4、赤い髪の歌姫
レイヴンは勤勉じゃない。勤勉な屑は目立つ。大金を手にしたからこそ普段通りに、屑らしく、のんびりと身体を休める。
レイヴンの塒は、貧民街のどん詰まり。どぶの臭いが染み付いたそんな場所だ。この場所で横になっていても誰も文句は言わない、そんな廃墟と化した、あばら屋で目を覚ます。
そう孤児院という恵まれた立場にいたレイヴンも、孤児院を出て暮らすにはこんな場所しかなかった。まず家を借りる金がない。住み込みで働く仕事も彼の髪が、瞳が許さない。
昼過ぎ、流石に奥まったこの塒も明るくなった時に、起き出す事にする。このあばら屋には幾人もの子供が暮らしていて、その人数は不明。いつの間にかに増え、いつの間にかに減る。そんな子供達の合間を縫って、外に出る。
悪徳商人の一人が殺害されたからと言って、人々の生活は変わらない。せいぜい噂話が盛り上がるくらいだ。帝国で第二の都市と云われている、ここカラハタスでは尚更である。
カラハタスは大陸中央にあり、交通の要衝である。大昔は砂漠に囲まれていたと云われているが、現在は草原が広がっている。オアシスを中心に栄えたこの都市は砂糖の産地でもあり、初期の皇帝を輩出した公爵家が治めていたということもあり、永らく栄えた大都市である。
表通りはいつの季節もこの世の春と言われるくらい賑わい栄えていた。もうすぐ春は終わる季節ではあるが、この時季は逆に各地から交易に訪れている商人達も多いし、その商人達の落とすお金を求めて、さらに人々が集まる。大道芸の一座が来ていたりするのもそのせいである。
「この事かな? 」
レイヴンが呟いたのは、耳に微かな歌声が耳に入ったからだ。歌声に導かれるまま進むと、はっきりと心が軽くなる。歌の内容まではわからなかったが、どこか儚く、どこか前向きな、不思議な歌、リズムや楽器の音色は初めて聴くものだったが、何より声が素晴らしかった。帝国には歌の上手さから『歌姫』の称号を贈られる女性がいるが、きっとそんな歌い手なのだろうと感じた。
歌が終わるのと、レイヴンが大道芸の一座の前に着くのは同時だった。仮設の建物があり、入場料をとって、中でお芝居を見せるようだ。その入り口の前で歌い終えた小さな歌姫がいた。
彼女が本物の歌姫でないのは一目でわかった。彼女は美しい、燃えるような……赤い髪をしていた。腰まで届く長い髪と聴衆に振りまく笑顔、小さな身体からエネルギーが溢れているように感じた。
「うるせえぞ、ガキ! 」
「迷惑なんだよ、ここはカラハタスだ。田舎の歌は田舎で歌え! 」
「引っ込めブスっ!! 」
誰も野次を飛ばす者に文句を言ったり、諌めたりする者はいなかった。レイヴンもそうだ。
何故なら、彼女の髪が赤いから。
「野蛮人は入って来んな、口を開くな」
赤い髪の歌姫は、ニッコリ笑って、相手にしなかった。
泣き出して、引っ込むのを期待していたのだろうか? 罵声を放つ若者達は、引き下がらない彼女に、手近にあった板を放り投げた。
板は彼女の手前で落ちた。彼女は身体をビクッとさせたが、その場から動きはしなかった。
大道芸の一座なんて、所詮は余所者。酷い目にあっていても中々助けようと行動に移せるものはいない。的が赤い髪の人間なら尚更だ。レイヴンも見ないふりをする。
身体を震わせたのを面白いと思ったのだろう、今度は飲み物代わりに手にしていた果物を投げつける。今度は彼女の脚に当たった。生成りのスカートが赤く汚れる。
赤い髪の少女は無言で立つ。彼女の眼には流石に悔しさが見える。
罵声を浴びせるチンピラの一人が今度は石を手に取る。そう、手に取るところが見えてしまった。
気付かなければ良かった。いや、気付いても動かなきゃ良かった。
何でだろう?
アルキュオネーから聞いていたからか?
レイヴンは走っていた。彼の背中に石が当たる。なんか喧しい声が聞こえる。さらにいくつか石が飛んでくる。耳に石が当たって、そこから血が流れる。
飽きたのか、石は飛んで来なくなった。正義の味方に気分がそがれたのだろう。
「ありが……とう。血が出てる」
そう言うと、赤い髪の少女が袖で、レイヴンの耳を拭う。彼女は彼の内側にいた。彼女の声は歌っている時のものとは全然違って可愛らしいものだった。
「大丈夫だ。怪我はたいしたことない」
レイヴンは立ち上がり、服の汚れを払う。
「私も慣れてるから、大丈夫」
赤い髪を指差しながら、少女は笑う。とても眩しい。
「また歌ってくれ。……じゃあな」
大失敗だ。どんな時も目立ってはいけない。彼女に何が起きても構わないじゃないか……。レイブンが本当に守りたいモノだけを守ればいいんだ。足早にここから去ろうと背を向ける。
彼の背中に、黒き獣を讃える歌が聞こえる。彼は自分の瞳が見られたのだと思った。黒い髪を持ち、黒い瞳を持つレイヴンは、今までずっと蔑まれてきた。悪魔の血が混じっている人間だと。そらそうだ、この世にいる人間のほとんどが茶色か金色の髪と目をしている。エルフは必ず金髪だし、ゴブリンにしろ、ドワーフにしろ、基本的に茶髪で、亜人に黒髪はいない。いるとしたら魔族くらいなものだ。
赤髪のアータル族、魔族と共にプリム族を苦しめ、初代皇帝がやっとの事で撃退したと言われる反逆の民。プリム族の作ったプリームス帝国で最も忌み嫌われた一族。
ああ、帝国に憎まれ、恨まれ、蔑まれる存在として同類だと見たのだろうか……。
今、この場でこんな歌を歌うな! それが例えどんなに素敵な歌声であろうとも。
前作『悪魔に魂を売って、異世界でチートになった青年が選ぶ職業は用心棒。だって美女には弱くて軽薄そうなのに、実は強いって憧れるじゃないですか? ~ハードボイルドロマンティックラブコメディ~』から来て頂いた方ありがとうございます。
前作も一応完結にしていますが、今作を一区切り書き終えたらまた再開する予定です。ご報告まで。