もちろん軽い口調で。
「ゲールズが殺されたのは知ってるかい? ここに住んでりゃそれくらいは知ってるだろう? 」
レイヴンは瞬時に考える。これは鎌かけではない。ここに住んでりゃ、そうだ、それくらい誰でも知ってるはずだ。
「それは聞いた」
「あれ本当の話でな、で、ゲールズの上が賞金を懸けたのさ」
そう言って、木のコップに糖酒を注ぐ。コップをレイヴンの前に置いて続ける。
「犯人を捕まえたら、金貨100枚とな。結構な額だろ? 」
自分で自分を差し出したいくらいの額だ。リリアンがどれくらいピンはねしたのかを想像する。レイヴンには想像がつかなかった。彼が受け取った額の五倍が懸賞金の額だ。
当然だが、小夜啼鳥を売ることは出来ない。
小夜啼鳥がどこにいるか知らない。彼女が犯人だと密告したとして、お前は誰だって話。伝説の殺し屋の名前上げてふざけてるの? とね。じゃあ、彼女を捕まえて連れて行く? 笑える話だ。
「手掛かりが一つあるらしい。剣の達人らしいんだが、小柄な奴らしい」
剣の達人という話は、彼女の腕を知っているレイヴンからは当然である。死体を見てもそれは推察出来るかも知れない。
だが、小柄な奴というのはわからない。小夜啼鳥は大柄ではない。大人といえ、女性だから男性に比べると小柄かも知れないが、あの夜見た彼女は小さくは思えなかった。
俺、見られてないよな? レイヴンは事件の日の事を細かく思い出す。かなり早い時間に現場に入っている。大丈夫なはず。
「誰か心当たりあるのか? 」
レイヴンは表情を作る。まさか、と答えて、逆に質問をぶつける。小柄で剣の達人なんてすぐに目星が着くのではないかと。
「本当の腕前を隠してる場合も有るだろ? 特に闇で殺しを稼業にしてるならな」
さっきと微妙に声色が違う。これって疑われてる? ここは素直に考えが及ばなかったていで行くか……。レイヴンは唸るように答える。
「強さを隠すか……羨ましいもんだ」
「お前は真面目に仕事をやっている。それで十分さ。愛想はないけどな」
こういう酒場の親父ってのは苦手だ。一見、本当に優しい親父に見えてくる。だが、何も言わないがこの男は気付いている。レイヴンが黒い瞳であることを知っている。
適当に他の話をしていると、他の奴に呼ばれて、レイヴンの前から親父は離れる。残りの酒を飲み干して、カウンターに酒代を置いていく。
レイヴンは酒場を出て、耳を澄ます。やはり誰も信用してはいけない。完全に人がいないところでは不味い。酒場の裏手で、人目に付きにくいところへ脚を進める。
前と後ろから破落戸が現れる。彼等は何も言わず、レイヴンに殴りかかってくる。人数をしっかり確認する。一人じっと見つめてる奴がいて、殴りかかってきたのが四人。
ただ小柄ってだけで、確認の為にここまでやるんだからたいしたものだ。
身を屈め、頭と首を腕でガードする。殴られ、蹴り飛ばされる。痛みは当然ある。だが、これでいい。疑いを晴らす為の代償だ。
ある程度殴り終わると、破落戸達はいなくなる。
「だいたい俺は剣すら持っていないのに……」
身体のキズを確認する。痣と痛みはあるが、骨折はなかった。
「悪魔の子供にこれくらいじゃ、優しすぎるさ」
レイヴンはそう強がる。何年身を隠すように生活してきたかって話だ。後はこの騒動が早く静まる事だけを祈っていた。
大通りに戻って来ると、レイヴンを探していたらしい少年と目があう。駆け寄ってくる少年は塒が同じ、捨て子の一人だった。そいつが息を切らして話す。
「大変だ……何か……レイヴンを探してる賞金稼ぎが塒に……来た」