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黒き獣と黒の誓約  作者: 夢未多
第2章 賞金稼ぎ
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8、俺も名前を

小説本編のタイトルとあらすじを近日中に変更予定です。

「悪いが、俺の為に死んでくれ」


 ボロボロの麻の外套がいとうを着た男が戸を蹴破って入ってきた。右手には、細めで緩やかに反っている片刃の剣が握られている。その刃は美しく、何か魔法がかけてあるかのように輝きを放っている。外套に付いているフードで顔を隠すようにしているが、その業物わざものの剣が()であることを証明していた。


「ヘロン、どういう事? 死んでくれって? 逃がしてくれるんじゃなかったの? いえ、逃がさなくてもいいから、見逃してくれればそれで良かったのに……」


 アグライアは涙が出て来るのを止められない。彼女は自分の目が本当に節穴だったと思い、悔しさと哀しみが溢れる。彼女はナイフに手をかけようとする。


「逃がすのが難しいから……」


 ヘロンの言葉を遮って、ヴァルカスが口を開く。


「姉さん! 彼は、多分、国の密偵だろう。僕は殺されても何も文句は言えない。でも、お願いだから、姉さんだけは見逃して欲しい」


「悪事を働く人間は国の密偵ってのを本当に怖れるものなんだな」


 ヘロンは呟く。



 ※ ※ ※



 アグライアと酒場で別れたヘロンは、アウルム商会へ向かった。時間が大事だ。外套のフードを深く被り、しっかりと顔を隠す。普段はここまでしないが、今はこれでいい。


 商会の建物はまだ明るかった。既に表は暗くなってきていたが、大商会の仕事はまだまだこれからと言わんばかりだ。玄関には取り次ぎの者がいた。流石に緊急事態であっても用心棒を玄関に立たせるわけにはいかない。


「大旦那に直接取り次いでくれ。牧場の件で国の者が遣いに来た、とな」


 取り次ぎの男はかなり怪しんでいたが、()()()()との言葉に念の為、上の者には取り次いでくれそうだ。そこから先は自分の責任でなく、上の者の責任だと。それでいい。上の者こそ責任を取るべきだ。


 一度、奥に消えた男の代わりに別の男が現れる。服装からして立場が違うことがわかる。


「大旦那様が直接お会いになられるそうです。ご案内致します」


 言葉とともに、すっと扉を開けて誘導してくる。ヘロンは当然の事だというていで、中へ進んで行く。


 三階まで上って、奥の部屋を男が示す。ここまでしか付いていかない、直接取り次いでって言葉は守りますという姿勢を見せているのだろう。


 ヘロンは、国の密偵が堂々とこうやって中に入ってくるものなのかわからないが、そもそも誰もが国の密偵になんか会った事はないし、どう動いているのかも知らないのだ。


「アウルム商会で会長をしています、アルパゴンです」


「密偵のヘロンだ」


 アルパゴンは商会の頭でありながらかなり腰が低かった。恰幅の良い身体で、歳はかなり高齢なのだろうが、若く見える。全体的に皺が少ないが、目元と眉間には深い皺がある。


「ヘロン様はどちら様の指示でこちらへ? 」


「国の遣いか、公爵の遣いか、それによって態度を変える必要があるのかな? アルパゴン」


「とんでもございません。面倒な話を省けるかと思いまして」


 ヘロンは少なくない言葉から推測して行くしかない。少なくとも国のお偉いさんか、公爵か、どちらかの後ろ楯は持っていそうだ。その上で確認を取ってくるのは片方とは情報の共有をしているが、残りのもう片方とは情報を共有していないのだ。


「保守派の中にこの件に興味を抱いている人がいる」


 ヘロンの言葉にアルパゴンは初めて動揺を見せる。


 国の大きな派閥、くくりに、保守派と開明派がある。簡単に言うと、保守派とはプリームス帝国はプリム人のモノだというプリム人第一主義の一派で、魔法に対しての研究も否定的で、魔法はプリム人貴族が独占してこそ価値があるという派閥だ。


「公爵様は何とおっしゃっていますか? 」


 後ろ楯は公爵らしい。ちなみに公爵家は表向きは中立の立場を取っているらしい。帝国最大の交易都市が領地である事と、皇帝を輩出した程の血の重さがある事が、理由だろうか……。


「既に牧場は見つかっている、その内、ここの名前も上がるだろう」


「ありがとうございます。すぐに研究所の方は閉めます」


「当然だ。この件については既に()()()()()と話されていた」


「自分の身は自分で守れ、と」


 そう言って、商会の主は顎に手をやる。そして、何度も頷くと、ゆっくりと、しかし、はっきりと話した。


「研究所の者には死んで貰います。資料等は目立たないように持ち出せるだけ持ち出します」


 そう、どんな時も下の奴に責任を取らせる奴が多すぎる。自分の身を守る為に平気で下の者の命を差し出す。


 こいつも()()時の()()女と同じだ。上が下を見捨てるんだ、下が上を見捨てても問題ないだろう。


 ヘロンは何も言わず、さっとアルパゴンに近付くと、首に手をやり、後ろに回る。アルパゴンが言葉を発する前に、昔から使い馴染んだナイフで首を掻き切る。噴き出す赤い血はヘロンがさっきまで立っていた位置に飛ぶ。


 アルパゴンが口を動かすが、言葉にはならない。


 ヘロンは何も言わず、窓から外に出た。



 ※ ※ ※



「密偵ではない。ヴァルカスを逃がすのは難しい。だからここで死んだことにしてくれ」


「ヘロン、どういう事? 」


「アルパゴンはヴァルカスを自殺した事に見せかけて口封じをして自分だけ逃げのびるつもりだったから……ちょっとアルパゴンの口封じをしてきただけさ」


 ヴァルカスもまだ頭が追い付いていないようだ。


「火は付けた。資料は燃やす。ヴァルカスには俺の家の地下室を利用して身を隠してもらう」


「何故、僕を助ける? 」


「アグライアは仲間だからな。仲間の大事な人を助けるのは当たり前だろ? あとヴァルカスには名前も変えてもらうし、不自由な暮らしも覚悟してくれ。ま、俺も名前を変えてるし、生きていければ何とかなる」


 アグライアがまた涙を流している。ヘロンは頭を掻きながら訴える。


「えっと、とりあえず逃げようよ? そろそろ人が集まってくる」

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