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黒き獣と黒の誓約  作者: 夢未多
第1章 殺し屋
3/33

3、何も言わない、何も聞かない

 月もなく、真っ暗になっていたが、ここで道に迷うことはない。星の明かりで十分。急ぐだけだ。早く証拠品を渡して金をもらうだけ。いつもの汚い酒場に急ぐだけ。走っているところを誰かに見られるのも楽しくないので、早足であの女に会いに行く。


 先程までの、興奮さえする仕事現場の光景が何度となく頭を巡る。


 あれだけの腕があれば、好きに仕事も選べるし、稼ぎもいいだろう。彼女は自由な鳥なんだ。小夜啼鳥ナイチンゲール、通り名が付くくらいの殺し屋になれれば、アルキュオネーに万能薬エリクサーを十分に渡すことも出来るはずだ。群青色の瞳と髪を思い出す。


「寝れてるかな」


 痛みの激しさ、強さで深く眠れない幼馴染を思う。



 ※ ※ ※



 小さな青い髪の女の子との出会いは孤児院で生まれて間もない頃だ。同じ日の朝にアルキュオネーが、夜にレイヴンが孤児院の前に捨てられていた。


 孤児院での生活は貧しく厳しいものであったか、この地の領主の気の迷いで始まったといつも愚痴る院長はもともと学はあるらしく、読み書き計算はしっかりと教えてくれた。


 今のねぐら付近にいるガキどもが字を読むことも書くことも出来ず、計算もろくに出来ず、ただただ騙されて鴨にされてるのを見ると運が良かったと思う。


 そんな孤児院ではあるが、病が発症したアルキュオネーをどうにかすることは出来なかった。領主の気の迷いとは確からしく、孤児院に廻されてくる金では今いる孤児の生活に充てるので精一杯だったのだ。


 既に孤児院の経済状況を把握していたレイヴンは、早めに自立する為に、年齢を二つ偽り15歳として賞金稼ぎ(ハンター)をしていたが、彼女が発病してからは今の仕事を本業にしていた。


 帝国がどれほど偉大な国かは知らないが、貧しく、生きているのがやっとの者も多いのは確かで、治安も悪いところはとても悪く、だからこそ裏稼業なら働き口には困らなかった。


 アルキュオネーに対して、治りはしないが、激しい痛みを普通の痛みに抑えてくれる万能薬エリクサーを飲ませることしかできない。高価な万能薬エリクサーを買うためには裏稼業の中でも金のいいモノを選ぶしかない。そう、盗みでは足りない。殺しを選んだのは他に稼げる手段を見つけられなかったからだ。


 レイヴンは空を見上げる。まだ深い闇だ。彼の髪と同じ色。彼の瞳と同じ色。肌寒さを感じる時刻。アルキュオネーの病は冷えると痛みが増す。前回の薬の効果も薄くなってきている。彼女の為に歩みを早める。



 ※ ※ ※



「逃げて来たのかい? 」


「逃げてたらここには来ない」


 あからさまに怪しみながら尋ねるリリアンに、ゲールズの耳を黒い布に包んだまま渡す。流石にこの時間に客はいない。カウンターでのやり取りで問題ない。


 この店はもともと酒で儲けようとはしていない。適当な時間に客は追い出す。そんな酒場だ。


「あら、驚きだわ。ゲールズのかしら? 」


「成功するのを不思議がるくらいなら依頼しないでくれ」


 リリアンが目を細める。疑いたくなる気持ちはわかるが、脅しているつもりだろうか? 退くわけにはいかない。絶対にお金は貰わないといけないし、間違いなくこの耳はゲールズの耳だからだ。


 レイヴンの実力で胡散臭いのは承知の上だが、ここまで疑われたことはない。金払いの良さがこの女の魅力のただ一点。それ以外に、この人を蔑む女に魅力はない。


 ここにはどうせ用心棒はいない。レイヴンは服に忍ばせているナイフを握る。この女が金を払わないなら殺るしかない。


「大物を殺ると、屑でも雰囲気変わるものなのかしら……いいわ。約束のお金、出しましょう」


「当然だ」


 レイヴンは冷静に、それこそ迫力を見せてみせるが、長年殺し屋の窓口を仕切っているリリアンが気圧されるわけがない。彼女は鼻で笑って金貨を皮袋に入れて渡す。


「生意気な口を利くのは止めとくんだね。お前が仕事を貰えているのは私のおかげなんだよ。少しは頭でも下げとくんだね。独りで何でも出来ると思ってるんなら、お笑いだよ」


 皮袋を手に取ると、何も言わずに店を出る。長居をする理由がない。リリアンがレイヴンを使っている理由は安いからだ。異端児である彼は仕事を選べない。割に合わない仕事を既に何回もしている。そんな彼女に頭を下げる事はない。後は急いで闇の薬屋に行くだけ。


 裏通りを走り、闇営業をしている薬屋に入る。ここでしかレイヴンは万能薬エリクサーを買えない。彼の年格好で高額な万能薬エリクサーなんて買えば不審がられる。何も詮索をせずに金さえ払えば品物を出してくれる店を他には知らない。


「いつものだ」


 店に入るなり、レイヴンは品物を頼む。髭を生やした爺の瞳が揺れた。レイヴンはその反応を見ながら金貨を三枚出す。


「ちょっと待て、すぐに出す」


 普段無口な男だ。その言葉そのものにおかしさはない。だが、表情が何かを語っていた気がした。


「何か知っているな」


 相変わらず言葉はないが、神経質になっているからか、微妙な表情の変化が見えた気がしたのだ。


 風が吹いて、外のゴミか何かが転がる音が聴こえる。


「ここではお互いに何も言わない、何も聞かない。そうだろう? 」


 薬屋の主が言うとおりだ。しかし、いつもと違う反応に思えたレイヴンには嫌な予感しか浮かばない。


 レイヴンは自分の直感を信じる事にする。他に信じられるものなんてないだろう?


「いつものを一本でなく、三本……いや、五本で」


 これで金貨15枚。手元に5枚残しておけば何かあってもとりあえずは何とかなる。万能薬エリクサーを買えない事態になる方が恐ろしい。


 慎重に、何も信じず、手堅くやる。そう、汚い仕事をするからこそ、大事なんだ。死ぬわけにはいかない。

本日はこまめに投稿して、第1章のラストまでは投稿予定です。続きが読みたいと思っていただけたら、ブックマーク、評価、感想等お願いいたします。きちんと書いてるのは三作目になりますが、今までのブックマークも励みになってます。ありがとうございます。

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